2008 > 10 > 08(水) ID:GM7r+hsx0

未来世界に挑む



バイオテクノロジーの進化が生み出したそのウイルスの効果は、一文で説明するとこうなる。
第二次性徴のピーク終了と共にホルモンバランスと染色体の逆転を促し、強制的に性別を入れ替えてしまう。
あいつ昨日欠席してたな思ったら、翌日には真新しい女子の制服に身を包んでいる。なんて事態はもう珍しくもない。
こうして教室の机に座ってぼけっとしている俺の目の前でも、それは起きているし。
「あ、う、おはよう」
顔を赤らめながら近づく女子。
変化は劇的かつ速やかで、対象の睡眠中にのみ活動を起こす。寄生対象の生態を作り変えた後、ウイルスは即座に死滅。
こんな物が作られ、あまつさえ結核予防と同じように子供への接触が義務付けられた原因は、少子高齢化である。
「えーと、誰?」
このウイルスの最も悪質な点は、対象の容姿を人間の美的センスの好むものに変えてしまう点だ。
要するに美少女にしてしまう。髪も一メートル近く伸ばすので、坊主頭の彼もお構いなしである。
これらの効能さえなければ、馬鹿げた制度の廃止運動も盛り上がっただろうに。所詮「たられば」だが。
「分かんないの? 山西光よ。あんたととっても仲のいい、一昨日まであの席に座ってた! あー、嫌になるなー!」
真っ赤になって窓際の空席を指さす山西。保健の教科書曰く、転換直後に情緒不安定になるのはよくあることらしい。
20年前に施行されて以来、男でも女でも通用する名前が増えた。名前変更の手間を省けるから。

頭を掻きながら、山西は呻く。
「まったく……4月生まれは損よね。あんたは早生まれだっけ」
「ああ。2月11日」
誕生月は重要な要素だ。同じ学年であっても、4月上旬と3月末の人間の間には1年近いリミット差がある。
「……?」
ふと、違和感を覚えた。立ち上がってみると、相手の顔が目線より下にある。
「身長縮んだ?」
「ウイルスに持ってかれたわ。15センチほどね」
「……マジっすか?」
なんとまあ。日焼けしたにきび面の大男が、今ではせいぜい165位の色白の女の子。
にやけるのを隠すために口元に手を当てたが、それが山西のカンに障ったらしい。
「笑ってられんのも今のうちよ」
素早く伸びた手にネクタイを掴まれ、思いきり引っ張られる。友人の変わり果てた顔が眼前に迫った。
勝気そうなぱっちりとした目がこちらを睨みつけ、形の良い桜色の唇から、鈴のように凛とした声が漏れる。
「どんなに頼まれたって、あんたの相手はしてやんないからね。せいぜいパートナー探しに奔走しなさい」
「凄むのは勝手だけど……全然迫力ないぞ。握力落ちてるっぽいし」
「うっさい!」
よく通った鼻をフンと鳴らして、彼、いや彼女は自分の席に戻ったのだった。その華奢になった背中を見ながら思う。
面倒事はこちらにも降りかかってくるんだろうな。まあ笑えるには笑えるんだが……
1分たたずに、男子が近寄ってくる。特に仲がいいわけでもないそいつは、営業スマイルでこう尋ねてきた。
「なあなあ。山西のメアドと携帯番号、知ってるよな」
さっそくかい。
「知ってるけど……本人に聞けよ」
「別にいいだろ。友達の輪はこうやって広がっていくんだから」
「適当言うなよ。都合のいい時だけ他人を利用するのは美しくないぞ」
「あっそ」
舌打ち交じりに山西の席に向かったその男子が、彼女のグーパンチで撃退されるのは、約20秒後のこと。

