70 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 11:58:42.08 ID:9Y215QWr0
この世界には俺達とはまた違う世界、平行世界と言うのが存在する。よく物語とかではそういった世界を題材にした物が多数存在するしよく子供の頃は物思いに耽ってちょっとはその存在を考えてはいたものの、だんだんと年齢を重ねるごとに現実を理解しその代償として子供としての何かを失って行く・・いつしか俺の心にはそんな無邪気な感心など等に消え去ってしまっていた。
そして今は女体化シンドノームと言う奇病でこんな俺にも彼女が・・
「おい、さっさと手ェ進めろ」
「へいへい・・」
もう夕暮れの近い放課後・・普通ならここで部活かのんびりとした帰宅時間になるはずなのだが、こうやって誰も居ない教室で先生とマンツーマンの補習を受けさせられるのはきっと何人もいないだろう。さて、今補習を受けている俺こと中野 翔。こう見えても中学の頃にはバリバリと不良をしていたもので結構名前が通っていたものでよく大小問わずに喧嘩を吹っかけられたものだ。でもそれは家を出ての話で家の中では妹の椿を除き、家の両親は俺の事は少しやんちゃだが普通の子供だと思っているようだ。
71 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 11:59:23.18 ID:9Y215QWr0
「それにしても、なんで礼子先生が俺の補習の担当になったんだ? 数学は確か鈴木先生だったような・・」
「鈴木先生が事情で来れなくなったんだよ。それに今日に限って他の先生たちも部活やいろいろあって仕方なくだ」
「何だよそれ・・」
「いいからさっさとやれ。・・それにそこの問題、計算が間違ってるぞ」
「ゲッ・・」
礼子先生の指摘に俺は慌てて修正に入る。そもそも俺が補習を受けた理由は極めて簡単な理由で前に行われた中間テストの発表で数学の点数が異常に悪かったからだ。こう言うのもなんだが俺は喧嘩はするが親の言いつけはちゃんと守っているのでそれなりに勉学には励んでいたので成績は中より上を保ちつつあるが・・今回のテストは完璧に油断をしてしまったようだ。
だけども点数が悪かったのは一教科だけなのは不幸中の幸いとも言うべきであろう。
72 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:01:16.97 ID:9Y215QWr0
「全く、補習の相手が相良ならともかくとして・・不良にしては珍しく成績は優秀なお前が補習なんてな」
「期待を裏切って悪かったな。俺にだってミスはあるんだよ」
「別にお前が悪いとは言っていないさ。それにしても昔は中間テストとか平気でパスしてたな・・」
この言葉を聞いて俺は妙に反応してしまう。礼子先生の過去は一応それなりに聞いてはいるが高校生なら誰でも苦労はするものだが、相手があの礼子先生だとどこか納得してしまうのは満更不思議でもないだろう。バイトの合間を縫ってあいつの家庭教師をするときもあのモデル顔負けの容姿と反比例して全教科の成績が壊滅状態だったので勉強を教えるのには並大抵の事ではなく、流石の俺もかなり苦労したものだ。だけども礼子先生はそんなあいつに丁寧に勉強を教えてたのには正直言って感服してしまう、そんな担任顔負けの頭脳と指導力をもつ礼子先生なのだから高校時代からかなりの頭脳を持っても納得してしまうが・・そう考えると何で保健室の先生になったのかよく解らないものだ。
ふと思い浮かんだ疑問に俺は補習に集中できなくなってしまい、ノートを書いている手を休めて礼子先生に疑問をぶつけて見る事にする。
「なぁ、礼子先生って何で保健室の先生になったんだ? 先生なら余裕で一般の先生に慣れると思うけど・・」
「・・別に大した理由じゃない、たまたま選んだ道がこんな形だっただけだ。そんなくだらない事を考えている暇があったらさっさと手を進めろ!!」
「わ、わかったよ・・」
結局明確な理由も聞けず礼子先生に叱られてしまった俺は休めていた手を動かし補習内容を片付けるのだった。
73 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:04:15.74 ID:9Y215QWr0
その夜、自室で読書に耽る俺は補習から開放された開放感とあいつと出会えなかった喪失感に襲われ、どうもしっくり来ない余暇を過ごしている。あの後、なんとか補習をこなして不機嫌な礼子先生からは開放はされたがすでに一般生徒の然程が帰宅の途についている中であいつが律儀に俺を待っているはずもない。いつもは放課後になると彼氏の特権を行使してあいつと一緒に帰っている習慣がないとどうも一日の終わりがしっくり来ないものでそれがさらに俺の憂鬱感に拍車を掛けている。
距離的にもあいつの帰宅コースから俺のバイト先は比較的近いのでいつも気持ち良くバイトに出られているのだが・・今回ばかりは気分がどうも優れないものだ。
「・・あいつがいないとなんかしっくり来ないな」
そんな感覚がしばらく続く中で何とか読書に集中する。今読んでいる小説は女体化を主とした内容だが他の小説と違って女体化にちょこっと獣化もついているので差別化を測っており落ちの方もワンパターンながら飽きが来ないのが特徴だ。じっくりと小説を読んでいると実際にこんな世界も存在するのかとついつい考えてしまう、小説を読んでいると不思議とそういったことを思い浮かべてしまうのだから面白い、空想好きな幼心はまだ持ち続けているのかもしれない。
「それにしてもあいつは何で小説が嫌いなんだろうな・・やっぱり文自体が並んでいるのが嫌いなのか?」
前に一度あいつにも小説を読むように勧めた事はあるのだが「そんなもの俺には必要ねェ!!」っと言われキッパリと断られてしまったことがあった。まぁ、バリバリの行動派であるあいつが読書なんて柄にでもないものだが一度は文に親しむのも一種の気分転換となっていいものだと思うのだが、あいつにして見れば下らなく感じてしまうらしい・・全くこればかりはもったいないと思ってしまう。
だんだんと小説を読んでいると身体からゆっくりと力も抜けとろんと意識が遠のいていく・・
74 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:05:12.20 ID:9Y215QWr0
意識が戻り俺は眠りを経て目覚めを実感する、だけども今日はどこか変だと俺の本能は告げる。いつもと変わらぬ景色、いつもと変わらぬ空気・・身体が慣れ親しんだこの感覚に違和感を感じるのは何かの前兆なのかもしれない。しかしそんなに大げさに考えなくても人間何らかの勘違いは存在する。
俺の杞憂で終わればいいのだが・・
「とりあえず、飯でも食おう」
偶然にもお腹が減った俺は有り余った思考を一時的に停止させると朝食を食べるために台所へと向かう。新聞読んでいる親父にいつものように俺を出迎えるお袋、寝ぼけ眼のまま朝食を食べる椿とそこにはいつもと何も変わらない朝の光景が繰り広げられているがどうもしっくり来ないものを感じる。お袋の料理の味は変わりないはずなのにどうも違和感めいたものを身体は俺に伝え続けているが・・この原因が何なのかは未だによく解らないものだ。
75 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:07:51.25 ID:9Y215QWr0
(何だこのしっくりこない感じは・・)
「? ねぇ、お兄ちゃんボーっとしてどうしたの?」
「な、何でもないさ」
「そう。それにしても今日は祈美との約束はどうしようかな・・」
(ん? 何か足りないような・・?)
