不良「ま、まいった…」
晶「勝てない喧嘩売るなよ…あーあ昼休みおわっちまった」
晶は地面に転がる不良達を一瞥しただけで、去っていった。
不良「お、おーい大丈夫か…?」
不良「いてえ…これたぶんヒビ入った」
不良「お前は山崎邦生か」
不良「てか俺ら全員同じ名前かよ…」
不良「脇役ってレベルじゃねーぞ…」
不良達は初っぱからの脇役扱いに、泣いた。
五限をさぼり、屋上でパンを食べている晶の元に、友達の健一がやってきた。
健一「おーす!」
晶「よう」
健一「いやあ、お前が先輩達から呼び出し食らったの聞いて、心配してたんだよ」
晶「そうか」
健一「ま、俺が飛び出す必要も無くおわっちまったけどな」
晶「見てたのか?」
健一「ああ。いざとなったら俺が加勢してやろうと思ってな」
晶「お前が来てもな…」
健一「なにぃ? 俺は中学のときリーサルウェポン健一と呼ばれていた程の不良だったんだぜ?」
晶「(ダサッ!)そ、そうか…」
晶と健一は高校一年の時、同じクラスになった以来ずっと友達同士である。
一匹狼の晶は、クールであまり人付き合いを好むタチではない。
それとは対照的に、健一はいつも明るく、馬鹿ばかり言っていた。
対照的な二人だが、気の置けない友人としていつも一緒にいる。
健一「いやあ、俺の彼女が最近俺に冷たいんだよ」
晶「彼女いたのか?」
健一「エイミーのことだよ」
エイミーとは健一のペンパルのことで、カナダ生まれカナダ育ち、カナダ人は大体友達のカナダ人である。
晶「エイミーは別にお前の彼女じゃないだろ」
健一「両思いだから関係ないだろ? でさ、そのエイミーからメールの返信がこなくなったんだよ」
晶「なんて送ったんだ?」
健一「俺の作った詩さ。感想が聞きたいんだけど、もう一週間も返信がないんだ」
晶「……題名だけ聞いてもいいか」
健一「雪原に咲く一輪の花…さ」
晶「(ダ、ダサッ!)そうか…まあ向こうの用事もあるだろうし、気長に待てよ」
勢いよくコーヒー牛乳を飲み干した晶は、気になっていた事を思い出した。
晶「そうだ、今週の日曜日…」
健一「お前の誕生日だろ?」
晶「覚えててくれたのか。それで、俺ももうすぐ十七歳になるんだが…」
健一「ふむふむ。そんで?」
晶「…女体化が心配でな」
女体化とは(省略)。
健一「あれって本当なん? 俺の周りで女体化した奴とかいねーぞ。
初体験の平均年齢が下がってるからかもしれねーけど」
現在の初体験の平均年齢は十二歳である。けしからん!
