『第一幕・芽生え』|安価『高校+ツンデレと親友のラブストーリー』より『第一幕・芽生え』

月曜日ほど憂うつな日は無いだろう。
これから五日間連続で監獄に収容されなければならない苦しみは、おそらく
全国の高校生諸君も感じているに違いない。
学校までの坂道が、行きの下りより帰りの上りの方が疲れないくらいだ。


HR一分前に教室に着く。こうすれば朝の時間、誰とも話さずにすむからだ。
なるべく体力と気力の消耗を抑えなければ、これからの五日間を無事過ごすことは出来ない。
HRが終わり、掃除の時間になった。
俺は教室の当番なので、机と椅子を教室の後ろに移動させていた。
教科書やノートが目一杯入っている机があったら、すかさず別の机に手をかける。
単純作業でもこのような工夫で労力を抑えることが出来るのだ。
そんな涙ぐましい努力をしている俺に、一人の悪魔が現れる。

「おーす誠!」
「……よお」

谷口悠人(たにぐち ゆうと)。高校に入ってから知り合った俺の数少ない友達の一人だ。
こいつのマシンガントークに真面目に付き合うと、節約している俺の体力を一気に奪われるので
普段は右から左に話を受け流している。
しかしその日こいつが切り出した話はとても受け流せるような事ではなかった。

「お前昨日の日曜日、何処にいた?」
「え?」

昨日の日曜日と言えば、麻衣子と代乃木公園に行ったくらいだ。
ひょっとすると何か勘違いされているような気がして俺は焦った。

「何・処・に・い・た?」
「……友達と、代乃木公園に……」

そう言うと谷口は演劇部部員の癖なのか、オーバーリアクションで反応をする。

「オージーザス! まさかお前にあんな可愛い彼女がいたなんて俺聞いて無いぞ!」
「ま、待て……あれは」
「さあ洗いざらい話してもらうぞ誠氏!
 あの女の子はどこのどなたでどうやって知り合ってどこまでいった!?」

周りで掃除を続けている者たちの視線が突き刺さる。
仕事をさぼる訳にはいかないので、ほうきを持って掃除しているフリをした。

「いいか。あいつはただの幼なじみで、俺の彼女じゃないからな」
「おーさーなーなーじーみー!? 何という甘美な響き! 何というフラグの嵐だろうか!
 幼なじみと仲良くデートしておいて彼女じゃないだあ!? プラトニックにも程があるぜ誠ぉ!」
「いや、だからそんなんじゃないって……」

駄目だこいつ。ここを舞台上か何かと勘違いしているのだろうか。
それとも演劇部のやつらってのはみんなこいつみたいなやつなのか。

「じゃあどんなんだ! 言ってみろ!
 ただの友達とか家族みたいな関係さとかそういうぬるい答えは一切受け付けないぜ!」
「だーわかった。昼休みに話してやるから、今は掃除しろ」

真面目に掃除をしている者たちの、特に女子の視線が怖かった。
女の子の睨みってそこらにいるヤンキーとは違った怖さがあるよな。

「OK誠。昼休み、楽しみにしてるぜ」

声も一緒に出るくらいの、大きなため息を出してしまった。
ああ、今日一日分のエネルギーを使ってしまった気がする。


「で、だ。一つ目の質問だが、あの子は誰だ?」

昼休みになり、机の上に弁当を置くと谷口は風のように現れ、さっそく朝の続きを促してきた。
俺は嘘をついて誤魔化すと余計怪しくなるだろうと思い、素直に全て話すことにした。

「あいつは俺の幼なじみで、元は男だったんだ。中学校のときTSSにかかって、女になった。
 女になっても付き合いがあるってだけで、男のとき以上の関係は無いよ」

谷口は何か考え込むように顎に手を当てると、数秒後ばんと机を叩き席から立ち上がった。

「解せん! 解せんぞ泉堂誠!」
「な、なんだよ急に」

教室がしんと静まりかえった。俺は恥ずかしくて消滅したかった。

「元が男だろうがそんなの関係ねえ!」
「小島……」
「元々男だったなんてむしろ一つの萌えポイントにすらなるじゃないか!
 男と女がそんな淡泊な付き合いなど出来るだろうかいや出来ない!
 正直に言え誠! お前、あの子のことが好きなんだろ!?」
「いや、別に……」

谷口は頭を掻きむしっている。

「じゃあ聞くが、お前はあの子のことをどう思っている!? 友達としてでいい!」
「友達として……か」

俺が麻衣子のことを、どう思っているか。そんなの今まで考えたことなかった。
麻衣子は俺の一番仲の良い友達で、それで……。

「一緒にいると楽しい……な。ずっと友達でいて欲しい、かな」

言ってて恥ずかしくなってきた。こんなこと麻衣子の目の前では絶対に言えない。

「それでそれで!? 何かもっとこう、下半身に直結するような思考は出来ないのか!」
「するかそんなもん。お前じゃあるまいし」
「では質問を変えよう! あの子が他の男と仲良くしてたらどうする!
 見知らぬ男と手を繋いだりキスしたり裸でにゃんにゃ……」
「麻衣子がそんなことするわけないだろ!」

