第二話『潮騒と水着ギャル』|『さぶ > けん』 第二話『潮騒と水着ギャル』

206 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:42:41.26 ID:mc9OeqTw0


「都会の喧噪を離れて豊かな自然を堪能する……これぞキャンプ! よねー」

春野由紀は電車から窓の景色を眺めながら、ため息をついた。

「しかしよく別荘なんて持ってたな」

春野の横に座っている赤城が、ずり落ちたメガネを直しながら言った。

「お嬢様だったんでヤンスねwwwwぶったまげwwwwww」

体積のでかい斉藤は、俺たちとは別の座席に座っている。
傍にいると暑苦しいので助かる。

「ま、大したことないけどねー」

巻き髪を指に巻き付けながら優越感に浸る春野。
別荘をもってるようなお嬢様がうちの学校にいたなんて、俺も驚きだ。



208 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:46:20.75 ID:mc9OeqTw0

俺はさっきから何も喋らないこまっちゃんのことが気になった。
俯いていて表情はわからないが、あまり元気ではなさそうだ。

「こまっちゃん、どうしたの?」

俺が尋ねるとこまっちゃんはのそのそと顔を上げて、苦しそうにうめいた。

「僕……駄目なんだ。電車にのると、発作が……」

こまっちゃんは、パニック障害をもっている。
でも電車が駄目なら、行く前に言ってくれれば他の方法をとったのに。
人に気を遣いすぎるのも考え物だ。

「こまっちゃん。ジアゼパムはある?」
「うん……でもお水が……」
「参ったな。次の停車駅まであと二十分はあるぞ」

すでにかなり田舎の方まで来ているので、電車の停車間隔はそれなりに長い。
仕方ないので、俺はちょっと古典的な方法で発作を鎮めることにした。

「こまっちゃん。ちょっとごめんよ」
「え? うわっ」

肩から手をまわし、ぐいっとこちらに引き寄せた。
両手でこまっちゃんの体を包み込むようにして、ぎゅっと抱きしめる。

こまっちゃんは女の俺より背が低いので、この体勢になるとこまっちゃんの
顔辺りにちょうど俺の胸がくるが、俺は特に気にしなかった。



210 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:47:46.02 ID:mc9OeqTw0

「ちょ、ちょっとナオちゃん、まずいよっ」
「いいからじっとしてろ」

恥ずかしいのか、こまっちゃんの顔がトマトのように赤くなっている。
別に俺あいてなんだから恥ずかしがる必要も無いだろうに。

「ナオ。お前結構大胆だな」
「いいわあ……絵になるわあ……」

対面に座っている赤城と春野がこちらをじっと見ている。
全く、やってるこっちは結構真剣だというのに。

「ブヒヒwwwwナオ殿wwwwww拙者もちょっと目まいがwwwwwww」
「息の根止めてやろうか」
「これは良いツンデレwwwしかしツンデレのツン部分が全部拙者にwwwwwww」

斉藤はどうでもいいとして、こまっちゃんの発作は結局この方法でおさまった。
俺としては次の停車駅までの時間稼ぎだったんだが、思ったより効いたらしい。

薬を使うのはもったいないから、俺がいるときはこの方法で発作を抑えようと
言ったのだが、こまっちゃんは首を振って全力で断った。
俺のこと嫌いなのかね。ちょっとショック。


別荘は小高い丘の上にあった。背後には背の高い木が生い茂る林がある。
別荘は中々豪華なもので、電気水道エアコン冷蔵庫テレビ本棚……全て完備している。
木造で雰囲気も出ているし、部屋の数もちょうど部員分ある。

211 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:49:48.18 ID:mc9OeqTw0

「さて、さっそく行きましょうか?」
「どこへ?」

俺が聞き返すと、春野は呆れた顔で言う。

「う・み・よ!」

そう、今回のキャンプは山と海、どちらも行くことになったのだ。


――山と海、どちらかにする必要なんて無いわ。私に任せなさい。


部の会議での春野の一言で、今回のキャンプの行き先が決まったのだ。
たしかにここなら海も山も堪能できる。

「ナオ! あんたちゃんと水着もってきたんでしょうね!」

下からのぞき込まれ、俺はたじろいだ。
なぜなら俺は泳ぐつもりが無かったから、水着を持ってきていなかったのだ。

「あーきーれーた! あんた何しにここに来てんの!?
 ビーチでいい男捕まえるのに、水着なしなんてシャレになってないわ!」

あっれー? そんな目的でここ来てんだっけ……?