健一「お前モテるし、もう童貞じゃねえだろ?」
晶「ま、まあな」
健一「心配すんなって。体がいきなり女になるわけないしょー」
晶「…ああ、そうだな。ありえない」
晶は杞憂だろうと思い、それ以上考えるのをやめた。
ベルが鳴り、五限目が終わったことがわかった。
健一「よしゃ! 次は体育だぞ! 今日はサッカーだ。
C組には松崎がいるから、お前がいないと勝てないんだよ。早くいこーぜ!」
晶「ああ」
晶と健一は勢いよく階段を下り、自分たちの教室を目指した。
日曜日、けたたましく鳴る電話の音で健一は目を覚ました。
まだ朝の七時である。
ディスプレイを見ると、晶からの電話だとわかった。
健一「うう…昨日徹夜でブラウザゲーしてたから眠いんだよ…なに…?」
晶「悪い、今すぐ俺の家に来て欲しい」
健一「風邪か? 声が変だぞ」
晶「頼む…」
電話は一方的に切られた。
健一は重たい頭を抱え、服を着替えスクーターで晶の家に向かった。
晶の家は金持ちだ。
高級住宅街の中にあっても、ひときわ目立つ家。
インターホンを鳴らし、ドアを開けてもらう。
中から出てきたのは、小柄な女の子だった。
健一は親戚の子だろうと思い、特に慌てることは無かった。
健一「あ、おはようございます。晶くんはいますか?」
???「……中入って」
健一「?」
言われるがまま健一は中へと入った。
健一と女の子は居間のソファーに向かい合わせに座った。
健一(よく見るとこの女の子めちゃめちゃ可愛いな…)
ショートカットの髪は動くたびにさらさらと揺れ、丸顔の顔によく似合っていた。
少しきつい目をしているが、ほんのり赤みがかかった頬と小さい唇が可愛らしい。
身長は160前後で、胸はCカップはあるだろう。
きゅっとしまったおしりと細くすらりと伸びた手足は、何か運動でもやっているように見えた。
健一「晶くんは何処ですか?」
女の子「……」
健一の質問に、女の子は黙って俯くだけだった。
健一「えっと、名前聞いてもいいですか?」
晶「……晶」
健一「……?」
ワンモアセッ
健一「え、あの…晶って言いました?」
晶「……あのさ、今から言うことよく聞けよ。俺……その……女になったみたいなんだ」
健一「……え……ええええええええ!!!???」
居間に健一の絶叫が響き渡る。
その時二階から誰かが降りてくる足音がした。
姉「あ、健一君、おはよう」
晶の姉だ。
晶の姉は女子大生で、今年で21になる。
容姿端麗な晶の姉らしく、ミス女子大に輝く程その麗しい顔はテレビのアイドルに全く引けを取らない(健一談)。
健一「あ、お姉さん。あの、晶が…」
姉「そうなのよねー晶ったら今朝起きたら女の子になっちゃっててさー」
健一(ええええぇぇぇ? 何で冷静なのこの人……?)
晶「健一……俺……どうしたら……」
泣きそうな顔をする晶を見て、健一は悲しそうな顔も可愛い、等と場違いな事を考えていた。
姉「私の友達の弟も、一昨年女の子になったって聞いたよ。
そんなに珍しい事じゃないんだから、落ち込まないの」
晶「うるせえ……うぅ……」
姉「健一君、悪いけど買い物付き合ってくれない?
これからこの子の下着やら服やら買うから」
健一「は、はい…」
姉「晶、姉ちゃんの服貸してあげるから、部屋に来なさい」
しぶしぶ姉について二階に上がる晶。
未だに信じられない健一は、ソファーに座り天井をぼーっと見ていた。
二階から降りてきた晶は、姉から借りた女物の服に着替えていた。
はっきりいって可愛い。
スタイルも顔も服のセンスもばっちりな晶を、健一は直視できなかった。
それからブラジャーを買ったり服を買ったり晶の試着姿を批評したり晶をからかって顔を真っ赤にさせたり…。
健一と姉にとってとても楽しい日曜日になった(健一は美女二人と街を歩く事自体とても楽しんでいた)。
晶はというと、今にも死にそうな顔をして、とても憂鬱そうだった。
それでも、健一の冗談に笑って答えることくらいは出来ていたので、健一はさほど心配していなかった。
月曜日、晶を迎えに来た健一は、晶の制服姿に激しく萌えつつ、晶を引っ張って登校した。
クラスのみんなの反応は概ね健一の予想通りで、晶の美少女姿に男も女も惚れたみたいだった。
みんなの反応を気にしていた晶は、すんなりと受け入れられたことに安堵していたようだった。
