『第三幕・目下の幸せ』|安価『高校+ツンデレと親友のラブストーリー』より『第三幕・目下の幸せ』

待ち合わせ場所には遅刻常習犯の麻衣子が先に来ていた。
俺に気がつくとベンチから立ち上がり、手を振りながら近づいてくる。
癖のあるショートヘアは器用にたばねられていて、麻衣子の子供らしい可愛さが
際だって見えた。

「こーんにーちわ!」

保育園の頃から見慣れているはずの笑顔が、今日は直視できないほど眩しかった。
麻衣子のことを女の子として意識し始めているからというのもある。
いや、意識し始めているというより、俺は完全にこいつのことを女の子と思っている。
俺はたぶん、ノーマルだから。


戸塚動物園は電車で一時間もかからない場所にある。
代乃木公園と違って休日には訪れる人も多い。

「キリンさんはどこにいるの?」
「えーと、カバのいる場所の近くだから、向こうだな。見に行くか?」
「もち」

麻衣子と並んで歩くと何だか誇らしい気分になる。
俺にはこんな可愛い彼女がいるんだぜーと周りに示しているようだからだ。
芸能人でもないのに道行く人に麻衣子の方を振り返る人がいるくらい、
麻衣子は美人だった。

「あ、いたいた。キリンさんだ。首ながー」
「寝るときはどうするんだろうな」
「枕を遠い場所に置くんじゃない?」
「枕使って寝るのかよ」
「あはは!」

た、楽しい。楽しいぞ。デートだ。これは間違いなくデートだ。
今まではただの友達として遊んでいただけだが、今日は違う。
気分の問題といえばそうだが、俺にとって特別な意味のあるものには違いない。

柵にもたれて穏やかな顔でキリンを見つめる麻衣子を、思わず俺は見とれてしまった。
流石に俺の視線に気付いたらしく、麻衣子はくるっと俺の方を振り向き、
ばっちり目があってしまった。

「なーに見てるの?」
「え、あ、いや……」
「私がそんな可愛いからって見つめないでよー照れるなー」

照れてる様子なんて全くない。ここで俺は谷口から聞いたアドバイスを思い出した。

――女の子がいつもと違った格好してたら、そこを具体的に誉めてやれ。
――多少恥ずかしい台詞でも雰囲気が良ければ好印象ゲットだぜ!

今日の麻衣子はいつもとは化粧も髪型も違っている。
大人の色気と子供の可愛らしさが同居しているような印象で、とにかく可愛らしかった。
少ない語彙力で何とかその部分を誉めてみよう。

「か、髪型、いつもと違うな」
「あ、うん。レストランとか久しぶりだし、おめかししちゃった」
「……かわいい、よ」
「え?」

麻衣子がきょとんとした顔で見つめてきた。しまった、もうちょい遠回りな言い方をすべきだったか。
俺がいきなりかわいいとか言うのはいささか無理があったのだろう。

「……嬉しい。マコっちゃんがそんなこと言ってくれたの、初めてだ……」

顔をほんのり上気させて、目を伏せた。これは照れているのか? あの麻衣子が、照れているのか?
どうやら失言では無かったらしい。こんな簡単なことでよかったのか。
どうして俺は今までそんな簡単な一言が言えなかったのだろうか。
いける。今日の告白は、期待が持てそうだ。俺は一人舞い上がっていた。


          ◆         ◇         ★         ☆


今日のマコっちゃんは何だか変だ。
最初に会ったときから妙にそわそわしてたし、私のことを初めてかわいいと言った。
ひょっとしたら、マコっちゃんも私のことが……ううん、変な期待は持たない方がいいよね。

今までずっと友達で、私が女になってもそれは変わらなかったのに、急にそんな関係になるなんて、
ありえない……よね。マコっちゃんはずっと友達。私のたった一人の、友達。
これからもずっとそうであって欲しい。
でも心のどこかでは、何かを期待することをやめようとはしなかった。

