134 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:06:25.24 ID:0y9IR6WA0
母さんへ。
僕が女になってしまったとき、貴方は朝まで僕と泣いてくれましたね。 すごく嬉しかった。 それからも、貴方は僕のことをいろんな場面で気遣ってくれました。 それはもちろん、父さんや周也も同じです。 サッカーをやめて、落ちぶれた僕は、この世界を隅から隅まで憎んだ。 どうして僕なんだって。 その答えは結局分かりませんでした。 ひょっとしたら、答えなんて無いのかもしれませんね。 母さん、今までありがとう。 貴方は僕が愛した唯一の女性です。 どうか周也に、貴方の優しさを分けてあげて下さい。 愛しています。
さようなら。
陽平
135 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:09:47.88 ID:0y9IR6WA0
東桜山公園は、その名の通り春にはたくさんの桜が咲く、花見の名所だ。 秋には紅葉した木々が道沿いに並び、散歩やカップルのデートコースとしても需要がある。
校庭くらいの広さがある広場が四つあり、曲がりくねった道がそれらを繋いでいる。 さらに大きな池が一つと、小さな池が一つ。 大きい方の池ではボートを借りて乗ることが出来る。 つまり全体は結構な広さがあるっていうことだ。
俺は西側の入り口から中に入り、近くに立ててあった看板の前に歩いていった。 看板には公園全体の地図があり、現在地を確認することが出来る。 自分の中で適当にコースを決め、あてもなく歩き出した。
136 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:11:46.17 ID:0y9IR6WA0
何故自分がここにいるのか、俺は未だにわからない。 ニコの様子から何か不吉な予感がしたという、ただそれだけでここに来たのだ。 ただ単に前の学校の友達から誘いがあっただけかもしれない。 もっといえばあのメールは「東桜山公園に痴漢が出たんだってさ!」とかいうどうでもいい内容のメールだったのかもしれない。 まあそれでもいい。 杞憂ならばそれにこしたことは無いのだから。
137 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:13:15.27 ID:0y9IR6WA0
しばらく歩き回ったが、ニコと出会うことは無かった。 出くわすのはご老人か、世界最後の日まで無くなりはしないだろうバカップルだけ。
空が徐々に赤みを増してきた。 暗くなると、心配性の母にいらない気をつかわせてしまう為、俺は出口に向かって歩き出した。 そのとき近くを歩いていた女子高生が、妙なことを口走ったのを聞いた。
「あの子やばくない?」
「うん、やばいよ……どうしよう。警察呼んだ方がいいかな……」
「うーん……」
声のした方を振り返ると、ギネスでも狙っているかのようなミニスカートの女子高生が二人歩いていた。
138 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:14:46.80 ID:0y9IR6WA0
俺はなりふり構わずそいつらに近づき、何を見たのか尋ねた。
「さっきさー、なんか中学生っぽい女の子がガキ共に連れてかれたの」
「そうなんですよ。マジヤバク無いですか?」
「その子、今何処にいる?」
焦燥が緊張に変わり、手に力が入る。
「たぶん、第一広場だと思う。上の方の」
「ありがとう」
俺はそれだけ言うと走り出した。 後ろからさっきの女子高生達の声が聞こえたが、今は構っていられない。 くねくね曲がった坂道を最短距離を選びつつ一気に駆け上がる。 サッカー部で鍛えた足がこんなところで役に立つなんてな。
139 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:16:54.89 ID:0y9IR6WA0
坂を上りながら、ポケットから携帯を取り出す。 電話帳のカ行の覧から、目当てのアドレスを見つけ、手早くメールを送信した。 人に助けを借りるなんてかっこ悪いが、状況が状況なだけにそんなことは言っていられなかった。
第一広場は酷く閑散としていた。 東桜山公園の最も高所にあるここは、普段からあまり人はいない。 花見のときにだけ人が集まる場所で、大抵はホームレスのねぐらだ。
俺は辺りを見回すと、広場の隅に人がかたまっているのを見つけた。 俺は早歩きでそいつらに近づいていった。
140 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:18:35.90 ID:0y9IR6WA0
俺が近づくと、フェンスにもたれていたそばかすだらけのガキが、俺の進行を妨げるように前に出てきた。 くっちゃくっちゃとガムを噛む姿は、生まれながらに人の神経を逆なでする才能をもっているようだった。
「誰だよお前」
俺が聞きたいくらいだ。
「人を探してるんだ。肩より少し長いくらいのストレートで、茶髪。背はあんまり高くなくて……」
「ねえ」
いつの間にか近くにいた、金髪の男が俺の言葉を遮った。 俺は一瞬たじろいだ。 こいつの姿は、まるで絵本に出てくる王子さまだ。 さらさらの金髪ミディアムヘアに、整った顔立ち。 立ち振る舞いもそこいらのガキとは違い、どっかの大金持ちのご子息のようだ。 ひょっとしたら本当にそうなのかもしれない。
141 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:20:42.65 ID:0y9IR6WA0
「ひょっとして、君が探しているのはニコのことかな?」
麗しい唇が澄んだ声を発した。 人の気持ちを見透かしたかのような微笑みとセットで。
「あ、ああ、そうだ。何処にいる」
「……こっちにいるよ。来てみなよ」
金髪が手招きしたので、俺は慌てて後を追っていった。 連れてこられたのは、広場につき必ず一つ設置されている、公衆トイレだった。 数人のガキ共がタバコをふかしたりして、トイレの傍に座り込んでいた。
トイレから、何か……声が聞こえる。
142 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:22:36.67 ID:0y9IR6WA0
「鏡ごしに見えるはずだ。トイレの入り口に立ってみなよ」
