安価『姉ちゃんの詩集』

大学進学のために上京した姉の部屋を整理することになった。要らないと思われるものは自由に捨てていいとの事。
姉は弟の僕から見ても才色兼備と言えるような人で、鼻が高かったことを覚えている。
どちらかと言えば姉弟仲はいい方だったように思う。
だから、姉の部屋に置かれた物の一つ一つに思い出があったりする。
「面白いから読みなさい!」と無理矢理渡されたマンガ(それがエルフェンリートだったりするのは姉の趣味を疑ってもいいのだろうか)や、
男物の腕時計やぬいぐるみ、僕がプレゼントした目覚まし時計……。
一つ一つを手に取り、思いを馳せつつ不要そうなものをビニール袋に詰めていく。
「色んな」ものを捨てられなくて、だからこそ姉は僕に処分を任せたんだと思う。
それがいかに残酷なことかを少しは察してもらいたいものだけども。

僕がそれに気付いたのは、朝から作業を続けていたにも関わらず、夕方日が傾きかけた頃だった。
机の奥底に隠されたように置かれた革張りの本。作家名はなく、ただ焼き印で「Poem」とだけ書かれていた。
何故だか強く惹かれ、ページを開く。そこには鉛筆でかかれたと思われる、幼く拙い文字が踊ってる。
姉の詩集だった。量は多いとは言えないものの、費やされた年月は長かったようだ。
憑かれたように読みふけっていく。
初めは鉛筆で。天真爛漫な文字で、世界の素晴らしさを詠っていた。
鉛筆の軌跡がシャープペンシルに変わる頃、初めのような無邪気さはないものの、楽しげな、そして少しずつ洗練されていく文字が並んでいた。

だが、変化は唐突にやって来る。一枚だけ無惨にも破り去られたページ。
あとに続く空白。その最後に残されたのは、闇。ただ黒く塗りつぶされたページだけがあった。
そこから先は酷いものだった。世界を呪い、人を呪い、そして自分を呪っていた。
暗く、澱んだ心の内をを吐露していた。日記のように明確なものがないのがもどかしい。
それでもページを繰る手は止まらない。読み始まっとき以上に、それこそ何かに憑かれたと言う表現が似合うほどに。

最後に残されたのは吹っ切れたような一文。……いや、きっと諦め。
曰く、「それでもあなたの生きる世界は美しい。それ故に狂おしいほどに憎く、温かく、完全で……」と。
思い出す、姉の口癖。知らず、僕の頬を濡らす涙。そして……


久しぶりに姉に電話を書けよう。いや、直接会いに行った方が喜ばれるんだろうか。

だから、僕は歩いていく。その道が茨で彩られた道だとしても。「完全な世界」を壊しに。


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最終更新:2008年10月03日 16:52
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