昼休み、晶と健一はいつも通り屋上に向かった。
健一「晶、またパンかよお前。せっかくの巨乳がしぼむぞ」
晶「うるさい。コンビニ弁当のお前が言うな」
晶の両親は共働きで、家にいないことが多く、姉は料理が絶望的に下手なので、晶はいつもパンだ。
健一と晶はいつも通りたわいもない話をしていたが、屋上にいた他の人の反応はいつもと違っていた。
男「誰だあの子…うわ、マジかわいい」
男「でも横にいるの彼氏だろうな。にあわねえー」
男「俺の彼女と交換してくれねえかなw」
男「つか全員同じ名前かよ……」
女「ねえねえ、あの子かわいくない?」
女「やべえマジかわいいよ。抱きしめたーいw」
女「つか横の男彼氏↑?」
女「違うでしょw」
ひそひそ話になってないひそひそ話が、健一達にも聞こえてくる。
健一「ちっくしょー勝手な事いいやがって。何か俺がお前の彼氏みたいに思われてるぞ」
晶「……嫌か?」
健一「え?」
上目遣いで聞いてきた晶に、健一は思いっきり不意をつかれてたじろいだ。
晶は慌てて冗談だよ、と訂正したが、ちょっと様子が変だ。
この時、晶自身も何故自分がこんなことを言ったのかわからなかった。
晶は不穏な空気を察知したのか、話題を変えた。
晶「そ、そういえばさ、来月お前の誕生日だったよな」
健一「え、ああ…そうだけど……!!!!!」
晶「プレゼント……」
健一「やばい!!!!」
晶「え?」
健一「やばいやばいやばいやばい!」
晶「ど、どうしたんだよ!」
健一は晶の耳に顔を寄せ、小声で言った。
健一「お、俺、童貞なんだよ……!」
晶「え”、嘘だろ……お前……」
健一「や、やべええええ!」
健一は完璧にL5だった。
晶「落ち着けよ! 彼女は?」
健一「エイミーなら…」
晶「あの女は彼女じゃない! セフレいるか?」
健一「いるわけないだろ…常識的に考えて…」
晶「じゃ、じゃあ親しい女友達とか?」
健一「一人もいねえよ……あ、いや、一人いる」
晶「じゃあこうなったらそいつに頼み込んでヤらせてもらうしかないぞ」
健一「で、でも…」
晶「早くしないと女になるぞ! お前まで女になったら俺は……」
俺は……何だろう。
その先に続く言葉は……。
晶は自分の中に芽生え始めている女の感情にまだ気付かないでいた。
晶「とにかくだ、もう事情を話してそいつにさせてもらうんだ。それしかない」
健一「わかった……そうするよ」
晶「よし」
これでいい……はずなのだが、晶はなんだか釈然としない気持ちになった。
健一は後ろを向き、歩き出すかと思ったが、そのままくるっと一回転し、再び晶の方を向いた。
健一「晶……そういうことだ。やらないか」
晶は目をぱちくりさせて、状況が飲み込めないでいる。
健一「俺の女友達はお前だけだ。頼む、やらさせてくれ」
晶は一瞬固まったが、顔を紅潮させると、手を思いっきり後ろに引き、パンッ!
晶の掌底が健一の顔にヒットし、健一は後ろ向きに倒れた。
晶「最低!」
晶は鼻血を出して倒れている健一の横を早足で通り、そのまま行ってしまった。
男「あの…大丈夫すか?」
ぼたぼたと鼻血を出してぶっ倒れた健一を心配し、周りの人が集まってきた。
健一は上半身だけを起こし、大丈夫なのをアピールしているのか、親指を立てている。
健一「なぁによくあることさ」
女「は、はぁ…」
健一「時に君たちに聞きたいんだが、彼女を怒らせたとき、どうやったら許してもらえるかな?」
晶は授業をさぼり、一人弓道場に来ていた。
晶は授業をさぼるとき、屋上かここに来るのが定番になっていた。
晶(なんであんな事したんだ……後で健一に謝ろう)
さっきの出来事に後悔しているとき、誰かが話しながら歩いてくる音が聞こえた。
下品な笑い方から、そいつらがあまり真っ当な高校生でないことを晶は察知した。
晶の思ったとおり、そいつらはこの学校の、いわゆる不良のレッテルを(ryだった。
この前晶が叩きのめした奴らもいる。
不良「ん? おお、女がいる」
不良「本当だ。ねえ、何してんの?」
不良「あのさ、よかったらこれから学校出て遊ばない?」
猫被った声で、ナンパしてくる男達に晶は猛烈に不快感を感じた。
晶は品の無い男が嫌いだった(自分自身は例外として)。
ナンパするんだったら面白いジョークの1つや2つ…そう、健一みたいに……。
健一? 何で今健一の名前がすっと出てきたんだ?
