第一章『買い物へ』

今、僕とお母さんは"女性モノ"の下着や服を買いに街に繰り出している。
すんでいる場所は住宅地が立ち並び、近くにはお店がないような立地だ。
買い物へは電車で行くことになる。
僕は正直恥ずかしかった。電車に乗る時に知っている人に会うんじゃないかと。
自然と顔が熱くなってきた。

「はずかしい・・・」
するとお母さんが

「そうねぇ、やっぱり男モノの服を着てたら恥ずかしいわねぇ。」
「大丈夫!お母さんが可愛い服を選んであげるから!」

お母さんの発言はなにかズレていた。こういう人なのだ。
やさしくて、ちょっとおとボケてて、なんだかかわいい。
だから、僕はすきなのかもしれない。お母さんが。

「ち、違うよお母さん!」と、言いたかったが、声に出すのも恥ずかしくて言えなかった。

小さな声でお母さんが
「大丈夫。誰もマコトちゃんが、まーくんだなんて分からないわ。」

ちょっと安心した。
そして、そっとお母さんに寄り添いもたれた。
お母さんは優しく微笑んでくれた。



家から自転車で30分くらいのところに学校がある。
マコトは15歳。中学3年生だ。
僕のクラスで、僕のことが噂になっているなんて、今は知る由も無かった。

「なぁ、章吾。あいつ今日休みだってさ」
男子生徒が言った

「今更何を。」
と章吾

「いや、だからさ、もしかしたらアレじゃないのか?あいつ。」

「アレって?」

「お前分かっててやってないか?アレだよアレ!」
小さな声で
「にょたいか・・・」

「ふーん。」

「なんだよ!つれねぇなあ!」

「お前な、恥ずかしいなら初めから言うなよな。」

「う、うるせぇ。あ、アイツに気をつかってやったんだよ。そ、それだけだ。」

「どうだか。もういいじゃないか。ただの風邪だよ風邪。」

正直な所、アイツが、マコトが俺は風邪だとは思わなかった。



奥手なマコトが童貞を捨てられないことは、親友である俺が知らないわけがない。
色々と相談もされた。
でも、俺らはまだ中学生だ、そう気軽に童貞を捨てさせてやれる女なんて紹介してやれない。
俺は10歳の離れた兄貴がいる。俺はプライドを捨てて兄貴に頼み込んだ。
そして、連れて行かれたところは公認風俗。
俺は、そこで童貞を捨てた。
男の体裁を守るためとはいえ、俺は安く済ませてしまった。
マコトには風俗だと言っていない。それが俺に残された最後のプライドだった。

やはり、クラスの男子生徒はマコトが休んだ理由で盛り上がっている。
それはそうだ、この年頃になるとチョット休むだけでそう騒がれる。
担任教師に聞き出そうとするバカ。ニヤついた顔で噂するバカ。
どいつもこいつも、他人事だ。
女子生徒、いや、元男子生徒の斉藤も居心地が悪そうにしている。
それをかばう正真正銘の女子生徒。ありふれた光景も、俺には憂鬱に感じる。
こんなのが嫌だった。だから俺はプレイドと童貞を捨てた。
アイツ、マコトはこれからどうなるんだ。
気がつけば、マコトのことばかりを考えていた。
いくら親友とはいえ、男だ。アイツは。男なんだ。風邪なんだ。あいつはただ風邪で休んだだけなんだ。
何度も何度も、心に言い聞かせた。俺のちっぽけなプライドを守ろうと。



「なぁ、章吾。お前、マコトと仲がいいだろ。」

「もしかして、もう知ってるんじゃないのか?」

「知らねぇよ。何もな。」

「クールに気取っちゃって!なぁ、教えろよ。」

ウザイ。いつもは話しかけて来ない奴が、何を馴れ馴れしく・・・!
イラついた俺はつい

「うるせぇ・・・」

「な、なんだよ!」
「聞いただけじゃねぇか!あ、やっぱりそうなんだな。やっぱりだ!」

何がやっぱりなんだ。こいつ。イラつく!!

