後日談の翌日
休みの間は起きるのが遅くなりがちだよな?
御多分に漏れず、俺も休みは長く寝てしまう。
そろそろ寒くなってきてるし、いつもなら起きなきゃいけない時間にぬくぬくと布団にいられるのはけっこう幸せだ。
――あったか……。
今は試験休み。だからまだまだ寝てていい。
布団の中にあるあったかい物体にぎゅーっと引っ付いて、さらなる惰眠を貪ろうとしてた時だった。
「どうした、中野?」
――……えっ!?
一気に目が覚めた。
「谷……屋? え、なん…?」
「完璧に寝ぼけてるな」
苦笑した谷屋の顔がすごく近くにあって、そして思い出した。
今は谷屋が泊まりにきていること。客用の布団を出すのがめんどくさいから一緒に俺のベッドで寝ることになったこと。
そしてなんでそれくらいのことがめんどくさくなったかと言えば……!
「――――――っっ!!!!」
思い出した途端、顔が熱くてしょうがなくなった。
――昨日の夜は…その、谷屋と……。
はっとして掛け布団の中の自分の格好を確認すれば、パンツと谷屋のTシャツを身につけてるだけで…っ!
「うわっ…!」
――――ドサッ――――
思わず谷屋をベッドから蹴落としてしまった。
「…ってぇ~」
「あっ、ご、ごめん!」
俺も慌ててベッドから降りる。
「いや、大丈夫だから。そんな顔すんな」
自分がどんな顔してるかなんてわからないけど、腰をさすっている谷屋を見ると申し訳なくてしょうがなくなる。
すると谷屋の顔はニヤニヤしたものに変わっていて。
「なんだよ?」
「すっかり中野が可愛くなったな~って思って」
――なっ……。
「さっきもな~寝顔見てたら、初めて中野の方から抱きついてきたし。それに昨日の夜は……」
「~~~っ、うるさい!」
臆面もなく恥ずかしい言葉を並べる谷屋に枕を投げつける。枕は谷屋の顔面にクリーンヒットして。
俺はひるんだ谷屋を部屋から叩き出した。
着替えをして、自分の顔が冷えたのを確認してから部屋を出る。
恥ずかしい話……なんか歩きづらい。
こう…なんだ、下半身にものすごい違和感ってやつが……。
それが昨日の行為の証明に思えて、冷ましたはずの顔に熱が集まってくる。
しかもそれを恥ずかしいだけじゃなく、嬉しがってる自分がいることも自覚していて。
――なんだか、俺もうだめだ。
そろそろと歩いてリビングに行くと、谷屋の方も着替え終わっていてテレビで朝のニュースを見ていた。
『え~、速報です。近年テレビのCMの入り方があざと過ぎるとして、全テレビ局に損害賠償を求める訴訟を起こしていた“全国テレビは腹を立たせるためではなく楽しませるためにあるべきの会”の……』
アホもいるもんだ。
とりあえず朝ごはんを作らないと。両親とも九州に出張中でメシを作るのは俺しかいない。(谷屋はお客だから除外。手つきも危なっかしいし)
――昨日買った食パンとベーコン目玉焼き。サラダも作るか。
またまたそろそろと歩いて、リビング横のキッチンに入る。
するとテレビを見ていたはずの谷屋がキッチン前のカウンターから身を乗り出していた。
「なんか手伝うか?」
あんな危ない手つきだったくせに何言ってるんだか。
だけどレタスちぎるくらいなら誰だって出来るだろうと思って、手伝いを頼むことにした。
「あのさ、谷屋」
三角巾を頭につけたところで、不意に疑問がよぎった。
「なんだ?」
レタスをちぎってはザルに入れながら、こっちを見る谷屋。
「昨日の夜にさ、散々俺に煽られて…とか言ってたけど……具体的にはどんなところに?」
ゴロン、と流し台にレタスが転がりおちる音がした。
「おまっ、朝っぱらから何の話を…っ」
ものすごく焦ってる感じの谷屋を見るのはおかしかったけど、俺はちゃんと知りたいんだ。
何をすれば谷屋が喜んでくれるか。
「あ~………」
じっと見ているうちに、谷屋はレタスを拾ってまたむしりながら考えるような声を出す。
それを邪魔しないように俺の方も目玉焼きを作る準備を始めた。
「もしかして、谷屋ってさ…エプロン好きか?」
思い付きを口にした瞬間、谷屋はまたレタスを取り落としそうになってた。図星か。
