「暑いなぁ・・・やっぱり電車がよかったよ・・・」
私は今、自転車で学校に通っている真っ最中。学校まであと20分もかかると思うと、暑さと息切れで気が滅入ってくる。
お母さんは私が女の子だからといって必要以上に甘やかしてはくれない。優しいけど厳しい人。そんな人がお母さん。
雨の日と体調がすぐれない日だけ、電車で登校することを許されていた。
私は雨の日が大好きだった。章吾君と相合傘で肩を並べて歩くことができる唯一の日だったから。
「あぁぁん、もう!~~汗でブラウスがビチョビチョだよ・・・・」
私は憂鬱でたまらなかった。白いブラウスは汗で濡れると下着が透けてしまう。色付きならなおさら。
当然白い下着を選んではいたが、形だけはくっきりと現れてしまうのだ。
男子生徒からの視線。これだけはいつまで経っても慣れる事は無かった。
でも、今日はそんな悪いことばかりではない。章吾君に食べてもらおうと思って、お弁当を作ってきた。
料理が趣味というわけでもないけど、昔からお母さんに付き合って作る機会が沢山あった。
い、お芋の皮向きくらいだけど・・・・。でも、大丈夫!半分以上はお母さんが作ったから!
章吾君の好みも親友時代からの付き合いのおかげで、リサーチ不要!
自信満々で章吾君にお弁当を渡す事ができるぞっ!
どんな自信だか自分でもよく分からなかったけど、おいしい事は間違いない!
「早くお昼休みにならないかな・・・」
昼休みになれば、二人でお昼。甘いひと時。そう思うと自然と自転車を漕ぐスピードも上がった。
章吾君と恋人同士になってからもう1週間が過ぎていた。
クラス内の女子生徒達はもうみんな気づいていると思う。あの二人にはもうバレてしまっている。
未だに私の事をからかって嫌味を言ってくるお子様もいるけど。私はそんな嫌味に、笑顔を見せて返事をすることにしている。
そんな嫌味に笑顔で返されたお子様はドキっとしてその場から逃げ去ってしまうからだ。
私も気持ちいいし、お子様も悪い気はしないと思う。だって、笑顔だけは自信があったから。
『まこちゃんの笑顔は立派な"武器"だよねぇ』とカナちゃんが言った言葉が、私に自信を与えてくれたからだ。
少し言い方に引っかかるものがあったけど。新しい友達ともなんとか上手くやっていた。
私はこの一週間で大分変わったと実感している。自信もついた。人がこんなに簡単に変われるものなのだろうか。
そう思うと考え込んでしまう。でも、考えても仕方ないこともある。
物事をポジティブに考えられるようになってから、周りの世界がガラっと変わって見えたんだよ。章吾君。
今日は憂鬱になるなことが一つだけあった。
私が憂鬱な原因。それは、夏限定で行われる授業。"水泳の授業"であった。
実は私が水泳の授業に出るのは今日が初めてになるのだ。
今までずっとアレが続いてたから。
おそらくこの時期の女子生徒達はみんな憂鬱な気分になるに違いない。アレがいつ頃なのかわかってしまうから。
でも、何かしらの理由をつけて見学している女子生徒も沢山いる。
そして、私はまだ水着が届かないからという理由でしばらく水泳の授業を休んでいた。恥ずかしかったから。
でも、今日は覚悟を決めるしかない。水着もある。アレももう終わった。
他の理由で休める要素などどこにも無かったから。
「はぁ・・・・」
水着の入った手提げ袋を見つめて私は大きなため息をついた。
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俺は電車に揺られていた。いや、人と人に挟まれていた。の間違いだ。
通学するために。マコトは"電車の方がいい"というが、俺にとってはこちらのほうが地獄だ。
冷房なんて効きやしない。人の熱気でむしろ外よりも暑いんじゃないかと思う。
むんむんとする車両内で動けずただ身を任せるだけの満員電車。暑さと息苦しさを紛らわす為に、俺は今日の水泳の授業のこと
だけを考えることにした。
水泳の授業。マコトの水着姿を見られるのはいつだろう。
俺はそのことばかりを考えていた。
見たい。見たくてたまらない。男なら、自分の彼女の水着姿くらい見てみたいものだ。
マコトの水着姿。あいつはあれでいて胸は大きい。おそらくはBカップ以上、いやCだ。
もう、それを想像するだけで・・・
「うっ!」
鼻の穴から何か液体がつたう。とっさに鼻を押さえようとした。
が、手が動かせない。それもそのはず、満員電車の中で下ろしたままの手はそう簡単に動かせるものではない。
どうする俺!どうしたらいい俺!
何とか手を上に上げようとモゾモゾと動き出したかったが、横に居る女性が気になって手が動かせないでいる。
も、もうだめだ──
ついに、俺の鼻の中の血管が決壊した。
「きゃっ!だ、大丈夫?」
「うげ、きたねーー!」
頼む、頼むから俺を放っておいてくれ。こんなみっともない俺を見ないでくれーーーー!
様々な声が飛び交う。俺の周りから人が遠ざかっていく。
俺を中心にぽっかり開いた円状のスペースができる。
ようやく手を動かせる状態になって、なんとか鼻をつまむ事ができた。
しかし、そんな俺に逃げ道などありはしなかった。
じょ、冗談じゃ・・・!この拷問を耐えろと言うのか!この俺が!