「俺が知るわけねぇって言ってるだろ!」

いつも、物静かにしている章吾が大きな声をだしたので、男子生徒は少々面食らったが。
まけじと。
「はぁん。お前ら仲がよかったもんな。もしかしてコレだったか?ん?
 あ、だからだな!公認カップルになれたもんだから、かばってるんだろ?」

頭が来た。顔が見る見る熱くなっていくのを感じて、つい。
「あんな奴知るかよ!ナヨナヨと人恋しそうに近寄ってきたから
 話し相手になってやってただけだ!」



教室内が静寂につつまれる。
「なんだよ・・・」

教室内に居た生徒達の注目を一気に浴びて
その男子生徒は居心地が悪くなったのかブツブツ言いながらもとのグループへ戻っていった。

俺は今言った事を後悔した。アイツには友達が少ない。
俺は同情でアイツと付き合っていたわけじゃない。
何であんなことを言ってしまったんだ。
仮にアイツが本当に風邪だったのなら、俺明日からどう顔を合わせていいのやら。
あれ?俺はアイツが女になってしまうことを期待しているのか?
いや、可笑しいぞ俺。落ち着け俺!
考えれば考えるだけ、無駄だと思ったポジティブな俺は。
とりあえず、気を取り直して授業を受けることにした。



最寄り駅からデパートまで電車で30分。
最初は居心地が悪くて長く感じた電車の移動も、お母さんと寄り添う間は短く感じられた。

「それじゃ、最初に下着売り場に行きましょう」

お母さんの声が弾んでいる。なんだか楽しそうだ。
でも、売り場に近づくにつれて段々と恥ずかしくなっていった。

「入るの?やっぱり・・・無理・・・」

「お母さんはね、自分の娘と一緒に買い物をするのが夢だったの」

そういわれて、僕はなんだかもっと恥ずかしくなった。
自分の娘。そう、僕は自分が女の子になったてことを再度認識させられた。


「どうだった?私の選んだ下着は気に入ってくれた?」

正直元男としては、自分の趣味からかけ離れた下着を提示されて面食らっていた。
白いのが好きだったのに・・・。
渡された下着は、どれも派手なものだった。
柄モノ。黒のレース。もうまじまじと見るのが恥ずかしいくらい。
お母さんの下着をまじまじと見たことはなかったが、時々派手な下着が干されていたことを今思い出した。
やられた・・・。
でも、僕はだめとは言えない。お母さんにだけは。



「い、いいとおもう・・・」

「サイズはC、上々ね。これなら大丈夫。安心なさい。」

なにがだよぉ。

「は、恥ずかしいこと言わないでよ!」

「ぼ、僕はそんな事・・・!!」

「そんな事って?」

「──!」

言葉を失った。僕は急に顔が赤くなった。とてつもなく熱かった。
お母さんはケラケラと笑っていた。ちょっと悔しい。
なんでだろう、相手がお母さんで、僕が昨日まで男だったから?
「それから、もう僕はやめなさい。」

「え?む、無理だよ!そんな急に・・・」

「僕、僕って、なんだかアニメに出てくる人みたいで、お母さん恥ずかしいわ!」

そっちかよ・・・。
僕はチョットだけ呆れた。でもそんなお母さんが好きだった。



服に関してはもうよく分からなかったので、お母さんにまかせた。
ちょっとキツイシャツに、デニム風の短いスカート。
明らかにギャル系の服だった。股座がスースーする。
歩き方もぎこちない。
足も丸見え。小学生時代の短パンを思い出したがそれとは違う。
恥ずかしい。なんだかか顔が熱くなってきた。

「うーん。やっぱり、長いズボンも必要ねぇ。そんなんじゃ、無防備すぎるわ。」

あなたが選んだんですけどー。
でも、その気になった僕はそのままお母さんにまかせた。



結局全部で何点買ったんだろう。
ワンピースやら、デニムパンツやらシャツやら、ブラウスやら靴やら。
もう訳がわからない。どこからこんなお金が出てきたのか。
もうお昼を過ぎていたが、お母さんと昼食を済ませてデパートを出た。