この椿の動作に俺は猛烈な違和感を感じた。いつもの椿ならこの後にあいつとの関係について突っ込むのが普通なのだが、この椿はいつもとは違いそのままそっぽを向きながら何事もなかったように再び朝食に取り掛かる。それに注意して観察をして見ると親父の方はいつもは新聞ばっかり読んで喋るのはまちまちなのに対し、この親父はよく俺や椿に話を振っている。お袋の方も普段となんら変わりないようには見えるが、どこかふ抜けた感じで俗に言うドジっ娘のような感じだ。
(・・何かが違う。親父やお袋にしても椿に関しても!)
俺の中で浮かんだ疑惑はだんだんと凝結しとある確信へと繋がる。いつもと同じ行動を取っているようで決定的に何かが違う俺の家族、俄かには信じがたいことだが見せつけられた物を覆すなど不可能に等しく現実をすんなりと受け止めるしか術はない。そそくさと朝食を食べ終えると俺は登校の準備をして家に出るが、その前にあいつの家を探すことにした。
76 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:09:31.10 ID:9Y215QWr0
「えっ!! 嘘・・だろ?」
あいつの家に向かうと俺は衝撃的な光景に見舞われた。いつもと同じようで何かが違う世界・・すなわち並行世界と言うものに俺は彷徨ってしまったのかもしれない。だけどもまだ考えるだけでも断片的な物で決定的なものに繋がる事はないと思い込んでいた結果がこれだ。家を飛び出した俺は迷わずあいつがいるべきはずの家へと向かったのだが、表札を見るとあいつの性である“相良”の文字はなく別の苗字になっていた。
この事実に俺の心身には途方もない絶望感と喪失感が覆い、一気に広まり失意のどん底に堕ちてしまう。俺達との世界とは違う決定的な物を見せられては学校に行く気力もなくしてしまい途方に暮れながら歩いていた。
「並行世界・・か」
あいつが子の世界に存在すらしていないという驚愕の事実に俺は生気すらなくしてしまい、学校も行かずとぼとぼとその辺を歩いていた。しばらく歩いてからだろうか・・突然として後ろから声を掛けられてしまい、先ほどの絶望感を拭いきれるかと淡い期待を抱きながら俺は思わず声の方向へと振り返って見るとそこには俺と同じ学制服を着ていた男が立っており驚くべき事を言い放つ。
77 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:10:52.44 ID:9Y215QWr0
「あれ・・中野先輩じゃないですか? こんなところで何してるんですか」
「・・誰だっけ?」
「またまた、冗談きついですよ。ほら、木村です! 木村 辰哉・・思い出しましたか?」
辰哉と名乗る男はどうも俺の後輩らしく言動から察するにどうやら色々面倒を掛けているようだ。そこからさらに詳しい事情を聞いて見ると俺は今までとなんら変わりなく成績は絶えずトップをキープしており女の子からは絶えずアプローチを受けまくっているのだが幸いな事に彼女とかは居ないらしい。環境からしてもそんなに悪くはないのかもしれないがあいつが居ないのは俺にとって死刑宣告をされたのと同じようなものなので全く喜ぶ気にはなれない、子の世界の俺はどのようになっているのかはよく分からないがなるべく早く退散したいのが俺の本望だ。
「今日の先輩は変ですよ。もしかして風邪かなんかですか?」
「ま、まぁ・・そんなところだ」
「じゃ、一緒に学校行きましょう! 実は遅刻して一人じゃ心細いかと思ってたんですよ。先生に好かれている先輩が一緒だと恩赦が受けられそうですからね」
狡賢いのかはたまた調子が良いと言うのか・・どちらにせよ元に戻るには何か手がかりを掴まなければならないし、学校なら生徒の情報とかにも何かしら手がかりになりそうだ。
「仕方ない、一緒に行ってやるよ」
「いやぁ~ 先輩と一緒だと本当に助かります」
辰哉と名乗る男と一緒に学校に行く間、俺はありとあらゆる手段を使って辰哉からこの世界について色々情報を聞き出すことを忘れなかった。
78 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:13:12.24 ID:9Y215QWr0
鏡に映った全く一緒の世界・・改めてよく見るとこの町並みはまさにそうだと俺は思う。自分の家やそこに居る家族、いつものように働いているバイト先の店長にあいつが足繁く通っていた道場・・全てがそっくりのこの世界に何故かあいつだけが存在しない・・学校を見た時に俺は思わず少し嘲笑してしまう。自分の通っている学校と寸分の狂いもなく教室やこないだ礼子先生から補習を受けた教室もありのままに存在を保っていた。どうやらこっちの俺は相当先生からの受けもよく、遅刻をしても穏便に勧められ辰哉も当初の目的どおりに俺からの穏便を受けられたようで満足なようだ。
一旦辰哉と別れると俺は自分のクラスの教室に入り適当に授業を受けるのだがどうもこのまったりとした空気がやな感じだ。あいつがいないというだけでこうまでして変わっているのか・・
(・・早い所、ここについて聞き出さなければな)
ふと俺は本来のあいつの席の方向へと目をやるのだが、当然のようにそこにはあいつの姿はなく別の男子生徒が悠々と座っている。その姿にどうも苛立ちを禁じえないものだ・・
