女体化…
16歳の誕生日までに、女性経験が無い男は女になってしまう。
そんな話を初めて聞いたのは、丁度中学に上がった頃だっただろうか。
入学してすぐに意気投合した、クラスに一人はいる、やたらエロ知識が豊富なヤツが教えてくれた。
俄かには信じられなかったが、13年間男として生きてきた俺は、
そんな話を「夢がある」と、そう思っていた。
話の出どころははっきりしない。
しかし、誰に聞いても、その噂を知らない男は全くと言って良い程いなかった。
いや、たまにいたにはいた、しかし、そんな人間は俺の知る限り片手で足りる程度の量であった事からして
この噂が、事実はどうあれ、広く知られている事は間違いなかった。
女の子に縁の無かった俺は、中学三年間通して脱童貞するどころか、
彼女と言う存在すらできなかった。
噂の真偽が気になる、と言えばウソでは無い。
しかし、それ以上に俺がヲタでモテなくて、あらゆる事に無頓着だった点に原因があるのは、
火を見るより明らかであろう。
―そして俺は、地元の県立高校へと進学した。
「行ってきま~す。」
真新しい鞄をひっつかみ、学校へと向かう。
今日は入学式を終えた次の日、いわゆる高校生活初日 ってヤツだ。
正直言って、少々人見知りのケがある俺は、新たな生活に対して、
あまり出会いも期待できるとは思っていなかったのだが…
「待ってー!」
「あ…?」
ボケーッと学校に向かって歩いていると、後ろから突然声をかけられる。
「はぁ、はぁ…ったく、なんでこっち見たのにさっさと行っちゃうかなぁ?」
「え…あ…は?」
振り向くとそこには、見知らぬ少女。
否、美少女だ。
それも、とびっきりの。
俺の前方に彼女の友人がいる事も考え、後ろを見てみる。
寧ろ、俺としてはその可能性の方が高いと思った。
それならただの、初日から恥ずかしい奴で済むのである。が、そこには誰もいない。
混乱する俺を気にする素振りも見せず、彼女はあろう事か俺の隣に並んでなおも言葉を続ける。
「ま、置いてかれても、どーせ教室で顔合わせるんだけどさ~ って、あれ?お~い。」
顔見知りではない美少女が、俺に話しかけて来ている。
女に全く免疫のない俺が、その到底有り得ない事実に対し、
金魚の如く口をパクパクさせて固まってしまったのも仕方のないコトである。
「お~い? 聞いてる?」
「聞いて無い。」と普段の友人相手なら言えるだろうが、それすらおぼつかない。
俺はただただ、目の前の少女は誰なのか、必死に記憶の糸を頭の中で手繰る。
しかしやはり、俺の記憶の中に、この少女は存在しなかった。
中学の頃に、クラスで影が薄かった子とか、特に関わりが無かった女子とかそんなLvではない。
と言うか、それですらこの状況はおかしいのに、この娘は完全に初対面だ。
それでこの物言い。ただ事ではない。
それならやはり、ここは俺の記憶にない事をアピールして、この一方的な状況を打破するべきである。
それが、俺が彼女が横に並んで歩き出してから数歩のウチにの達した結論であり、
何より俺には、これ以外取れる選択肢が無かったのだ。
「あの…君、誰?」
「えっ…?」
俺の言葉に、驚いた表情でこちらを見る少女。
