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84 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/30(日) 02:27:50.08 ID:XZ7YyBW30
いつもの屋根の上、いつもの夜空、いつもの月、いつもの風。
でもそこにいた一匹の猫は、そんないつもの日常には無かったものでした。
白と黒の荒い毛並みを持ち、右耳がちぎれた、体中傷だらけの猫。
それは数日前スパンキーを助けてくれた、片耳の猫でした。
「あの、こ、こんばんわ」
スパンキーとはおそるおそる話しかけました。
しかし片耳の猫はじっとスパンキーを見ているだけで、返事をしません。
「しゅ、集会には出なかったにゃ?」
スパンキーはそれでも続けました。
「ああ。嫌いなんだ、集団でいるのが」
「ぼくもだにゃ」
スパンキーは自分と同じ部分があることで、少しだけ安心しました。
「ところで、どうしてお前ここにきたんだ?」
片耳の猫は言いました。
「ぼく、ここでよく夜空を見るんだにゃ。好きにゃんだ、夜空が」
「……」
スパンキーが返事をしたら、片耳の猫は首を戻して、夜空を見上げました。
85 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/30(日) 02:28:59.45 ID:XZ7YyBW30
「ここはいいな。周りに高い建物が無いから、よく星が見える」
片耳の猫は透き通った声でそう言いました。
スパンキーは片耳の猫を怖い猫だと思っていましたが、
話している内に何だか他の猫と違って安心できるにゃ、と思い始めました。
スパンキーはそっと片耳の猫に近づき、隣に腰を下ろしました。
追い払われるかもしれないとスパンキーは思っていましたが、
片耳の猫はスパンキーが近寄っても何も言わず、星を見続けていました。
「あの、いつからこのまちに住んでるにゃ」
「二十日前くらいだ」
「前はどこにいたにゃ?」
「それは教えられない」
「名前は……」
「捨てた」
「その耳は、どうしたんだにゃ?」
「……忘れたね」
「他に家族はいないにゃ?」
「いない」
話している内に、スパンキーは何だか不毛な会話だにゃあと思ってきました。
86 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/30(日) 02:29:50.49 ID:XZ7YyBW30
そこでスパンキーはちょっと話を変えてみました。
「名前を捨てたなら、新しい名前をつけるにゃ!」
「はあ?」
スパンキーはぎろっと睨まれましたが、そこは勢いで押し切りました。
「ジャック、とかどうかにゃ? 格好いい名前にゃ」
「お前馬鹿だろ」
さっきまでの勢いは瞬く間にしぼんでいき、スパンキーは何も喋られなくなりました。
しゅんとしているスパンキーを見て、流石に悪いと思ったのか、片耳の猫はスパンキーに言いました。
「悪い。そこまで落ち込むとは思わなかった。でも俺に名前なんて必要無い」
スパンキーはぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で呟きます。
「でも、どう呼んでいいかわからにゃいのは、不便だにゃ……」
片耳の猫は星を見上げ、小さなため息をつきました。
そして、立ち上がると同時に、片耳の猫は言いました。
「カタミミ。俺のことはそう呼べばいい。じゃあな嬢ちゃん。
縁があったら、また」
そう言ってカタミミはすたすたと屋根の縁の方に歩いていきます。
どうやらそこから下に飛び降りるようです。
87 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/30(日) 02:30:37.58 ID:XZ7YyBW30
スパンキーはカタミミがジャンプする直前、大声で言いました。
「カタミミ! ぼくの名前はスパンキーだにゃ!」
カタミミがスパンキーの方を向きました。
「じゃあな、スパンキー」
そう言うと、カタミミは鮮やかな跳躍で、屋根から塀の上に飛び移りました。
そのままぴょんぴょんと塀の上を飛び移っていき、すぐに見えなくなりました。
夜空を見上げながら、スパンキーはカタミミのことを考えていました。
いつもの屋根の上、いつもの夜空、いつもの月、いつもの風。
でも、今日は何だかひとりぼっちが寂しいようです。
スパンキーは生まれて初めて、友達が欲しいにゃと思いました。
続く