お昼休み・・この時間は激動の時間でもあるが、それと同時に気の緩みが激しい時間でもあるので情報収集には持ってこいだ。前の学校とは違ってこの学校には学食があるので腹を空かした生徒はそこに向かって入るだろう。入ってみると想像通り多数の生徒と百戦錬磨の経歴を誇る食道のおばちゃんとの真剣勝負が繰り広げられておりそれなりの賑わいを見せている。いつもの光景に俺は思わずホッとしつつも本来の目的である情報収集を怠らない、カツカレーの食券を買って食堂のおばちゃんに渡すとあっという間に料理が手元へと運ばれる。この間約40秒近くであろうか・・云十年もこの学園の食堂を守りきっているだけの事はある。お盆の上にお冷とカツカレーを持ちながら適当な席を探すのだが最も混雑が激しい昼時ともあってか、なかなかいい席が見つからない。それにこのままずっとお盆を持っているのも辛いし、もしバランスを崩してしまったら全てがアウトだ。
そんなこんなでなんとか空いている席を探している時、後ろから誰かの声が聞こえる。お盆に気を付けながら後ろを振り返って見るとさっき出会ったばかりの辰哉がにんまりとしながら俺の方を見つめていた。
79 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:15:34.86 ID:9Y215QWr0
「・・お前は?」
「先輩も今一人ですか? だったら俺達と一緒に飯でも食べません」
俺達と言うフレーズに少し引っかかる物を感じた俺であったがこのまま一人で居ても埒が開かないのも事実だし何よりも手がかりのないまま呆然と時間を消化するのは避けたかった。それに言動からして辰哉はすでに誰かと昼食を共にしているようなのでとりあえずは何らかの情報を聞き出せることが出来ると判断した俺は辰哉と一緒に食事を共にすることにした。辰哉から案内された席には女が座っているのだが驚くべき事にその女性は人間とはとても言いがたい姿をしていて耳の方は人間とは違ってファンタジーに出てくるエルフのような形でお尻の方からは尻尾と思われるものをフリフリさせていた。その姿に俺は唖然としてしまうが、もっと驚いたのは周りはその姿に反応もせずになくなんら変わらない日常を謳歌しているのが奇異に写ってしまう。
「先輩・・?」
「あ、ああ・・悪ぃ、少しボーっとしてただけだ」
「ほんとに今日の先輩はどこかおかしいんだよな・・」
辰哉は本当に調子のいい奴みたいだ、悪い感じはしないのだが少しは自制心というのを働かせた方がいいと思うのだが、本来なら俺がなんとかしてやっているのだろう。だけども今の俺は目の前にいる辰哉は愚か、ここの世界について何にも知らないしどのように反応していいのか困る。下手に反応すれば余計に怪しまれるし、かといってこのままだんまりを続けるのもあまり良いとも思えない。しばらくは辰哉をしっかりと観察して会話のタイミングを巧く掴む事に専念した方が良いだろう、地盤固めはしっかりしないと後でぼろを出してしまう恐れが在るからな・・
辰哉がだんだんと自制心のがたが切れ掛けているとき、横に居た女性が辰哉の方に激しいツッコミを入れる。
80 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:16:39.56 ID:9Y215QWr0
「辰哉! 先輩にはいつもお世話になってるだろ!!」
「痛ッッ・・わかったよ、狼子。だからここでは噛むなって!!」
(狼子・・だと)
狼子と言う言葉・・たった一言だが俺はその言葉に驚きを隠せないでいた、なぜなら狼子と言う名前は俺がさっきまで読んでいた小説に出てくる主人公の名前でありよくよく思い出すとそのパートナの名前も辰哉であり、記憶を辿ればだんだんとこの世界について分かってきた気がする。だけども結論を急ぐのはまだ早いものでもう少し状況を冷静に場を見つめなければ別の結果も得られないだろう。それにこの狼子と辰哉の仕草・・本人同士はそれなりに隠しているつもりだが何処からどう見ても恋人同士にしか見えないもので正直言って恋人であるあいつが居ない俺にとっては目の毒に過ぎない・・
まぁ、嫉妬しても仕方がないしここは先輩らしく大人しく2人を見守るのがベターなのかもしれない。
81 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:18:15.32 ID:9Y215QWr0
「すみません、いつも辰哉の面倒見てもらって」
「いや、別に先輩からの好って奴だからな」
「そうそう、俺と先輩とは男同士の友情で・・」
「元男だからもうそいうのは忘れ掛けている。というかお前は最近先輩に頼りすぎだ!!」
「痛ェ! だから噛むなって!!」
狼子に噛まれる辰哉・・その光景にどこか安心しつつも一人身特有の哀愁感がひしひしと体中から伝わってくるもので、心なしかあいつの姿がどこか恋しい。それにこのまま放って置いたら酷い方向へこじれてしまうので2人を止める事にする。
「おいおい、もうその辺でいいだろ」
「ふぅ~、何とか助かった・・」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「だからどつくなって」
この2人の相手をするのは意外に疲れる、よく俺もこんなのに面倒を掛けていたものだ。それにしてもあんな風に幸せそうなカップルの姿を見ているとあいつの姿がいないのが余計に虚しかった。
82 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:19:52.10 ID:9Y215QWr0
昼飯も終わって、授業を受けるがなかなか頭が回らないものでどうも気持ちが不抜けてしまう。だんだんとこの世界の俺についてはある程度は分かってきたものの真実を理解すれば理解するほどあいつが居ない喪失感がドンドン広がってしまう。このままあいつの居ない世界を過ごしていたら俺の精神はだんだんと朽ち果ててしまって最終的には・・そこまではもう考えたくもない。
もう、このまま何も分からぬ方が良いのか・・
「・・どうした中野? 体調でも悪いのか」
「え、ええ・・少しですが」
「じゃあ、少し休んできなさい」
「はい」
