ツンデレヤンデレ(以下略)ケース3

昼休み。
「二宮、君はどこかな」
 教室の生徒の目を見ないようにしながら、生徒会長の二年生、中村優斗は声を教室中に呼びかけた。何で俺がこんな仕事を、と思いながら。
「あの、僕……ですけど」
問題の女子は、学食で買ってきたパンを自分の机で食べていた。『僕』?
「あ、ごめんなさい。君付けで呼ばれると、つい、僕って答えちゃうんです」
 パンを席に置いて近寄ってきた小柄な女子は、恥ずかしそうに笑いながらそう言ってきた。優斗が尋ねる。
「君が、二宮刹那君?」
「そうです」
「あれ、おかしいな」
 名簿を確認してみる。二宮刹那。男子となっているが? こちらの混乱に気づいた二宮が、のんびり言ってきた。
「あ、僕先月まで男だったんです。もしかしたら、まだ性別欄が訂正されてないかもしれません」
 童顔美少女でしかも巨乳の割に、頭の回転はそれなりのようだった。この言い方は差別的だな。と優斗は頭の中で一人突っ込みを入れた。
とりあえず推薦状の文面に誇張表現はなさそうだ。
「今、時間あるかな?」
「ええ、ありますけど……」
「おいおいおいおいおい」
 やたらと「おい」を連発したのは、教室で男子たちと談笑していた男子の一人だった。この女子を呼んでからは、興味深そうにこちらを見ていたが。
「おいおい兄さん。年長者みたいだけど、年下の子をたぶらかすのはどうなのよ?」
制服のブレザーの校章の色が学年ごとに違うので、年齢の違いは一目で分かるようになっている。
「ちょっと門倉。何で喧嘩腰になってんのよ」
 先ほどとは別人のような冷たい声で、二宮が男子に言った。当たりは柔らかそうだが、人見知りが激しいのかもしれない。
「あのな二宮。お前がへらへらし過ぎなんだよ。知らない男に付いていかないって習っただろ」
「馬鹿にしないでよ! それにあんたと比べたら、知らない男のほうがいくらかマシ!」
「ひ、ひどい……」
 門倉と呼ばれた男子ががっくりとうなだれた。
「それで何ですか」
「あ、あぁ」
 花のような笑顔を向けられて、優斗はうろたえた。雰囲気がころころ変わる女子だ。
「まだ名乗ってなかったんで、一応。生徒会会長の中村優斗です。ちょっとお話があるので、生徒会室まで来てもらえますか?」
「え?」
 こう尋ねると大体の生徒は似たようなリアクションをするが、二宮もそれらと同じように、不安げな顔になった。
別に牢屋に連れていくと言ってるわけでもないのに、どうして皆怖がるのだろうか?
