月も星も見えない闇夜に、まちを疾走する九匹の猫がいました。
「ジッパー。ついてきてるか」
先頭を走るノエルが後ろを振り返って聞きます。
「ああ。さっきからぴったりついてきてる。複数だ」
「向こうにも鼻が利くやつがいるらしいな」
ノエルは苦虫を噛みつぶした顔で言いました。
そんなノエルを見てジェラードがある提案をします。
「ノエル。ここからは一匹一匹別れて逃げよう。
明け方に例の場所で落ち合うことにして、今夜はばらけるんだ」
「そうするしか無いだろうな」
ノエルが交差点で立ち止まり、他の八匹もそれに続いて走るのをやめます。
「お前ら、これは命令だ。生きろ」
八匹は深く頷き、それぞれ別の方向に走り出しました。
他の八匹が見えなくなってから、ノエルも走り出します。
それから二分後、九匹がばらけた交差点にゲルムとカタミミ、他十数匹の
猫たちがやってきました。ゲルムはその交差点で立ち止まり、慎重に匂いを嗅ぎます。
「どうだ、ゲルム」
カタミミがゲルムに問いました。
「どうやらここでバラバラに逃げたらしい。匂いが拡散して伸びている」
「好都合だ。一匹ずつ狩ればいい」
「そう上手くいくかな」
「俺とお前次第だな」
ゲルムは横目でカタミミの表情を見ていました。
カタミミは静かな表情で道路の先を見つめていますが、その目には殺意が見えます。
カタミミはバジリスクについて多くの情報を持っていました。
その情報を渡す代わりに、自分の素性を聞かずに戦闘に参加させる。
カタミミとクレイヴが初めて出会った夜、カタミミの方から出した条件です。
(こいつは敵ではない……だが、仲間とも思えない。
この戦いが終われば、場合によっては始末しなくてはな……)
ゲルムはカタミミのことを警戒していました。
何故バジリスクのことをそこまで知っているのか。
何故自分の素性を隠すのか。カタミミには怪しい部分が多いのです。
「……ゲルム様、あれを……」
部下の一人がゲルムに話しかけたことで、ゲルムの思考は一端中断させられました。
空を覆う雲が一瞬だけ途切れ、月が姿を現します。
その月光に照らし出されたのは、猫喰い猫、ジッパーでした。
「逃げるのは……好きじゃあねんだよ……」
ジッパーは臆することなくゆっくり、ゆっくりとカタミミたちに近づいてきます。
もとは白い毛を持つ猫なのですが、先ほどの空き地での戦闘で体の毛は赤く染まっていました。
それは全てあの一瞬でジッパーが殺した猫の血です。
「……お前……どっかで見たことあるなあ……」
「……すぐに思い出させてやるさ」
「! お前……」
ジッパーとカタミミの会話は、明らかに以前二匹が出会っていたことを示していました。
しかし今はそれを問いただしているような場合ではないことは、ゲルムもわかっています。
「……まあいい。全てが終わったら、色々と聞かせてもらう」
「お前が生き残ってたらだがな」
「ほざけ」
ゲルムとカタミミは、道の両端に別れてジッパーを迎撃する体勢を整えます。
周りの猫たちも戦闘に参加しようとしましたが、ゲルムがそれを制しました。
足手まといになると踏んだからです。
「俺の、夜食になれ……」
戦いは静かに始まりました。
スパンキーは屋根の上で縮こまっていました。
今夜襲撃があるということを、あらかじめクレイヴから聞いていたのです。
メス猫のスパンキーは戦いには参加しなくても良いと言われたのですが、いつどこでバジリスクと
遭遇するかわからないので、その日は朝からずっと屋根の上で身を潜めていたのです。
そんなスパンキーの元に、一匹の美しい猫がやってきました。
顔を横切るように生々しい傷跡がついているそのメス猫の名前は、リノア。
バジリスクで唯一のメス猫であり、それでいてオス猫がたばになってもかなわない程強い爪を持っています。
彼女はあまり体力がありませんでしたので、ひとまず屋根の上に上がり休憩しようとここに来たのです。
丸くなって震えているスパンキーにはすぐに気付きました。
(……メスか。殺せば血の匂いがあたりに漂う。さて、どうするかな)
リノアが考えているうちに、スパンキーがリノアのことに気付きました。
彼女は最初びくっと体を震わせ逃げようとしましたが、
リノアがメス猫だと気付くと彼女の方から近づいていきました。
「こんばんにゃ」
「……こんばんわ」
「貴方も、バジリスクから隠れるためにここにきたにゃ?」
(ああ、そういうことね……)
リノアはスパンキーの勘違いを利用するつもりです。
「そうなのよ。戦いに巻き込まれて、顔に傷までつけられちゃった」
「それは大変にゃあ。薬草があるから、塗ってあげるにゃ」
「ありがとう、子猫ちゃん」
(しばらくここに身を潜めるか。こいつを殺すのは、ここを出てからで十分ね)
自分の置かれている状況に全く気付かないスパンキーでした。
続く。
最終更新:2008年09月17日 23:01