「匂いがする……猫の匂いだ……大勢いるぜえ……」
かたまって進む十一匹の後方で、ジッパーがよだれを垂らして言います。
十一匹は素早い身のこなしで闇から闇へと移動していました。
もうすぐ定期集会があるはずの空き地です。
先日、兄者と弟者が集めた情報により、定期集会の日時、場所は
全て把握していました。これがバジリスクの最初の襲撃の手口です。
大勢の猫に襲いかかり、それぞれが一匹だけ殺してバラバラに逃げ、
追いかけてきた猫で一番早い猫から殺していく。
こうすれば大勢の猫が相手でも一対一で戦えるのです。
これを考案したのはリーダーであるノエルでした。
今までこれが破られたことはありませんでした。
大抵は最初の襲撃で猫たちは動揺し、連携が取れなくなるので、
たやすく打ち倒すことが出来たのです。
「……ノエル。そこを右に曲がったら空き地に出る」
「わかった。みんな、散らばった後は例の場所で合流だ」
ノエルの言葉に他の十匹は一瞬だけ頷きました。
角を曲がると、空き地への入り口が見えました。
「いやっほぅうう! ごちそうだぜええ!」
「ジッパー! あせるな!」
ジェラードの言うことなど聞かず、ジッパーは一足早く空き地へ足を踏み入れました。
他の猫たちもジッパーに続いて、空き地へなだれ込みます。
「……おい兄者、これはどういうことだ」
空き地には、猫の姿など一匹もありませんでした。
閑散とした空間が、ただそこに広がっているのです。
兄者は訳がわからないといった風に目を瞬きさせます。
「おかしい。今日は集会のはずだ。猫の匂いだって感じるだろう」
「兄者、ひょっとすると集会はもう終わったんじゃないか?」
弟者のその言葉に、兄者が返事をしようとしたその時でした。
「……罠だ!」
いつも寡黙なルシフェルが、大声で叫びました。
空き地の死角や木の上、塀の向こう側から何十匹、いや、百匹を越える猫の集団が
まるで雪崩のように姿を現しました。
今夜の襲撃が完全に読まれていたのです。
「殺せ! 一匹も逃がすな!」
どこからか低いうなり声のような声が聞こえます。クレイヴの声でした。
「かたまって逃げるぞ! 出口に走れ!」
ノエルの言葉で唖然としていた他の十匹も目が覚め、すぐさま走り出しました。
しかし出口には既に数十匹の猫が防壁を作って逃がさないようにしています。
「邪魔だどけえええ!!」
ジッパーが鋭い爪で猫たちをなぎ倒しますが、多勢に無勢で、
そこを突破できる隙は生まれませんでした。
「ノエル様! 向こうの壁に穴があります!」
リノアが叫びました。
既に顔をやられていて、美しい顔を横切るように生傷が走っています。
「急げ! どんどん増えてくるぞ!」
ノエルたちはリノアの言った穴に駆け出します。
その時、少し離れた場所から叫び声がしました。サイの声でした。
「ぎゃああああ!」
「サイ!」
サイの顔から血しぶきがはじけ飛びました。
兄弟であるイェルクはサイを助けようとしますが、周りの猫にそれを阻まれます。
それでも弟であるサイを助けようと、イェルクは前に進もうとしました。
そんなイェルクを見てもう一匹の兄弟であるマルコが叫びます。
「兄貴!」
「マルコ! サイは俺に任せて、お前は逃げろ!」
「でも」
「いいから逃げろ!」
マルコは歯を食いしばり、ノエルたちと一緒に壁の穴から外へ抜け出しました。
そのときサイは既に、大猫の牙に捕らえられていました。
「イェルク……」
「サイ!」
サイはイェルクの眼前で、首をかみ砕かれました。
かみ砕いたのは大柄な黒猫、クレイヴでした。
「てめえええ!!」
イェルクがクレイヴに向かって猛然と突進します。
道を遮る周りの猫たちは近づく者からはじき飛ばしていきました。
もうすぐクレイヴというところまで来た瞬間、横から飛び出してきた
猫に足を噛みつかれました。足を振り払っても、その猫は離れませんでした。
イェルクに噛みついたのはタイタンという猫です。
タイタンは長い牙を持っていて、一度噛みつくとちぎれるまで離しません。
動きが取れないイェルクに、クレイヴはゆっくりと歩み寄りました。
「お前の兄弟か、さっきの猫は」
イェルクは倒れそうになりなたらも、クレイヴを睨み付けます。
「……随分と不味い猫だ。これなら前に食った野犬の方が、美味かった」
「てめえだけはぶっ殺……」
「黙れ」
最後まで言い切ることはなく、イェルクはクレイヴに喉をかっきられました。
その場に倒れたイェルクは、まだ何か言おうとクレイヴに向かって口をぱくぱくと
動かしています。しかしやがてイェルクは動かなくなりました。
クレイヴはイェルクの死体には目もくれず、周りにいる猫たちに言いました。
「敵は動揺している。この機を逃すな。ゲルムは何処だ」
クレイヴの言葉で部下の猫の一匹がさっと前に歩み出ました。
「ゲルムさんは今、カタミミさんと残りのバジリスクを追っています。
他にも三十匹程度の猫が追跡をしています」
「わかった。おいお前ら、十匹ほど俺についてこい。俺も奴らを追う。
他の猫は傷の手当てと、死んだ猫の数の確認だ」
「わかりました」
すぐに十匹程度の猫がクレイヴの周りに集まってきました。
数が集まるとクレイヴは猫と血の匂いを辿って、部下たちと一緒に追跡を始めます。
戦いは始まったばかりでした。
続く。
最終更新:2008年09月17日 23:01