駅前で母がイキナリこう言い出した。
「あ、そうだ!髪を整えなきゃだめね!」
「え?髪?」
確かにそうだ。出掛けにお母さんに髪を梳いてもらったけど、
ちょっとまとまりが無いとは自分でも思っていた。
「髪・・・長くなったなぁ・・・」
と髪を触りながら。
「うん、そうそう。これからは髪型にも気をつけなきゃだめよ?」
そうだ、今までは適当に切って、適当に伸ばして、長くなったら切に行く。
それでいいと思っていた。特に整える必要もなかった。僕には・・・。
そして、そのままお母さんに促される形で美容院に。
なんと2時間待ちときたもんだ。
どうしてなかなか・・・。よく待てるものだなと。
「な、長いよ。もう、普通の理髪店でいいよ。」
「だーめ!しっかり待ちなさい。」
お母さんは断固として拒否する。
「でも、お母さんはどうするの?」
ちょっと考えながらお母さんが
「そうねぇ。お夕飯の準備もあるし・・・困ったわねぇ。」
「いいよ。やっぱり普通の理髪店で・・・。」
お母さんはしばらく考え込んでこう言った。
「お母さん先に帰るけど、一人で帰れるわよね?」
あ、当たり前じゃないかぁ!僕はもう小学生じゃ・・・!
「あたりまえだよ!は、恥ずかしいなぁもう!」



ちょっと大きな声で言い過ぎたのか、時間待ちの客の視線を一気に浴びる。
中にはクスクスと笑っている人もいた。
また、顔が熱くなっていくのを感じだ。もうっ!
お母さんは周りの視線を気にしていないのか、そのまま続けてこういった。
「帰りの電車は気をつけなさいよ。必ず、女性専用車両に乗りなさい。」
一般的に女性が多いこの世の中でも、悪質な痴漢は耐えない。
男とはそういう生き物なのだ。自分も元男だからわかる。
度胸?いや、何か吹っ切れたら誰でもやってしまいそうな生き物だから。
なんとなく、お母さんが言った理由もわかった僕はお母さんにしか聞こえない声で
「大丈夫。そうするよ。心配しないで。」
「じゃあ・・・そうねぇ・・・」
と、お母さんはヘアスタイル雑誌を手に取り、紙に何か書いていく。
「こんなもんね。じゃぁ、これを美容師さんに見せて、似合うのをやってもらってね。」
そういうと、お母さんはちょっと急いで帰って行った。
髪型かぁ・・・なんだか僕にはよくわからない事が書いてある。
特に気にしなかった。
自分の髪を触ったり、ぼーっと携帯をいじったり。待つこと2時間半。
美容師さんにおまかせして、出来上がった髪型を鏡をみて自分が一番驚いた。
「か、かわいい・・・。」
何を言ってるんだろう僕は。また顔が熱くなった。
でも、鏡に吸い込まれるように、じっと自分の顔を見つめる。
眉毛も整えてもらい、ショートカットに整えられた髪をなでてみる。
髪・・・無駄に長かったから、出来たのかな・・・。
そういえば、今朝から自分の顔なんてまじまじと見ていなかった気がする。
デパートの試着室で自分を見る機会もあったけど、恥ずかしくてなんだか見られなかった。
ちょっとは自信持っていいのかな・・・」
一人でブツブツとつぶやいていると、男の美容師さんがこういった。
「お客さんこんなに可愛いんだから、もっと自信持ってよ。」
聞こえていた。またまた顔が熱くなってく。
「ハイ、お疲れ様。またきてねー」



恥ずかしくてその場に居られなくなった僕は、会計を済ませたあと、軽く会釈をしてすぐに美容院を出た。
刺激が強すぎる・・・。何もかも・・・。
早く帰ろう。沢山の買い物袋を持って帰ったお母さんに悪い気がして足早に駅に向かった。