「そのお話……ここで聞くことは出来ませんか」
 二宮のやんわりとした拒絶にも、優斗は動じなかった。何としても連行するし、そうしたほうが彼女の為でもある。
「ここだと話しづらいんで、できれば来てもらいたいんですが」
「はい……」
 教室を出て、懐かしい一年のクラスが並ぶ廊下を、二宮を引き連れて歩く。周りの生徒がこちらを見てくるのは、
こんな場所をこんな時間に歩く二年生が珍しいからなのか、それとも隣の女子に異常なまでのオーラが備わっているからなのか。
 前方の教室のドアが開く。
「刹那」
 隣の女子を見つけるなり、その男子は声を上げた。
「彼方」
 二宮もまた、意外そうに男子の名前(恐らく)を呼んだ。
 彼方と呼ばれた男子の目が、自分に向けられる。
「二年生の人、ですね。どうしたんですか」
 穏やかな口調に反して、その眼には冷たく攻撃的な光が宿っていた。優斗は答える。
「生徒会の者です。彼女にちょっとお話があって」
「本当に生徒会の人間なんですか」
 疑り深いガキだな、と思いつつも、優斗は生徒手帳に挟んでいた会長職の証明書を渡した。
代々受け継がれてきたものなので、もうぼろぼろになったカードである。
「へぇ。こんなもん、ほんとにあったんですね」
 ピン、と指で弾いてから、彼方少年は優斗に証明書を返した。喧嘩を売られているのは分かるが、それに乗ってやるほど
自分は子供でもないと、優斗は自負している。
「で、生徒会の要件だという証明は?」
「勘弁してくれよ。この程度のことで教師の許可だの証明書だの要求されてもな」
「じゃあやめておけば? 知らない野郎に腕引っ張られたら、普通不安になるんじゃないの? 女の子って」
 ぴしり、とこめかみ付近でひびの入る音が、優斗には聞こえた。昼飯返上で動いている人間にずいぶんな言いようだ。
「あんまり調子に――」
「彼方。私、別に大丈夫だから」
 大人しげな二宮の声が割って入った。そしてそれを合図に、男子の全身から毒気が抜けて、困惑した様子になる。
「ならいいけど。じゃあ」
「うん……」
 なんだこの二人。仲がいいのか悪いのか。喧嘩の最中だったのだろうか。ともかく彼方少年は、男子トイレのドアの向こうに消えていった。
「すいません。中村さん。友達が失礼しました」
 名前を呼ばれて、ぐらっときた。男の悲しい性である。 
「は? ああ、いや。別にいいけど。今の、二宮君の友達?」
「はい。女体化するずっと前、中学の時からの付き合いなんです。ちょっと最近神経質になってるみたいなんですけど、いい人です」
 二宮の昔の姿は知らないが、まあ今まで友達だったのが突然こんな美少女になったら、それは神経質にもなるわな。と優斗は一人納得する。
「友達は多いの?」
「少ない、と思います。教室のバカと、今の彼方くらいですね」
 両方ともルックスが整っていたが、面食いというわけでもないのだろう。何しろひと月前まで男だったのだから。
階段を上がり、生徒会室の前までやってきた。ポケットの鍵をドアの穴に差し込み、部屋の中へエスコートする。
「どうぞ。散らかってますけど」
「失礼します……」
 蚊の鳴くような声でそう言って、二宮が部屋の中に入った。他には誰もいない。
「他の人はいないんですか?」
「うん。どいつもこいつも不真面目でね」
 確かにこの状況では、さっきの男子二人の懸念も的外れだったとは言えないな。まあ口に出して不安を煽る意味もないが。
「そこ、座って下さい」
 窓際にある、応接室のお下がりのソファに二宮を座らせ、優斗は、段ボール箱をソファ前のテーブルに置いた。
「何ですか、これ……ミスコン参加者募集箱?」
 二宮が段ボール箱の表面の文字を読み取った。
 テーブルを挟んで対面する位置にあるソファに腰を下ろして、優斗は説明を始めた。
「再来週の文化祭で、ミスコンテストがあるのは知ってる?」
「ええ、聞いたことくらいは」
「自薦他薦問わずにしたのは失敗だった」
 自分で言いながら、優斗は自分の失策を振り返り、額に手を当てて溜息をついた。
「女子たちが仲間内で盛り上がれるように、っていう配慮だったんだけどねぇ。まさかこんな事態になるとは……」
「どんな事態になってるんですか」
 ここまで言っても分からないのか。まあ普通分からないよな。こんなマンガやドラマみたいな話。
「二宮刹那っていう一年女子を推薦する紙が、山のように入ってたんだよ。この中に」
 優斗は段ボール箱を乱暴に叩いた。二宮が呟く。
「本当に、僕……なんですか?」
「一年生に、君と同姓同名の人は一人もいない」
「はぁ……そうなんですか」
「出る気、あるかな?」
 そう尋ねると、二宮は顔を伏せてしまった。こうなることが分かってるから、他の生徒会役員がこの役目を嫌がったことを思い出す。
「困り……ますね。こういうの」
 二宮の言葉に、なるべく優しい声で答える。
「想像はできるよ。興味ない人には参加しても苦痛なだけのイベントだし、熱望されるのを無下に断るのも、色々角が立つからね」
「どうしたらいいんでしょうか」
「企画を盛り上げるのがこっちの仕事だから、できれば参加してほしいね。個人的には」
 確実に出来レースになるだろうが、という言葉は呑み込んだ。
「それは、命令なんですか?」
「まさか。そんなことしたら、さっき廊下で会った男子にマジで殺されるよ」
 しばらく唸った後、二宮は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの……ごめんなさい。辞退させてもらえますか」
「どうぞどうぞ。暗い顔して出場されても、推薦した連中が心配するだけだからね」
「はい。ありがとうございます」
 あくまで控えめな、柔らかい笑顔が返ってきた。不意に、鼓動が高鳴るのを感じて、舌打ちをした。
 首を傾げる二宮に、優斗は苦笑いを浮かべることしかできなかった。



――ついに来た、のかな?