一時の間、俺の周囲は騒然となった。横に居たOL風の女性からティッシュをもらった。
かろうじて危機を脱したかのように思えたが、服に血の付いた染みができてしまった。
早く洗わないと取れなくなる。
俺は無理だとわかっていても、電車よ急げ!飛ばせ!超特急だ!と思わざる終えなかった。
学校の最寄駅に到着後、すぐさまトイレへダッシュした。駅のトイレでシャツを洗ってはみたものの。少しだけ染みが残ってし
まった。
どうしてくれるんだマコト。お前のおっぱいのせいで俺に汚点がついてしまったじゃないか。
これは、何としてでもマコトに水着を着せて、その姿を拝まなければこの鬱憤が晴れない気がした。
「待ってろよ、マコト・・・つまらない妄想をさせたことを後悔させてやる・・・」
鼻の中の血管と同時に、俺のモラルまで決壊していた。
「おっはよーーーまこちゃーーーん!」
「おはよう!マコちゃん」
「おはよう。カナちゃん、ユイちゃん」
教室に入ると、元気な声で二人がが迎えてくれた。野口加奈子さんと、関川唯さん。
私たちはお互いに名前に"ちゃん付け"で呼び合っている。それは、私にとってかけがえのない友人になっているという意味でも
あった。
最初は恥ずかしかったけど、慣れというものはすごいもので今では全く気にならない。
「マコちゃん 今日は、小此木君が一緒じゃないんだ?」
ユイちゃんは何かに期待しているみたいだったけど、別に毎日一緒と言うわけではない。
「昨日は電車だったんだ その時一緒になっただけだよ」
昨日は雨で、同じ車両に乗り合わせる約束をしてたから、教室まで一緒に歩いたんだった。
「そうだったんだぁ ちぇっ・・・二人のツーショットを激写しようと思ったのになぁ ざんねん」
私はカナちゃんの手を見ると、すでにカメラモードになっている携帯電話があった。その後に起きることを想像するとゾッとした。
『章吾君と一緒に居れば怖くない』と思ったが、クラス中の話題にされたんじゃ流石にキツイものがある。
「でもぉ、お二人さん お似合いのカップルだったよぉ?いいなぁ・・・」
「私も彼氏ほしいなぁ・・・・」
二人は本当に羨ましそうに言う。それはあまりにも実感が込もっていたものだから、私は応援してあげたい気持ちになった。
「大丈夫 二人ならきっといい人が見つかるって」
その発言はあまりにも迂闊すぎた。二人はお互いの顔を見つめて、すっと私に目線を戻す。
怒らせちゃった!?
「いいよね?ユイちゃん」
「うん、これは許されると思うよ」
私は唾をゴクンと飲んだ。何?何が起こるの?
「そんな事を言うのはこの口かぁぁぁぁ!」
「この体かぁぁぁぁぁ!」
二人は手を上に大きく掲げると、そのまま襲い掛かってきた。
「わぁーーーーーーーー!」
ユイちゃんが私を後ろから羽交い絞めにし、動けなくする。残ったカナちゃんはいやらしい手つきでこちらに迫ってくる。
「いただきまーす☆」
カナちゃんの手の平が私の胸をまさぐる。なでる。モミまわす。
私は溜まらず大声で喘いだ
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「やめてよぉぉ!皆がみてるよぉ!そ、それに、そこは口じゃないよぉぉぉぉ!」
私の悲痛な叫びも、今の彼女達に届くはずも無かった。
「うるさーーい!私たちの悲しみ!今晴らしてみせようぞぉぉぉ!」
後ろから羽交い絞めにしていたユイちゃんが、耳元でこういった。
「どうなの?小此木君とも、こんな事したの?話してくれたら・・・開放してあげてもいいかなー」
ちょっと!それ!そんな!そんな事まだしたこと・・・したことないよぉ!
した事も無いのにやったなんて言えるはずもない。バカ正直な私はありのままを答えた。
「そ、そんなことまだしてないよぉ!私まだ15だよ!」
女体化を防止するために男性の性行為が1度だけ14歳で許される世の中とはいえ。
流石に同年代の女性のへの性行為は度外視される。当然といえば当然だが。妊娠から出産、育児が自分で行えるほど精神が成熟していない。
私の目の前までカナちゃんの顔が近づいてくる。ニヤァとした顔で。
「うそばっかりぃ~ そこんとこどうなのよぉ?ほら、ゆうてみそ?おねいさん誰にも言わないよぉ?」
アナタが一番心配です。
そうこうしていると、教室の扉がガラガラと開く音が聞こえて、私は反射的にそれを見た。
章吾君だ!
「ぷぅ ここまでかぁ・・・・」
「はぁ・・・だね」
「まーこちゃん!今日はこのくらいで許して あ げ る♪」
ユイちゃんが羽交い絞めをといて、その手を私の背中に当てる。
「マコちゃん 続きはまた今度ね♪」
カナちゃんが僕の目の前から移動して道を開けてくれる。その次の瞬間、ドンっとユイちゃんが僕の背中を押した。
二人は私に向かって同時に、大きな声で
「行ってらっしゃ~~~い☆」
終止弄られっぱなしで、クチャクチャになった髪の毛とブラウスを調える。
後ろから大声で煽られて複雑な気分になったが、元はといえば私の失言が原因だ。
私は二人に謝りたい気持ちでいっぱいだった。振り向いて二人に頭を下げて謝った。
「ごめんね。ありがとう・・・」
二人はにっこり微笑んでうなづいてくれた。
振り返って、章吾君の方を向くと、今まで私たちがやっていた行為に注目していたであろう男子生徒達が一斉にそっぽを向いた
。
中には首をさすって痛そうにしている人や、椅子に座ってもじもじしている人までいる。私は体中が熱くなっていった。それはもう人体発火してしまいそうなくらい。
も、もぉ~~~~やだぁ~~~~!
