「だー、あっちぃ!」
「あんまり騒ぐなよ暑苦しいな…。」
夏休み、どこで鳴いているのかわからないセミの
鳴き声の中、俺は友人のアキトと銭湯に向かっていた。
それというのも…。
「お風呂蛾物故割れた。」
「俺にはおかんがぶっ壊れたように見えるが。」
「いいからほら、アンタもう何日もお風呂入ってないでしょ!?」
「え?あぁ…。」
「夏なんだし汗かいてるでしょ、銭湯行ってらっしゃい。」
「嫌だよメンドクセェ。」
「何言ってんの!女の子が何日もお風呂入らないなんていけません!」
「知るか!まだ受け入れてない現実をいきなり突きつけるなクソおかん!」
俺はここ最近女体化したばかりの16歳の女子高生…になるのか
名前はメグルだったんだが今はメグミって呼ばれてる。
「んまー、クソだなんて、これからが心配ダワー」
「ハハ…」
「とにかく!アキト君呼んであるから、一緒に行くのよ?」
「what's!?」
ぴんぽーん
「あ、ホラ来た。出てあげて」
「ったく…。」
ウチの母は強引だ。
行動を起こしてしまえば俺が流されていくことを良く知っている。
ガチャ
「おっす。」
そんな俺の気を知る由も無く、玄関前にはタオルを肩にかけたアキトが立っていた。
隣に住む幼馴染、この夏休みに入ってから、俺が女体化したことを知っている唯一のクラスメイトでもある。
「お前…よく来る気になったな。」
「え、だってメグミが俺と行きたいって…。」
「メグミって言うナァーッ!」
「ぉゎぁ!?」
「わーったよ、準備するからちょっと待ってろ。」
で、今に至る。
「で、オバさんにハメられたというわけだ。」
結局来るハメになった俺をからかうアキト。
「まさか、俺がアキトと行きたいって言い出したなんてウソつくと思うか?」
「まぁ、怪しいとは思ったよ。風呂嫌いな上に現実受け入れてないお前が
いきなりそんなこと言い出すとはあまり思えなかったな。」
「じゃあ何で来たのさ。」
「お前んトコのオバさんの言うことじゃ用事も無いのに断れねーだろ。」
「本音は?」
「風呂上りのにょた娘観察。」
「帰らせてもらう。」
「逃がすと思うか?」
アキトの目が怪しく光る。
ヤバい。こいつ俺じゃない何かを見てる。
「…時間が勿体無い、行こう。」
「ああ。」
ただならぬ何かを感じた俺は、できるだけ軽口を叩きながら
駅近くのスーパー銭湯へと向かった。
「しまった…。」
アキトと別れ、嫌々ながらも女湯へ
アキトに「男湯入るか?」と冗談まじりに言われたが
この体では文字通り冗談ではない事態になりかねない。
しかしこれが間違いの始まりだった。
正直言って、俺はまだ女になって日が浅い。
それどころか、未だにその現実を受け入れていないにも関わらず
女湯へと来てしまったのだ。
「これは…目のやり場に困るわ。」
ドリルチンコの幼児が奇声を発しながら走り回っていたりするものの、
ここにいるのは概ね女性だ(当たり前だが)
普通、こういった場面でなら「役得、役得」と言ったところなのだろうが
嫌々ながらも自分から女湯に入ってしまったのもそうだが、
脱衣から風呂場の景色、そこにいる人たち、鏡の存在。
目に入るそのどれもが、俺への当てつけのようで非常に不愉快だ。特にババァとか。
「―早くあがろう。」
元々風呂はあまり好きではない。
やることやってさっさと出るに限る。
トン
そう言い聞かせて通路に上がると、前を見ないお子様がぶつかってきた。
転びはしなかったものの、頬を俺の足にぶつけたようだ。
「ん?大丈夫?」
「うん、だいじょうぶだよおねえちゃん!ボクおとこのこだもん!」
「―ッ!」
おねえちゃん…おねえちゃん…
ボクおとこのこだもん!…
無垢な少年が言い放つ、しかし残酷な現実が胸に突き刺さる。
俺はその場にヘタり込んでしまった。
「おねえちゃん?だいじょうぶ?どこかいたいの?」
無垢で何も知らぬ犯人は、心配してくれているようだ。
「うん…大丈夫だから、お母さんとこ行きな。」
心配そうにこちらを見ている少年。
しかし女湯に入れられるような子供に
「どうしたの?」
「こころがいたいの。」
なんて言えるわけが無い。
受け入れ難くとも、これが現実なのだ。
「だいじょうぶだから…だいじょうぶだからぁッ!?」
湯の近くでヘタりこんでいた俺は、立ち上がろうとして意識が遠のき
スカコ―――ン!!
