無題 2008 > 10 > 27(月)

俺には付き合いの長い…いわゆる幼馴染というヤツがいる。

朝起こしに来ては部活のついでだと言い、
弁当を作ってきては余りの食材が勿体無いからとのたまい、
俺が学校を風邪で休んだだけで見舞いに来たときなんか、
ご丁寧にも、出されたプリントに綺麗にまとめたノート、そして俺の好物の
牛乳プリンを持ってきながら、友人として勉強遅れたヤツは恥ずかしい、と抜かしやがる。

言ってしまえばツンデレだろうな。
なんで俺なんかと一緒にいるんだか…。

え、いらないならくれって?
ああ、別にいいぜ。

こいつの名前、タカユキって言うんだ。大事にしてやってくれよな。

「―というワケで、今日は肉じゃがだ。」
「産業でおk」
「両親は旅行に出かけた。
ジャガイモ買いすぎた。
一人で食い尽くすのはムリと判断。」
「OK、簡潔な説明ありがとうタカユキ君。しかしだ…」

ある日の夕方、俺はタカユキの家に招かれていた。
食材を買いすぎたから食べに来いというのだ。

「お前、いい加減その大量買いのクセ直した方が良いんじゃねぇの?」
「し、仕方ないだろ!安かったんだから!」
「その言い訳、これで何回目だよ。」

苦笑しながら台所のタカユキに言うと、

「うっせ!ロクに料理経験の無いヤツに言われたかねぇわ!」

と返事してきたものの、その姿はさっぱり迫力が無い。
エプロン姿のタカユキは、本屋バイトの兄ちゃんみたいで何度見ても笑いを誘うのだ。

「あにニヤついてんだよ。ホレ。」

ちゃぶ台で茶を飲みながら待っている俺のモトへ、
タカユキが夕飯を乗せたお盆を持ってやってくる。
炊きたてご飯に、豆腐とワカメの味噌汁、シバ漬け、肉じゃがに焼き魚。
そのどれもが、料理に手馴れた人間の作った風格を醸しだしていた。

「お前マジすげーな。将来の夢はお嫁さんかオイィ?」
「バッッ…カお前、俺が誰の嫁になるってんだよ!?」
「だよなぁ、プハハハハハ。」
「笑い事か!?笑い事なのか、なぁ!?」

爆笑する俺に、コロコロと表情を変えるタカユキ。
こんなコトが、割と頻繁にあるから…面倒…いや、そうでもないか。


「―ん。」

学校の昼休み。
俺の机で一緒に弁当を食っていたタカユキは、
ポケットから取り出した何かを俺に突きつけてきた。
タカユキが突き出したモノによって視界が遮られる。

「近い。見えん。そいつをどけろ。」

言われてタカユキは持っていたモノを机に置く。

「なんだこれ。」
「映画の前売りだよ。お前、ファンタジーモノ好きだったろ?」

目の前の紙切れには確かに[前売り:コードオブザピンク]と書かれている。
それも2枚だ。

「で、これが俺と何の関係があるんだ?」
「兄貴の遺志なんだ…。受け取ってやってくれ。」

残念そうな顔で呟くタカユキ。

「…また玉砕したのか。」
「ああ…これで何人目だろうな。」

タカユキの残念な兄貴を思い出しながら、
ふと前売りを見やると、とても重要なあることに気づいた。

「げぇ!?これ期限今週末までじゃねぇか!」
「そうなんだよ…。土日はこの券使えないし、金曜に行こうぜ。」
「あ?お前と行くのか?」

何故かタカユキの中では俺と行く事になっているらしい。

「なん…ッだよ。他に誰か誘うアテあるのかよ!?」

俺の言葉にタカユキは一瞬鼻白む。面白いヤツだ。

「いや…今からじゃ多分ムリだな。」
「だ、だろ!?一人で行ってもつまんねーし、な!」
「わーったよ。スポンサーの弟ほったらかして行くのもナンだしな。」
「そうそう。うん、そーだよ。わかってんじゃねーか。」

とたんに機嫌がよくなるタカユキ。
さびしんぼオーラがダダ漏れなの気づいてるんだろうか、こいつ…。
何はともあれ、金曜に俺はタカユキと映画を見に行く事になってしまったのだった…。



「うーん…裸体が…裸体が…。」

コードピンクを見終わった俺とタカユキは、近くのマッドナルドで遅い夕飯を食べていた。
…いや、食べているのは俺だけで、タカユキは俺の向かいでひたすらウンウンうなっているだけなのだが。

「お前、内容知らなかったのか?」
「知らねーよ!てかお前知ってたんなら教えてくれよ!」
「いや俺はてっきり知ってて誘ってきたのかと。お前もファンタジックだって把握してたみたいだし。」

コードオブザピンク
艶神エロスの悪しき世界魔法(コードオブザピンク)によって、
ピンク色に(もちろん性的な意味で)染め上げられてしまった世界。
それをあるべき世界に戻すため、ある魔法使い(年齢的な意味で)が立ち上がり、
なんやかんやとエロスを打ち倒すお話である。
詳細に関しては、タカユキのウワゴトを聞けば大体想像がつくだろうか。
残念な兄貴が砕けて散ったのは、ある種当然の成り行きと言えるだろう。