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607 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/29(土) 01:33:31.14 ID:kkiMNyt70
子猫のスパンキーはメスになってもいつもと変わらない日常を送っています。
いつもの路地裏、いつもの湿気、いつもの日陰、いつものゴミ。
そして、今月もいつもの集会が始まります。
この辺り一帯のボスである黒猫、クレイヴが仕切っている猫の集会です。
「憂うつだにゃ」
スパンキーは猫の集会が嫌いでした。
体の小さいスパンキーは猫の集まるところにいくといつも誰かから
意地悪されるからです。でもクレイヴが怖いので、いつも嫌々行っています。
ぼくも体が大きかったらなあと、スパンキーは心の中でぼやきました。
三日月が煌々と輝く夜空の下、猫の集会が始まりました。
空き地の土管の上で、大柄な黒猫、クレイヴが周りを見渡しています。
「全員集まったか」
クレイヴが低いうなるような声で、手下の猫たちに言いました。
手下の猫たちは二、三言言葉を交わすと、おそるおそるクレイヴに言いました。
「例の片耳の野郎が来てません……」
「なに?」
クレイヴは歯をむき出しにして怒りを露わにしています。
608 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/29(土) 01:34:26.72 ID:kkiMNyt70
「クレイヴのダンナ、そのことでちょっとお話が」
クレイヴの前に三匹の猫が、他の猫たちをかき分けて近寄ってきました。
「何だてめえらは」
すごみをきかせるクレイヴに多少たじろぎながらも、三匹は名乗りました。
「大神のビリーです」
「同じく、ジェリーです」
「同じく、トニーです」
クレイヴは顔を上げて、思い出したように呟きました。
「てめえらザシキのやつらか」
ザシキ、とは座敷猫のことで、三匹は大神さんちで飼われている猫、ということです。
「へい。片耳のことでちょっと……」
ビリーがクレイヴの耳元に近づき、そっと何かを伝えました。
目を見開いたクレイヴは、低いうなり声で空き地全体に聞こえるように言いました。
「スパンキーはいるか。いるなら前に出てこい」
その一声で、スパンキーの周りにいる猫がさっと後ろに引きました。
逃げようにも逃げられないスパンキーは、重い足取りでクレイヴの前まで歩いて来ます。
609 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/29(土) 01:36:00.23 ID:kkiMNyt70
「ぼくに何のご用ですにゃ……」
クレイヴの冷たい視線に、スパンキーは顔を上げることが出来ませんでした。
「ここにいるザシキたちが、片耳にやられたと聞いた。
答えろ。お前は片耳の仲間か?」
スパンキーは近くでニヤニヤ笑っているザシキたちを見ました。
それは、数日前スパンキーを襲った三匹でした。
「ぼぼ、ぼくは何も知らないですにゃ」
「嘘だったらかみ殺すぞ」
低いうなり声が土管の上から降りかかります。スパンキーは必死に答えました。
「ほ、本当に知らないですにゃ。かみさまに誓いますにゃ」
クレイヴはスパンキーを真っ直ぐ見据えて、ため息と一緒に言いました。
「わかった。信じよう。ところで……」
「何ですにゃ?」
「お前メスだったのか。どうだ、俺と一発やらねえか」
スパンキーは顔を赤くして俯きました。
クレイヴの取り巻きのメス猫たちがスパンキーを睨み付けます。
「え、遠慮しますにゃ……」
「そうか。下がって良いぞ」
とぼとぼとクレイヴの前から去っていくスパンキーを見て、ザシキのジミーたちはチッと舌打ちをしました。
611 名前: スパンキーと片耳の猫 投稿日: 2007/09/29(土) 01:36:59.20 ID:kkiMNyt70
その日の集会は、えさ場のことを話し合っただけで終わりました。
集会が終わった後、スパンキーはいつものねぐらには帰らず、ある場所へと向かいました。
それは近くにある小さな酒屋です。
家の構造から、簡単に屋根の上に上れるので、子猫のスパンキーは
夜空を見るときいつもその酒屋の屋根に上がるのです。
スパンキーがするすると屋根まで上ると、既に一匹の猫がそこにいました。
いつもは誰もいないはずの酒屋の屋根。
それも、集会が終わって誰よりも早くたどり着いたはずのスパンキーよりも、早く来ていた者。
「……ん? てめえは……」
月光に浮かび上がったシルエットは、右耳がちぎれた猫の姿でした。
続く
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