私は逃げ場を失ったような、奇妙な足取りで章吾君の席へ向かった。
章吾君はもう席に座っていた。頭を深く下げてうつむいており両手で頭を抱えている。なんだか様子がおかしい。
私は心配になって、膝に両手を置いて前かがみの体制にしてから章吾君の頭に視線を合わせる。表情が見えない。
「章吾君、どうしたの?体調悪いの?大丈夫?」
章吾君は、少し間を置いてゆっくりと頭を上げながら、低く擦れた声でこう言った。
「まぁ~~~こぉ~~~とぉ~~~~!」
ひどく苦しそうな声が聞こえてくる。何かあったのだろうか。
「風邪引いちゃったの?保健室行く?」
少し間を置いて章吾君の口が開く。
「今日、体育の授業出るのか?」
私の質問に全く関係のない質問で返されて私はキョトンとする。
「今日、体育の授業に出るのかと聞いている!」
「は、はいっ!で、でます!」
章吾君は低く小さな声で怒鳴ってきた。私は機嫌を損なうような事を言ってしまったのかと思い、反射的に敬語で答えてしまっ
た。
「ふ・・・・ふふふふふふ・・・」
章吾君から不気味な笑い声がこぼれる。
「そうか、そうなんだな・・・ 覚悟しておけマコト・・・ この俺に・・・つまらない妄想をさせたことを後悔させてやる・・・」
あのー何のことなんでしょうかー?訳がわからないんですけどー?
でも、怒っているようだ。理由は分からないけど・・・やっぱり怒っているのだろうか?
「わ、私・・・何か気に障るような事・・・した?」
「したね・・・ あぁ、したね・・・」
身に覚えがないのに、なのに、なぜだかドキっとした。嫌われたくなくて。
「えっ・・・そんな・・・ わ、私、何か悪いところがあったら・・・その・・・直すからっ・・・」
「いいだろう 貴様の覚悟はよぉく分かった」
そこで私は我に返った。
えっ?あれ?何か変だよ?貴様?何かの台詞みたいな気が?
章吾君はふざけている時、必ずアニメや漫画、ゲームのキャラクターの様な台詞になる。
やられた──
冷静になって、章吾君の言葉を思い出してみると"体育の授業"がどうこう言っていた。
まさか──
一気に顔が熱くなっていくのが分かる。
私は思わず・・・
「ばっ・・・」
「ば?」
「ばばばばばばかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は恥ずかしさのあまり、右手を大きく振り上げ勢い良く章吾君の頬にぶつけた。
バッチーン!
「いってえぇぇぇ!!」
「な、なにすんだよ!」
だって、だって、章吾君がこんな事言うなんて思いもしなかったんだもんっ!
私が心配になって優しい言葉をかけてあげたのに!あんなに不安になったのに!
「章吾君なんて・・・ もう知らないっ!」
私はそう吐き捨てて、全力で教室から駆け出す。それはもう、今までに無いくらい全力で。
バカ!章吾君のバカ!私があんなに不安になってたのに、あんなこと言うなんて信じられないっ!
謝ってきても許してあげないんだからっ!
怒りにまかせて当てもなく廊下を走る。そして、つまづいた・・・!
ゴンッ!
前のめりに倒れたせいで、額を強く打ち付ける。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
しばらく、廊下の上でもんどりうつ私・・・・
うぅぅぅぅ、痛いよぅ・・・もうやだよぉぉ・・・
「ふぇぇぇぇぇん」
私の周囲には人だかりが出来ていた・・・・
なんだよっ!あいつ!あんなに強くぶたなくてもいいだろうに・・・」
俺はマコトにぶたれた左頬をさすりながら悪態をつく。
「よっ!朝から痴話喧嘩かい?」
「なんだよっ!」
俺の後方から聞きなれた男の声がした。
振り向くと、そこには俺のもう一人の親友。榎並和幸(通称カズ)が立っていた。
「って、お前か・・・」
カズは小学校時代からの悪友で、それはもう色んな悪戯や遊びを一緒になってやったもんだ。
この中学校は、小学校だけでも10校以上から集まるほどの大きさにも関わらず、1年生では奇跡的に同じクラスだった。
小学校時代からの延長線で色々やらかしたっけか。懐かしいぜ。
2年生からは違うクラスになり、3年生となった今現在もクラスが違う。
2年生からはマコトとも付き合うようになったため少し疎遠になっていたが、最近また付き合いが始まった。
「マコトちゃん、可愛いねぇ。お前、もしかして男の時から狙ってた?」
「んなワケあるかっつーの!ほっとけよ!」
何を言い出すかと思えば、マコトの話題かよ。俺は今それど頃じゃないんだ!
「マコトちゃん。おっぱい大きいよなぁ。あんなのが彼女でうっらやっましぃ~~。」
コイツ、マコトの話題をそんなに続けたいのか。俺の事はともかく、アイツをからかっているのなら、長年付き合ってきた奴でもゆるさねぇ。
「だからなんだ。ほっとけっつったろ!」
「あーはいはい。分かりましたよっと!」
なんなんだよ。コイツは。
「あーそうそう。聞いたぜ? 章吾、お前電車の中で鼻血ブーしたんだって?」
コイツ!何でそんな事を知ってるんだ!?
