93 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:26:54.22 ID:DKTkMXUZ0
父さんへ
最後まで親不孝者でごめんなさい。 サッカーを教えてくれた貴方に、僕はとても感謝しています。 サッカーは僕の人生そのものとなりました。 でも僕はもうサッカーが出来ません。 スカートでグラウンドを駆け回るなんて、滑稽ですよね。 女子サッカーを目指すことも考えました。 でも、僕にはとても耐えられません。 僕は男ですから。 体は女になっても、魂までは変わりませんでした。 どうしてこんなことになったのでしょうか。 神様はきっと僕のこと嫌いなんでしょうね。 父さん、周也を頼みます。 ありがとう。
さようなら。
陽平
94 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:28:11.02 ID:DKTkMXUZ0
太陽が照りつけ、屋上のコンクリートは半熟目玉焼きが出来そうなくらい熱がこもっていた。 俺たちは貯水タンクの影に移動し、太陽の熱線から逃れた。
「えっと、ニコちゃん。どうして私のところにきたの? あ、そうか。私の美貌が他校にも知れ渡ってるから……」
「怪力の方じゃねえの? 痛っ! 太ももはやめて!」
健一のももに晶の鋭いパンチが飛んだ。
「あの、晶さんに聞きたいことがあるんです」
ニコは胸の前で手を組み、落ち着かなそうにそう言った。 仕草がいちいち女の子らしくて、良いな。
96 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:29:45.01 ID:DKTkMXUZ0
「あ、晶さんは、女体化した人、なんですよね?」
「イエス、シーイズ! チッチッ」
「健一、まだ絞められ足りない?」
「ごめんなさい」
黄金のツートップは今日も快調なコンビネーションだ。
「その、女体化した後で、何か困ったこととか……ありませんでした?」
俯きながら、か細い声で尋ねるニコ。 晶は唇に人差し指をくっつけ、首をかしげた。 動きに合わせてショートヘアがさらさらと揺れる。
「特に……無いかな」
98 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:33:10.45 ID:DKTkMXUZ0
ニコは晶の返答が納得いかなかったらしく、続けて言った。
「そ、その、いやらしい目で見られたり、態度が変わったり、今まで話したこともないような男子がまとわりついてきたり、とか……」
「……? んー態度が変わったのはあるかも。前より友達増えたし。ほとんど女の子だけど」
「……そうですか」
どうやらニコはまだ納得がいかないらしい。 再び俯き何か考え込むようにじっとしていた。 俺はニコの様子から、あることを考えていた。 晶の方を見ると、どうやら俺と同じ考えらしく、目で合図を返してきた。 健一は……全然気付いてないらしい。 俺と目が合うと、自称女ごろしのスマイルを返してきた。 何のスマイルだそれ。
99 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:34:13.08 ID:DKTkMXUZ0
「あのさ橘さん。ひょっとして、橘さんも、女体化した人?」
俺はなるべく深刻そうな感じにならないよう、軽いのりで尋ねた。 だがニコにとっては十分衝撃的だったらしく、がばっと顔を上げて怯えた目で俺を見返す。 やっぱ俺って嫌われてる?
「じ、じ、実は、そうなんです……ごめんなさい」
薄い壁を一枚隔てた向こう側から聞こえるような、曇った声で返事をしてきた。 朝のHRの時から少し変わってる子だと思ってた俺は、大して驚くことは無かった。 健一は珍しく空気を読んで、何も言わないでいる。 しかし晶は……。
100 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:35:14.27 ID:DKTkMXUZ0
「ナカマー!」
「ぎゃっ!」
勢いよくニコに抱きつく晶。 そのまま押し倒しそうな勢いだった。
「よかったー! 女体化した人が周りにいないから、ひょっとしたら世界で私だけ? とか思ってたのよー!」
女の子に抱きついても犯罪にならないってのは、女の子の特権の一つだよな。 晶の豊かな胸がニコを窒息させそうな勢いで吸い込んでいた。
「あ、あふぃらさん、ふるひい、ふるひいうぇす(あ、晶さん、苦しい、苦しいです)」
「ご、ごめん!」
晶が手を離すと、ニコは顔を真っ赤にして荒く息をついていた。
101 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:36:04.40 ID:DKTkMXUZ0
「ごめんねニコちゃん。ダイジョブ?」
ニコは真っ赤になった顔で、ニコっと笑った(シャレじゃねえぞ)。 その笑顔に俺は脳みそが溶けそうだったが、晶の脳はとっくに溶けていたらしく。
「可愛いー!」
「わふっ!」
再び抱きついた。
「俺は……男をやめるぞ周也ぁぁぁ!」
健一、今お前が男でいるのは、晶のおかげだぞ。
103 名前: クラッキ3 投稿日: 2007/08/27(月) 23:38:52.89 ID:DKTkMXUZ0
楽しい昼食会は、授業開始五分前のチャイムで終わりを告げられた。 俺たちはまた明日屋上に集まることを約束し、その場から離れた。 転校したての緊張が緩和されたのか、ニコは昼休みが終わってから随分と明るくなった。 しどろもどろだったクラスメイトとの会話も、かなり改善されたようだ。 よきかなよきかな。 ただ、一つだけ気になることがあった。 放課後、俺が一緒に帰ろうとニコを誘おうとしたとき、何か様子がおかしかったのだ。 椅子に座り、携帯をじっと見つめているニコ。 何を見ているのか、ちらっとのぞき見しようとニコの後ろに立った。 そのとき気配に気付いたニコが慌てて携帯をしまい、振り返ったその顔は、取り繕ったかのような笑顔で。
「何、周也くん」
その機械的な笑顔に、俺は一瞬たじろいだ。
104 名前: クラッキ3 終 投稿日: 2007/08/27(月) 23:40:13.42 ID:DKTkMXUZ0
何も言わない訳にもいかず、俺は一緒に帰ろうと誘ったが、案の定断られた。 でも……。
「ごめん……また……また誘って」
携帯をしまい、かばんを肩にかけ、俺の方を振り向かずに教室の入り口へ駆けていった。 入り口の辺にいたクラスの男子が、ニコの顔を見て息を呑む様子がわかった。 俺はなんでこの時、ニコを追いかけなかったのだろうか。 いつだって俺は、気がつくのが遅いんだ。
(東桜山公園……)
ニコの携帯を盗み見したとき、その名前だけ見ることが出来た。 たぶん誰かからのメールだろう。 手足の先をライターであぶられるような、じりじりとした焦燥感を感じた。
~to be continued~
最終更新:2008年09月17日 21:01