金髪に言われるがまま、まるで催眠術にかかったかのように、俺の足はトイレへ向かっていた。
「――!」
奴が言ったとおり、それはトイレに入らなくても見ることが出来た。
143 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:24:44.52 ID:0y9IR6WA0
立ったまま、後ろから突かれているニコ。 同時に口で他の男に奉仕していた。 下半身は裸で、上半身は制服を着ていた。 俺が見覚えのあるのは、その制服だけだ。 目を見開いて、恍惚の表情を浮かべるその女を、俺は知らなかった。
「君も順番待ちする? あと一時間くらいかかるけど」
金髪は、まるで遊園地のアトラクションのことかのように、平然とそう言った。 俺はただ、トイレの中で痴態を繰り返すその者たちを見ていた。 気が動転して何も考えられなかったのだ。
145 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:26:41.23 ID:0y9IR6WA0
そのとき偶然にも、鏡ごしでニコと目があった。 瞬間、体中に高圧電流が走ったかのような衝撃を受ける。
タ ス ケ テ
ニコは確かに、そう言っている。 もちろん口で言った訳ではないが、俺には確かにそう聞こえた。 足が震えた。 体が動かない。 俺はどうすればいい。 心臓が破裂しそうな程鼓動を早めている。
146 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:28:27.85 ID:0y9IR6WA0
金髪はそんな俺を見ても、ただ薄く笑うだけだった。 タバコを取り出し、オイルライターで優雅に火をつけている。 ゆらゆらと立ち上る煙が、夕日の中に淡く消えていった。
夕日――。
兄貴が生きていた頃、よく土手でサッカーの練習に付き合ってくれていた。 そんなときはいつも日が落ちるまで練習していたから、二人で夕日を見るのはしょっちゅうだった。
真っ赤に染まった太陽の中に、兄貴がいた。
147 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/30(木) 00:30:18.41 ID:0y9IR6WA0
走れ――周也。
149 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:31:53.17 ID:0y9IR6WA0
震えは止まり、足が動き出した。 脳からの信号ではなく、魂の叫びが俺の体を突き動かした。 トイレの中に駆け込むと、馬鹿面で腰を振っていたチビが素っ頓狂な叫び声を上げた。
「誰だよお前! 出て行けよ!」
俺は立ち止まることなく、そいつの顔面に向かって拳を放った。 鼻に当たり、ごちゅっと音がして、鼻が潰れたのがわかった。 後ろに吹っ飛んだチビは壁に頭をぶつけ、背中をつけたままずるずると崩れ落ちた。
150 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:34:46.43 ID:0y9IR6WA0
「誰だてめえ!」
もう一人の男がニコの口からアレを引き離した。 唾液の糸がそいつのアレとニコの口を繋いでいる。 その瞬間俺はそいつのアレ目掛けて思いっきり足を振り上げた。 そいつは声を立てることもなくうずくまり、動かなくなった。
151 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:36:38.67 ID:0y9IR6WA0
「ニコ! 早く服を着ろ! 逃げるぞ!」
目を赤くしたニコは、こくりと頷くと傍に落ちていたスカートと下着を拾い上げ、足を通し始めた。 トイレの傍でかたまっていた奴らが来るだろうと身構えていたが、奇妙なことにそれは無かった。
「よし、行くぞ!」
手をしっかりと繋ぎ、トイレを出ると、十人以上のガキ共が俺たちを待ちかまえていた。 中心には、先ほどと変わらない、涼しい顔をした金髪が立っていた。
152 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:38:27.05 ID:0y9IR6WA0
「さて、どうしようかな」
金髪は相変わらずの透き通った氷のような声で言った。 考え込むその顔は、まだあどけない、難しい算数の問題を解いている子供のように見える。 しかし出た答えは、分数の割り算なんかよりよっぽど直感的でわかりやすいものだった。
「よし、リンチしよう。死んじゃったらごめんね」
あまりにも平然とした顔で言うので、最初そいつが何を言っているのかわからなかった。
153 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:39:30.76 ID:0y9IR6WA0
太陽がさらに赤さを増し、辺りを血に染めた頃、俺は初めて全身に戦慄を覚えた。 俺の手が震えているのは、ニコが震えているからだろうか。 それとも俺自身の震えなのだろうか。 ニコは俺の手を握りしめ、涙で顔をぐちゃぐちゃにして、ただ同じ言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい……周也くんごめんなさい……ごめんなさい……」
154 名前: クラッキ4 投稿日: 2007/08/30(木) 00:41:43.82 ID:0y9IR6WA0
ニコの体を引き寄せ、俺の影に隠れるようにした。 背中からニコの震えが伝わる。 今日初めて会った女の為に命を落とす。 お姫様、わたくしの命に代えて貴方をお守りしましょう! ああ最高にかっこいいぜ、くそったれ。
「おい、最初は手を出すなよ。僕がやる」
金髪が一歩前に歩み出た。 それに合わせて俺も一歩前に出る。
156 名前: クラッキ4 終わり 投稿日: 2007/08/30(木) 00:42:59.38 ID:0y9IR6WA0
「周也くん……」
背中から心配そうな声が聞こえた。 俺はそれには応えなかった。
周りのガキ共が俺たちを円に取り囲み、即席のリングが出来上がった。 夕日をバックにした奴の金髪は、鮮血の色に染まっていた。
「来なよ優等生。この世界のこと、少しだけ教えてあげよう」
このとき何故か、優等生、という言葉が頭のどこかにひっかかった。
~to be continued~
最終更新:2008年09月17日 21:02