ちょうど一人になりたかった俺にして見ればこの申し出は都合がいい、それに合法的に授業をサボれる理由も出来たのでここは有難く申し出を受けていた方がいいだろう。それに俺も考えすぎて頭が煮詰まっているので一旦リセットして頭を切り替えるのが良いのかもしれない。そう考えた俺は素直に教室を出ると保健室には行かずにそのまま学校定番のサボりスポットである屋上へと自然に足を運んだのは道理だろう。
屋上へ向かうと案の定、誰も居なかったので充分に気持ちを落ち着ける事が出来ていい気分だ。特に屋上というのは風が吹いているので丁度いいもので非常に穏やかな気持ちになってしまう、このまま一服と言ってもいいのだが生憎俺は礼子先生みたいにタバコも吸わないので、こういう時にはそっとあいつの温もりが欲しいところだ。
83 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:21:45.60 ID:9Y215QWr0
「・・今まで一人身だった自分がどこか懐かしいな」
ふと漏らした言葉がやけに体に響く、こんなときは一人静かに・・
「先輩~!!」
「・・お前か」
「あれ、何黄昏てるんですか?」
「お前は気楽で良いよな・・」
突然俺の目の前に現れた辰哉、どうやらこいつも俺と同じように授業をサボってここに来たのだろう。それにしても辰哉の気楽さには内心呆れつつもどこか羨ましく思えてくるもので彼女がいるいないだけでもこうにも大きく違ってくるのだから人間と言うのはつくづく不思議なものだと思う。
84 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:22:00.57 ID:9Y215QWr0
「先輩が授業をサボるなんて珍しいですね」
「まぁな・・それよりもお前彼女の方はどうした?」
「ああ、今授業を受けている頃ですよ。それになんだか俺もサボりたくなったんでこうして屋上に足を運んだわけです」
「・・そのうち愛想尽かされても知らないぞ」
「大丈夫ですよ。狼子はああ見えて寂しがり屋ですから」
そのまま辰哉の戯言を聞き流すと俺は再びボーっとしながら淡々と屋上から写る風景を見つめる。現実逃避とは我ながら情けない行為では在るが、今はもう色々考えたい気分でもないしこうやって一人でだんまりするのが気が楽になる。いわゆるこれが心の休息と言う奴なのかもしれないが素直にこれを受け入れられるかと言うと少し疑問だ。
しかしながらこの心の休息がいつまでも続くわけでもなく、ただたんにいつもの世界とは違う時の流れというのはどうも好きになれないでいた。
86 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:23:51.05 ID:9Y215QWr0
(さっきから俺達の事を見ている奴が居るな。・・ま、最初から解り切っている事だが)
「先輩・・そんな険しい顔してどうしたんですか?」
「・・来るぞ」
出来ることならこのまま何事もなく心の休息を続けていたい俺であったが、現実は俺にそんな些細な感情を受け入れる暇すら与えてはくれないようだ。こうして僅かな時間で俺の心の休息はここで潰れてしまうことになる、なぜならここは学校一のサボりスポットでもある屋上、そこ等の札付き物にとっては恰好の狩場となるのだ。
その証拠に俺達の前に4人の野郎の集団がゆっくりと歩み寄ってくる。格好からしてそれなりに場数は踏んでいるようで、その集団の中のリーダーと思われる奴がゆっくりと口を開いた。
「ヘヘヘッ・・今の時間なら先公もいねぇ。痛い目に遭いたくなかったら出すもの出して貰おうか?」
中学時代に殺戮の天使の通り名で恐れられていたこの俺に対してこんな定番のセリフを吐けるのはそれほど俺を倒せるぐらいの大した自信があるのか、それともよっぽどの大バカなのか・・多分9割方は後者の方だと思う。相手はこのリーダーを合わせて4人、全員喧嘩は初めてではないようで素人目からすれば並の奴なら見掛け倒しの力に屈し、すんなりとこいつ等に金を渡してその後はいい金ズルとして仕立て上げられるのがオチだろう。しかし、様々な喧嘩をくぐり抜けてきた俺にとってはこんな奴らなどヒヨッコ同然、全く取るに足らない相手だ。
静かに闘気を噴出させながらヒヨッコ集団の元へと歩みを進めた俺であったが、ここで急に辰哉がリーダーの前に飛び出し声を荒げて啖呵を切った。
87 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:24:34.99 ID:9Y215QWr0
「誰がお前らに屈するか!! それにカツ上げなんて男として最低だな」
「どうやら自分から痛い目に逢いたいようだな。・・全員このガキを痛めつけろ!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
決めることろは決めて威勢良く掛け出した辰哉ではあったが、いかせん4対1では勝ち目が薄い物だ。それに辰哉自身もそれなりに喧嘩はしているようだが相手との場数の差が歴然だった、それに動きから見ると今まで辰哉は指で数えれるぐらいしか喧嘩をしていない。はっきり言えば素人に毛が生えた状態で挑んでいるようなものなので完全に向こうに隙を突かれ、数で圧倒されていた・・
「おいおい、口だけ小僧とはよく言ったものだな・・」
「そういやこいつは彼女が居たな。こいつをとっちめたら全員で愉しもうぜ!!」
「「賛成ー!!」」
「く、くっそ・・・」
だんだんと辰哉からは生傷が増えており見るに耐えない姿だ。このまま放っておくのは俺の信条に反するし何よりもここは俺が読んでいた小説に準じていた世界・・本来の主人公である辰哉を助けても損はないだろう。
そう判断した俺はリーダー格めがけて思いっきり拳をお見舞いしてやった。
