85 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:38:13.85 ID:xN3WK8ok0
子猫のように愛らしいその少女は、あまりにも傷だらけだった。 傷つけられ、傷つけられ、傷が治らないうちにまた、傷つけられ。
血だらけになりながらも、それでも彼女は生きようとしたのだ。 折れた足、塞がった目で、それでも彼女は前に進もうとしたのだ。
本当の強さって、そういうことなんじゃないだろうか。
―――クラッキ6
86 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:39:18.01 ID:xN3WK8ok0
夕日は落ち、濃紺の空に星が輝き始めた。 ガキ共は突如現れた健一を取り囲み、鼻息を荒くしている。 闇に浸食されつつある第一公園に、レイジの澄んだ声が再び響いた。
「殺せ」
美しい声色に似つかわしくない言葉だった。 その声を合図に、健一に群がっていたガキ共は一斉に動き出す。
最も速く健一に飛びかかった二人は、健一の神速のジャブで二人とも顔を潰された。 背後から近づいた奴には回し蹴りをお見舞いし、警棒で殴りかかってきた奴は服を掴んで投げ飛ばした。
相変わらず健一は強かった。
「すごい……」
先ほどまで健一の身の心配をしていたニコも、今では感嘆の息を漏らしている。
87 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:39:57.96 ID:xN3WK8ok0
ガキ共が全員地面に突っ伏すまで、かかった時間はわずか五分程度だった。
「後はお前だけだな、金髪野郎! 一人になって寂しいだろうから、すぐにお前もぶっ倒してやるぜ!」
レイジは健一の言葉にきょとんとした表情を浮かべた。
「何言ってるの? 僕は最初から一人だ」
「は、はぁ?」
どうやらレイジは今地面に倒れているガキ共を、仲間ともなんとも思っていなかったらしい。 つくづくイカれた野郎だ。
そして、健一の戦いを見ても尚、その余裕そうな態度が怖かった。
健一は構えをとり、じりじりとレイジに近づいていった。 その時初めてレイジが構えた。 俺の時とは違い、警戒しているのだろう。
88 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:41:20.52 ID:xN3WK8ok0
健一は俺とは比べものにならないスピードのパンチを、レイジの顎を狙って打った。 しかしレイジは間一髪でそれを避け、生じた隙に健一の顔目掛けてフックを放つ。
レイジのフックが健一に届く前に、健一は後ろに飛んでいた。 レイジも後ろに後退し再び構える。 辺りの空気がぴりぴりと張り詰めているように思えた。
「周也、ニコを連れて逃げろ」
俺は健一が何を言っているのかすぐには理解出来なかった。
「周也! 早くしろ! こいつ、やばいぞ」
健一が相手を畏れている。 五年近く付き合っているが、こんな健一を見たのは初めてだった。
「わかった。無理はするな」
「おう」
レイジに視線を合わせたまま、健一は短く返事をした。 おろおろするニコの手を引っ張って、俺は第一公園を後にした。 空には狂おしい程美しい半月が、圧倒的な存在感をもってそこにたたずんでいた。
89 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:42:21.30 ID:xN3WK8ok0
「健一くん、大丈夫かな……」
街頭の光が照らす道を俺たちは歩いていた。
後頭部から流れていた血はとっくに止まっているが、後ろ髪が血で湿りごわごわして気持ち悪い。 右頬を殴られたらしく、その部分が大きく隆起している。 せっかくのイケメンが台無しだ。
「安心しなよ橘さん。あいつは今まで負け無しなんだ」
噂で聞く限りだが、健一が喧嘩で負けたことなど俺は知らない。
沈黙が流れ、虫の声がやけに大きく聞こえた。 先ほど見たトイレの中での事を聞きたいが、とても俺の口から聞けることじゃない。
とりあえずあいつらとどういう関係なのかを聞いてみることにした。
90 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:43:24.56 ID:xN3WK8ok0
「あの人達は前の学校の人。レイジくんだけは違う。えと、レイジくんはチームのリーダーって聞いてる」
あのサド野郎にくん付けなんてしなくていいと思うが、そこは突っ込まずに適当な相づちを打っておいた。
「……周也くん。聞いて欲しいことがあるの」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言った。 俯いていた為、ニコの表情はわからない。 俺が黙っていると、ニコはぽつりぽつりと語り出した。 それは、平々凡々に育った俺にとって、あまりにも衝撃的な話だった。
集団レイプ。 耳を覆いたくなるようないじめ。 そして、自殺未遂。
聞いている内に心に黒い塊がどんどん溜まっていくようで、話を聞くのが辛かった。 全てを話し終えた後、ニコは顔をあげて言った。
91 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:44:35.28 ID:xN3WK8ok0
その言葉を聞いた俺は耳を疑った。
「ぼく、ぼくね。レイジくんが言ったこと、正しいと思う」
「!」
信じられない言葉だった。 ニコは真っ直ぐ俺を見据えて、はっきりとそう言ったのだ。
「違う、違うよ橘さん。あいつの言ったことは全部デタラメだ」
「ううん。聞いて、周也くん」
ニコが立ち止まり、俺もそれに合わせて立ち止まる。
「……ぼくね、ずっと考えてたの。なんでぼくは女体化したんだろうって。なんでぼくはいじめられるんだろうって。 ずっとずっと考えてた。そのせいで、寝れない日もあった。ある日レイジくんに会ったとき、あの話を聞かされた。 ぼくだってレイジくんが良い人だとは思ってないけど、でも、結局世の中、そうなんだよ。 正義も悪もない。強い人だけがルールを作って、弱い人がそれに従うようになってるんだ。 ぼくはレイジくんの話、正しいと思う。ぼくは……」
92 名前: クラッキ6 投稿日: 2007/09/05(水) 00:46:25.91 ID:xN3WK8ok0
街頭の光に照らされたニコは、目を離せばすぐに消えてしまいそうな程儚かった。
「……ぼくはいじめられることでしか、この世界にいちゃいけないんだって、そう思ったの。 いじめられることこそが、ぼくのソンザイイギなんだ」
聞いていて涙が出そうだった。 一体誰がここまでこの少女を追い詰めたのだろうか。 光の無い瞳に、ニコの底の見えない絶望を見た気がした。
違うと否定したかった。
力一杯抱きしめたかった。
伝えたい言葉があった。
でも俺は何一つ、出来なかった。
手が震え、口が渇き、頭の中で思考が駆けめぐるが、結局俺は何も出来なかったのだ。 俺の兄貴の時と、同じように。
93 名前: クラッキ6 終 投稿日: 2007/09/05(水) 00:46:59.37 ID:xN3WK8ok0
「ぼくの家、近くだから。今日はありがとう。でも、もういいから。ばいばい」
俺は遠ざかるニコの背中を、見えなくなるまで見つめていた。 ニコが後ろを振り返ることは無かった。
~to be continued~
最終更新:2008年09月17日 21:03