まさか…ひょっとして俺…いやでも……。
晶の頭の中で考えが二転三転する。
不良「やめとけ、こいつ晶だぞ」
不良「あ、そうか、女になったって言ってたな」
不良「うっわー晶ちゃんかわいそーw」
晶だとわかった途端、態度が豹変した。
女を見た目でしか見ていない証拠だ。
これは、クラスのみんなだってそうだ。
強面の一匹狼より、美少女の方がいいんだろう。
本当の俺なんて、誰も見てやしない。
女になった途端によってきたクラスメイト達に、晶は少なからず怒りを抱いていた。
そんな中で一人だけ、今までと変わらない奴がいたのだが、晶はまだ意識していない。
晶「お前ら…」
不良「今チャンスじゃないの? 女の晶なら流石に勝てるっしょ」
不良「そうだな。元が晶なんだから、複数でやっても卑怯じゃないよな」
卑怯に決まってるだろ。
晶は心の中で毒づいた。
不良「……すいませんでした…」
晶「だから勝てない喧嘩はするなって……わかったか?」
不良「はい……」
地面に転がる不良達に向かって、晶は勝ち誇ったかのように笑っている。
晶の笑顔に、不良達はただ沈黙するしか出来なかった。
晶は女になっても相変わらず向かってきた不良達に、ちょっとだけ親密感を抱いていた。
ちやほやしてくるクラスのみんなよりは、こいつらの方がよっぽど平等に自分を扱ってくれる。
馬鹿なだけかもしれないけど。
晶はさらに毒づいたが、少しだけ心のもやもやが晴れた気分だった。
さぼっている間に、下校の時間になった。
カバンを教室においたままだが、取りに行くのが面倒だったのでそのまま帰ることにした。
正門を抜けるとき、晶を呼び止める声がかかった。
サッカー部のエースストライカー、松崎だった。
松崎「晶、健一がお前のこと探してたぞ。まだ校内にいるはずだから、会ってやれよ」
女になってから初めて松崎と話した晶だったが、松崎の反応は男の時と全く変わっていなかった。
晶が女になったことを全く気にしていない様子である。
松崎「そんだけ、じゃ俺部活あるから、バイバイ」
晶「またな」
松崎の変わらない接し方に、晶は思わず顔がニヤけてしまっていた。
そういえば、あいつも全く変わっていなかったな……。
晶はここで初めて、健一が自分のことを女としてではなく、男としてでもなく、一人の人間、
晶として接していたことに気付いた。
そしてお腹の奥がじんじんするような、手足がムズムズするような、胸がきゅんきゅんするような、
今まで感じたことのない妙な気分になった。
健一のことを考えれば考えるほど、その妙な感覚は大きくなっていくような気がした。
晶「……健一」
不意に漏れた声は、まるで自分の声とは思えないほど、女の子っぽい声だった。
健一は屋上で聞いたとおり、花束を用意し、晶を迎える準備をしていた。
ちなみにこの花束は授業をさぼって花壇からむしってきたものだ。
女の子はなんと言っても物に弱い。(女談)
女の子は漫画みたいに花束を渡されることに無意識的に憧れを抱く者がいる。(男談)
意表をついた行動は女を魅了させる為に必要だ。(化学教師談)
大げさに、キザな台詞を使って、いっそ笑われるくらいが女の子には受けがよかったりする。(用務員談)
金じゃよ金……ヒッヒッヒ。(校長談)
校長以外の者達を信じて、晶の怒りを収めるべく、健一は必死に晶を捜していた。
そんなとき偶然、窓から正門のところに晶がいるのを見つけた。
晶は誰かと話しているようだった。
目をこらしてみると、その誰かが松崎であるとわかった。
二言、三言会話をした後、二人は別れた。
そのとき健一は、晶の嬉しそうな顔をはっきりと見た。
女になってから、あんな風に笑う晶の顔を健一はまだ見ていなかった。
健一は急に怖くなった。
何に大しての恐怖かは全く検討が着かなかったが、とにかく怖かった。