88 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:25:42.86 ID:9Y215QWr0
「グハッ!!! な、何をする!!!!!!」
「てめぇらに本物の喧嘩を教えてやるよ・・この殺戮の天使である俺がな!!!」
「天使だか粒子だか知らねぇが、俺達に楯突いたら――・・」
口だけ野郎には何も言わず猛一発食らわしておく、更に殴られて怯んでいる隙に頭めがけてハイキックを喰らわせダウンさせる。ハイキックが綺麗に決まり、先ほどの口だけ野郎は地に説き伏せられて眠りにつく・・
「・・御託は良いからさっさと来い。俺は今気が立っているんだ」
「こ、こいつ・・華奢な体に合わず強ェ!!」
「慌てるな!! 俺達はまだ3人居る。たった一人ぐらいで・・」
「そ、そうだな。いくらこいつが強くたって俺達は3人、お前もあのガキと同じようにしてやる!!!!」
一瞬で1人倒されて動揺しまくっていたのだが、それでもまだ数では俺に勝ると信じ切っているこいつ等にはつくづく呆れてしまう。こうなったら徹底的に格の違いと言うものを見せ付けなければ解らないだろう・・
「準備運動にはなるかな・・」
「「「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」」」
冷静さを見失い、激昂した奴等を倒すにそう時間は掛からなかった・・
89 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:26:56.51 ID:9Y215QWr0
ボロボロの辰哉を抱えながら俺は横たわっている屍に一応人として最低限の情として慰めの言葉を掛けて上げる事にする。これで奴らも実力の差と言うのが解っただろう・・
「骨でも折れなかったことに感謝しろ。これに懲りててめぇの力でも見定めるんだな・・」
「う、ううっ・・」
「あががっ・・・」
「ゲホッ!! ゲホッ!!」
全員、体を動かすだけで精一杯なようで起き上がる事は当分不可能だろう。結局喧嘩の方はと言うと当然の如く俺の圧勝、平常心を失い感情のみで動いている人間の動きなど非常に単純だったのと体を最低限にしか鍛えてないようで、俺の拳が当たる度に怯んでしまっていた。これでは昔の宿敵である男の頃のあいつは愚か、俺の仲間でも簡単に伸してしまいそうだ。
辰哉を抱えながら俺は保健室の中へと入る、本元の俺の世界では保健室の先生は定番の礼子先生だが多分この世界では別の先生が保健室を担当しているだろう。あいつが居ないとなるとこの学校で頼れる人物と言えば礼子先生位しかいないもので、それらを考えると不思議と孤独感を覚えてしまうものだがまずは怪我人を何とかしなければならない。
90 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:28:05.34 ID:9Y215QWr0
「・・失礼します」
「いらっしゃ・・これはかなりの重傷者ね」
辰哉を抱えたまま保健室へ入った俺は有りもしない期待を少し含ませながら静かに周りを見つめる。いつもの保健室とは少し造りは違うが概要はこれぽっちも変わっちゃいない、それが余計に虚しいものだ。しかしいつまでも保健室に居たって退屈なので時間を見計らってこのまま立ち去ろうとしたときにふと先生から呼ばれてしまい、声に反応した俺は振り向き先生のよく顔を見つめるとすぐに体から衝撃が走った。
「――ッ!! れ、礼子先生・・」
「何驚いてるの。あなたの可愛い後輩がこうなった経緯を詳しく話して頂戴」
「あ、ああ・・」
とりあえず相変わらずの礼子先生に安心しながら俺は先ほどの不良の件を話す。どうやらこの世界の礼子先生は心身共に俺の知っている礼子先生と寸分変わりないようで俺は初めてこの世界で安堵と言うものを感じてしまう。だけどもこの世界の俺は礼子先生と取り分け親しいと言う関係でもなくただの教師と生徒と言う表面上の付き合いでしかない、いつも保健室を訪ねるときはタバコ片手にその本質を思う存分曝け出してくれる礼子先生だけあってその表面上の顔を見るとやり切れない寂しさはやはり禁じ得ないものだった。
91 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:28:39.41 ID:9Y215QWr0
「なるほどね、事情は分かったわ。・・でも学園一の優等生であるあなたが喧嘩するなんて意外ね」
「まぁ、とっさに手が出たと言うか・・先輩の役目と言った感じかな?」
「・・無茶はやめた方が良いわよ。下手をすればその先の進路にも関わることだし」
「ああ・・」
やんわりと俺に忠告をしてくれる礼子先生を見ると今までバカ言ってどつかれてたあの頃がとても懐かしく思えてくる。まぁ向こうからすれば俺の事などただの優等生だとしか思っていないようだし、何よりも付き合いがあまりないのだろう。一般的な教師の対応とすればかなり好印象で気に掛けてもらっていると判断しても良さそうだが、礼子先生と言う人間をよく知る俺にして見ればそれだけでは全然物足りない。もっと感情を曝け出して俺に叱咤して欲しいし、説教の一つでも言って欲しい。
92 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:29:13.28 ID:9Y215QWr0
「では俺はこれで・・」
「そう。・・早く元の場所へと帰るんだな」
「えっ・・?」
「・・早くしないと次の授業に間に合わなくなるわよ」
「あ、ああ・・」
そう言われて保健室を追いやられた俺であったが、咄嗟に礼子先生が口ごもった言葉に俺は懐かしさと僅かな希望を覚えてしまう。やはり礼子先生は世界が変わっていても俺の知っている礼子先生に変わりはない、それを確認しただけでも元に還れる可能性はぐっと上がったような気がする。