「あんたさー見た目は結構イケてんだから、もうちょい服装とか意識しなさいよ」

212 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:50:52.07 ID:mc9OeqTw0

そう言われあらためて今日の自分の服装を見てみた。
今日の俺の格好は七分袖のシャツに、スカートだ。シンプルで俺は好きなんだけど。

「仕方ないから私の水着貸してあげるわ。私五着持ってきてるから」
「なぜそんなに……」
「はいはい男共さっさと出て行って! 今から着替えるんだから!」

春野は男たちを別荘の外へ追い出した。
男たちがいなくなると、おもむろにカバンから水着を取り出す。

「あ、かわいい」
「でしょ?」

春野のことだから限界まで露出させるような水着を出すかと思ったが、センスの無い俺でも
素直にかわいいと思える水着ばかりだった。

俺はオレンジ色の、フリルのついた水着にした。
春野は白のビキニだ。

着替え終わると、鏡の前で具合を確かめてみた。
か、かわいい……。俺かわいい! こうしてみると俺って結構美人かも……。
元ミュージカルダンサーの息子……もとい娘だからか、スタイルも結構いい……かも。

「何鏡の前で呆けてんのよ」
「へ? あ、いや別に……」
「さっさと行くわよ。今日は入れ食いよ入れ食い!」

春野の瞳の中に、燃えあがる何かを見た気がする。

213 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:52:59.34 ID:mc9OeqTw0

「おい、まだか」

外で赤城の声が聞こえた。

「あ、はいはーい今行く」

俺は春野の手を引っ張って、ドアから外に出た。
外に出るとドアの前で待機していた男衆三人とがっつり目があった。

「どうかしら?」

春野がアイドル研究会お得意の魅せポーズで、さっそく男たちにアピールを始めている。

「これはこれはwwwww豊作豊作wwwwwww」
「しばらく二次元でさまよっていたから、すごい肉感だな」
「由紀さんってスタイルいいんだね!」

「おーっほっほっほ! 誉めすぎることは無いわよ、もっと言ってもっと言って!」

気を良くした春野は高笑いを始めたが、男たちは既に春野のことは目に入っていなかった。
じっと俺を見て何か考え込むように難しい顔をする三人。

「こ、これは……」
「うむ……」
「すごい……」

斉藤も赤城もこまっちゃんも、俺をじっと見ている。
何か急に恥ずかしくなってきたので、手で胸を隠した。

214 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:53:55.64 ID:mc9OeqTw0

「ナオ。一ついいか」

赤城があらたまった様に言った。

「もう少し自分を客観的に見る術を身につけることだ」

何のことかよくわからなかった。
でも赤城たち三人が妙に前屈みになっている理由は、元男なので察することが出来る。

「さあ出陣よナオ!」

妙に張り切っている春野を止められる者は、俺たちの中にはいなかった。


浜辺につくと思ったより大勢の人でごったがえしていた。
俺たちはビーチパラソルを広げ、荷物をそこに置いた。

「じゃ、私は用事あるから」

そういって春野は早々に俺たちと別行動を取った。
何の用事かは言わなくても俺たちはわかっている。

「ブヒヒwww拙者もちょっと用事がwwwww」
「悪いな。俺もちょっと行くところがある。またここで落ち合おう」

カメラを手にした斉藤と、意外と腹筋が割れていたりする赤城も、どこかへ行ってしまった。
残ったのは俺とこまっちゃんだけだ。


216 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:54:42.36 ID:mc9OeqTw0

「二人っきりになっちゃったな」

俺がそう言うと、こまっちゃんはまた顔を赤くした。
それが何か面白かったので、こまっちゃんの座っているすぐ傍に腰を下ろし、
おそらくこういえばもっと顔を赤くするだろう言葉を言ってみた。