「おねえちゃん!?だいじょうぶ!?おねえちゃん!?」
派手にスッ転んで意識を失った…。
「―あれ?」
「よう、起きたか。」
次に俺が目を覚ました時に見たのは、見知らぬ天井だった。
すぐ近くでアキトの声がしたから、傍にいるのだろう。
「…ここは?」
「銭湯の休憩室だ。お前、風呂場で派手にコケたんだって?
雑に浴衣着せられたお前が運び出されてきてビックリしたわ。」
からかうような口調のアキト。しかし今はいつものソレがありがたい。
「あぁ、ちょっと…あってね。」
「ふ~ん。ま、何でも良いけどよ。俺のいねーとこでケガすんなよ。」
「は?」
「メグミは俺の嫁。ってヤツだ。」
「馬鹿!おま何言ってんだよ!」
「ハハハ、冗談だ。それだけ元気があれば大丈夫だな。」
「あ…。」
笑いながら話している間もパタパタとウチワで扇いでくれるアキト。
なんだかんだで気を遣ってくれている。
「あのぉ…。」
「ん?何かな?」
アキトに誰か話しかけたようだ。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「ん?あぁ…。」
見知らぬ少年の登場にアキトは戸惑っているようだが、
この声はあのコだ…。
モゾモゾと起き上がって少年に声をかける。
「やぁ、お見舞いありがとう。」
「おねえちゃん!」
「でも、もう大丈夫だから、心配しないでね。」
「うん!はいコレ!」
少年は水のなみなみと注がれたグラスを差し出した。
「これのんだらすっきりするよ!っておとーさんが言ってた!」
「ありがとう。おねーちゃんこれ飲んで元気出すよ!」
「うん!」
グラスを受け取り、ぐびぐびと飲み干す。
水の一気飲みなんて、中学の頃のマラソン以来だろうか。
それを見て安心したのか、少年は元気に手を振って去っていった。
「ふ~ん。おねーちゃん、ねぇ」
ニヤニヤとこちらを見ているアキト。
「な、何よ。」
「へー、何よ。だってさ。ここに来てどういう心変わりだ?」
「う、うっさい!どうだっていいでしょそんなこと!」
「へいへい」
ペチンとアキトの頭をはたくが、平然とアキトはコーヒー牛乳を飲み干していた。
「さて、行くか」
「そうね…って、何のつもり?」
アキトはおもむろに、俺の前に背中を見せてしゃがんでいる。
「何って、おんぶだよ。倒れた愛しのお姫様を、家まで歩かせる気は無ぇなぁ。」
「なに馬鹿なコト言っ…て…。」
「ほれ、言わんこっちゃ無い。」
アキトを罵ろうと急に立ち上がろうとして、またもや目眩。
振り向いたアキトに抱きとめられる形になってしまった。
思った以上に転倒のダメージは大きいらしい。
流されるままに、アキトに俺は背負われてしまう。
「よっこらせっと。」
「うわ、おっさんクサ。」
「うるへー。」
そんなくだらない会話をしながら、アキトに背負われて帰路に着く。
(アキトの背中…こんなおっきかったかな…。いや、俺が縮んだのか…。)
「てか、メグミさん?胸、あたってるんですけど。」
「あててんのよ。」
「はぁっ!?」
こうしているのも、悪くない。
そう思った自分がここにいて…。
私は今日、女になりました…。
最終更新:2008年10月04日 00:37