やはり礼子先生はいつまでも俺の先生であり続けてくれたようだ・・
93 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:30:58.36 ID:9Y215QWr0
学校も終わり今日という一日もだんだんと終わりに近づこうとしている。普段の俺だったらこんな他愛のない時間を大した事ないと片付けて終わりにしそうだが、今日と言う一日はその言葉では片付けられないほど様々な出来事を身を持って体感し非常に長く、息をするのも大変だったのは間違いない。
いきなりの環境の変化に戸惑い手がかりすら何一つないこの状況、それに一番俺にとって衝撃だったのはあいつ・・俺の宿敵でもあり憎たらしくも俺を常に想い続けてくれていた相良 聖の存在が居ないということである。なんだかんだ言ってもあいつと離れるのがこんなにも辛いのかと思うと非常に痛々しい。あいつが俺の傍に居ないことによって俺の中の何かが壊れ始めていると言っても過言ではない。正直あいつの存在と言うものをここまで大きく感じてしまうのは初めてだ、人は決して一人では生きていけれないと言う事を身を持って味わった一日だった。孤独というものがこんなにも寂しいと思ったのは一体どれぐらい振りなのだろうか?
礼子先生の言葉によって希望を取り戻しつつも俺は一人寂しく自宅へ帰っていると背後から俺を呼び止める声が聞こえる、声色からして女のものだったがそれにも構わず俺は力なくその声のする方向へと振り向くとそこには意外な人物が俺の前へと立っていた。
「君は確か・・」
「先輩、ちょっといいですか?」
俺の目の前にいる人物・・それは辰哉の恋人である狼子で、その表情は何か思いつめている感じだった。
94 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:32:17.52 ID:9Y215QWr0
「どうした、辰哉と一緒じゃないのか?」
「外してもらいました。・・今日はちょっと先輩にちょっと相談があるんです」
「俺は別に構わないが・・まぁ、話ぐらいは聞いてやるよ」
「ありがとうございます」
先ほど辰哉とのやり取りで強きの面を見せてくれた狼子であったが今の彼女はその面影はなく何やら真剣に悩んでいるようで、その証拠に表情の方はちょっと複雑そうな感じだ。何だか狼子を見ていると心なしかあいつを思い出してしまうのだが、俺はその感情を必死に殺しながら場所を変える為、とあるファミレスへと足を運んだ。
ファミレスに着くと適当なメニューを頼みながら適当な話をして雑談で狼子をリラックスさせると俺はやんわりと話の本元について聞き出すことにする。
「(こんな展開小説でもなかったな)・・さ、一体俺に何の相談だ。そこまで思い詰めているようだと何かあったのか?」
「ええ。・・実は今後の辰哉との関係について悩んでいるんです」
「へっ?」
意外な内容だった。辰哉と狼子と言えばこの学校でも有名なカップルだし、当の本人達の関係を見続けていても到底そこまで思い詰めるような関係だとは思わない。なんだかんだ言ってもあの2人は付き合う上での人間的な相性も心の底から噛み合っていると思うし、心身的な繋がりから見ても余計に深く感じるものだと見受けられる。まるで俺とあいつが馬鹿みたいにくっちゃべっているように・・
95 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:33:35.11 ID:9Y215QWr0
「辰哉との関係って・・それほど悩むようなもんじゃないと思うんだけどな。俺から見ればお前達は心の繋がりっというか・・誰にも寄せ付けないオーラみたいなのを放っているぞ」
「今でもあいつ・・いや、辰哉は好きです。だけども好きだからこそ、いつ今の辰哉との関係が壊れるのかって考えただけで恐いんです・・」
少し泣きそうな感じで狼子は俺に悩みをぶつけてくる。考えてみれば俺もあいつと付き合うときに狼子と似たような事を考えた事があった、いつ今の関係が壊れるのか・・はたまた俺以外の男に心惹かれてしまい次第に俺から離れてしまうのだろうか? 相手を好きになればなるほどその恐怖は俺の中で肥大化していっていき、終いにはあいつに対して変な感情を抱いてしまうことになる。だけどもそれと同時にあいつの存在がそういった心を徐々に和らげてくれてだんだんとあいつを初めて好きになった感覚へと戻っていく。
だから今回の狼子の悩みだって非常によく解るし、気持ちもそれなりに理解してやることができた。
96 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:35:44.39 ID:9Y215QWr0
「このままじゃ・・俺どんどん辰哉のことが恐くなってしまう――ッ!! だから、辰哉の事を昔からよく知る先輩なら相談できると思って・・」
「・・お前が辰哉を初めて好きになった感じって今でも覚えているか?」
「はい」
「じゃあ、苦しくなったとき・・今のように思い詰めた時は辰哉を求めることだ。俺も人の事はうまく言えないが、誰かを好きになると言う事は今までの相手の関係やしがらみなんて全然関係ない。ただ相手を好きになったと言う感情が大切だ、だってお前は辰哉の事を好きだから今までのような関係を築いてきたんだろう? だったら自分を無理に抑えずに素直に辰哉を求めるのが一番良いと俺も思うぜ。
ハハハッ、少し考え方が古かったかな?」