全校生徒が集まる行事――今行われている体育祭などだが――があると、昨今の男女比の異常が良く分かる。
自分たち1年はまだ五分五分といった感じだが、2年生が男子4女子6、3年が男子3女子7といった状況になる。
ウイルスの発症が早すぎるんだよな、と一人考える。
今のシステムでは男として成人を迎えられるのは性的興味や衝動の強い個体ばかり。
離婚率や上昇や、堕胎治療の件数、性犯罪の凶悪化も現在進行形で進んでいる。
いくら人間の出産が時間と手間を必要とするものだからとはいえ、母数を増やせば生産効率が上がるというものでもない。
男性淘汰と女性個体の増加は、生物の進化にとって一石二鳥なんて言っている生物学者も未だにいるが。
それにしても。退屈だ。くだらないネタでもどんどん頭は回転してしまう。
10月の日差しは不必要なほどに心地よく、教室から持ってきた椅子に腰かけているだけで意識が落ちそうになる。
よろよろ帰ってくる女子たちの中に、見知った顔があった。
「もう嫌、こんな体……」
1年女子リレーを終えたスパッツ姿の山西は、この観覧席に戻ってくるなり膨らんだ胸に手を当ててしゃがみこむ。
「心臓が痛いよう」
「痛いようって……ぶりっこキャラ始めたのか?」
「私の自由でしょ。あんた以外の男子は心配してくれんだから。それにしても信じられないわ……足が全然動かない」
先ほどのリレー、うちのクラスは惨敗だった。
『1年男子リレーの参加者は、入場門前に集合してください』
アナウンスが響いた。自分の出場する競技だ。
「ゆっくり休んでてくれよ。お前らの不手際はこっちで清算してくるから」
「せいぜい活躍してきなさい。――もうすぐその体ともお別れなんだから」
不吉な言葉を背中で聞きながら、入場門に歩き出した。


男って、餌の前でステイを命じられる犬に似ている。
山西光は、窓際の自分の席から外の景色を視線をやった。雪が降っていた。
男だった頃、それほど強い性衝動を覚えたことはない。中学生の時一度だけ、同じクラスの女子に好意を抱いたことがあったが
その初恋が実ることはなかった。何一つアプローチをしなかったのだから当然の結果だった。
女になってみて、そんな自分がいかに呑気な少年だったかを知った。
男は怖い。
運動能力が落ちて身を守る術も失った。人気のない道で見知らぬ男に強引に押し倒されても、それをはねのけることもできない体。
今何気なく同じ教室にいる男子たち。彼らの理性が失われた瞬間、私は食いつくされてしまう。
生理周期と共に不安定になる精神が、そんな怯えを増大させる。
男はみんな優しい。ちょっとしたお願いなら何でも聞いてくれる。いつでも私を気にかけてくれる。
でもそういった優しさや積極性は、いつ裏返るともしれないコインのようなもの。
私は主人であり、同時に餌なのだから。

最近、朝起きるのが怖い。
ベッドから降りたら、まず洗面所に行く。鏡を見るためだ。家族にそのことを気取られたくないので、
冷たい水で顔を洗いながら、鏡面を見据える。
昨日と変わらない顔があった。
自画自賛になるが……整った面立ちだ。やや童顔。考えたくないが、女になったら幼な顔の美少女になることは間違いないだろう。
リビングにはもう朝食が並んでいた。サラダ、トースト、昨日の残りの鮭、などなど。
「あら、早いのね」
もう仕事に出かけたのだろう。父の使ったらしい食器を洗いながら、母がこちらを向いた。
「兄貴たちは?」
テーブルの椅子を引きながら聞いてみる。
「二人とも一時間目が休講なんだって」
「ニートと紙一重だな、大学生は」
箸を使って魚の骨を取り除いていると、洗い終えた皿を拭きながら、何気ない様子で母は尋ねてきた。
「ところであなた、まだエッチしたことはないの」
こちらも手を休めず答える。
「朝飯時には最高に相応しくない話題だな」
「だって、お父さんやお兄さんたちの前では答えづらいでしょう。今なら私だけだし」
「誰に聞かれてても恥ずかしくないけど……未だ童貞だよ。だから朝一番に鏡をチェックしてんだよ」
「よかったぁ」
「おい、頬ずりすんな、食べづらい」
すり寄ってきた母を引き剥がす。
「母さんね、あなたまで男の子のまんまだったらどうしようって不安だったのよ」
「別に親孝行で貞操を守ってたわけでもないんけどな……」
「でも偉いぞ。女の子の誘惑に負けないなんて。クールでかっこいいわよ、由紀子」
「名前で呼ぶな。いつも言ってんだろ。御馳走様」
箸を置いて俺――須藤由紀子は、リビングを後にした。