「何か、恋人同士みたいだね」
「え!?」

案の定こまっちゃんの顔は破裂しそうな程赤くなった。うーん、この生き物面白い。

「俺ちょっと泳いでくるよ。こまっちゃんは?」
「あ、ごめん。ちょっと疲れてるから、しばらくここで休んどく」
「ん、それがいいかもね」

あまり体の強い方ではないので、無理はさせないほうがいいだろう。
俺は水着のフリルを揺らしつつ、波打ち際へと駆けだした。


「ねえ、ひょっとして一人?」
「何かおごろうか?」
「ねえ、君かわいいね」
「あのさ、今からビーチバレーしようと思うんだけど、一緒にやらない?」
「水着かわいいねー。一緒に写真とってもいい感じ?」


うーん……うざい!
一人でいるとどうしてもナンパされてしまう。

217 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:55:28.67 ID:mc9OeqTw0
全部無視していたのだが、一人しつこい奴がいた。

「なあ、俺の話きけってば」

日焼けした体に、痛んだ金髪。何語かわからない文字のタトゥーが腕に刻まれている。
サーファーっぽいそいつは、俺の腕を無理矢理掴んできたのだ。
この時点で何かの法に触れてないか?

「あの、私連れがいるから……」
「ふーん。どこに?」

パラソルの方を振り返ると、いるはずのこまっちゃんがいなくなっていた。
ああもう、タイミングが悪い。

「いいじゃん。一人なんだろ?」
「あの、だから連れが……」

脳みそが溶けているのか、まともに話が通じる相手ではないようだ。
いっそ叫んで助けでも呼ぼうかと思ったが、よく見ると周りに仲間らしき奴らがいる。
今は傍観しているが、そいつらが加わればもう俺は逃げられない。
そう思ったときだった。

「ぼ、僕の友達に、触らないでよ」

こまっちゃんだった。ラムネの瓶を二本手に持っている。
男たちが怖いのだろう。微かに足が震えている。
来てくれてありがとうこまっちゃん。でもごめんね。すんげー頼りない。


218 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 13:57:19.14 ID:mc9OeqTw0

「うそ、こいつが彼氏? 趣味悪いね君」

むかっと来たので、俺は無理矢理そいつの手をふりほどいた。
こまっちゃんの横に駆け寄ると、腕をとって恋人のようにがっしりと組む。

「私の彼氏、馬鹿にしないでくれる?」

そう言うと、金髪野郎は諦めたのか、「話になんねー」と捨て台詞を残し、人混みに消えていった。

「はあ……ありがとうこまっちゃん」

まだちょっと足の震えているこまっちゃんは、俺を見て恥ずかしそうに言った。

「う、腕……胸が……」

翻訳すると、そろそろ腕を離してくれ、胸が当たっている、だろう。

「ごめん。こうしないと、また馬鹿がきちゃうから。嫌?」
「え!? いや、そんなことないよ!」

慌てて訂正するこまっちゃん。うーん、かわいいなこの生き物。



220 名前:第二話「潮騒と水着ギャル」[] 投稿日:2007/09/25(火) 14:05:10.26 ID:mc9OeqTw0
俺たちは赤城たちが戻ってくるまで、二人でパラソルの下にいた。
恋人同士ということをアピールをするため、ずっと手を繋いでいた。

その間俺たちを見てクスッと笑うやつらがいたが、バカップルだとでも思われているのだろうか。


まあ、別にいいか。
こまっちゃんが買ってきてくれたラムネを飲みつつ、繋いだ手にそっと力をこめた。




キャンプ編
第二話「潮騒と水着ギャル」 終わり  
第三話「肝試しと一億の星」に続く


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最終更新:2008年09月17日 22:46
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