『スパンキーと片耳の猫』8

血の匂いがあたりに漂っていました。
十匹の猫の死体が無造作に転がっています。
白と黒のまだら模様の猫が、背中に一つずつ十字の傷をつけていました。
彼の名前はルシフェル。彼は極めて感情の起伏の無い猫でした。

「ルシフェル。どうせこのまちにはもうほとんど猫はいない。
 マーキングしても見るやつがいねえんじゃ意味ないぜ」

ルシフェルの横で、線の細い黒猫が血のついた爪を舐めながら言いました。
彼の名前はジーノ。二匹は何故か気が合い、いつも一緒に行動しています。

「……ジーノ。そろそろ……」
「ん? ああ、そうか」

二匹は集会の場所であるマーケットの駐車場へと向かいました。
彼らは最も恐ろしい荒らしとして有名なバジリスクの一員です。
これからバジリスクの集会があるので、遅れないよう二匹は普通の猫では
目で追いきれないような速度で走り続けました。


集会には既に他の猫たちが集まっていました。

「おそいぞジーノ。ルシフェル。俺はもう待ちくたびれた」
「兄者。俺たちも一分前にきたばっかりだぞ」

兄者と弟者は隣のまちの偵察から帰ってきたばかりでした。

「では、始めよう」

美しい外見をした三毛猫、バジリスクのリーダーであるノエルの一声で、集会が始まりました。
ぐるっと周りを見渡してから、ノエルはゆっくりと話し出しました。

「隊ごとに戦績を報告してもらおうか。まず……」
「待ってくれ、ノエル」

ノエルの言葉を遮った猫は、他の猫からぎろっと睨まれました。
片目が無いその黒猫の名前はジェラード。バジリスク最年長の猫です。

「なんだ」
「いや、コルテックとマジャスティの姿が見えないんだが」

ノエルはそっと目を伏せて、言いました。

「彼らは、死んだよ。ヴィラルは思ったより、強かった」
「……そうか」

ノエルも、ジェラードも、他の猫たちも、沈んだ顔で静かに黙祷を捧げ始めました。
一分ほどの黙祷の後、ノエルは話し始めました。

「これで十一匹になってしまった。次のまちで出来れば二匹、仲間に引き入れる。いいな?」
「ああ」

答えたのは弟者です。

「じゃあ、続きを始める。リノア隊」
「はい」

一匹の美しい顔をしたメス猫が、ノエルの前に立ち報告を始めました。
彼女の名前はリノア。美しい外見とは裏腹に、長い強力な爪を持っています。

「私たちはとなり町へ猫を逃がさないよう、防壁となっていました。
 しかし一匹、いや、二匹の猫を逃がしてしまいました。
 おそらくとなりまちへ逃げ込んだことでしょう」
「そうか。まあ、まちは制圧したから良しとするか」
「ありがとうございます」
「お前らもよくやったな、サイ。イェルク。マルコ」
「ありがたき」
「お言葉」
「……言う事が無い」

サイとイェルク、そしてマルコの三匹は、三つ子の猫です。
元々三匹で荒らしとしてまちを旅していたところを、ノエルに誘われたかたちで
バジリスクへと入ったのでした。
次にノエルは、兄者と弟者に報告を促します。

「ああ、じゃあ報告するぜ。まずあいつらのボスはクレイヴ。大柄な黒猫だ。
 なんでも犬殺しとかいう通り名がついてるらしい」
「そしてその部下で注意しなければならないのはゲルムとタイタン。
 クレイヴの右腕と左腕だな。まあそいつら以外は有象無象さ」

兄者と弟者は二匹で一気に話し終えました。
ノエルは満足そうに頷くと、最後の者に聞きました。

「ジッパー、報告を」
「残っていた猫を殺した。たぶん二十匹は殺したと思う。
 残党という残党はもういない。このまちは、もう食い終わった」

ジッパーはもともと白い猫なのですが、今では全身が真っ赤に染まっていました。
口から肉や皮の切れ端が見えます。
そう、彼は猫を食べる猫なのです。それも、生きたまま。

「よし、じゃあ次のまちに向かうぞ。お前ら、気を引き締めろ」

殺し、奪い、むさぼり、壊す。
彼らはそうやって生きてきて、これからもそうやって生きていくのです。
ノエル、ジッパー、ジェラード、ルシフェル、ジーノ、
兄者、弟者、リノア、サイ、イェルク、マルコ。
彼ら十一匹を繋ぐもの。それは、戦いこそが生きることという、闘争本能。
暴力こそが、彼らの、彼らの世界の、唯一の真実なのです。

どこかに存在すると信じる楽園を求め、まちを荒らしていく日々。
ノエルを狂信的に慕う彼らは、死を迎えるその日まで狂気の旅を終わらせるつもりはありませんでした。


続く


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最終更新:2008年09月17日 22:58
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