気付けば走り出し、裏口から学校を出ていた。
花壇から盗んで作った、花束を握りしめて。
火曜日、晶の家に健一が迎えに来ることは無かった。
学校で会えば普通に会話し、屋上で一緒にご飯を食べるのも変わらない。
しかし晶にはどうも健一の様子が妙に感じ、それを問い出すが笑って誤魔化されるだけだった。
金曜日、晶は再び不良達から呼び出しを受けた。
こりない奴らだとため息をついたが、健一の態度にストレスが貯まっていたところだったので、
不良達の呼び出しを快く受けた。
いつもの校舎裏につくと、不良達が仁王立ちで待ちかまえていた。
不良「晶! 今日こそお前の年貢のこらしめ時だぜ」
晶「納め時な」
不良「吉野さん! 出番っす!」
不良達が声をかけると、校舎の柱の影から大柄な男が出てきた。
高校生ではない。
不良「吉野さんは中学時代、西中の爆裂弾と言われ恐れられていた人なんだぜ!」
晶「(ダダ、ダッサ!)助っ人を呼ぶなんて…お前らプライド無いのか?」
不良「無い!」
晶「そんないばられても…」
軽口を叩く晶だったが、内心は焦っていた。
この吉野という男、がっちりとした肉体から何か格闘技をやっているのがわかった。
いくら喧嘩が強いとはいえ晶は女の子だ。
ウェイト差が大きすぎる。
吉野「おお、噂には聞いてたがかわいい女だな」
醜く口元を歪ませ笑う吉野に、晶は寒気を感じた。
吉野「なんだ、よわっちいなお前」
健闘していた晶だったが、晶の攻撃は吉野に全く効かず、
逆にたった一発腹に入れられただけで晶は地面に突っ伏すこととなった。
吉野「おら! おら!」
倒れた晶に吉野が蹴りを入れる。
蹴りが入る度に晶の口から苦しそうな声が漏れた。
不良「よ、吉野さん、もう十分ですよ」
不良「そうですよ、こいつも懲りたと思うし…」
吉野「ハァ…ハァ…そうだな。じゃあそろそろ…」
吉野は晶を足でひっかけて仰向けにさせると、手を押さえ制服を脱がし始めた。
晶「や、やめろ……やめ……」吉野「もっと抵抗しろよ。そっちのが燃えるからよお」
満身創痍の晶は、既に抵抗する力を失っていた。
不良「やめろよ! もう十分だっていってるだろ!」
不良「お、おい…!」
吉野「……ぁあ? 今なんつったクソガキ…」
不良「……」
吉野は立ち上がり、止めようとした不良を一蹴した。
巨体から繰り出される蹴りをまともに食らった不良は、車にはねられたかのように吹っ飛んだ。
不良「お、おい! ……くそ、てめえぶっ殺す!」
不良「調子こいてんじゃねえぞ吉野おおお!」
吉野「……死にたいのか……そうかそうか」
不良「てめえが死ねええ!」
突っ込んできた不良達をさらりと躱し、一発ずつ腹にパンチを入れていく。
その場にいた不良達は一瞬でやられてしまった。
吉野は地面に転がっている不良達を、尚も執拗に攻撃し続けた。
晶「やめろ……やめてくれ…頼むから…」
吉野「何? 何? 何か俺だけ悪者みたいになってるじゃん」
晶「俺は好きにしていいから……もうやめてくれ…」
不良「晶……お前……」
吉野「え、ほんと? じゃあオジサンの好きにしちゃおっかなー」
晶に馬乗りになると、吉野は再び晶の制服を脱がし始めた。
白い肌が露わになっていく。
吉野が晶の胸に手を伸ばそうとした瞬間、
吉野「ぐう!」
飛んできたサッカーボールが吉野のこめかみにクリーンヒットした。
松崎「ボールは友達~ってか…」
ボールが飛んできた方向には、サッカー部のエースストライカー、松崎の姿があった。
晶「松崎…逃げろ…逃げて人を呼んで…」
松崎「俺が今逃げたら超やばくない?」
吉野「ひひ、その通りだよーん」
吉野は晶のスカートの中に手を入れようとしている。
松崎「やめろ!」
松崎は陸上部でも通用するような脚力で吉野の方に走っていった。