子供は三人で、男の子が二人、女の子は一人がいいな。上二人が男の子で末っ子が――
こんな目標を打ち立てている夫婦は結構多いようだ。俺の家もその中の一つに入る。
出産前に子供の性別を変えるのは昨今容易だ。しかし母体への負担は大きいし、結構な額の費用もかかる。
そしてウイルスの接種義務の浸透と共に、こんなことを考える親が出始めた。
子供に性的接触をさせなければ、男の子は勝手に女の子になってくれるぞ、と。
可愛い盛りはとうに過ぎているが、献身的な介護を期待できるという、親にとって至って利己的な理由も後押しとなった。
男児に女性的な名前が多くつくようになったのは、その頃からである。
2月1日。
年貢の納め時は目の前だ。母は女物の服や下着を大量に用意している。
父は『娘』の結婚資金を数年前から積み立て出した。
兄たちも可愛い妹ができるのを今か今かと待っている。――だったら童貞捨てないで自分が女になれよ。
正直なところを言えば、何が何でも男でいたいとまでは思っていない。
必死に異性の機嫌をとるのも面倒そうだし、性欲処理ならビデオを借りてきて一人でするに限るというのが持論だからだ。
ある意味負け犬の思考だが、幸い顔の出来がよかったので、面と向かって非難されたことはない。
実際性転換も、陰毛が生えるとか脇毛が生えてきたとか、その程度のレベルの話じゃないのかと漠然と予想していたし。
家族が強く望み、本人も強硬に拒んでいるわけでもない。
なるようになるさ。誰に迷惑掛けないんだ。気楽に、いつもどおりに生活しよう。
そう考えていられるのも、この日までだった。


授業もホームルームも全て終え、さあ家に帰ろうと腰を上げた時だった。
「ねえ、ユキ」
あだ名を呼ばれて声の聞こえたほうを見ると、山西がいた。
「一緒に帰らない?」
断る理由はない。しかし珍しい。最近は塞いでいることが多くて、誰かと話しているところもあまり見なかったのに。
「別に、いいけど」
一瞬躊躇した。お互い電車通学で、最寄駅まではざっと十五分といった所。今の彼女とそれだけの時間一緒にいて、楽しく過ごせるかは疑問だった。
日を重ねるごとに美女が増えていく学校を出て、住宅街の中を進む。
周囲を警戒して数十メートル以内に人気のないことを確認すると、山西は小声でこう切り出した。
「ユキ、まだ……その……童貞なの?」
ああ、一緒に帰るの断ればよかったなと天を仰ぎたくなった。性別逆転で人格に大きな影響を与えることはざらだけど、
これは相当重症だ。童貞という単語を口にしただけで、山西の頬は朱色に染まり始めていた。
「そうだけど……そんなにかしこまらなくてもいいだろ」
「あっ、ごめん……なさい」
もう駄目だ。過去の山西光の個性は完全に失われている。ここにいるのは別人だと心得よう。
「最近どう? 彼氏とかできた?」
適当なこの問いに、山西は小刻みに首を横に振った。まあ不自然とは思わなかったどんどん上玉が増えていくという、
女にとって熾烈な環境だ。それこそ生まれながらの女がほぼ相手にされないくらいの。彼女は口を開く。
「ユキは、どうなの?」
「恋バナには全然縁がない」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないって。美男子には女がくっついてなきゃいけない、なんて法則はないだろ」
「うん、そうね」
突っ込みなしかよ。「あんたの顔なんて平凡じゃない」くらいのことは返してくれたぞ。昔のお前は。
「実際問題、精力的に動くやつが勝つ世界だろ。恋愛なんて。目的意識は別にしても」
「じゃあ、臆病な人は?」
「子孫を残しづらいだろうさ。見た目のいい女なら、そこがまたチャームポイントになったりもするんだろうけど」