サッと彼女の顔から血の気が引く音すら聞こえた気がした。
「嘘…だよね?私のコト、忘れちゃった…?ねぇ、冗談でしょ?」
その位、涙声。
俺は瞬間的に、言葉選びを間違えた事を悟る。
「あんなに一緒だったのに!同じクラスになれたのに!一緒の高校行けるようにがんばったのに!」
一方的にまくし立てる彼女、数年ぶりの女子との会話が見に覚えのない修羅場でビビりまくる俺。
「酷い…!酷いよ…!こんなのって無いよぉ…!」
ついに彼女は肩を震わせながら下を向いてしまった。
「いや、あの、人違いじゃ…。」
なんとか悪あがきを試みるが…
「何言ってんの!あんた鈴木でしょ!?鈴木ヒロミチ!12月13日生まれのA型!」
「な…」
「好物はラーメンで辛いものが嫌いでヒマになると小指で耳垢をほじる癖があってオナpもががーッ!?」
撃沈。というかラストどさくさに紛れて何言おうとしたこの娘は。
咄嗟にヤバい気配を感じて口を塞いで止めたものの、彼女が俺の事を知っているのは確定的に明らかのようだ。
しかし、やはり俺の記憶にこの少女の顔は無い。
「むぐぐー。」
「あ、ゴメン。」
彼女の目での抗議にパッと口を塞いでいた手をどける。
「っぷはぁ いきなり何すんの!息止まるかと思ったよ!」
「そりゃこっちのセリフだ!何なんだよオマエ!」
「なんなんだよって…ッ!」
そこで彼女は言葉に詰まる。
「私は…私はアンタの…。ぅぅ…。」
「え!?ちょっと!?」
「ふっ…く…ぅ…うあ゛ぁぁあああん!」
泣いた。
泣き出した。
しかも天下の往来で盛大に、かつ大声で。
まだ家をでたばかりで住宅街の真っ只中。
他の生徒は見当たらないにしても、いきなり女の子を泣かせていると言うのはまずい。
色々と疑われてしまう。主に俺の世間体とかが。
客観的に見て、俺が加害者に見られるのはまず間違いないだろう。
とにかくこの女の子を泣きやませ、ワケを聞かなければならない。
そう考えると不思議と冷静になってきた。
女の子と学校で必要な情報を交換する以外で話すのなんて、
何年かぶりだが、とにかくここは切り抜けなければ。
降って湧いた不幸のようなモノなのに、その時の俺は目の前の少女の涙に、妙な義務感を覚えていた。
泣いている少女の正面に立ち、ポンとその両肩につかむ。
「ひっ!」
いきなり触れられて驚いたようだが、彼女は涙目でこっちを向いてくれた。
俺は真っ直ぐに彼女の目を見てゆっくりと言葉を発する。
「ショックかもしれないが、とにかく落ち着いて聞いてくれ」
「…うん」
「悪いが…俺の記憶の中に君みたいな…その、なんだ」
「?」
「かっ…カワイイ女の子は存在しなくてだな!」
「うっく…うん…」
「だからその、ビックリしたというか、えーと…」
「うん…ック…」
「だから、ね?泣かないで欲しいんだ。ほら、笑って。可愛い顔が台無しじゃないか。」
言ったところでフッと我に返る。
俺、めっちゃ恥ずかしいコト言ってる?
ていうか恥ずかしい。超恥ずかしい。
見知らぬ少女にこんなコト言っちゃってるし!確実に俺身の程知らずじゃねぇか!
「フッ…プッ…ククク…」
ほーら彼女だって俺の滑稽な語りを聞いて笑って…
笑って…?
