27 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:14:02.37 ID:3ZEXVqjF0
禍々しいオブジェから漏れるわずかな明かりだけが、その部屋の光源だった。部屋はとてつもなく広く、天井も高く作ってあるので、真ん中に立てば壁も天井も見えない。石造りの床や壁、柱は綺麗に整備されていて、小さな模様が入っていたり、一つ一つ凝ったデザインになっている。その部屋の入り口から一番奥、床より高くしてある場所に、大きな玉座がある。その玉座に座っているのは、言わずとしれた魔界の王、ジークフリード。銀色の髪に、凍るような冷たい目。透き通るような白い肌をはだけさせ、王たる威厳を放ちそこに存在していた。絶大な魔力で魔界の王として君臨する彼は、今勇者の訪れを待っていた。
「パラディン。勇者は今何処にいる」
魔王が呼ぶと、暗闇からどこからともなく現れたその者は、魔王の問いかけに答えた。
30 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/07/27(金) 02:15:54.74 ID:3ZEXVqjF0
「手下からの報告によりますと、”光の大渦”を通過し、現在近くの城下町にいるとのこと」
「遂に魔界に乗り込んできたか…こちらに来るのも時間の問題だな」
パラディンは頭からフードをすっぽりと被っていて、それに加えて長く伸びた赤い髪のせいで、顔がほとんど見えない。
「軍を出動させ、こちらから叩くことも出来ますが、どうでしょうか」
「ルール違反は後々こちら側を不利にするだけだ。それに、エルフ共の動きも気になる」
この世界には三つの種族がある。エルフ、魔族、人間だ。姿形はほとんど変わらないが、寿命や特性において三つの種族は全く異なる。ジークの言ったルールの意味や、種族の詳しい説明はここでは割愛する。
32 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:17:02.30 ID:3ZEXVqjF0
「勇者は私一人でどうにでもなる。真に警戒すべきは、あの小賢しいエルフ共だ。……それよりも、明日の為の馳走は用意出来たのか?」
「……? 明日…ですか?」
「……さてはおぬし忘れておるな」
「めめ、滅相もございません!」
パラディンはマントで覆われた体に、冷や汗が吹き出してくるのを感じた。
(あ、明日…? 明日何かあったっけ?月刊ジャンプの発売日が明日だけど…いやいやそれじゃないよね。馳走を用意…何かの記念日だっけ? やっばい完璧忘れた…)
「……もうよい」
「申し訳ありません……」
34 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:18:07.41 ID:3ZEXVqjF0
「本当に覚えていないのか?」
「はい……」
「全く…使えぬ部下が」
パラディンは心に青銅の剣がグサッと刺さった思いだった。ジークの信頼を裏切ることを、パラディンは何よりも恐れていた。ジークはため息と共に言った。
「明日は、私の千七百歳の誕生日であろう」
……………………………。
35 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:19:18.91 ID:3ZEXVqjF0
「……………それは……何とも喜ばしいことで…」
「うむ。これでようやく成魔になれる」
「私も嬉しい限りでございます……ジークフリード様…」
「明日のプレゼントを期待しておるからな。私はもう寝るとする」
「お休みなさいませ」
ジークが玉座の間を出て行くと、パラディンは緊張が抜けたのか、その場に座り込んだ。パラディンはジークがまだ子供だった頃からずっとお目付役として傍に仕えている。しかし、何百年共にしても、ジークのマイペース振りに慣れないパラディンであった。
36 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:20:21.99 ID:3ZEXVqjF0
次の日の朝、パラディンはいつものように寝起きの悪いジークを起こしに行った。寝室の扉を開けると、蛇やドクロをかたどったオブジェが散乱していた。おそらく昨夜部屋の整理をしようとしたが、力尽きてそのまま寝てしまったのだろう。ジークがシルクのカーテンの向こう側で寝ているのが、シルエットだけ見える。
(全く…仕方ない。後で私が整理しておくか…)
「ジーク様ー。朝ですよ。魔界のおどろおどろしい朝がやってきましたよー」
パラディンが呼びかけても、ジークは全く反応しない。起こさなかったら後で叱られてしまうため、パラディンはおそるおそるカーテンを開けた。
「………………………え?」