晶「やめろ…!」
吉野「…馬鹿正直に走って来やがってよお…これだから優等生君は」
スピードに乗ったまま、松崎は晶にまたがっている吉野の顔めがけて、鋭い蹴りを放った。
吉野「駄目なんだよお!」
しかし完璧に読まれていて、あっさり吉野にかわされた後、松崎は足を引っかけられ派手に転んだ。
うつぶせに倒れた松崎にまたがり、容赦なく拳を振り下ろす吉野。
松崎の顔面が血に染まる。
不良「やめろおお!」
痛みが引き、体を動かせるようになった不良達は吉野に向かっていった。
しかしダメージを負っている不良達は吉野に片腕ではじかれてしまう。
晶は自分の無力さに涙を流した。
男の自分だったら何とかなったかもしれない。
少なくとも、こいつらを逃がしてやれることくらいは出来ただろう。
何も出来ない自分が悔しくて、流れる涙をこらえることが出来なかった。
吉野「さってっと、晶ちゃん続きを再開しようか。
忘れられない思い出にしよーぜぇぇ」
晶は心の中で必死に助けを求めていた。
そいつは普段全然頼りないけど、いざという時には頼りになる男だった。
いつも飄々としてて、でも人を気遣えることが出来て、繊細で。
晶(そうか…ようやくわかったよ……俺は…)
その時やっと、晶は自分の気持ちに素直になることが出来た。
「待てよオッサン」
最初晶はそれを幻聴かと思った。
余りにも出来すぎていたからだ。
吉野「なんだよ、また優等生君の登場かあ?」
「自慢じゃないが、俺は人から優等生と言われたことは今まで一度もない」
吉野「本当に自慢じゃねえな…」
晶「健一ぃ! 健一ぃぃ!」
健一「……」
松崎が来たことにも驚いたが、まさか健一まで来るとは思わなかった。
嬉しかったが、それ以上に怖かった。
健一がやられることが、傷つくことが、晶は何よりも怖かった。
晶「逃げて! お願い、逃げて!」
健一「……晶…ごめんな、俺がもっと早く来てれば…」
吉野「うわ、ちょっとやめてくれよ。そういう台詞は強い奴が言うもんだぜ」
健一「お前のこと、気遣ってやれなくてごめん。自分のことで、精一杯だったよ」
晶「けんいちぃ……」
吉野は晶から体を離し、健一の方に向かっていった。
晶「逃げて…健一……早く…」
松崎「あ、晶…安心しろ…」
地面に俯せに倒れ、息も絶え絶えになっている松崎が晶に言った。
松崎「俺はあいつと中学が同じでよ…
吉野「かっこつけて出てきたんだから、少しは頑張れよお!」
知ってるか? あいつは中学の頃、どうしようもない不良でな…
健一「知らないのか、俺はなあ、中学校の頃…
暴走族20人を相手に、乱闘したときがあってな。
結局あいつは一人で全員を叩きのめしたんだ。ついたあだ名が…
晶「……! それ、もしかして…
リ ー サ ル ウ ェ ポ ン 健 一
健一「……って呼ばれてたんだぜ」
吉野「なんだあ? そりゃあ。まあいい、さっさと、死ね」
吉野が繰り出したパンチを難なく躱した健一は、鋭い一撃を脇腹にたたき込んだ。
予想外の動きとダメージに、吉野の動きが止まる。
それからは早かった。
顎に一発、脇腹にもう一発、アッパー一発、左ストレートを顔に、その勢いのまま上段後ろ回し蹴りを一発。
全てが終わった後、吉野は白目を剥き、泡を吹いて倒れていた。
晶「お前……本当に強かったんだな…」
健一「晶! 松崎! その他大勢! 大丈夫か!」
松崎「俺は大丈夫だ…たぶん鼻が折れてるけど…」
不良「一応俺たちの心配をしてくれるお前が大好きだ…」
不良「いてえよお…たぶんヒビ入ってる…」
不良「だからお前は山崎邦生かっての…」
健一「晶!」
健一は晶を抱き寄せ、傷の具合を確かめた。
健一の顔がすぐ傍に迫っていることに、晶は少し顔を赤らめさせた。
健一「変なことされなかったか!? 胸さわられなかったか!?
