「誕生日おめでとう」
……そういえばこうやって改まって言うのは初めてだな。
まぁともかく、幼馴染の双子に誕生日プレゼントをあげたその反応。
二人とも同じように驚いた後。
「プレゼント? ありがとう!」
尋海は純粋に嬉しそうに。
「……ありがとう」
明のほうはひどく照れたように、でもものすごく喜んでくれているとわかる反応を返してきて、俺のことを満足させてくれた。
「開けてもいい?」
尋海の言葉に頷けば、ガサガサとあげたばかりの小さな箱の包装紙を開けていく。
どこか子供っぽいその仕草に癒されながら、隣にいる明を窺えば、プレゼントを手に持ってぼんやりと見つめている。
「悪かったな、長いこといっしょにいれなくて」
「……えっ」
ずっと寂しい思いをさせてしまってたのは、わかってはいた。どういうことだ、ふざけるな、そんなふうに尋海に説教もされた。
そう言われても仕方がない。
『二人の――明へのプレゼントは自分が純粋に稼いだ金じゃないと駄目だ』
短期とはいえ誰にも相談せずにバイトを始めたのは、そんな自分の見栄というか意地みたいなもんだったからな。
「ううん……ありがとう」
大事そうに俺のプレゼントを握って、ふんわりとした笑みを返してくる。
「……もう暇になったから、今度遊びにでも行くか?」
「うん!」
幼馴染の双子が女体化してそろそろ三ヶ月
そして俺とあいつが付き合い始めて、大体二ヵ月半。
……こう考えてみると、女体化した直後にがっついたみたいだな。
言い訳をさせてもらえば、けっしてあいつが女になるのを虎視眈々と待っていたわけじゃない。
あいつが女になって、初めて会って、その時点では気づいてなかったけど、あの最初のときから――――。
…………我ながら恥ずかしいこと考えてるな。
あいつと付き合い始めて、二人きりで出かけたのはたったの四回。尋海といっしょで三人で出かけたことなら、もっと数は増えるが。
幼馴染としてなら、まぁ普通だ。
だが、彼氏として考えてみれば九割方の人間に首をかしげられるだろう。
そのうえクリスマスも正月も家族ぐるみというか、まともに、こう……恋人らしいことなんかできなかった。
そんな自分に嫌気が差して、せめて誕生日くらいはと少しばかり奮発した物を贈らせてもらったんだ。
たかがプレゼント一つで今までのことが帳消しになるわけがないとはわかっているが、あいつも喜んでくれたし、これからはちゃんと付き合っていこうと思っていたその矢先。
双子の誕生日の三日後。
すっかり終わったと思ってた誕生日の件で俺は呼び出されていた。
「……なんでしょうか尋海サン」
教室移動のその隙間。
珍しく……というか初めて見るんじゃないだろうかというほど不機嫌な尋海にそう切り出す。
「改めて誕生日プレゼントありがとう」
礼を言われてるのに責められてる気がするのは気の……。
「トシちゃんって意外とセンス良かったんだね」
……せいではないらしい。
俺がこの間渡したばかりのシンプルなデザインのネックレス。それを取り出しながらの尋海のセリフにはとんでもなく怒気が含まれてる。
「まあ、気に入ってもらえてよかった」
「うん。……アキちゃんにも色違いの、あげたよね?」
「? ああ、あげたけど……」
途端、顔の真ん中に走る衝撃。
「――ってぇ! おまっ、鼻……っ」
「この馬鹿!!!」
「あ?」
唐突にはたかれたうえに馬鹿呼ばわり。さすがに……。
「どこの世界に、彼女と友達をいっしょくたにする奴がいるんだっ!」
「え?」
「貰っといて文句言うみたいで嫌だけどねっ、流石にこれは酷いと思うよ。普通彼女の誕生日プレゼントに、その彼女の姉と同じ物を贈る!?」
「………………あ」
「あ、じゃないでしょ!?」
言われて初めて気づいた己の愚行。
彼氏として、最低すぎる行為。
いや、それでも言い訳はさせてくれ。
女になって初めての誕生日ならそれなりの物を送らなきゃいけないと思っただとか。
二人の物の趣味が似てたとか。
明と尋海がお互いに大事に思ってるんだから、お揃いの物のほうが喜ぶと思っただとか。
そんな言い訳の羅列を伝えると、少しだけ尋海の表情が緩んできた。
「それじゃあアキちゃんに+αでなんかあげたりした?」
「いや、何も」
「じゃあ今までになんかフォローは?」
「い、いや、まだ……」
「すぐしなさい! 今日の放課後すぐ! 僕は適当に遅れるから先に二人で帰ってすぐに!」
「はい!」
小さい頃からずっと近くにいる幼馴染に、しかも尋海に怒られて、ここまで情けない姿を晒してしまったのは初めてだった。
…………いやまぁ全部俺が悪いんだが。
『ちょっと用事あるから二人とも先に帰ってて?』
言っていたとおり尋海はなんだか理由をつけて学校に残ったので、俺たちは二人で下校することになった。
いつもなら明を家に送って帰るんだが。
