レイジは普段授業にはほとんど出ない。
いつも屋上で本を読むか、誰もいない教室等に女子生徒を連れ込んで暇つぶしをしている。
レイジの顔の絆創膏が取れた頃、その日も屋上でレイジは一人タバコを吹かしていた。この屋上は四強だけが使えることになっていて、何か無い限り教師でさえも立ち入る事はない。
他の四強たちは皆ハルチカにやられてしまい、学校に来なくなっていた。だから最近では屋上はレイジの貸し切りとなっている。
その屋上の扉が勢いよく開き、誰かがやってきたことがわかった。今や学校の有名人であるハルチカであった。
ついこの前までレイジにもあった絆創膏が顔に貼ってある。
「……どなた」
そのショートカットの少年のような女が誰なのか、レイジは知っていてわざと聞いた。
「二年四組、尾崎春知華(おざき はるちか)。あんたを殺しにきた」
一陣の風が、レイジの金髪とハルチカのショートヘアをなびかせた。
「ふうん……生憎だけどさ、この前化け物みたいな奴とやったばかりで、最近ようやく傷が治ったところなんだ。今は誰とも喧嘩したくないんだよ。君だってロメロとやったばかりだろ?」
そう言われハルチカは自分の顔についている絆創膏にそっと触れた。
レイジを睨み付けると、ハルチカは顔の絆創膏を勢いよく剥がして屋上の床に捨てた。顔にはまだロメロにつけられた青いアザが残っている。
「ふざけんじゃねえよビッチが。タマついてんならかかってこいよ」
好戦的な目で睨み付けるハルチカを、面白い生き物を見るような目でレイジは笑った。
「君は何を生き急いでいるんだ? 選択肢はもっとあったはずだ。何故これを選んだ?」
語りかけるような口調が、ハルチカの精神を乱す。
この男は、やばい。ハルチカはそれ以上喋ることをやめ、レイジにむかって駆けだした。
ハルチカの第一撃。レイジの顔面を狙ったストレートは、いとも簡単によけられた。
「駄目だよそれじゃ……殺意は隠さないと、攻撃が見え見えだよ」
「黙れ!」
大振りを避け、ジャブを連打するがレイジはそれを全て受けきった。一端距離を取るハルチカ。懐から小さなナイフを取りだす。
「コマンドサンボでもやってるの? 意味無いよ、そんなおもちゃ」
レイジの言葉を無視し、ハルチカはナイフを持って正面から突っ込む。
しかしここでハルチカはレイジの予想外の行動に出る。
ナイフを、投げたのだ。
「何っ――」!」
意表を突かれた攻撃に、レイジは飛んできたナイフを避けたもののバランスを崩す。そこにハルチカは体ごとぶつかっていき、レイジにマウントを取った。
「死ね! 死ね! 死ね!」
ハルチカの拳が容赦なく上から振り下ろされる。
幾度となく振り下ろされた拳は大方ガードしていたものの、レイジのダメージは大きかった。
しばらくその状態が続いた後、ふわっとハルチカの体が浮き上がった。
レイジがブリッジの姿勢で腰を浮かせたのだ。女であるハルチカとのウェイト差がなければ出来ない技だ。
レイジはハルチカの後頭部を狙って片足を振り上げた。その攻撃を予測していたハルチカは前に前転し、蹴りをかわした。
ハルチカが離れると同時に素早くレイジも立ち上がり、体勢を整えた。レイジと同じタイミングでハルチカも構えを取る。
この光景を見たものはその異様な雰囲気に目を疑うだろう。お互い本気で喧嘩をしているというのに、二人は薄く微笑みあっているのだから。
「ハァ……ハァ……」
「フゥ、フゥ……」
レイジとハルチカは疲れ果ててその場に座り込んだ。
時刻はもう下校時間をとっくに過ぎている。
お互いボロボロになっていて、カッターシャツもセーラー服も血で汚れていた。
「ねえ……ハルチカ。君と僕で、とりあえずこの学校を頂こうよ」
ごろんとアスファルトの上に寝転がりながら、レイジは荒い息をつくハルチカに言った。
「その後はどうする」
ハルチカはまだ頭痛の残る頭を抱えながら、その先を促す。
「壊したい奴がいるんだ。そいつの夢も、希望も、仲間も、全て壊したい。君にそれを手伝って欲しいんだ。きっと面白い事になる」
おもちゃを与えられた子供のように純粋に笑うレイジを見て、ハルチカは体が身震いするのを感じた。
それは決して恐怖している訳ではなく、これから起こる事に対しての武者震いである。
女体化してから三ヶ月、ハルチカは荒んでいた心がすぅーっと晴れていくのを感じた。
ハルチカと同じように、レイジも世界に絶望していたのだ。
「お前についていこう」
レイジとハルチカは、まるで公園で遊んでいる子供のような笑顔で微笑みあった。
それからたった一ヶ月で、レイジとハルチカは山浪学園の頂点に立つことになる。
山浪学園の伝統であった四強制度は、二人の男女によって崩壊した。
――子供たちの賛歌 終わり
最終更新:2008年09月17日 21:07