「大方、マコトちゃんの水着おっぱいを妄想してたんだろうが?違うか?」
う!図星なだけに、ぐぅの音も出ない。コイツの情報力と想像力を甘く見ていた。
俺は観念して覚悟を決めた。そうだ、コイツは一度話し出すと止まらない。
止めたって止まらない。下手に口を出すとそこからまた新しい話題を見つけては話し出す。
そんな奴の相手をするだけ無駄だった。俺はポジティ・・・いや、開き直った。
「わりーかよ いいじゃねーかよ」
その代償は高く付いたが・・・な。
「それより、お前なんで俺とアイツとの関係を知ってるんだよ」
俺はソレが一番きになった。おかしいぞ?コイツにはそんな事一言も話してない。
「あ?それ? マコトちゃんの顔見てたら、お前のこと恋人を見る目で見てたからな それで」
そうだ、そういえばコイツは既に彼女持ち。それに経験も豊富だ。
今まで一体、何人の女と付き合ってきたんだ?
と、いうくらい。
女の表情や仕草を見切ることなんて、コイツには造作もないことだったのかもしれない。
「お前っ・・・いつから教室にいた!?」
「最初から 章吾が入って来る前からずっと」
なに!?コイツはずっと俺の事を付回してたとでもいうのか!?
「男をストーカーなんて、趣味悪いぜ」
俺がカズにそういうと、カズは不思議そうな顔をした。
「あれ?お前に言ってなかったっけ?俺、このクラスの西岡と付き合ってるんだけど?」
カズはそういうと、教室内の女子グループの中に居た西岡に向かって手を振る。
西岡も気がついたのか、笑顔で手を振り返す。
そうだった・・・。すっかり忘れてたな・・・。
だから、俺が来る前からコイツはもう教室に居たんだ。
カズが言わんとする事をようやく理解し、俺は視線をカズに戻す。
「な?だろ?あれが、恋人を見る女の目というもんだ」
カズは誇らしげにそう言った。俺には良く分からないな。ああいうの、彼女とかそういうの、マコトが初めてだしな。
「それよりよ、章吾」
「あん?」
「流石にあれはよくねぇよ 俺はそう思う」
あれ・・・あれとは、さっきのマコトとのやり取りの事か・・・
「・・・・・はぁ・・・確かにそう思うよ」
カズとのやり取りで電車での出来事がどうでもよくなった俺は、マコトをからかってしまった事を後悔していた。
「あいつの事からかう奴は俺が許さないって思ってたけど 俺自身がからかってちゃな・・・・なにやってんだか」
ほんと、なにやってんだか。俺は彼女が出来て舞い上がってただけだったのかもしれないな・・・。
「コレは俺の推測に過ぎないけどな マコトちゃん、今日水着デビューするんじゃないか?」
水着デビュー。なんだその言葉は。女体化して初の女性用水着。だから、水着デビューかよ。
俺は、マコトの水着姿に期待するより、その言葉の可笑しさに笑いが漏れた。
「アハハハハ!なんだよ、それ!おかしー」
こいつの観察力は凄まじいもんだな。いつも驚かされるよ。
確かにマコトの机の横にあるフックには、ソレらしきものが入っていそうな袋が下げられていた。
「見たか俺の名推理」
「あぁ、すごいよ もうお前には負けたぜ」
呆気に取られたよ。まったく。カズの観察力に洞察力。そして、女性経験の多さ。どおりで、周りの女子が放っておかないはず
だ。
お前のその気使いで、どれだけの女を落としてきた。
「出来るだけ早いうちに、ちゃんとフォローしに行けよ?長引くと気がついたときには居なくなってんぞ」
それだけ言い終わると、カズは俺に「じゃな」と言い残して、西岡に手を振って自分の教室に戻っていった。
経験豊富なカズが言うだけに説得力があったな。
さて、フォローするタイミング、どうしたものか・・・・。
うぅ・・・・痛いよぉ・・・
授業中、私は赤く晴れ上がったおデコのタンコブを摩りながら心の中でうめいた。
全部章吾君が悪いんだよ!?恥ずかしいよ!こんなところにタンコブなんて!
・・・・・はぁ・・・・やな気分だな・・・この後に体育が待ってるなんて・・・・
体育の授業。それは水泳の授業。水着の着用・・・・。
水着・・・・俗に言うスクール水着の事。海水浴やプールで女の子達が着るような派手な水着じゃない。
けれど・・・水着一枚の下に地肌があるなんて、下着と何もかわらないじゃないか。
エロいよ・・・・エロすぎるよ・・・・!
グスン・・・章吾君は私の水着姿・・・見たかったからあんな事言ったのかな・・・・
エッチだよ!エッチ!
2週間前までは男だった私の発言とは思えないほどの心の叫び。私は女の子になってきてるんだ。そうなんだ。
そう思うとチョット安心した。章吾君と一緒に居るために、私はこれからも女の子であらなければならなかったから。
章吾君・・・
私は忘れちゃいけなかった。今のこの幸せな時を与えてくれるのは章吾君だという事を。
だから・・・こんなモヤモヤした気持ち、もう嫌だよ・・・。
章吾君・・・私の水着姿見たい?
章吾君は私の水着姿を見てどう思う?やっぱり私が彼女でよかったと思う?
そこのところどうなの?とても気なる。
私は居ても立っても居られなかった。
この授業が終わったら、ぶった事を章吾君に謝ろう。
とてつもなく長く感じられた授業。数学だから余計にだったかもしれないけど。
授業が終わり休憩時間になると、みんな更衣室に急ぐために各々のグループになって移動をはじめていた。
私は謝りたくて、章吾君が更衣室に移動してしまう前に動こうとしたその時・・・!
「どこいくのかなぁ?」
背後から、明らかに私に向けて放った言葉が聞こえ、誰かに腕を掴まれた。
誰か?カナちゃんに決まっている。
「あぁぁぁん!!もうゆるして!私をいかせてよぉ~~」
まだ教室に残っていた生徒達の視線が一斉に私へ向けられる。
え?何?私何か変なこと言った!?