教室の空気が、止まった。谷口ですら呆然として俺を見つめている。
俺が声を張り上げたのは、久しぶりだった。
周りのみんなは普段見たことのない俺の姿に、ただただ言葉を失っているようだった。

「つ、ついてこい」

いたたまれなくなった俺は、谷口をひっぱって教室から飛び出した。


体育館裏までいき、誰もいないことを確認してやっと俺は落ち着いた。
谷口を見ると、にやついた笑いが顔に張り付いていた。

「いや~誠くん。お前ってば意外と情熱的なんだな」
「な、何を……」
「そんなことするわけないだろ! ってか?
 仮定の話にそこまで反応するなんて、やっぱお前あの子のことが……」
「好きじゃねえよ。そんな関係じゃないんだ、俺たちは」
「じゃあさっきのは何だ! お前自分に正直にならないと、後々後悔するぞ?
 もう一度よく考えろ。お前はあの子のことを、どう思っている?」

麻衣子……。麻衣子は、親友だ。麻衣子が男だった時から、ヒロだった時から、ずっと。
今更恋人同士になんて、なれないに決まってる。向こうだって、きっとそう思ってる。
でも、もしも麻衣子が俺の恋人になってくれたら……。

「……」
「どうだ? 見えたか? 青春の甘酸っぱい二人だけの空間が!?
 お前たちだけの世界、そうそれは誰も入り込めない不可侵領域!
 その中で繰り返される男女の営み……背中がくすぐったくなるような甘いひととき……」


――マコっちゃーん! はい、あーんして?
――ねえ。手、繋ごっか?
――マコっちゃんだーいすき!
――えへへ、ファーストキスだ。
――私……初めてだから、優しくして……



「……いい」
「だろ?」
「凄く、いい!」
「だろ!?」
「でもやっぱり駄目だ」
「何でだよ!?」

谷口は盛大に転んだ。演劇部は新喜劇の動きも取り入れているのだろうか。

「お前らすげー楽しそうにしてたじゃん! 俺なんて男三人でむっさいデートしてたんだぞ!
 今期のアニメはどれが面白いかとかそんな話をしてたんだぞ!
 お前らがあまりにも輝きすぎてて声をかけられなかったんだぞ!
 どうしてそこでいかないんだよ! そりゃあ贅沢ってもんだぜ!?」

谷口の気持ちはわからないでもない。
それについさっき気付いた感情ではあるが、麻衣子と付き合いたいという気持ちは急速に膨らんできている。
しかし同時に断られたときの恐怖感もわき上がってきているのだ。

「もしも断られたら、もう友達じゃいられなくなる……。それは、嫌だ。絶対嫌だ」
「……」

谷口は肩を落とし、聞こえよがしに盛大にため息をついた。

「っの臆病チキンが!」

臆病とチキンは同じ意味だ。

「怖がってちゃ先に進めないぜ! いつまで足踏みを続けているつもりだよ、ああ!?
 麻衣子ちゃんはお前のことを待ってるんだよ! きっとそうさ!」
「ほ、本当か?」
「ああ! 恋愛のスペシャリストと名高いこの俺が言うんだから間違いない!」
「嘘くさい」
「く……とにかくだ! さっさと告白しちまえ! 断られても気にするな!
 そんくらいで壊れる友情ならはなっから無かったものだと思え!
 麻衣子ちゃんを信じるんだ少年! 少年よ! 女を抱けえ!」

熱く、あほくさい演説に、何故か俺の心は揺らいだ。
麻衣子に、告白する……? 駄目だ。考えただけで心臓が壊れそうになる。
足がふらつく。頭がくらくらする。体が熱い。

「す、少し考えてみる……」

その答えにまだ不満がありそうだったが、谷口はどうやら納得したようだ。

「勝報を期待している! 誠三等兵!」
「……サーイエッサ、谷口大尉」

今度の日曜日、どこかに誘ってみよう。
何かプレゼントを用意して……そうだ、レストランの予約もしておこう。
しかし、今まで全く意識していなかった麻衣子の存在が、自分の中で急速な変化を遂げたことに、
未だに驚きを隠せない。いや、頭の隅では気付いていたのだろう。それに気付くのが、怖かったんだ。

「谷口」
「ん、なんだ?」
「……ありがとう」

こいつに言われなければおそらくずっと気付かないままだったろう。
いつもはうざったいお喋りなのだが、今日だけは心の底から感謝していた。

「……ま、成功したら何か俺におごれよ」
「おう」

俺は良い友達を持った。後は、もう一人の親友のことだ。
今の状態で会ってギクシャクしなければいいのだが。
恋というのは本当に、エネルギーを消費するものだ。


第一幕「芽生え」  終わり


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最終更新:2008年09月17日 20:54
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