レタスをお手玉する谷屋の奇妙な動きについ笑いが漏れたけど、谷屋はそれを違う意味で取ったみたいだった。
「なんだ? そんなに俺の趣味はおかしいか?」
ぶすっとした感じの谷屋がまた新鮮で笑いを消すことが出来ない。
そんなふうに笑ったままでいたのが気に食わなかったのか、谷屋が不意に距離を詰めてきて、一瞬心の中で焦る。
「あのな、そんな馬鹿にするとそのうち裸エプロンとかさせるぞ?」
「べつにいいけど?」
軽く返すと谷屋が絶句した。
ふざけて…とかじゃなく真面目に俺はそう思っていた。
こんなにいっぱい幸せな気持ちを貰ってるんだから、そんなことくらいで谷屋が喜んでくれるなら、いくらでもしたっていい。
「…ったく、覚悟しとけよ」
わざと吐き捨てるような口調の谷屋の言葉に頷く。すると不意打ちで谷屋の唇が俺の唇を掠めていって…。
「―――ッ、なん、だよ…いきなり!」
「これくらいで真っ赤になるくせにな~」
からかってくるその声が悔しくて、ポカポカと谷屋を殴る。
だけどそのやり取りをどこまでも幸せに感じてる俺は、本当に谷屋にイカレてるんだと幸せな気分の中で恥ずかしげもなくそう思っていた。
G.Wのお話
『暇はあるが金がない』
ある人が言うには高校生はそんな感じらしい。ちなみに社会人はその逆だとか。
それが正しいかどうかはともかくこのゴールデンウィークの後半、俺と谷屋はとくにどこに行くわけでもなくいっしょにだらだらしていた。
や、行くに行ったんだけどな、藤の花を見に遠出したり、和訳でクモ男3とか見たりとか。
けどそんな感じで前半に遊び歩いたおかげで、後半はどっか行って遊ぶ金は無くなってしまったわけだ。
「谷屋ー、次の巻とって」
「あいよ」
……ま、いいんだけどさ。とくに何するわけでなくてもこれはこれで。
久しぶりに来た谷屋の家で、谷屋はドラマの再放送を見てて、俺はその背中によっかかって谷屋のコレクションの漫画を読んでる。つーかなんで少女漫画も揃えてあるんだ? まあ面白いからいいんだけどさ。
この雰囲気はすごく居心地がいい。
谷屋とは……その、まあ、何度もいたしてるわけだけど、そういうのを感じない今も、な。
しばらくそうしてると漫画のほうが修羅場に入ってきた。
大学編と社会人編に分かれてるこの漫画の主人公たちが社会人一年目のシーンだ。
「…………なあ谷屋」
「ん~?」
「めちゃくちゃうざいセリフ言ってやろうか?」
「言ってみろ」
承諾が出たことで、少し息を吸ってから。
「『私と仕事、どっちのほうが大事なの!?』」
「おまえ」
間髪入れずに返ってきた言葉が一瞬わからなくて。
でも理解した瞬間に、一気に顔に血が上った。
「な、な……!」
「まあ、ぶっちゃけ仕事とか部活とかやってないから比較しようがないんだけどな」
けどそう続けられたせいでちょっとだけムッとしてしまう。
仮にだけど、やってたらそっちのが優先順位が上みたいな言い方じゃないかっ。
だからと言ってここで何か文句を言ったりしたら、それこそ漫画のヒロインみたいにうざくなってしまうから俺は口をへの字にしたまま黙って漫画を読み続ける。
「中野~」
「なに?」
こころなし声が尖ってしまった。
「俺も言ってもいいか?」
「……どうぞ」
「じゃあ……『あのな……稜、俺は本当におまえが、世界で、いやこの世全てのうちで、何よりも大切で、そして愛してるんだ。それ以外のものなんて大事じゃない。稜が望むんなら俺は他のことは全部捨てて』」
「ヤメロッ!!!」
いきなりクサイ言葉を並べ始めた谷屋に、感動よりも異様さが際立ってしまって。
――嬉しいというより痒い! キモい!
「その漫画の先で同じようなこと言う奴がいるけど……ま、そんな感じだ。漫画の真似したって、現実で思ったとおりの反応があるわけないだろ?」
くだらないことで思い知らされてしまったけど、俺はそれに思いっきり頷いてしまった。
そして思わずニヤニヤとした笑みが浮かんできてしまう。
「なあ谷屋?」
「……なんだよ」
「もしかして、否定されて傷ついてたりする?」
「……うるさい」
最終更新:2008年06月14日 10:02