○○○を△△△されたり□□□を※※に◎◎◎されたりされなかったか!?」
晶「だ、大丈夫だよ。そこに転がっている人たちが、助けてくれたから…」
健一「そうか…よかった……とりあえず救急車と、警察を呼ぶよ」
健一は制服のポケットから携帯を取り出し、普段絶対にかけない番号をダイヤルした。
まず警察が先に到着し、気絶した吉野をたたき起こし、連行していった。
その時吉野がちらっとこちらを見て笑ったような気がしたと、後々健一は晶に言った。
吉野を呼んだのは不良達だが、警察の尋問で吉野が不良達の名前を出すことは無かったらしい。
吉野は「ただ遊びにいっただけ」と答えたそうだ。
晶達は入院することになったが、晶と不良達は一週間も経たずに退院することが出来た。
松崎だけは鼻の骨に加え、あばらや腕の骨にヒビが入っていたので、退院にはもう少し時間がかかるみたい。
健一「そんなこんなで2週間が過ぎたとさ」
晶「誰に向かって言ってるの?」
健一「え、いや別に…」
晶「ふふ、何それ」
晶は急速に女の子になっていった。
一人称も俺から私になったし、男言葉も少なくなった。
健一「それよかさ、ようやくエイミーから返信来たと思ったら、もうメールしないでください、だってよ」
晶「明らかに詞が原因だよそれ」
健一「そうかな? いい詞だと思うんだけどな、雪原に咲く一輪の花」
晶「どういう詞なの?」
健一「真っ白な雪原の中で、たった一輪だけ咲いた花の話だよ。
いろんな動物がその花に話しかけるんだ。
貴方は誰? って。そしたら花は絶対こういうんだよ。
私は私よ、ってな」
晶はぽつんと一輪だけ咲く花を想像した。
仲間が一人もいない、自分と比べる相手もいない、たった一輪の花だけが存在する雪原。
その中で確固たる自分を築き、それを崩さないでいる、強い心を持つ花。
晶「……いい詞だな……」
健一「だろ? なのにエイミーはアイキャントアンダスタンドらしいぜ」
晶「私はいいと思うよ…自分が無いってのは悲しいことだからな」
健一「ああ、そうだな…」
晶は健一の方を向き直り、いたずらっぽく笑って言った。
晶「健一……私は、誰?」
健一は晶の目を真っ直ぐ見つめ、満面の笑みを浮かべ言った。
健一「お前はお前。俺の友達の、晶だよ」
晶と健一の笑い声が、昼休みの屋上に反射「やべえええええええええええ!!!!!」
晶「な、何!? もうこの話終わりかけてるけど!」
健一「来週末俺の誕生日なんだよ! やべえええ! 女体化してしまうううう!!」
晶「きゃーーー!! ほんとだ!」
健一「晶ぁぁ! 頼む! いくつかのプロセスをすっ飛ばしてやらしてくれ!」
晶「ま、待ってよ! まだ時間有るから告白からにして!」
健一「ええ、ええっと、じゃあちょっとラブレター書いてくるから待ってて!」
晶「口で言えええええ!!!」
名物になりつつある昼休みの彼らの掛け合いを、周りの人たちはクスクスと笑いながら見ていた。
青春とは、自分を探すことと見つけたり。(教頭談)
~終わり~