駅で切符を買う。改札を通る。駅のホームで電車を待つ。
ここまでは、いつもと同じだった。男も女もなにも関係ない。
一人で電車か・・・以前大雨の日に一度だけ電車で登校したことがある。
この線の電車だと、5駅先が学校の最寄り駅になる。そういえば、章吾君は毎日電車で帰っているんだったかな。
章吾君か・・・休みの日に一緒に電車で出ていて、町に繰り出して。楽しかった・・・。
やっぱり・・・一人で電車は寂しかった。
「疲れた・・・」
時間はもう午後5時半。
明らかな帰宅ラッシュで、駅のホームはとんでもない人であふれていた。
高校生。大学生。スーツ姿の男性。
電車が到着し、押し込まれるかのように電車に入れられる。
みんないち早く家に帰りたくて仕方ないのだ。そう、僕も。
このとき、僕は母の忠告をすっかり忘れていた。
「せ、せまいぃ・・・」
「ちょっと!動かないで下さい!」
会社帰りらしき女性に怒られた。
すかさずスミマセンと謝る。はぁ・・・早く帰りたい。
人にもまれながら、1駅2駅と過ぎていく。
そして、6駅目を過ぎた時・・・



「ひっ!」
なんだかわからない声が出た。その原因は自分のお尻にあたる何か。
痴漢だ・・・!僕はとっさにそう思った。
その何かは僕のお尻をずっと撫で回しているようだった。
キモチワルイ・・・。
女の子になった僕は元男だ。それも昨日まで。おそらく、女のお尻を触ってくるんだから。
その何かおそらく手らしきものは、男性のものに違いない。
いや、どちらにしても、気持ちが悪いのには変わらない。
でも、こういうときいざ声をだそうにも出せない。
仮に僕が男の体で、相手がゲイだったとしよう。それでも声は出せないと思う。
お母さんの忠告が頭をよぎる。
泣きそうになった。
体を何とかくねらそうとしても、すぐ隣には人の体がある。
女の人に怒られたこともあって、あまり体が動かせないのもあった。
その手の動きがどんどん増していく。
なでる。もむ。その手が段々と下に下りていく。
すさまじい嫌悪感の中たまらなく声が出そうになる。
その手が、短いスカートの中に入ってくる。
あぁぁぁぁぁもうやめて・・・
でも、声が出ない。なんて小さいんだ僕は。元男のくせに。そんな度胸すらない。
色んな気持ちも相まってもっと泣きそうになった。

その時ふと手が離れていく。
と同時に、男の声がした。
「おねぇさん!こっち!」
手をつかまれてグイグイと引っ張られていく。
どうやら、周囲の人も僕が痴漢にあっていたのを見てみぬふりをしていたらしい。
すんなりと道ができた。悔しいけど、泣きたいけど、そうだよね。僕だってそうしたと思う。
手を引っ張られるなか、そんな言い訳ばかりを考える自分がいた。
「あ、ありがとうございます・・・」



「いえ、いいんです。当然のことをしたまでですよ。」
泣きそうな顔を見られたくなくて、下をうつむいたままの僕。男は続けてこういった。
「元気出してください。男は・・・その、アンナ人ばかりじゃありませんから」
何か懐かしいものを感じた気がした。
落ち着いた低い声。何か安心ができる声。
下をうつむいたままでは彼に申し訳ないと思い顔を上げる。
「え!」
「あの?どうかしました?」
「章吾君!?」
僕はとっさに口に手を当てた。
「え?」
僕は焦った。女体化した自分、一番見られたくなかった人。
しかも僕はもう女の子の格好をしている。今までで一番顔が熱くなっていくのを感じた。
「い、いえ、な・・・なんでもありません・・・」
僕は黙ってしまった。何もいえなくなった。
女の子になって痴漢にあい、そして助けてもらったのが親友だなんて。
もう、何もいえないじゃないか。
彼は、章吾君も何も言わなかった。見たことも無い人に、急に名前を呼ばれて変に思ってるに違いない。
もしかしたら、もうバレたかもしれない。そんな事ばかり考えていると
『まもなく~○○○~○○○~降り口は右側です』
目的の駅に到着するようだ。
ラッシュの時、降りたい駅に近づいたら乗り降り口の近くに居ないと出られないことが多い。
「あ、あの、ありがとうございました。僕、ここで降ります。」
"僕"という失言を気にする余裕もなく、僕は足早に乗り降り口側に向かった。
さっきの痴漢のこともあり、何故かすんなりと通り道が開いた。
奥の方から、うぐ、うお、うう、色々とうめき声が聞こえてくる。
心のなかで「すみません。すみません。」と。なんだか、また顔が熱くなってきた。
早く降りたい・・・・。帰りたい・・・。
『○○○~○○○~降り口は右側です。乗り降りの際はお気をつけ下さい。』
扉が開いた。僕は電車から飛び降り、一目散に家に急いだ。



