『スパンキーと片耳の猫』9

スパンキーは屋根の上に食料を運び込んでいました。
バジリスクが近々襲撃してくるということで、しばらくは屋根の上で生活しようと決めたのです。
体が小さいので一度に運べる量は少なく、何十回も往復してやっと二週間程度
生活できるだけの食料を運び込みました。涙ぐましい努力は、果たして意味があるのでしょうか。


その頃クレイヴは一匹の猫と初対面を果たしていました。
白と黒のまだらな猫で、荒い毛並みと全身についている傷跡が、過去に何かあったことを想像させます。
右耳がちぎれたその猫は、自分よりもずっと大きい黒猫のクレイヴに臆することなく、
自分から話を切り出しました。

「お前がクレイヴだな」
「……例の片耳か。お前にはずっと前から会いたかったさ」

クレイヴの後ろにはゲルムとタイタンがいつでも戦えるよう身構えています。
周りにはさらに十匹以上の猫が待機していました。全てクレイヴの部下です。

「バジリスクについて、話したいことがある」
「何だと?」

ゲルムがクレイヴにそっと合図を送ります。
クレイヴはゲルムにかすかに首を振り、”待て”と命令しました。

「話してみろ」

カタミミの話を、クレイヴは黙って聞いていました。


一方アリストテレスは、庭に掘り続けていた穴がようやく完成したところでした。
まだこの穴に埋める予定の”宝物”は見つかっていません。
何故彼がこのような穴を掘っているのか、それは彼自身にもわかりません。
この穴に埋めるものは果たして見つかるのでしょうか。

(僕の宝物……頭の中の知識は埋めようが無いしな……)

空を見上げてしばらく考えましたが、やっぱり彼にとっての宝物は、まだ見つかりませんでした。
その時庭の塀の向こう側からメス猫の声がしました。
庭に植えてある木の上によじ登り、塀の向こう側を覗いてみると、一匹の猫がふらふらとした
足取りで歩いているのが見えました。まだ子猫です。

彼女の名前はニーナ。
先日、となりまちの血だらけの猫が運んできた、バジリスク襲撃の生き残りでした。

アリストテレスは既にそのことを知っていたので、ニーナの名前を木の上から呼びました。
ニーナはきょろきょろと辺りを見渡し、木の上のアリストテレスを見つけました。

「……だあれ?」

弱々しい声で、ニーナは言いました。

「僕はアリストテレス。君はニーナだな。話は聞いてる」
「……」
「バジリスクに襲われたんだって? 良かったら話を聞かせて……」

アリストテレスがそこまで言ったとき、ニーナはその場にばたんと倒れ込みました。
びっくりして木の上から落ちそうになったアリストテレスは、迷った末ニーナを
家に運び込むことにしました。

アリストテレスは体の大きい方ではありませんでしたが、ニーナはもっともっと小さい猫なので
アリストテレスでも口にくわえて運べることが出来ました。
彼は猫助けをするような猫ではありませんでしたが、その時は何故か自分の行動には疑問を持ちませんでした。


時を同じくして、座敷猫のビリー、ジェリー、トニーは、大神さんちのこたつの中で会議を行っていました。
彼らは座敷猫ですが外の世界でのし上がることに強く憧れを抱いていました。

「バジリスクのやつらをやれば、一気に出世できるぜ」

ビリーが勇ましく言いました。トニーは大きく頷きますが、ジェリーは乗り気ではありませんでした。

「ビリー兄ちゃん、あいつらに勝てる自信でもあるの?」

その弱気な発言にトニーが噛みつきました。

「何を言ってんだよジェリー。俺たちのデルタアタックがあれば、バジリスクだっていちころだろ」
「ああ、その通りだ」

今度はトニーの言葉にビリーが頷きます。

「デルタアタックだって、この前片耳の野郎には通用しなかったじゃないか……」
「う……」
「それはまあ……そうだが……」

ビリーとトニーは痛いところをつかれ、何も言い返せません。

「やっぱりずっと家の中にいようよ。バジリスクだって座敷猫は殺せないよ」
「駄目だジェリー。俺たちは外で有名になるんだよ」
「そうだぜジェリー。クレイヴみたいにメス猫をはべらせてふんぞり返るのが俺たちの夢だろ?」
「メス猫……」

ビリーとトニーの言葉に、ジェリーは少しだけやる気が出たようです。

「……わかった。でも危ないときは真っ先に逃げようぜ」
「ああ、もちろんだ」

三男の言葉に、長男のビリーは優しく応えました。
彼ら三兄弟は血こそ繋がってはいませんが、誓いあった兄弟の絆がありました。
このまちでビッグになる。それは三兄弟の昔からの夢でした。
その夢は果たして実現させることが出来るのでしょうか。


その日は風が無く、月も出ていない暗い夜でした。
闇から闇へ移動する猫の集団がありました。
最強の荒らしバジリスクはまちの定期集会を襲撃すべく、空き地へと向かっていたのです。
十一匹の猫たちは無表情で移動を続けています。
かたまって進むその様は、まるで十一匹で一つの生き物のようでした。

「……ノエル、もうすぐだ」

兄者がノエルの横でそっとつぶやき、ノエルは一瞬だけ頷いて返事をしました。
バジリスクにとって最後になる戦いが、始まろうとしていました。


続く


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最終更新:2008年09月17日 22:59
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