雨の日に、十字路になっている交差点で信号待ち。
道の向こうに全身がもやもやした影みたいのに包まれた女の子が立っていた。
異様な気配を感じてその子をじっと見ていたらすーっとその子が寄ってきて、
すれ違いざまに「よく気付いたね」と小さな声で言って通り過ぎていった。
聞こえるかどうか分からないけど、伝えなきゃ、と思ってこう言った。
「そりゃ気付くよ」
その瞬間、だだだだっ、と背後から足音が響いてきた。
やがて足音の主は俺の前に回りこんで急ブレーキ。水しぶきがあがる。
「な、なんて言ったの今っ!!」
「いや……だから、そりゃ気付くよって」
「どうして!」
「君の名前も知らないけど……いつも通学時間、ここですれ違ってたよね?」
「う、うん……学校違ったから」
「君とすれ違わなくなってから、この近くで女の子が
交通事故にあった、って聞いて……もしかしたらと思ったんだ」
結局、その子の名前もわからないままだった。
それから今日まで一ヶ月近くの間、彼女の姿を見ることはなかった。
「…………ふ、ふん。ボク霊感あるんだよスゴイっしょー、って?
ばっかじゃないの?」
「うん、馬鹿かもしれない」
「なによそれ。何が言いたいの?」
「生きてるうちに告白できなかったなんて、大馬鹿だなってこと」
「………っ! そ、それって……その……」
真っ赤な顔でこちらを凝視する彼女。雨の中でも彼女の制服は濡れていない。
ああ、やっぱりこの子は亡くなってるんだな、と思って少し胸が苦しくなる。
「君のことが好きです。名前も知らないけど、好きでした」
「あ……ぁ……う…………え、っと………」
もじもじと手を動かしながら俯き加減でしどろもどろ。
可愛らしい仕草をじっと見つめる。雨はまだ止まない。
「過去形になっちゃうのが悲しいけど……本当の気持ちだよ。
もっと早く言えば良かった」
「……過去形じゃ………ぃゃ…」
「え?」
「……だから! 勝手に過去形にしないでって言ってるの!」
「だって……」
彼女は亡くなってる。どうすることもできない。
「も、もうちょっとだから、その………待ってなさい! 命令だからね! いい!」
「待つって……何を?」
「い・い・か・ら・黙・っ・て・待・つ・の」
「ワカリマシタ」
幽霊に胸倉掴まれて意味不明な脅迫をされたのは俺くらいだろうなあ、と他人事のように考える。
「待て」ってなんだろう。取り憑かれて連れて行かれちゃうんだろうか。
「約束だからね……破ったらマジ祟るから。貞子なんて目じゃないんだから」
「う、うん、待てばいいんだね? よく分かんないけど、とにかく待つよ」
「ん。……じゃ、じゃあ、ばいばい!」
「あっ………」
くるっと踵を反して駆け出す彼女。
雨にけぶって見えなくなっていく細い背中を呆然と見送る。
ああ――また名前を聞きそびれた。
―訊いた? 201号の患者さんの話
―意識戻ったらしいねー……このまま植物状態かもって言われてたのに
―あんな若い娘がそれじゃあんまりだもんね、ともかく良かったわ
―でもなんで突然……先生だって匙投げてたのに
―ねえ?
最終更新:2007年05月01日 02:38