ジッパーが初めて食べた猫は、彼の兄でした。
彼の兄はとても乱暴で、よくジッパーをいじめていました。
ジッパーがとってきた食べ物を奪ったりするのは、日常茶飯事でした。
そんなある日、ジッパーが魚屋から盗んできた魚を兄に奪われた時のことです。
どうしても魚が食べたかったジッパーは、兄を殺し、腹を割いて魚を取りだしたのです。
血にまみれた魚は、尻尾が震えるほどおいしかったのでした。
ジッパーは魚だけでなく、兄の死体もたいらげました。
その時彼は思ったのです。
ネズミを殺すのも、猫を殺すのも違いは無い。
好きなものを食べて、何が悪いのかと。
彼は猫を食べ続けました。
彼から食べ物を奪う猫はもういません。
猫を食べる猫は彼だけですし、いつの間にか誰にも負けないくらい強くなっていたのです。
その代わり、彼に近づく猫もいなくなり、彼は一人ぼっちになってしまいました。
それでもいいと彼は思っていました。
彼にとって、他の猫は食べ物でしか無かったからです。
そんなとき、ノエルとジェラードに出会ったのです。
ノエルたちはジッパーのことを非難したり、怖がったりしませんでした。
ジッパーもノエルたちのことを食べ物だとは思いませんでした。
彼らは似たもの同士。
互いが心の中に狂気を潜め、誰にも理解されないことに苦しんでいたのです。
彼らは三匹でバジリスクを結成し、荒らしとなり、まちを荒らしていきました。
次第に数を増していき、彼らは十三匹となりました。
彼らはノエルについていけば、いつか自分たちが理解される場所。
”楽園”にたどり着けると、信じていました。
ジッパーとカタミミたちの戦いは壮絶な死闘となりました。
二対一でカタミミとゲルムの方が有利のはずなのですが、ジッパーは攻めて、攻め続けます。
時間が経つにつれて、カタミミたちに焦りが見えてきました。
「ヒャハハハハハ! こんなもんかよ!」
血まみれの姿で、既に片目が塞がっているジッパー。
足の爪がほとんど剥がれていて、全ての足が深く裂けています。
しかしその顔に疲れは全く見えませんでした。
慎重に攻撃をしていたカタミミたちは、体に深い傷こそ負ってはいませんでしたが
深手を負っているはずのジッパーに比べて、明らかに疲れて、動きが鈍っていました。
「ゲルム。首だ。首を狙え」
「それしかなさそうだが、牙が厄介だ。下手すればかみ砕かれるぞ」
「しかしこのままでは負ける」
カタミミの言っていることは確かでした。
このまま戦い続ければ負けるのは彼らでしょうから。
「仕方ねえ。次で決めるか」
ゲルムはそこで覚悟を決めました。
「シャアアァァァァァァ!」
ジッパーはちぎれかけの四肢で、二匹に向かい駆け出します。
狙いはカタミミでした。
しかし横からゲルムがお腹辺りを狙った爪の一撃を、ジッパーにたたき込みます。
ゲルムの爪はジッパーの内臓まで達しましたが、ジッパーは止まりませんでした。
「ガアアァァァァ!」
「まずい!」
進路を変えたジッパーは、ゲルムに向かって飛び出しました。
体力が無くなり、反応が遅くなっているゲルムに、ジッパーの牙はかわせませんでした。
「……! ぐぐううぅぅああぁぁぁ!」
ゲルムは急所をさけるため、わざと前足を差し出し、ジッパーに噛ませました。
ジッパーの牙は深く刺さり、一瞬で足がちぎれそうになります。
その時、わきの死角から飛び出したカタミミが、ジッパーの首に噛みつきました。
ジッパーが足で振り払おうとしましたが、既に神経が切れていて、足が動きませんでした。
「……くそ……が……」
カタミミは勢いよく首をかみ切りました。
鮮血が一瞬ぱんとはじけ飛び、その後どろっと首から血が垂れ流れました。
「やったか!?」
「待て! ゲルム!」
「うお……こいつ……!」
ジッパーは、立っていました。
神経の切れた足、無くなった片目、首から噴き出す大量の血。
そんな状態になっても彼はまだ立っていたのです。
「ちっ、まだ生きてやがるか!」
「いや、待て……」
ゲルムが無事な片足で攻撃しようとするのを、カタミミが止めました。
おそるおそるジッパーに近づき、匂いをかぎ始めます。
カタミミはそっとゲルムに言いました。
「死んでる」
猫喰い猫、ジッパー。
彼の狂気の旅は、ここで終焉を迎えました。
続く。
最終更新:2008年09月17日 23:02