「まこちゃんの、えっち☆」
カナちゃんが腕を掴んだまま私の横に擦り寄ってきて、私の頬っぺたをツンツンと突っつく。
その言葉で、私が何を言ってしまったのか直に理解できた。私の顔から一気に湯気があがる。まさに蒸気機関車のように。
「かなちゃぁぁぁぁん!」
私はカナちゃんの手を振り解いて肩を掴んだら、そのまま体を前後に揺らした。
「あぁぁん・・・ 優 し く し て ☆」
カナちゃんは目をつむって唇を尖らせる。私は焦ってもっと顔から湯気があげる。なにこの人!なんなの・・・!
「あんたら・・・ 一体教室でなにやってんの・・・・早くしないと体育始まっちゃうよ!?」
私たちのやり取りを見ていたであろうユイちゃんが冷静にその場を制す。
あっ!章吾君!
すっかり忘れていた。教室内を見渡したが、章吾君らしき人は見当たらない。
「んもう・・・・」
私はため息にも近い言葉を漏らす。
「あっ!ごめんねぇ!まこちゃん、小此木君と一緒にお着替えするんだったんだよね!?そうだよね!?」
まだ言うかこの人は。呆れてモノも言えないよ・・・。
「はいっ!マコちゃんこれ!着替え方、分からなかったら教えてあげるから いこっ?」
最近カナちゃんは私を弄ってばかり。ユイちゃんがそんな私を見かねて、私の水着が入った手提げを渡してくれて、優しく声をかけてくれた。
「あたしも教えて あ げ る ☆」
結構です・・・・あなたは絶対に悪戯するから・・・・
私は出掛けにお母さんからポンチョを一着手渡された。
屋外での着替えにも男女問わず良く使われる着替えグッズの一つで、体を大きく隠してくれる。
別に外で着替えるわけじゃないけど、流石に女同士とは言え隠すのが流儀らしい。
同じようなものを持っている女子生徒も沢山いた。
小学生の時良く見たのが、ポンチョ風のバスタオル。俗に言うお着替えタオル。
ああいったものを想像していたが故に、着替えグッズも進歩したんだなぁと、良く分からず感心していた。
更衣室というのは簡素なもので、扉のないロッカーが人数分用意されているだけで、シャワー室も個人用の敷居も用意されていない。
こういうときに役に立つのがポンチョ。タオル生地で作られているのか、フワフワしていて気持ちい。
「マコちゃんの可愛いね 私の未だにお着替えタオル・・・ うらやましいなぁ」
ユイちゃんが私を恨めしそうにみる。
私はブラウスのボタンに手をかけて脱いでいくが、この時点でポンチョを着てても良いような気がした。
が、しかし。今まで黙っていた彼女。そう。カナちゃんが強行に出た。
ぐわし
カナちゃんは、後ろから私の胸を鷲づかみにする。私はとっさの事で喘がざるをえなかった。
「あぁん!」
体がビクンと震える。女の子同士とはいえ、私は元男。こういった特別な刺激には耐えられなくて、つい反応してしまう。
「ふぇぇぇぇ!まこちゃんすごーーい大きいんだねぇ!」
確かに、我ながら大きいと思う。ううん。小さくはないと思うよ?心の中でそう控えめにつぶやく。
あと少しでDカップだったらしいが、大きいばかりがいいものではない。実際ゆれるし、疲れるし。
なによりも、男子生徒からの目線がツライ。
「うそぉ!着やせするんだ!?マコちゃんサイズいくつ?もう教えてくれてもいいでしょ?」
遊んでる。また私を弄って遊んでる・・・・。流石にもう慣れてきた。観念してサイズを言うことにした。
だって、教えなきゃもっと弄られるから。
「C-70・・・Dには届かなかった・・・かな・・・・」
二人がお互いに顔を見合わせる。表情はなんだか落胆したような表情をしている。
「勝てるとは思ってなかったけど・・・負けた・・・やっぱり負けた・・・」
そ、そんなもので勝負してどうするのーーーー!?
「ふーん 女は胸じゃないもーーん」
二人の負け惜しみが聞こえてきてた。ちょっとだけ優越感に浸れたかな。
そうこうしていると、他の女子生徒から声をかけられた。
「ちょっとー あんた達そんなことやってると 時間なくなっちゃうよー?」
更衣室にかけられた時計を確認すると、授業開始まであと3分を切っていた。
私を含め三人は、急いで着替え始めたが、私は恥ずかしさも相まってなかなか着替えが進まない。
二人の着替えはもう終わっていた。純正の女性たちは手馴れたものだ。そんな私を二人は時計を指差して更に焦らせる。
む、むりだよーー!胸がなかなか・・・・整えられないよぉ!