章吾は呆然としていた。
痴漢から助けた女の子に、知らないはずの自分の名前を呼ばれた事。
引っかかる"僕"という一人称。そして、何よりも。
「あぁ・・・あの子の名前なんていうのかな・・・」
章吾はもう、あの女の子の虜になっていた。
普段は引き締まった口元と目元が、ゆっくりと緩んでいく。
 い、いかん!俺としたことが!
章吾は辺りを見回す。
 よかった、誰も見てなかったか。
それも当然、呆然としていた結果降り駅を何度も通り過ぎては、降りて乗り換え。
そして、その繰り返し。時間はもう午後9時だ。
「いま、どこだっけ── まぁ、いいか」
そしてまた、物思いにふけった。
「お客さん。降りないんですか?」
ふと我に返った。
「はい!?」
ふと、停車中の駅の看板を見る。
「やばっ!」
急いで荷物を持ち上げ、飛ぶようにして電車から降りる。
「駆け込み下車はきけんですから──」
そんな事言っている場合じゃない。
「今、何時だ?」
携帯を開いて時間を確認する。
「10時!?」
あぁ、俺は何をやってるんだ。
女の子に一目ぼれして電車を降り過ごす。バカの典型じゃないか。それでも忘れられない。
そう、忘れてはいけない事が一つだけある。あの女の子が降りたのは、○○○駅だということを。
「また、会えるかな・・・。」
そうだ、俺はクールなボジティブメン。そう、常に前向きさ。
「会えるさ、絶対に。」



時は午後6時過ぎにさかのぼる。
マコトはやっとの思い出家に帰ることができた。
「お母さん、ただいまぁ・・・」
「おかえり~」
キッチンから声がした。いい匂い。もう夕飯が出来ているみたいだ。
お母さんがキッチンから廊下へ顔を出す。
「あらぁ~可愛くなったわねぇ。お母さんなんだか嬉しいわ。」
「う、うん・・・」
僕に元気がなさそうなのを見てお母さんが
「どうしたの?疲れたの?帰りの電車、大丈夫だった?」
僕はハッとした。けど、痴漢のことをお母さんに聞かれるわけにはいかない。
「だ、大丈夫・・・満員電車になれなくて、ちょっと疲れただけ・・・」
すんなりと嘘が言えた僕は自分にとてつもない嫌悪感を抱いた。
そのためかどうかはわからないが、僕は無性に一人になりたくなった。
「ごめん、ちょっと部屋で休む・・・」
お母さんはそれ以上何も言わなかった。
部屋に戻ってベッドに倒れこむ。
そして震え出す。
あの手が、お尻に残るあの感触が、僕の体に触れた感触がどうしても忘れられない。
さらに震えだす。
キモチワルイ。
でも、僕の手首に残った手の感触も忘れられない。
「章吾君・・・」
忘れたいけど、忘れられない。
親友に助けられてドキっとしたなんて、絶対にいえない。
それは、友愛に似た感情なのだろうか?
考えると更に体が震えだした。
 やっぱり、僕は真性の変態・・・。
嫌悪感が僕を襲う。
もう、嫌だ。もう疲れた。もう、寝たい・・・。