今までの経験を全てぶち込んで俺は狼子にアドバイスをする。俺も今の狼子の時は自分の感情のままにあいつを求め続けてあいつとの関係に関する不安を和らげ今のあいつとの関係を構築させるに至っている。誰だって相手と付き合う事に不安は感じるかも知れないが自分が潜めている感情を相手に全て曝け出すことによって初めて付き合うと言うものは成り立つものだと思うし、拒絶される事を考えたらかえって萎縮してしまう。それに何よりも何よりも恋人と言う繋がりだからこそ、そういった感情をフルに相手に出し続けるのは恥ではないと思っている。思えば保健室に行く度に礼子先生によくこんな事を相談していったものだったな、初めて礼子先生の苦労と言うものが見に染みて解ったような気がする。
俺の言葉を聞いた狼子は暫くだんまりとしながらドリンクを飲んでいるが一向にやり切れない感情だった。
97 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:37:04.62 ID:9Y215QWr0
「先輩の言っている事は何となく分かります。だけどそれでも辰哉に求めるなんて・・」
「そう思い詰めることじゃないさ。だけども恋人と言うのはそいつらにしか解らない関係だ、たまには感情に身を任せるのも悪くはない」
「で、でも俺は・・」
「お前達なら出来るはずだ。大丈夫、臆せずに自然体のままで辰哉と過ごせば自ずとそういった感情は薄れてくるものだ!」
さらに語気を強め、俺は言葉に説得力を持たせる。そうすれば相手にも俺の真意がちゃんと伝わるだろうし、後は当人同士で旨くやってくれると思う、喋りすぎて少し喉が渇いた俺はジュースを飲んでいると急に狼子がテーブルをドンッと叩く。そこには先ほどの思い詰めた重々しい感情はそこにはなく、張りのあるいつもの狼子がそこに居た・・
98 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:38:18.68 ID:9Y215QWr0
「先輩、ありがとうございます! 俺、何だか・・自信が出てきました!!」
「よかったな」
「はい。ところで先輩って・・彼女とか居るんですか?」
「え、えっ! まぁいる事はいるが・・な」
遠い遠い世界の所にな・・っと心の中で付け足し、あいつの事を思い浮かべる。俺が突然居なくなったあいつは周りに当り散らしながらもきっと心の奥底では俺を求めているのだろう。何だかあいつの行動が手に取るように解ってしまうのは愛の力なのかもしれない・・普段はバカバカしい考えなのかもしれないが、この時になって見ればそうなっているだろうという確信が感じられた。
「でもきっと先輩の彼女って幸せだと思います。」
「そうかな?」
「そうですよ! だってさっきの言葉だって余程彼女と深く付き合ってないと言えないですよ。絶対に俺も先輩やその彼女みたいになりたいです!!」
相手にここまで言われるなんて案外あいつは幸せ者なのかな?
101 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:39:17.02 ID:9Y215QWr0
「今日は散々だったな・・」
寝室のベッドで寝転びながら今日を改めて振り替えて見る。朝起きていたら自分の読んでいる小説の世界に引き込まれるなんて滅多にない体験だし、それはそれで楽しめるのかもしれない。だけどもあいつがここにいないだけでこうも周りの環境が大きく変わってしまうなどとは夢にも思って見ないものだ。
今日狼子に言った事なんて半ば自分に言い聞かせていたようなものだったし、ここにいやしないあいつの存在を無理矢理でも追いかけてしまっているのは知らない間に俺の中でのあいつの存在が大きくなっている証拠だろう。やっぱりあいつと常に居ることが自然になってしまった以上、もう離れられないのかもしれない・・
「・・寝るか」
こう言う時だけ正直な俺の体はある意味大した物なのかもしれない。
102 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:40:38.39 ID:9Y215QWr0
「・・んっ、ここは?」
目が覚めると俺は点滴を打たれながら病室のベッドにいた。突然の事に驚きつつもふと周りの景色を見回して見るとベッドの横には眠り続けているあいつの姿があり、それはそっとあいつの髪に触れる。しなやかで柔らかいその感触は紛れもなくあいつのものだった・・
(そうか・・俺は戻ってきたんだ)
病院からの景色を見ると、辺りはすでに日も落ちており人間が作り出した光の万華鏡が静かに広がっていく。しばらくその光景を見つめていると枕元にとある本が置いてあり、なんとか体を動かしながら本を手に取りパラパラと読んで内容を見てるとさっきまで俺が居た世界が描かれてたあの小説であった。今ではこうやって文章という媒体でしか2人の様子を見られる事は出来ないだろうがそれでも2人仲良くやっているだろう。急な懐かしさと感じながら小説を読んでいると、今まで眠っていたあいつの身体がもそもそと動き出しゆっくりと顔を上げ俺の姿を見つめてるといつもの怒声が響き渡った。
「お、お前!! 目が覚めたのか!!!」
「あ、ああ・・遅くなったがおはようとで言おうかな?」
「バカ野郎ッ!!! 俺が・・この俺様がどんなにてめぇを心配したと思っているんだよッッ!!!!!」
声は怒りながらも表情の方は堪え切れない感情が露わとなり、付き合った頃のように大粒の涙を流しながらワンワンと俺に泣きつく。俺はそんなあいつを見つめながらそっと背中に手を掛けながらもあいつが泣き止むまで静かに見守りながらもあいつに心配を掛けてしまった事に心が少し苦しい。
暫くしてようやくあいつが泣き終え、タイミングよく病室のドアが開かれると今度は礼子先生が俺の病室へと入ってきて事の経緯を詳しく話してくれた。