「もう!なにやってるの!?ほらっ!手伝ってあげるから!」
私は強引にポンチョをひっぺがされて全身があらわになる。
強引に詰め込んだ胸は変な形になっていて、なんだか情けなくて恥ずかしい。
二人は水着の中のソレに手を突っ込んで形を整えようとする。
「ひゃぁぁぁぁぁん!」
他人の手の感触がそれに伝わってきて、体をくねらせる。
「ちょっとぉ!動いちゃダメだってぇ!」
「ユイちゃん!」
「OK!カナちゃん!」
カナちゃんはユイちゃんへ目で意志を伝える。それを受け取ったユイちゃんは、私を後ろから羽交い絞めにした。
「ちょ、ちょっとぉ!いやだぁぁぁっ!」
「観念なさい・・・おねいさん、悪いようには し な い か ら ☆」
カナちゃんがまたイヤラシイ手つきで迫ってくる。終わった・・・。
「キャァァァァァァァァ・・・・」
私の悲鳴が更衣室の外まで響き渡ったのは言うまでもなかった。
プールサイドへ上がると、男子と女子に分けられた。
それぞれ男子生徒には男性教師、女子生徒には女性教師が割り当てられている。
私は恥ずかしくて、すぐに座り込んで体を丸く丸めて動かないでいる。
私が女の子になって初めての水泳授業。私自身、元男ゆえに場違いな気がしてならなかった。
女子の水着はよくある紺色のワンピーススクール水着。
最近ではセパレートもあるようだけど、うちの学校はまだ古臭い水着だった。いや、それでいいんだけどね。
男子というと・・・ブリーフ型のアレ。こ、股間がも・・・・もっこ・・・・。い、言えない・・・。
そんな私の妄想をよそに、他の女子達は男子達の方をチラチラと見ている。
こういうの、あまり男子と変わらないんだなと思った。
「~~君ってやっぱりいい体してるね!」「きゃー!~~君、もっこりぃ~~!」
いやね。みんなすごいよね。女の子も男の子の裸を見てこんなに興奮するんだなと・・・・。
当たり前なんだろうけど・・・。元男としての複雑な心境だった。
章吾君はどこかな・・・。さっきから謝れなかった事がずっと気になっている。
居ても立っても居られなくなり、私も同じように横目で章吾君の居場所を確認する。
「ん~~見えない・・・」
私たちが居る場所からだと章吾君は確認できなかった。ちょっと残念。
「小此木君見えないねぇ でも、大丈夫!!授業の後半は多分自由時間だし!」
後ろからカナちゃんが声をかけてきた。この人はなんでいつも私の後ろに・・・・。
「仲直りできたの?」
横からユイちゃんも心配そうに声をかけてきた。
「ううん まだ・・・」
まとまりもなく、生徒達だけでやいのやいのやっていると
「コラ!静かにしなさい!始めますよ!!」
先生からの一喝が入った。皆は一斉に静まり返り、各々の場所へ帰っていった。
準備運動が終わって入水。しばらく水の中で体を動かして冷えた体を温めていく。
真面目な女性教師ゆえに、退屈な授業が淡々と続いた。
水の中に居ると、胸も股間もいい感じに隠れるので周囲の目もさほどきにならなかった。
授業も後半にさしかかり、恒例の自由時間が始まった。
きた、ついにきた。私は水の中から顔だけを出して章吾君を探す。
沢山の生徒達が入り乱れており、中々見つからない。
「小此木君いないねぇ どこだろう?」
カナちゃんも一緒に探してくれているのだが見つからないみたい。
泳げない私は、水の中では思うように動けない。
よたよた歩いてると、あっというまに足がすくわれて前のめりに倒れそうになる。
すると、凄まじい勢いで私に向かって泳いでくる人影が見えた。私は驚いてついに足を滑らせた。
手をバタバタと動かして何とか体制を立て直そうとするが、水しぶきがあがるだけで、ゆっくりと後方へ仰向けになって沈んでいった。
前半の準備運動で既に疲れていた私は思うように体が動かせない。マズイと思ったその時、手首を掴まれて水面まで引き上げられた。
助かった──
「あ、ありがとう」
私がお礼を言ったその相手は章吾君だった。
「お前、どんくさすぎ」
ありがとうの返事がそれ?あんまりじゃない?
私は負けじと言葉を返した。
「泳げないんだもん 仕方ないよ!」
あれ?ただの言い訳になってしまった。
「今にも溺れそうだったから助けに来たんだぜ? ありがたく思え」
冷静に返されてしまう。私は自分が情けなく思えてきた。
章吾君は運動神経"だけ"はバツグンで、大抵の運動なら軽くこなしてしまう。
男だったときはずいぶん羨ましく思ったものだ。
その点私はカナヅチだ。直ぐに沈んでしまう。
「・・・・・なぁ、野口と関川、コイツ借りてくぞ?」
章吾君はそういうと、また私の手を掴んで軽く引っ張る。
「どうぞどうぞ~☆」
カナちゃんとユイちゃんは、同時にそういうと、私に向かって笑顔で手を振っている。
ついにこのときが来た。私は覚悟を決めて謝るしかない。
でも、章吾君から私の所に来るという事は・・・・
「おい あっち行くぞ」
章吾君は親指で人気の少ないプールの角を指差して、私の手を強く引っ張っていく。
「あっ!ちょっと・・・」
力強く引っ張られていく。
その力強さに私はなんだか安堵感を覚えた。
しかし、その力は少々強すぎた。
バシャン!
顔面着水。
「うぷぷぷぷ」
腕を引っ張られて体だけが先に行く。
それに足が追いつくはずもなく、私はまた水の中に沈んでいく。
「おいおい・・・ お前そんなにどんくさかったっけ?」
男当時でも相当どんくさかった私は、女体化して体力もかなり落ちた事もあり、救いようの無いくらいの運動音痴が出来上がっていた。
私の体を引き起こしてから、章吾君は優しい口調で
「ゆっくりいくぞ」
章吾君は私のペースに合わせて歩いてくれる。
こういう配慮はもう少し早くして欲しいものだ。
でも、やっぱり嬉しかった。
プールの角に到着すると、章吾君は私の顔を真剣な顔で見つめてきた。
こんな公衆の場でも章吾君の表情はかわらない。
私はというと、周囲が気になってソワソワしている。
しばらく沈黙が続いて重苦しい雰囲気になっていたが、その雰囲気を断つかのように章吾君が口元を緩ませる。
いつの間にか章吾君の目線は私の胸元に移っていた。
その視線がたまらなく恥ずかしくて、私は慌てて胸元を隠す。
「み、見ないでよ・・・・」
私は恥ずかしくて小さく声を上げた。
「ま、お前の水着姿も拝めたし、さっきの事は許してやるとするか」
拝めたなんて・・・・そんなっ!そんな恥ずかしい事さらっと言わないでよ・・・・嬉しいけど・・・。
でも、なんで上から目線!?