でも、なんだか下半身がむずむずする。
「ん・・・トイレ・・・」
そういえば、今日は全然トイレに行ってない。
日中に歩きまわって沢山汗をかいたせいだろうか。
何も考えず、そのままトイレに向かう。
「・・・・あれ?」
ズボンを下ろそうと、本来あるはずのズボンのベルトに手をかける。
いや、かけようとした。
ない。
そうだ、僕はもう女の子だった。
とか言う以前に、タイトスカートを履いていた事に今頃気づいた。
一人で顔が熱くなるのを覚えて、スカートをたくし上げる。パンツをずらす。
そして、あわてて便器に腰を下ろす。
どうしていいかわからず焦っていると、トイレモードになった頭を今更切り替えることができず。
突然股間からオシッコが噴出してきた。
「はぁっ・・・」
ジョボボボボボボボ
お尻に何か液体が伝う。それが自分のおしっこだと気づくまでそう時間はかからなかった。
「え、なんで、き、きたな・・・!」
でも、一度出だしたオシッコはとまってはくれない。
男の時を思い出して、腹筋に力を入れてみる。だめだ、とまらない。
いつか、どこかの動画でソレ系のを見たことがあるが・・・。
 冗談だろ・・・無理だって・・・
全てが終わった時、お尻が大惨事になっていた。
 うう、女の子が体をよく綺麗にしなきゃならないって噂、少しわかった気がする・・・。
しぶしぶと、自分のお尻をトイレットペーパーで拭く仕草・・・・なんとも情けない。
男なら笑い事で済ませられることも、これは流石にキツかった。
覗き!ダメ!絶対!
なんて言葉が頭によぎる自分がアホでたまらなかった。



なんとか、綺麗に拭き終えた僕は、やっとトイレから出ることに成功した。
男なら、どれだけ楽か。
整理・・・なんて言葉が僕の頭によぎった。
 勘弁してよ・・・。
トイレから出ると、すぐお母さんと遭遇した。
また、顔が熱くなった。
一体、一日に何回顔が真っ赤になったら済むんだろう・・・。
「綺麗にしなきゃ、だ め よ ?」
 いわないで、お母さん・・・。
「ご飯できたから、早く食べちゃいなさい。」
そういって、お母さんは食卓へ戻っていった。
もう、このまま寝るつもりだったのに・・・タイミング逃したな・・・。
ダイニングに向かうと、既に弟の明がガツガツとご飯を食べていた。
まじーあーまじーとかブツクサいいながら、食うものは食っている。
 すこしは素直になれよな──
僕の席は明の横。気にならないと言えば嘘になる。
いつもは遅く帰って来るのに、今日に限って早く帰ってきている。
僕はお母さんの目に促されて、しぶしぶと席に座った。
箸を取る。ご飯に手を伸ばそうとしたその時。横から視線を感じた。
明らかに明がこちらを見ている。僕はなんだか怖くなって明の方を見ることができなかった。
「ちょっ・・・アニキ・・・おまっ・・・!」
どこかで聞いたことあるような台詞をまんま言う明。
きた──覚悟はしていたが、それがお前の第一声か。
もう。笑え。笑ってくれ。1日とはいえ、幾度もの濃い経験でもう段々なれてきたのだろうか。
奥手の僕も、弟の明には何故か対等で居られる気がした。突っ張ってみてせいても、長く付き合ってきた弟だ。
「なんだよ」
「これ、おかんがやったの?」
「どーーぉ?可愛いでしょ!」
「あぁぁ、俺なんかショック!」



そういうと、またガツガツとご飯を食べ始めた。
それが、お前の第一声!?
ん、でも、やっぱり、弟のお前なんかに優しい一言なんて期待していなかったよ!
「フンッ」
居心地が悪すぎる。気分が悪い。さっさとご飯を食べて僕は部屋に戻った。
そして、今日一日の事を早く忘れたくてすぐ寝た。
あっ・・・でも、買い物は楽しかったな・・・。

翌朝、服のまま寝たことをお母さんにしかられた。
当然、このまま学校に行かないわけにもいかない。
今日はお母さんと一緒に制服の仕立てに行くことになった。
そして、そんな家族との甘い日々が過ぎていった。


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最終更新:2008年10月03日 17:27
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