「向こうにライオンがいるみたいだ。見に行こう」

耳を赤くしているマコっちゃんは照れ隠しなのか、早く先に行きたがっていた。
私は試しにマコっちゃんの腕をとって、下からのぞき込んで見る。

「な、何だよ」
「がおー」

マコっちゃんは照れてるような呆れているような怒っているような、複雑な顔をしていた。

「は、早く見に行こうぜ」

じっと見ていると視線をそらし、私を置いてさっさと歩き出してしまった。
ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな。それとも……ううん、やっぱり勘違い……だよね。

「まってー!」

マコっちゃんの後ろ姿を追って、私は駆けだした。


          ◆         ◇         ★         ☆


馬鹿か俺は。どうして腕を離したりしたんだ。
あのまま腕を組んだままにしておけばもっと雰囲気が出ただろうに……くそ。
腕をとられたとき、麻衣子の胸が思いっきり俺のひじに食い込んで、そのショックで思わず腕を離してしまったのだ。
着痩せするタイプなんだな……てそんなこと考えてる場合か。
今度は俺の方から攻めるしかない。

――いいか誠。恋人以外の女と手を繋ぐのはタイミングが命だ。
――いわば諸刃の剣。成功すれば万々歳。失敗したらその日のデート自体失敗だからな。

……まだ大丈夫だよな。今のは失敗じゃない。まだ立て直せるさ。きっとそうだ。
俺は必死に自分に言い聞かせ、動揺する精神を落ち着かせようとしていた。


ライオンの檻の前には、小学生の集団がいた。
眠ったまま動かないライオンに向かって、動け動けとはやし立てている。

「こら、ライオンさんのお昼寝邪魔しちゃ駄目でしょ」

すかさず麻衣子が小学生たちに注意したが、生意気盛りな小学生が麻衣子の言うことに
聞く耳なんて持っていなかった。

「うるせーブス」
「あっちいっててよー」
「な、なんですってー?」

小学生相手に本気になりそうな麻衣子を止めるため、俺が中に割って入った。

「おいお前ら。檻はすぐ壊れるくらいもろいから、ライオンを怒らすと食べられちゃうぞ」
「嘘ばっかり」

流石に小学生高学年ともなると人の嘘を見抜ける知性は持っているか。
これが低学年だったらまだ通用すると思うんだがな。
その時小学生の女の子が、俺たちに向かっていった。

「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人?」
「え?」

俺と麻衣子の声が重なる。麻衣子と目が合うと、自分の顔が赤くなるのがわかった。

「ねえ、恋人なのお?」
「当たり前じゃん。カップルだよカップル」
「カップルってふるくね?」
「いくつ?」
「もうヤった?」

小学生に囲まれる俺たち。子供の扱いに慣れてないので、どうしていいかわからない。
あまりにも質問がうるさいので、俺はついにいってしまった。

「言っておくが、俺たちはまだ付き合ってないからな……あ」

小学生たちも、麻衣子も、黙り込んでしまった。
”まだ”付き合ってないなんて言ったら、俺が麻衣子のことが好きなのをバレバレじゃないか。
小学生ですらそこに気付いてしまっている。麻衣子も当然、そのことに気付いているだろう。

「いつ付き合うの!?」
「どっちが告るんだよ!」
「どこで知り合ったん?」
「この姉ちゃんのどこが好き? おっぱい?」
「やだー」

状況を処理することは出来ないと思った俺は、麻衣子の手を引っ張って無理矢理脱出した。
小学生が追いかけてきたら諦めようと思ったが、そんなことは無かった。
戸塚動物園の入り口まで走り、ようやく立ち止まった。
俺が麻衣子の手を握っていることに、立ち止まってからようやく気付いた。