37 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:21:34.98 ID:3ZEXVqjF0
巨大なベッドで寝ていたのは、小柄な魔族の女性だった。ほとんど何も着ていないような状態で、少しでも寝返りを打てば大事な部分まで全て見えてしまいそうだ。ここで普通の魔族ならパニックに陥ることだろう。しかしパラディンは魔王軍一の参謀である。
「ジィィィィイイク様がぁあああ○△□※&≡◎☆♀!!!!!!!!!」
割と普通の魔族だったらしい。
「……なんだ…うるさいぞパラディン」
流石のジークも、パラディンの絶叫で目が覚め、起き上がった。 起き上がった反動で、ジークの豊かな胸が左右にぷるぷると揺れる。
「あ…あ……あ……」
パラディンは腰を抜かし、ジークを指さして何も言えないでいる。
38 名前: まおっこ [80秒間隔で猿猿対策も万全!] 投稿日: 2007/07/27(金) 02:23:11.73 ID:3ZEXVqjF0
「どうしたパラディン。私に何かついているのか?」
「ち、ち…違います……むしろついてた物がついていない訳でございまして……」
「朝からなぞなぞか? ふむ、ついていた物がついてい……ん」
ここでようやくジークは自分の体の異変に気付いた。 両手で胸を触り、それが幻で無いことを確認している。ここで普通の魔族ならパニックに陥ることだろう。しかしジークは魔王軍の長である。
「女になってるううぅぅうぅ#☆♀♀♀※◎&@ghyujikolp;@!!!!!!!!!」
割と普通の魔族だったらしい。
39 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:24:16.78 ID:3ZEXVqjF0
ジークはベッドから跳ね起き、巨大な鏡の前に立ち改めて自分の姿を確認した。 銀髪の髪は腰まで伸びて、輪郭は丸くなっており、鋭かった目は、愛らしく濡れた瞳になっている。胸はサキュパス程大きくは無いが、形が良く体のラインと相まってえらく妖艶だ。腰にはくびれができ、お尻を触ると以前とは全く違う肉付きなのがわかる。そして当然、以前あった物がなくなり、代わりに一筋の「そこまで!」
「む、何故止めるのだ」
「あ、なんとなくマズイ…と思いましたので…」
40 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:25:38.89 ID:3ZEXVqjF0
「しかしこれは一体どういう事だ。私の体に何が起こったのだ」
「……ジーク様、心当たりがあります。私に原因究明の為の少しの猶予をください」
「許す」
「他の者が動揺します故、ジーク様はこの部屋でお待ちください……」
「うむ、そうしよう」
ジークはパラディンが部屋を出て行った後、念の為部屋の扉に鍵をかけた。もう一度鏡を見てみる。そこには氷の皇子と評された魔王の姿はやはり無く、小柄で愛らしい魔族の女が映っているだけだった。そんな自分の姿を見て、ジークは
「……美しい」
まんざらでも無い様子であった。
41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/07/27(金) 02:26:42.26 ID:3ZEXVqjF0
勇者、エル・カインズは今、人生の大勝負に出ていた。
「……ごく」
緊迫した空気が流れ、大気の流れさえも窮屈に感じるようだった。
「準備は……いいかい?」
獣のような目つきで勇者を睨む女に対し、勇者は目をそらすことなく、真っ直ぐに見返して言った。
「……ああ…覚悟は、出来た!」
女は不適に笑い、手を天空にかざした。
42 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:28:03.79 ID:3ZEXVqjF0
バン!
「さあ張った! 張った!」
「丁!」
「私は半です!」
「俺は丁だ!」
「さあ半方ないか半方ないか!」
カジノの奥の個室で行われている丁半博打。勇者エル・カインズは研ぎ澄まされた精神と勘で、大勝負に出ようとしているのだ!
「俺は半に……10000G賭けるぜ!」
ざわざわ… ざわざわ……
勇者の発言により、その場が一気に盛り上がる……!
ざわざわ…… ざわざわ…
43 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:29:47.70 ID:3ZEXVqjF0
「流石は勇者だぜ!」
「お前ならいけるぞ!」
「勇者さんかっくいい!」
「ぐへへ…よう賭けなすったなあ…」
場の空気に圧されているのか、胴元の女の額にうっすらと汗がにじむ。
「丁半出そろいました…勝負!」
女がツボ(籠)を開ける。その場に居た者の目が、その一点に集中する!