「ブフフ…プクッ…駄目ぇ!もう限界!ぶひゃははははは!」
いきなりハラを抱えて笑い出す彼女。
しかも、微笑みとかそんな生易しいモンじゃねぇ。
爆笑。
大爆笑。
確かに笑えとは言ったが、これは俺が望んだ笑いじゃない。
「あんな…ブフッ…あんな…顔で『可愛い顔が台無しじゃないか(キリッ』…だってお!」
バンバンと自分の太股を叩いて大爆笑。
そこにさっきまで涙目だった少女の雰囲気はない。
つーかあのAAしか見えないんですが。
俺にはわかる、このセリフには確実に大量の芝生が生え揃っている。
「ッはー、おもしれ。ここまでやった甲斐があったわー。」
突然打って変わった彼女のセリフに、俺はもうポカーンとおっぴろげて立ち尽くすしかない。
「まったく、ま~だ気づかないかな~。」
「はぁ?」
思わせぶりな彼女の反応に、思わず俺はマヌケな返事をしてしまう。
「ほらガッコ行くぞ、ヒロミ。」
ヒロミ、俺のコトをそう呼ぶ奴を俺は一人しか知らない。
『おめーはぜってー16歳まで童貞だなぁ?そうなったら名前はヒロミか?ひはは!』
と、噂を知ってから、散々俺をからかっていた悪友。佐藤リョータただ一人である。
「おま…!まさか…リョータ!?」
「やっと気づいた?お前さんもカンが鈍いねぇ~」
やれやれとばかりに肩をすくめてみせる目の前の彼女…というかリョータ(仮)
「カンも何もあるか!っつーか信じられるか!」
「ふ~ん、そう。じゃあ今度からおかずの調達は自分でするんだね~。」
「はぁ!?何の話だよ!?」
「この前言われた、大乱交エロッシュブラジャーズ手に入れたのにな~。勿体無いな~。」
「んなッ!?」
「ん~?どうしたのかな~?」
ニヤニヤとこちらをみるリョータ(女)
なんでこいつが、エロスの権化に頼んだ代物を…!?
「ホン…トに?」
「う~ん、信じないならそれでも良いんだけどね~?」
「え?」
「それだと、お前さんの知ってるリョータは二度と現れない。つまり供給が絶たれるってワケさ。」
「ぅぁ!?いや困る!それは困る!すっごく困る!よし、君はリョータなんだな?それで良いんだな!?よし把握。」
「なんつーか、相変わらず現金だねぇ、お前さんは。私ちょっと傷ついたよ?」
「うっせ。俺の知ってるリョータは、この程度でヘコむタマじゃねーよ。」
「もうタマないけどね~。」
「…あー。」
「いやいや、4日前にこんなんなっちゃって驚いたよ。ホント。」
「は?4日前?」
「私の誕生日、4月5日なんだよね~。」
「じゃあ、あの噂って…!」
「ホントみたいだね。入学直前に女子で編入手続きするハメになるわ、制服は買い換えるわで大変だったんだよ?」
「親御さん随分冷静だな。数日前だってのに。」
「それがさ、おとんもおかんも、知ってたらしいんだよ。」
「はぁ!?なんでそんなコト黙ってたんだよ!?」
「「それも運命だ」だってさ、笑っちゃうよホント。」
「うあー、キッツ。」
「そーいうわけで、アレくらいやらないと、収まりがつかなかったってコト。」
「アレくらい?」
「『ほら、笑って。可愛い顔が台無しじゃないか(キリッ』ブプッ!」
「ぐぁ、あ、アレはだな…!」
「いやホント、4日で女の子っぽい振る舞い特訓した成果だね~。」
ニカッと満面の笑みでリョータ(女)はこちらを向く。
「―…。」
不覚にもときめいてしまった。反則だろう。コレ。
「おーい、どした?また記憶喪失~?」
「いや、何でもない。」
「ならほら、ガッコ行くよ?」
「あぁ―あ、そうだ。」
「ん?」
「お前、名前は?」
「名前?」
「あぁ、昨日名簿見たけど、リョータの名前は無かったぞ。」
「そりゃそーでしょ。女子で編入したんだし。佐藤リョータはもういないよ。」
「じゃあ…。」
「佐藤リョーコ。それが私。よろしくね、ヒロミ。」
「俺はヒロミチだっつーの!」
「さて、どうかな~?」
「うっせ!いざとなったらテメー襲ってやる!」
「キャー!襲われるぅ~。」
そう言ってリョーコは笑いながら走り出した。
「コノ!キモいからやめぇ!」
特に意味も無く追いかける。
「でも――なら…」
「あ?」
最後に呟いた、リョーコの声は、風にかき消されて
何を言ったのかはわからなかったが…
桜舞う四月 出会いの季節
童貞の俺に、ちょっとアレな女子の幼馴染ができました―
最終更新:2008年10月05日 14:23