私は一度治まった怒りがまたこみ上げてきた。
「ひっひどいよ!私がこんなに恥ずかしいのに!む、胸ばかり見て!もっと私を見てよっ!」
怒りに任せて放った言葉は、章吾君の心にどのように届いたのだろうか。
章吾君は困った顔になり、その顔を見て私も困った顔になる。不安になる。
私は居た堪れなくなって、無言でその場を立ち去った。
プールサイドに上がり、壁の金網にもたれて体を縮める。
どうして・・・・どうしてこうなっちゃうんだろう。
以前の私なら、もっと素直に謝れたと思う。
どうして・・・・章吾君にこんな事言っちゃうんだろう。
私・・・・わがままだ・・・・最低だ・・・・いつもそうだ、章吾君と付き合い出してからいつも自分の事ばかり。
こうしてほしい、こう言ってほしい。章吾君に求めてばかり。
自分に嫌気がさしてくる。この嫌気を心から消し去りたくて、私はさらに体を小さく縮める。
こんな私でも、章吾君は私と付き合ってくれる。
優しい章吾君。私は・・・私は章吾君に何をしてあげられるんだろう。
私は章吾君に何を与えてあげられるのだろうか?
そうだっ!お弁当!これを章吾君に渡して・・・・その時にちゃんと謝ろう!
それしかない!そう思うと自然と元気が出てきた。
私は、立ち上がってプールサイドを小走りで駆け出した。
「おぉ~~マコトちゃん走ってるぜ!揺れる揺れる」
俺の近くに居た男子生徒の一人がニヤけた顔で俺に話しかけてくる。
人の女をニヤけた顔で見てんじゃねぇ!
俺は同クラス、田淵の頭をひじで小突く。
「いってぇ! あにすんだよ!」
田淵は急な小突きに腹を立てたかのか俺を睨む。
俺は田淵に涼しげな顔でこう言い返した。
「お前も彼女くらいつくっとけって 最高の気分が味わえるぜ?」
俺は後々面倒にならないよう、田淵に軽くフォローしておく
「また自慢かよ ちぇっ・・・・あーあ、うらやましいなぁ 俺も女体化した奴でいいから、だれか彼女になってくれないかな」
俺の自慢にツイ本音がでたのだろうか、恨めしそうにマコトの姿を追っている。
「斉藤がいるじゃないか」
俺は同じクラスにいるもう一人の女体化した元男、斉藤の名前を出した。
「斉藤!?いやーあいつは無理、絶対無理!」
田淵が無理と言った理由。それは"現在"の斉藤の性格に問題があったのだ。
元はガキのように元気に飛び回っていた無邪気な性格だったのだが、ある日を境に女体化した。
精神年齢が低かったと言えばそれまでだが、斉藤は童貞を捨てる事はなかった。
女体化防止とはいえ公認風俗やら性行為可能な女性を探すにもそれなりのコネが必要になる。
防止・・・・いや、予防と言っておこうか。女体化は男性特有の一種の病気だ。
マコトのように発祥する場合もあれば、しない場合もある。
進化の過程で大昔と比べれば、その可能性も今ではかなり低いものになっている。
親の認識度の甘さで、運悪く女体化する例も多くある。
それが斉藤だったと言うわけだ。
「・・・・・あいつも笑ったら可愛いとおもうがな」
そう俺が言うと、田淵は真剣な顔でこう言った。
「ふむ、その手があったか」
元男と付き合っている俺が言った言葉だからだろうか、田淵は真剣な顔で考え込み出した。
ふん、単純な奴め
斉藤か・・・
斉藤も突然の女体化に相当困惑したんだろう。明るくて元気のあった性格が、今では暗い性格に変わってしまった。
以前からの友人の付き合いもなくなり、女子生徒とすらあまり話さない。
見てくれは悪くないんだがな。以前の様に明るく笑えば可愛らしい雰囲気で男共の目を引き付けるだろう。
やっぱり外見以外の印象はかなり重要だ。
しかし、こうして冷静に考察する俺はある意味最低だと思う。
こうしてやればよかったのに。ああしてやればよかったのに。
そんな言葉は何の慰めにもならない。
俺がそう思う理由・・・それは、あの事があったから・・・・。
・・・・考えるのをよそう!
俺は考えを振り払おうとするが、それでもマコトの事だけは思考にこびり付いて残ってしまう。
マコトはどうだ?俺が居なかったらどうなっていた?
マコトは俺が居たから変わらず笑っている。俺に最高の笑顔を見せてくれる。
そうか・・・・俺は・・・・ 俺が居たからマコトが斉藤のようにならなかった
そう思うが故の慢心で、マコトにあんな事を言ってしまうのか。きっとそうなんだな。
改めなきゃ・・・・なんねぇな
俺も、お前の為にかわらなきゃならない。
これからもマコトには笑っていて欲しい。俺に最高の笑顔を見せて欲しい。
ついでに胸も見せて欲しい。あ、胸だけとは言わず・・・・
ハハッ
俺がネガティブになってどうするんだ、俺の取り得はクールなポジティブシンキングメン!