 目覚ましを止めて、ついでに時間も見てみる。六時四十分。窓に引かれたカーテンは、朝日の光を受けてうっすら明るくなっている。
 胸回りが不自然に窮屈なパジャマの感触に、期待は高まる。でも僕はもう一度頭から布団をかぶった。今までこの高揚感は、何度も裏切られてきたのだ。
それが落胆に変わってしまう前に、もう少しだけこの弾む気持ちを持ち越していたかった。
 何分経過しただろうか。いい加減起きないとまずいかなと、体で感じ始めた頃、僕はゆっくりとベッドから降りた。七時前だった。
 部屋の隅に置いてある鏡台の前で、恐る恐る立ち止まる。そこには昨日までと同じ、冴えない姿恰好の高校一年生の男子が――
 映っていなかった。
坊ちゃん刈りは、肩まで届くセミロングになっていた。寝ぼけ眼で突っ立っている鏡の向こうの美少女の顔は、
僕の驚きと連動して、即座に驚愕の表情へと変わっていく。大きく呼吸をすると、豊満な胸が上下するのが服の上からでも分かった。
「やった……」
 でも僕には、喜ぶ前に確認しなければならないことがあった。
 柔らかい感触の顔を両手で軽く叩き、頭を振って思考の回転速度を速める。表情筋を動かす。意志の弱そうな瞳。強そうな瞳。
悪戯っぽい笑顔。上品な微笑。敵意と独占欲をないまぜにしたような、冷たく釣り上った目と、相手に内心を知られまいとする無表情。憂いを含んだ哀しげな顔――
「何だ……楽勝じゃん……」
 一通り試し終わって、僕は呟いた。ベッドから這い出てきた直後でも、ここまでできる。少なくとも僕の目には、どの表情も真実味があった。
「ふふ……」
 女そのものといった声をこぼしながら、僕は思った。こんなに使い勝手のいいツールがあるのに、学校の女子は意中の男の気を引くのに苦労してるのか。
ひいき目抜きにしても僕は恵まれた女体化を遂げたようだが、それ以上の武器がこちらにはある。男として生きてきた十五年の間行われた、知識の蓄積。
 何の特徴もない僕が、これから様々な人間から、抱えきれない程の愛を押し付けられる。そう想像しただけで、背筋がぞくぞくした。
 学校を休んで色々と準備しないとな、と部屋を出た僕は、今日一日のプランを立てる。これなら母さんも文句は言えないだろう。
一時はあまりに格好をつけた名前を授けた母に軽い嫌悪感を抱いていたが、今はぴったりに思える。僕はこれから、男の理想の瞬時に使い分けるのだから。
 家の廊下をぺたぺたと歩きながら僕、二宮刹那は、こうして期待を膨らませるのだった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年10月24日 22:01
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。