22 名前: まおっこ5 投稿日: 2007/08/10(金) 00:20:34.41 ID:yLPqKAaF0
エルがパラディン(ジークの付き人)にフルボッコにされた日から、三週間が経った。 自分は囚われた姫だとエルに嘘をついているジークは、相変わらず正体がばれやしないかと冷や冷やする毎日を送っていた。 その間エルは徐々に魔族達とうち解けていき、戦争をしていることなど忘れているのではないかと思うほど。 そんなある日のこと。 ジークは部屋で足をぱたぱたさせながら、本を読んで暇を潰していた。 そんなジークの元にパラディンが息を切らして駆け込んでくる。
23 名前: まおっこ5 投稿日: 2007/08/10(金) 00:22:54.73 ID:yLPqKAaF0
「魔王様!」
「パ、パラディン! 静かにしろ! エルに聞こえたらどうする!」
「も、申し訳ございません……しかし、ま……ジーク様にご報告することがありまして……」
ぼそぼそとジークに耳打ちするパラディン。 その内容は驚くべきものだった。
24 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:26:53.94 ID:yLPqKAaF0
いいですかジーク様。 この数週間、私は城にいる者たちに密かに女体化のことを調べさせました。 そして遂に女体化と魔力喪失に関する記述を見つけたのです。
そ、それは本当か。
はい。女体化に関してはあまり詳しい事は分からなかったのですが、魔力喪失の謎は解けました。 呪いです。
呪い……。
魔族の体にある、魔力を生み出すコアを封印する呪い。 これが魔力喪失の謎でした。
と、解く方法はあるのか?
そこまではわかりませんでした。 しかし、呪いは表裏一体となり形を成す魔法の一種。 つまり必ず解く方法があるということです。 これからその呪いを解く方法を探しに行くのです。
探すだと? 一体何処へ探しに行くと言うのだ。
この世の全ての呪いを知り尽くしていると言われている、あの魔女の元へ行くのです。
まさか……。
ええ、嘆きの森の魔女、リリージョの元へ……。
27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:31:18.48 ID:yLPqKAaF0
「何やってんだ?」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたエルに、二人は飛び上がるほど驚いた。
「ジ、ジーク様のご様子を、確認しに来た所だ。では私は戻るとする」
ローブの下は冷や汗だらだらのパラディンは、歯切れの悪い言い訳を残しつつ部屋を出て行った。 部屋に残されたエルとジーク。 気まずい空気が流れる。
「な、なあ。部屋にこもってるのも何だから、ダイニングのテラスに行かないか? あそこの景色は最高だぜ」
幼少の頃から見飽きる程見てきたジークにとって、何を今更という感じだ。 しかし囚われの姫を演じ続けてきたので、外の空気を吸う機会がめっきり減ってしまったのも事実。 迷った末、ジークはテラスに行く方に決めた。
28 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:32:07.84 ID:yLPqKAaF0
「おおー、やっぱここはすげーな」
魔王の城は断崖絶壁に建っている。 そして城自体がかなり高く作られているので、その最上階のテラスからの景色はまさに絶景。 エルはテラスに体を預け、うっとりとした目で景色を眺めていた。 しかし、ここは魔界。 木々は毒々しい紫色。 天気は例え晴れたとしても薄暗い。 なぜなら空を照らす太陽が、地上の世界に比べて光が弱く、色も赤黒く濁っているからだ。 濁った空。 腐った森。 暗い海。 地上に比べれば、地獄のような風景だ。
29 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:35:38.63 ID:yLPqKAaF0
「この風景がそんなに良いのか」
自嘲気味にジークは言った。
「地上には豊かな緑がある。青い空がある。澄んだ水がある。綺麗な空気がある。 ここにあるのは腐臭を放つ食肉植物や、浄化しなければ飲めない腐った水。血よりもどす黒い色の太陽。 こんな景色、一体何が良いというのだ」
「……」
エルは背中を向けたまま、それには答えなかった。
31 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:38:11.75 ID:yLPqKAaF0
「神は不公平だ。人間とエルフに楽園を与え、我らを地獄に押し込めた」
「だから、地上に侵攻しようとした……てか」
振り返ったエルは、真っ赤な太陽に照らされて、体中から血を流しているように見えた。 ジークの鮮やかであった銀髪も、今では太陽の光によって血の色となっている。
「違う! 私たちの先祖は、ただ地上との国交が欲しかっただけだ。侵攻ではない。話し合いで済むはずだった。 先に手を出したのは……お前ら人間の方ではないか!」
「……」
32 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:38:38.63 ID:yLPqKAaF0
ぎゅあ、ぎゅあと、魔界のカラスの鳴き声がおどろおどろしくその場に響いた。 エルとジークは見つめ合ったまま、動かなかった。 随分と長い間、二人は沈黙のまま見つめ合っていたが、先にこの沈黙を破ったのは、エルだった。
「おそらく、史実ではそうだ。こちらに来てわかったが、寿命が長い分、魔族の間では歴史に関する文献が多く、正確らしい。 でも地上では、人間では違う。歴史は幾度となくねじまげられた。俺が学校で教わった戦史はこうだ」
一拍おいてエルは言った。
「魔族が人間達を虐殺し、地上を奪おうとした。勇敢な先祖達は剣を取り、長きに渡る聖戦が始まった、とな」
「ち、違う! 虐殺したのは……」
「そう。人間だ」
エルは、腰につけた鞘から剣を抜いた。 太陽から降り注ぐ真っ赤な光線が刀身に反射する。
33 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:40:16.44 ID:yLPqKAaF0
「蔑みだ。全てはあんたら、魔族達を蔑む人間達の愚行から始まったんだ。 俺たちは弱い。自分より下を作らないと、安心できないんだ。それがたまたま、種族の違うあんたら魔族だったんだ。 とまあこれは歴史に関する個人的見解だけどな」
「貴様はどうなのだ」
真っ直ぐエルを見据えるジークの目は、太陽の光によって赤黒く光っていた。 まるでジークの中の憎悪を映し出しているようだった。
「俺は……そうだな。蔑み、か。よくわからねえけど、俺の場合ちょっと特殊でな」
エルは剣を鞘にしまった。 そして、泣いているようにも見える笑顔で、言った。
34 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2007/08/10(金) 00:41:39.93 ID:yLPqKAaF0
「俺、人間じゃないんだ」
生ぬるい風が、二人の間を吹き抜けた。
35 名前: まおっこ5 投稿日: 2007/08/10(金) 00:43:49.86 ID:yLPqKAaF0
「な……どういう、ことだ」
エルは何も言わず、ジークの横を通り抜けテラスから部屋の中へと入っていった。 魔法陣が発動した音がして、エルが部屋から出て行ったのがわかった。 ジークはその場で、しばらく動けなかった。
(あやつは、一体……)
~to be continued~
最終更新:2008年09月17日 22:40