103 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:42:33.68 ID:9Y215QWr0
「その調子だと大丈夫のようね。・・信じられないようだけどあなたは睡眠中に原因不明の発作が起きたのよ。病院に運ばれた時は呼吸困難で何とか手術を施して無事成功。そして丸一日意識を失って・・」
「ずっと眠ってたわけか。礼子先生がここに居るって事はもしかして・・」
「当たり、ここは旦那の病院。意識が戻ったって事はもう大した事はないと思うけど・・まぁ、検査も兼ねて4日ぐらいは入院ね」
眠っていたときに俺の身体にはそんな事が起きていたのかと思うとゾッとしてしまう。まさか丸一日意識を失っていたとは・・意識不明なんて中学の時に男の頃のあいつと29回目に殴りあった以来だ、あの時はいい先まで行っていたのにあいつの起死回生のボディーブローが当たり、俺の方もあいつにかなりの一撃をお見舞いして両者共倒れ。さらにそこから騒ぎを聞きつけた警察がやってきて逃げ回っているうちに意識がダウン、そのまま病院のベッドの上で起きた覚えがある。
「まさか寝ている間にそんなことがあったなんてな・・」
「日頃から鍛えてないからそうなるんだよ。俺みたいに武道で鍛えていればそんな事は絶対にあり得ねぇな!」
「おいおい・・それにしても何でここに俺の本が在るんだ? 椿が持ってきてくれたのか?」
「そ、それは・・びょ、病院で見つけたんだよッ!!」
本の事について聞いて見るとあいつはあからさまに恥ずかしがって答える。礼子先生の方はというと全てを見透かしたような感じでクスクスと笑いながら様子を見ている。だけども俺だけ真相が分からなければ生殺しに近い、何とか本について聞き出したいのだがどっちから聞けばいいのかわからないもので俺も悩んでしまう。
そんな俺に見かねた礼子先生がやれやれとしながらようやく本の真相について答えてくれた。
104 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:43:20.75 ID:9Y215QWr0
「・・実はね、その本はあなたの恋人が持ってきたものよ。ほら、それ今あなたがハマっている本でしょ? だからこそ、あなたのために持ってきたのかもしれないわね。
それに彼女はずっとあなたの意識が戻るまでずっと付きっきりで居てくれたのよ」
「れ、礼子先生ッ!! そんな恥ずかしい事――・・」
「はいはい。じゃ、私はちょっと夜勤の人に差し入れ持って上げないといけないから少し席を外すわ。また迎える時間になったらそっちに来るから」
そういって礼子先生は静かに病室を後にする。再び残された俺たちは暫くだんまりとしたままだったが、あいつの方はさっきの事で感情の糸がぷつりと切れ、意気消沈してしまったようで喋る気力がまだ回復しきれてないようだ。
だけどもあれだけ文学を嫌っていたあいつが俺のために小説を持ってきてくれたと言う事はどう言う事なのだろうか?
106 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:44:16.28 ID:9Y215QWr0
「なぁ、これお前が持ってきてくれたんだな」
「俺が持ってきちゃ悪いのかよ・・」
「いいや、あれだけ小説の嫌いなお前がこんな事をしてくれるなんて俺も幸せ者だろうなって思ったんだよ」
「相変わらずてめぇはバカばっかだな。・・だけどもそんなお前と付き合うようになった俺も大バカだ」
言葉ではそう言っているが、実際あいつの顔には安心したような感じで非常にやんわりとしている。要はあいつなりの照れ隠しみたいなものだろう、長年あいつと一緒に居ると自ずとこういった事が解ってしまうのだから習慣と言うものは恐ろしいものだ。だけども取り分け悪い気がしないのもまた事実、今回の件ではあいつとずっと過ごしてきた思い出がかけがいのないものだと知らしめられたものだ。だからこうして何を言われようともただ単にこいつと一緒に過ごすだけでも心地が良いものだ。
「俺が寝てる間に本を持ってきたって事は・・お前もしかして中身を見たのか?」
「・・一応な」
恥ずかしながらも答えるあいつに思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまうが、何とかそこをぐっと押さえ込みながら静かにあいつに理由を尋ねると何とも可愛らしい答えが帰ってきた。
107 名前: ◆Zsc8I5zA3U? [] 投稿日:2008/01/14(月) 12:45:32.34 ID:9Y215QWr0
「まぁ、肝心の中身だが・・男も情けねぇが女の方もどこかいけすかねぇな。俺からすればまだまだ甘い!!」
「おいおい、そうばっさり切るなよ。人間何が在るかわから・・」
「そんなの関係ないな!! 俺の経験から言わせて貰えばこいつらは俺が居ただけでも破滅しそうな感じがプンプンするぜ!!!」
あいつの断言に俺は少し抵抗も覚えてしまうがあいつの言っている事も的を得ているので全部を否定することなど出来はしない。確かに今の辰哉と狼子なら多少不安定な部分もいがめないが、あいつら2人なら何とかやってくれるだろう。それにあの世界は単なる小説上の世界ではない、パラレルワールドという言葉が在るようにきっとあの世界は俺達と同じ宇宙上に存在しえる世界だ、現にあの世界では小説では全くなかった場面もあったのだから・・
「きっとあいつらはあいつ等なりに旨くやっているさ。・・俺とお前のようには」
「お前は心底のバカだ!! ・・だけども俺はお前のそう言うところが一番好きだ」
呆れつつも俺だけでに微笑むあいつ・・この時間を共に出来る俺は最大の幸せ者。これからのあいつとの将来を大切にしたい、そして別世界の2人に幸あらん事を・・
-fin-