「…………シニの丁!」
「なっ…! 馬鹿なあああ!!!!」
サイコロは無情にも、勇者を魔法無しで石化させた。
「がーはっはっはっは! これだから博打はやめられねえ!」
「くっ…神よ! 何故私を見捨てたぁ!」
「勇者さんよお、残念だったなあ」
勇者はまるで、アストロンをかけられたかのように動けなかったとさ。
44 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:31:27.48 ID:3ZEXVqjF0
「残念だったな、またこいよ」
「二度と来るか!」
所持金70Gとなったエルは、仕方なく宿屋に戻っていった。
「あ、勇者さんお早いお帰りで。カジノはどうでしたかの?」
「はっはっは、あまりにも勝ちすぎて今追い出されてきたところさ」
「そ、そうですか……」
「はっは……はは…………」
「……」
「……荷物まとめてくるよ…それでいいんだろ……」
「すいません……」
勇者というには、あまりにも情けない姿であった。
45 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:32:51.93 ID:3ZEXVqjF0
パラディンがジークの待つ寝室に戻ったのは、魔界の太陽が沈み始めた頃だった。
「原因がわかりましたジークフリードさばぐわ!」
「遅い! 私は朝からこの部屋を出ていないのだぞ! 腹が減って倒れるかと思ったわ!」
ジークは体にシルクのカーテンを巻き付けて、裸を隠している。深呼吸を一回した後、パラディンは早口で報告を始めた。
「……なるほどな」
パラディンの報告した内容を要約すると、以下の通りとなる。人間とエルフの住む表の世界では、第二次性徴までに童貞を失わなかった男は、極まれに女体化することがあった。一説には神々の呪いとされているが、詳細は不明。 真偽の程は定かではないが、魔族が女体化したという記録もあった。
46 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:34:33.66 ID:3ZEXVqjF0
「これは私の推測ですが、種の保存を怠った者を女に変えることで、
神々が種の存続を守っているのではないかと考えられます」
「どういうことだ」
「例えば一人の人間の女に、十人の人間の男がいるとします。彼らが性交を行ったとしても、産まれるのは双子を除き一人ずつ。ですが十人の女に、一人の男がいるとします。彼らが同じ事をした場合、最高十人の子供が一度に産めることになります」
「種の保存を考えた場合、女が多い方が都合が良いという訳か。神の考えそうなことだ」
「……?」
そこでパラディンは一つの違和感に気がついた。朝は半ばパニックになっていて気付く余裕など無かったが、冷静さを取り戻した今、ジークから魔力が一切感じられないことに気がついたのだ。
47 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:36:03.21 ID:3ZEXVqjF0
「ジ、ジークフリード様…」
「どうした」
「す、既にお気づきになられているやもしれませんが……ジークフリード様の魔力が…消失しています。この距離にいても、何も感じられません……」
「な、何を言っておる…。そんな訳あるはずが…」
「ジークフリード様。氷の魔法を使ってみてください」
「私を試す気か? いいだろう。刮目して見ておれ……グラキエース!」
氷の魔法を唱えたジークであったが、部屋にジークの声がこだまするだけで、魔法は発動されなかった。
48 名前: まおっこ 投稿日: 2007/07/27(金) 02:37:53.89 ID:3ZEXVqjF0
「な、なにぃ…? く、イーグニス! アクア! トニトルス! ウェントゥス!何故だ! 何故魔法が使えぬのだ!」
「落ち着いてくださいジークフリード様! これはおそらく女体化の影響でしょう…」
「これが落ち着いていられるか! 勇者はすぐそこまで来ておるのだぞ!」
「私が何とかしてみせます! この命に代えてでも!」
「……」
「……」
パラディンは本気で命をかけるつもりだった。
パラディンの決死の覚悟は、ジークにも伝わった。
49 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/07/27(金) 02:41:51.15 ID:3ZEXVqjF0
(私に刃向かうとはな…)
「うむ、まあ良いだろう。勇者が来るまでに、魔力を取り戻す方法を探るのだ」
「は、はい! 私にお任せください!」
ジークが微かに微笑んだその瞬間、二人を絶望にたたき落とす声が聞こえた。
「ジークフリード様! 勇者です! 勇者が来ました!」
「早ッ!」
「何故! 何故こんなにも早く来るのだ!?」
まさか勇者に、宿屋に泊まれるお金が無いからだとは思わないだろう。 後に勇者は語る。「あの時は無我夢中だったんだ。もう丁半博打はこりごりだよ」
と。
50 名前: まおっこ 終 投稿日: 2007/07/27(金) 02:43:21.93 ID:3ZEXVqjF0
遂に魔王の城に乗り込んだエルは、やけくそなのか最高にハイッてやつになっていた。
「ふ…ふふふふふふふふ……もはや俺に失うものなど無い……。今行くぞ魔王ーーー!!!!!」
力を失ったジークと、金を失ったエル。二人の対決の行方は、神ですら予測しなかったものとなるのだが、それはまた後の話…。
~to be continued~
最終更新:2008年09月17日 22:39