そんな最高に臭い台詞を心の中で叫びながら、まだ真剣な顔で考え込んでいた居た田淵の肩を掴んで水に沈めてやった。
チャイムが鳴って4時限目の授業が終わる。
待ちに待ったこの瞬間。私は章吾君の分のお弁当を手提げから取り出す。
これに最後の望みを賭ける!
謝るんだからね!怒っちゃだめ!絶対に!
そう自分によーく言い聞かせて席を立った。
早く行かなければ章吾君はそのまま学食へ行ってしまう。まずは目で章吾君の席を確認する。
まだいたっ!
私は駆け足で章吾君の席まで向かった。お弁当を持って。
「章吾君っ!」
章吾君は私と目が合うと少しバツの悪そうな顔になると思ったが、いつもと同じ表情で私を見つめていた。
「ん?どした?俺、急がないと学食の席あぶれちまうんだが」
大丈夫、コレがあるから。と言いたかったが、つい本人を目の前にすると言葉がでなくなった。
私は何とかお弁当を渡そうと、うつむき、無言でお弁当を差し出す。
「ん?なに?これ」
すぐに察してくれると思った私がバカだった。
けど、このまま平行線を辿るのが嫌で、何とか声を絞り出しす。
「こっこれ・・・・その・・・・章吾君のぶん・・・・」
相当緊張しているのか手がガクガクと震える。
チラッと上目遣いで章吾君を確認すると、やっと察してくれたのか、照れくさそうにお弁当を受け取ってくれた。
「あ・・・・ありがとな」
「あのっ・・・ここじゃ恥ずかしいから・・・・屋上で食べよ?」
恋人とお弁当を食べるなら屋上。私はそんなありきたりな場所を勧める。
「屋上か・・・・流石に暑いぞ? ・・・・いや待てよ・・・」
章吾君は人差し指を額に当てて、なにやら考えている。
そして、額から指を離し、何か閃いたかのように指をパチンと鳴らした。
「問題ない 屋上に行くか」
なにやら考えがあるようだったけど、今の私にはそんな事どうでもよかった。
「うん!」
章吾君はそんな私の顔をみて、口元を少し緩ませたような気がした。
私は、弁当の入った手提げを手に持ち章吾君と屋上へ向かった。
私は章吾君に寄り添って屋上への階段を上がっていく。
時々触れる肩と肩。章吾君の肩が私に触れるたび、私の心臓は高鳴っていく。
こいうのいいな・・・・。
ずっと階段を登っていたかったけど、すぐ屋上に到着した。
章吾君が先行して扉を開けてくれた。
「あっつ~~い!」
お昼の12時と言えば、太陽は真上にある。入り口から影を探してみたがほとんど見つからない。
「影がないね・・・・どうしよう?」
「でも、人はいないな」
私は章吾君が考え事をしていた理由が今解った。
このお昼休み時間、人の居ない涼しい場所を探した所で必ずそこには必ずと言って良い程誰かがいる。
限られた校内スペースに穴場なんてスポットあるわけがない。
そっか・・・・私に気を使ってくれてたんだね・・・・。
私は終止章吾君に気を使われてばかり。そう思うと表情が曇る。
「ん?気にすんなよ んじゃ、影探すぞ」
その言葉に嬉しくて涙が出そうになる。
あぁ・・・この人でよかった。そう思えた瞬間だった。
涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて、私は元気良く返事をする事にした。
「うん!」
章吾君はまた口元を少し緩ませたような気がした。
充分な、というほどのスペースは無かったけれど、入り口の扉がある建物の横に若干の影があった。
私たちはそこに移動すると、建物の壁を背もたれにして腰掛けた。
「腹減ったぁぁ!さぁ食うぞ!それを早くよこせ!」
と大きな声で叫ぶと、私の弁当を奪い取った。
「あっ!それは違うっ!」
「違うも違わないも、どっちも一緒なんだろ?」
違う。私のお弁当は・・・・悔しいけどお母さんが作ったやつ・・・・全部・・・・
私は慌てて章吾君専用のお弁当箱と取り替えた。
「これにしてよ・・・・でなきゃご飯抜きっ!」
「ひでぇな 俺を弁当に誘っておきながら お預けかよ」
章吾君は笑いながら、お腹をさすって私に訴えた。
「もうっ!はいっ!」
「うっひょう!いっただっきまーーすっと!」
相当お腹が空いていたのだろうか。味わっているのだろうかと思わされるくらいの勢いで弁当を平らげていく。
「うーん・・・うまい!これ、お前が作ったのか?」
ビクゥ!すみません、2/3程はお母さんが作りました。
「そ、そうだよ?おいしい?」
疑われているかと思い、章吾君の顔を覗いてみるが、表情一つ変えずお弁当を食べている。
「ん、そうか うむ、うまいぞよ」
ありがとう、章吾君。君の優しさ、私は嬉しいよ。
「私もお腹空いた!たーべよっと!」
お弁当を食べ終わった私たちは、二人肩を寄せ合って遠くの空を見上げている。
外からはこの暑さにも係わらず、ワイワイと遊んでいる声が聞こえてくる。
「なぁ マコト」
「ん?なに?」
その声に振り向くと、章吾君の唇が私の唇に触れた。
「んっ・・・・」
私は章吾君に肩を抱かれてキスをした。長い長いキス。
私たち、喧嘩してたんだよね?
でも・・・・これは仲直りの印として受け取っていいのかな?
そうだね、きっとそう。
じゃなきゃ、今私はこんなに幸せな気持ちにはなれないはずだから。
マコト 第四章『MOO』』 完