「今日、うちに来てくれないか?」
「……えっ!?」
妙に驚かれてしまって、若干居心地が悪い。
「ちょっと、話したいことがあったんだけどな。無理にとは言えないけ――」
「い、行く!」
しかも今度は俺の言葉を遮ってまで言われて、居心地の悪さは増していく。
部屋に誘ったのが、こんなにも情けない理由のせいだ。
二人の家のほうが学校に近いが、そこから三分もしないでうちに着く。
買い物にでも行ってるのか母さんはちょうどいないようで、それを好都合に思いながら、俺の部屋に明を通したんだが……。
「なんで正座してるんだ?」
「だって……」
変なふうにかしこまってる明に訊いても、不明瞭な答えしか返ってこない。
……まぁいいか。早いところ肩の荷を下ろしてしまおう。
「あのな、この間の誕生日にあげたやつのことなんだけど」
「あっ、あれ、すごく嬉しかったよ」
言葉に違わず、綺麗な笑顔になる明。
――…………めちゃくちゃ言い出しづらい。
「昌俊がああいうのくれるって思ってなかったから。大事にするね」
「あ、ああ喜んでもらえたんなら、良かった」
って、ちっとも良くないだろう。
今ちゃんと本当のことを言わないと後々色んな弊害が怒ることは目に見えてるんだ。
「明」
「なに?」
何の含みもなく見つめられれば、罪悪感で潰されそうになってくる。
だがそれを耐えつつ、俺はようやく核心を切り出した。
「あのネックレスなんだけどな……」
「尋海のとお揃いなんだよね」
少しだけ生まれた間。
「……知ってたのか?」
意表を突かれて、返す声がかなり遅れてしまった。
「知ってるも何も、目の前で尋海が開けてたじゃないか」
そういえば、そうだった気がする。
あの時、明はまだ開けていなかったが、俺が帰った後に開けてすぐに気づいたはずだ。
まるで手抜きにしか見えない、誕生日プレゼントに。
「そのー……ごめんな?」
「何が?」
「何がって、尋海と同じ物あげるとか、こうデリカシーのないマネをしてしまってだな」
そこまで言ったところで、ふっと明の周りの空気が冷えた。
「もしかして、わざと……?」
「そんなわけないだろっ!! 買う前に気づいてたら、もっと明のほうに比重が行ってるっつーの!」
疑われたくない部分に触れられて、つい語気を荒くしてしまった。
自分が悪いのに、こんなふうに逆ギレするのなんか最低だっていうのに……。
「僕もね、昌俊が帰った後にプレゼント開けて、ちょっと驚いたんだ」
「……本当に、悪かった」
「でもさ、昌俊は回りくどいことはしない。何か気に食わないこととかあったら、直接言ってくるって知ってたし……それに今、ちゃんと言ってくれたし」
わざとこんなことをしたわけじゃない。
その俺の言葉を、明はちゃんと信じてくれた。
「昌俊がああいうの買うの、けっこう大変だったと思うんだ。貴金属関係、苦手でしょ? ……だからすごく嬉しいんだ」
どこまでも見透かされてて、さっきとは違う居心地の悪さを味わう。
「苦手なのに、こんなに綺麗な物、選んでくれて」
言って明はカバンからあの箱を取り出した。
「それに、これ……昌俊から初めて、ちゃんと貰った物だから……大事にするね」
「……おう」
綺麗な感情からの言葉ばかり貰って、だけど少し腑に落ちないものがまだ腹に残ってる。
「あのさ……それだけでいいのか?」
「? どういうこと」
明は納得してくれているのに、こんなことを言い出すのは俺の勝手な考えだ。
彼女を特別扱いしなかった……そんなことをずっと引きずりたくなかったせいだ。
「何か、別に欲しい物とかないか?」
そんな馬鹿みたいに必死な俺に、明はまた何かを汲み取ってくれたらしい。
「じゃあ……」
そんなふうに一瞬考える素振りを見せて。
「あれ、ちょうだい?」
そうして指した先には、俺の部屋の目覚まし時計。そこらのデパートで買ったかなりの安物だ。
「……あんなんでいいのか?」
「あれがいいんだ」
妙にきっぱりと言い切られて、納得が行かないまま俺はその時計を明に渡す。
「どうして、そんなもんを?」
あえて口にはしないが、あと少しくらいはバイト代が残ってる。あのネックレスほどではないけれど、もっと高いものだってあげることはできるのに。
「昌俊は、けっこうこの時計使ってるよね?」
「……まぁ、もう二年近くはなるな」
「うん、だからだよ」
………………ちっともわからない。
こういうことがわからないから俺は駄目なんだろうか?
「ありがとう。大事にするね」
でも明がここまで喜んでくれているから、まぁいいか。
「ああ、改めて誕生日おめでとうな」
そう言う俺に、明はとても嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。
名前を呼んで番外編『二人の誕生日』 完
最終更新:2008年06月14日 10:07