「ユキは、男でいてよ。なんなら私が一肌脱ぐから」
文字通りだな、と茶化そうとして、止めた。冗談が通じるとは思えなかった。
「何で急にそんなこと言い出すんだよ。昔は頼まれたって協力しないって言ってたのに」
「だって、誰かが動かなきゃ、ユキみたいな大人しい男の人がいなくなっちゃうじゃない」
人を絶滅危惧種の動物みたいに言うなよ。
「言いたいことがよくわからんが、そんな保護活動は頼んでないぞ」
「あなた勘違いしてる。守ってほしいのは私よ」
山西のその声は、今日聞いたものの中で一番力強かった。少しだけ声のトーンを上げて、彼女は続ける。
「怖いんだ、私。ううん。きっと女になった男はみんな、大なり小なりこの怖さを味わってると思う。
今まで強者の側にいたのに、今日は襲われる側になるっていう恐怖。他人事じゃなくなってるのよ。
女の人が、監禁されたり、強姦されたり、殺される事件も。ユキ、全然イメージできないしょ」
できるわけがない。俺はまだ男だ。
「でもユキなら、平気かなって。男同士の時に結んだ友情が一番信じられるなんて、変な話だと思う?」
もし彼女のような心理が一般的なら、男女の愛なんて生殖活動を美化するためだけの虚しい形容なんだなと感じた。
性行為が愛であると信じて疑わぬ男と、体しか求められていないことに不満を抱きつつも結局男に敵わない女の気持ちを
同時に味わうと、そんな結論が出てくるのだろうか。
「という訳で、あそこに入らない?」
今までと打って変わった明るい口調で山西が指さしたのは、駅前に林立するビルの内の一つ、ラブホテルだった。


「痛って!」
挿入する瞬間に悲痛な叫びを上げたのは、俺のほうである。
何でこうなる? AVで見た通りにきちんと前戯したのに。仮性包茎と処女の相性は悪いのか?
きつい挿入口のせいでペニスの皮が引っかかる。ちゃんと剥いておけばよかった……
「だ、大丈夫?」
意外と平気そうな顔で、組み伏せられている山西が言った。
「いや、大丈夫、だけど……うおっと!」
ごつんと最深部にぶつかった瞬間、挿入している内部、山西の膣が動いたのだった。確かに。
その一度だけで、もう射精をこらえきれなくなった。たまらず引き抜いて、シーツの上に引っかけた。
「はぁ……危なー」
「もう、終わったの?」
山西がきょとんとした顔で状態を起こす。俺はたまらず聞いてみた。
「お前、痛くないの。
「いや、それなり痛かったけど、ほら、血が出てる」
確かに彼女の秘部から赤い筋が垂れているが……ホラー映画で自分以上に怖がってる人が隣にいると、
自然と怖くなくなってくるのと同じ現象なのか?
「あぁ、もう嫌だ……」
精液を避けてベッドの上に転がった。どぎつい色彩の壁紙に覆われた、ホテルの一室。
役所に行って名前変えんの面倒くさいなあ。もう女になることはないんだから、早いに越したことはないんだけど。
「これでもう、ユキは男のままだよね」
「多分。女性器との陰茎の接触がコンマ一秒でもあればウイルスは全滅するとか書いてあったし」
風呂入りたい。さっさと出よう。もう疲れた。ああ、帰ったら親に報告しないと。


ホテルから駅の改札で別れるまでの間、山西とこんな話をした。

「エッチじゃない人と一緒になるにはエッチするしかないなんて、矛盾だよね」
「ガンガン出生率上げるための政策だからな。性的関心の薄い個体はさっさと女になって男に食われてしまえってことかもな」
「ひどい話」
「まあ男にとっては悪い世界じゃないんだろうな。ぴんと来ないけど」
「うん。ユキはずっとそんな感じでそばにいてほしいな。こう、ぼけーっとしたオーラ出しながら」
「そんなにぼけっとしてるか、俺?」
「してるよ。これで従順だったら、顎でこき使えて便利そう」
「飼い犬に手を噛まれても知らんからな」
「そんなこと絶対にないよ」
「何で言いきれるんだよ」
「だって私、噛み付く牙が生えてないからユキを選んだんだもん」



終わり
長々と張り付いて失礼しました

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最終更新:2008年10月09日 05:15
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