「あ、ごめん……」

俺が手を離そうとしたら、麻衣子の方から強く握り返してきた。
手を繋いだままで良いということか。

「さっきの、どういう意味……」

麻衣子の目が真っ直ぐ俺を射貫く。綺麗なガラス玉の様な目は、見ているだけで吸い込まれそうだった。
俺は一回だけ深く呼吸すると、覚悟を決めた。


          ◆         ◇         ★         ☆


「さっきの、どういう意味……」

マコっちゃんをじっと見つめると、今度は目をそらさずに見つめ返してくれた。
一拍おいてから、マコっちゃんは話し始めた。

「こんなこと言うと……その、びっくりするだろうし、俺のこと気持ち悪いとか思うかもしれないけど、言うぞ。
 お前のことが好きだ。きっとずっと前から好きだった。だから……」

涙が出そうだった。神様は私のことを見捨ててはいなかった。
私はぐっと涙をこらえていたが、どうにもそれは出来そうになかった。

「付き合って欲しい……。へ、返事は今じゃなくて良いか……あ」

頬を伝う暖かい涙は、あふれ出した想いの一部分に過ぎない。
私の心のなかではマコっちゃんに対する愛しさが溢れかえっていた。

「嬉しい……ありがとう……私も……好きです……大好きです……」

もっと言いたい言葉があった。伝えたい気持ちがあった。
でも涙声で紡ぎ出せた言葉は、それが全てだった。


          ◆         ◇         ★         ☆


嬉しかった。とにかく嬉しかった。うれし涙というものを初めて経験した。
感じたことのない優しい気持ちが心の中を全て占領していた。
考えるより先にそっと麻衣子を抱きしめていた。
腕の中で泣き続けるこの生き物を、命をかけて守ろうと誓った。
麻衣子も俺の背中に腕をまわし、二人でしばらく抱き合ったまま、泣き続けた。

気がつくと周りには数十人の人だかりができていた。
中には写メをとる者もいる。
殺気だった目で”バカップルが……ぶち殺すぞ……”という念を送る者もいる。

「ま、麻衣子。ここを出よう」
「うん」

俺は麻衣子の手を引っ張って戸塚動物園を後にした。


レストランを予約していたのだが、あまり行く気がしなかった。
今は二人っきりでいたかった。
麻衣子にどこに行きたいか尋ねると、あの代乃木公園の名前を口にした。
カップルの暇つぶしの場所としか思っていなかったが、今は俺もそこに行きたかった。

電車の中でずっと手を繋いだままだった。
お互い一言も喋らなかったが、時たま見つめ合うだけで楽しい気持ちになった。
これが恋人というものだろうか。

代乃木公園につくと、一番近くにあったベンチに腰を下ろした。
麻衣子はちょっと化粧を直したいと言って、荷物を置いて公衆トイレの方へ一人歩いていった。
辺りはすでに暗くなっていて、街頭の光がぽつんぽつんと辺りを照らしていた。


          ◆         ◇         ★         ☆


トイレの鏡の中に、泣きはらして少し赤くなっている自分の顔が映っていた。
化粧ポーチの中から道具を取りだし、目の回りだけ少しだけ直しておいた。
マコっちゃんを待たしておきたくないので、それだけでトイレから出ようとしたが、
ふと思いつき再び鏡の前にたった。

口紅をぬぐい、香りつきのリップクリームを唇に塗った。
準備万端の私は、トイレから出ると早足でベンチへと向かった。


          ◆         ◇         ★         ☆


麻衣子は思ったよりすぐに戻ってきた。
既に暗くなっているので、顔のどこの化粧を直したか、正直わからなかった。
俺の隣にそっと腰を下ろすと、俯いたまま喋らなかった。

「俺たち、付き合ってるんだよな」

数秒の沈黙の後、俺の方から話しかけた。

「うん。私たち、コイビトだね」

麻衣子はいつもの大口を開けた笑顔ではなく、口角を上げたおだやかな笑顔で言った。

「俺、正直言うと、いつからお前のこと好きだったのか、わからないんだ」
「うん。私もそうだよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「麻衣子……」
「……マコっちゃん」
「好きだ」
「私も、大好き」

どちらからという訳でもなく、俺たちは唇を重ね合った。
セピア色だったはずの日常が、急速に色づき、輝き始めていた。


第三幕「目下の幸せ」 終わり


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最終更新:2008年09月17日 20:55
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