「ファックしてみな」
教室が静まりかえった。
片足を机の上にのせて椅子に座っている大石を上から見下ろすように睨んでいるその女は、ついさっき朝のHRで自己紹介をしたばっかりの転校生である。
きっかけは単純だ。大石がその女にちょっかいを出した。ちょっかいと言っても、笑える程度の卑猥な言葉を女に言っただけである。
たったそれだけでこの女は、この学校を統括している四強の内の一人である大石に、喧嘩を売っているとしか思えないような口上でこのような暴挙に出たのである。
「どういう意味だ」
大石は極めて落ち着いていた。
それは人の上に立つものが簡単に動揺を見せてはならないことを知っているからだ。教室にいる者たちが固唾を呑んで状況を見守る中、女は言った。
「出来るもんならやってみろってことだ粗チン野郎」
大石は立ち上がり女を睨み付けた。女は机の上から足を下ろし、中指を立てた手を大石の顔の前にもっていった。
これが後々まで語り継がれる、私立山浪学園高等部夏の乱の始まりの瞬間であった。
「お前がいない間に、大石がやられた」
短く切った頭をツンツンに立てた男が、タバコに火をつけながら言った。
ここは山浪学園の屋上で、彼はこの学園の三年生だ。彼の名前は江坂呂夢露(えさか ろめろ)。四強の内の一人である。
「へえ、そうなんだ」
男に返事をしたのはその横で同じようにタバコを吸っている、この学園の生徒だ。
この男は二年生なのだが、三年生相手にも敬語は使わなかった。綺麗な金色の髪をなびかせ、整った顔立ちから一部では王子とあだ名される。しかし今は顔に大きな絆創膏が貼ってあり、それが取れるまであだ名は剥奪であろう。
女子生徒にも人気の高い彼の名前は間宮令司(まみや れいじ)。彼もロメロや大石と同じく、この学校の四強の内の一人である。
「そうなんだって……気にならないのかよ」
「どうして?」
「……」
レイジの薄い反応に、ロメロは気に入らないという風に唾を吐いた。
「……大石は良い奴だった。お前と同じ二年生だけど、よく人をまとめてくれた」
「そうだね」
「大石をやったのは同じクラスのハルチカという女らしい。俺の獲物だ。手を出すなよ」
「わかってるよ」
それだけ言うと、ロメロはタバコを足で踏み消し、屋上の出口に向かって歩き出した。しかし途中で立ち止まり、レイジの方を振り向くとずっと気になっていたことを背中越しに聞いた。
「ところで……その傷は誰にやられたんだ」
レイジは答えることも振り向くこともしないで、タバコを吸い続けていた。
「ちっ」
短い舌打ちの後、ロメロは屋上から出て行った。
「馬鹿ばっかり……」
屋上の手すりに体を預けながら、レイジは眠たそうな目でそう呟いた。
ロメロが仲間を引き連れてハルチカを体育館裏に呼び出したのは、その次の日だった。今までハルチカを見たことが無かったロメロは、その容姿に驚きを隠せないでいた。
ハルチカは運動部のようなショートカットで、細い手足からまるで少年のようだった。鋭い目つきではあるが、まだあどけない表情は十分に可愛いと言える。
(ゴリラみたいな女を想像してたぜ……)
こんな少女があの巨漢の大石をどうやって倒したのか、ロメロは信じられなかった。ロメロが何も言えないでいると、ハルチカの方から先に話を始めた。
「あんたが四強のロメロか」
女にしては低い声で、その顔立ちにはあまり似つかわしくないものであった。
その声に我に返ったロメロは、強い口調で言い返す。
「口の利き方がなってねえやつが多いなあ二年生にはよお! あぁ!?」
「うるせえ」
ハルチカは相手の人数の事など全く気にしていない素振りで、余裕そうな感じさえ出しつつ静かに答えた。その事がロメロにはまた気にくわなかった。
そしてハルチカの次の言葉で、ロメロの怒りが沸点を飛び越した。
「千葉は昨日私がやった。後はあんたとレイジだけだ」
千葉とは、ロメロの親友であり、この学校の四強の一人である千葉宏隆のことだ。学校に来ていないのはロメロも知っていたが、ハルチカにやられていたなんて知らなかった。
「殺す!」
鬼のような形相でロメロはハルチカに向かっていった。
ハルチカは静かに構えると、愉快そうに口元を歪めて、静かに微笑んだ。
続く。。。
最終更新:2008年09月17日 21:07