「・・・なあ、優希」
どこか所在なさげに、健二は呟いた。
その手には、何やらラッピングされた不穏なモノが収められている。
「なんだ、貴様はクッキーも知らんのか?これだからマダオは・・・」
「ほう。アプサラスⅢを模したクッキーとは、また斬新だな。芸術の秋が聞いて呆れる」
「失礼な。どこからどうみてもネコをモチーフにした造形じゃん。あんた眼球ついてんの?」
…口を開けば、待っているのはシニカルな言葉の掛け合い。
端から見れば単なる痴話喧嘩だが、私と健二にしてみればこれがアタシたちのリアル(笑)なのだ。
「あーわかった。お前アレだろ。女体化して脳がやられたんだろ」
とはいえ、歯に衣着せぬ辛辣な言葉のキャッチボールにも、ささやかなルールはある。
私たちは、互いに『最も言われたくないこと』をよく理解しあっているつもりだ。
例えば、たった今健二の放った言葉がそれにあたる。
「・・・誰が、女体化したと?」
「あー、OK、落ち着け。悪かった、貴様は女だ。十二分に乙女だ。だから、な?落ち着―――」
されて嫌なことは、相手にもしない。
これは人として当然の振る舞いであり、守るべき一線である。
故に。
「―――倍返しだァァァァッ!!!」
「檜山ぁッ!?!」
最低限のボーダーラインすらも犯した者に、人としての扱いを受ける権利など無いのだ。
「うぼぁ・・・女の蹴りの威力じゃねぇ・・・」
いくばくかの拍を置いて、やや内股気味に健二が毒づいた。
口を利ける程度にまで痛みは緩和されたのだろうか。
それでも表情には苦悶の色が滲み、額には玉粒のような冷や汗が浮かんでいる。
汗を流すには、些か気温が低すぎるというのに。
それほどまでに苦しいのだろう。
「命があるだけ有り難く思いなよ?それとも、このまま違う方向性で女体化する?」
「死んでしまえ・・・」
先ほどまでの、棘どころか五寸釘を打ち込まんばかりの毒舌はどこへやら。
陳腐な捨て台詞しか吐き出せない様は、何とも滑稽である。
男のくせに情けないと言いたいところだ、が。無理もない。
健二、いや男性最大のウィークポイントに、私の蹴り上げが清々しくクリーンヒットしたのだ。
男性諸君ならば、それが何を意味するかわかるだろう。
つまりは、そういうことなのだ。
「ちくしょう・・・何なんだよ、俺が何したんだよ・・・」
「黙れ非人」
「避妊するくらいならばゴミ箱孕ませた方がマシだっつーの・・・」
む、早くも大口が叩けるようになったか。生意気な。
「ぬんっ」
「な、何とおおお――――っ!!!?」
二発目の天誅が健二の愚息に直撃。
恐らく彼の脳内では「微笑みは光る風の中」がこだましていたことだろう。
森口博子って本当にいい歌を唄うよね。
「い、今のはマジで、蹴られた理由がわ、わからんのだが・・・?」
「わからないまま終わる、そんなのは嫌だ」
「黙ってろ・・・ていうか結局コレは何なの・・・」
『コレ』が何を意味するのかなどは、勿論聞かずともわかっている。
聞くほど野暮でもない。
尤も、このバカはわざわざ根掘り葉掘り聞いてくるほどにデリカシーが欠けているようだが。
「鈍いやつめ・・・」
「んぁ?」
「いや、何でもないよ。それは誕生日ぷれぜんとというものだ。有り難く受け取れ」
「ふう、ん・・・」
そう、今日は健二の誕生日。今年でこのバカは17歳になる。
斯様な脳タリンが社会進出を控えているのかと思うと、日本の未来を憂わざるを得ない。
「・・・まあ見てくれはともかく、ありがとな」
「一言余計だよ、馬鹿」
おまけに、頭も悪い。
確率の網こそくぐり抜けたものの、童貞を捨てられたわけでもない。
健二は、本当にダメな奴だ。マダオだ。
だから。
「・・・ついでに、これはさーびすだ」
「んっ・・・!?」
ほんの一瞬だけ、悪戯っぽく健二と唇を重ね。
そして心の中だけで呟くのだ。
ダメ男の健二には、しっかり者の私がついていてあげないと、ね。
「気付かないわけねーだろ・・・鈍いのはどっちだか」
おしまい
最終更新:2008年10月06日 17:25