「お前そんなにこーいうの苦手だったっけ?」
「わかってりゃそんなにダメージ無ぇよ…。でも今は虹絵の良スレに突然惨事投下された気分だね。」
「はいはい…。」

結局その後も俺は、家に帰るまでずっとあいつの愚痴に付き合わされた。
「お前が前もって説明しなかったのが悪い!」
…という半ば逆ギレな理由で。
誘ったのはお前だろうが、と言ってしまわなかったのは、
もちろん逆ギレ倍増が面倒だったからだ。
わかりやすいヤツで本当に助かる、こいつは。



―再び学校
「おい!お前理由知ってるか!?」
「はぁ?何だよ突然。」

珍しくタカユキが起こしに来なかったので、一人で朝の教室に入ると、
噂好きの今井が突然話しかけてきた。
こいつが話しかけてくるのは、大抵変な噂を聞かされる時である。

「なんだよ前提知らないのかよ!鳴海(タカユキのコトだ)が3組の高田さんフッたって話!」
「は!?マジかよ!?」
「マジマジ大マジマジシャンズレッドよ。俺も昨日聞いてびっくりしたわ!」

妙に軽快な肯定をする独りよがり今井はさておき、
3組の高田さんと言えば、普段から今井が「清楚」の二つ名を勝手に付ける位の美少女である。
成績優秀 大和撫子 才色兼備 文武両道 質実剛健 純情可憐 良妻賢母 美人薄命…と、後半はなんか違うな。
まぁとにかく、生徒は勿論、教師込みで皆から一目置かれている。
ちょっとアレな表現をすれば学園のアイドル…とでも言おうか。
漫画みたいな存在だが、うちの学校に実在する人物だ。もちろん俺なんかとは何の関わりも無い。

そんな人物がタカユキに告白したというのだ。
いや、それそのものは、さして驚くべき事柄ではない。
あんなだがタカユキは実際女子にモテるのだ。
アレな発言が多いのは主に痛いコな俺の悪い影響だろう。その点を除けば大分Lvは高い。
当然とは言わないが、高田さんに告られる可能性は無いとは言い切れない。
少なくともその辺の男子よりはかなり優位なハズだ。



高田さんもタカユキも、高校に入ってからというもの、拒否の言葉という刃でかなりの人数を斬り捨てている。
どれだけ記録が伸びるのか…と噂になり始めたところで、
10人斬りの猛者の片方が動き、そして無残にも斬り捨てられた。
これで噂にならない方がおかしいというモノだ。

「まぁ、知らないってコトは理由も知らないだろうな。じゃあコッチはどうだ。」

こんな噂の渦中の人になってしまったタカユキを心配していると、今井は勝手に次の話を始める。

「お前さんが、鳴海とアレな関係だって噂もある。今回の高田さんの話の裏づけとしてな。」
「んな、何言ってんだよ!そんなワケねーだろ!俺もあいつも至ってNormalだ!!」
「おいおいそんなに怒るなよ、かえって怪しいじゃねえか。言動には気をつけろよ。」
「あぁ、スマン。だけど…。」



俺のコトは別に良い。いや、良くはないが、腹立たしいのはそこではない。
何故噂というものは一人歩きするのだろう。
高田さんが非の打ち所がない女子だというのは言うまでも無い。
恐らく高田さんに告られたら、誰だってホイホイOKしてしまうだろう。
だけどタカユキはそれを断った。何か理由があるのだろう。そこまでは正常だ。
しかし何故そこで思考が公園のベンチに直結するのだろうか。
俺とあいつが普段仲が良いから?そんなの、幼馴染だからだ。
他に群れている男子なんざいくらでもいる。
高田さんの申し出を断る人間なんて、それくらいしか思いつかないから?
望むものが手に入らないから、理解できないから、適当に理由をでっち上げて叩く?
そんなの、すっぱいブドウじゃないか。
怖いからだろ?とか言って、虹ヲタに説教しにくる糞厨房と何ら変わりないじゃないか。

…なんだ、つまりはそういうコトか。
誰もタカユキの断った理由なんて知る気は無いんだ。
面白ければそれで良い。普段から言ってるコトだよ。主に俺が。
ただそれが、見てる側から渦中の人間になっただけなんだ。

「それに、この前の金曜に、2人してコードピンク見てたって目撃情報もあるんだぜ?」



俺の思考をよそに、さらに続ける今井。
…なるほど、これが"こっち"の噂の原因か。

「それは事実だな。だが、それがどうした。」
「あれ?ホントなのか?」
「"それ"はな。だけど疑惑の方は否定させてもらうよ。あいつのためにも。」
「ほぉ、そりゃあ友達想いなコトで。…でもよ、それを曲解する連中なんざ、たぶんいくらでもいるぜ。」
「…だろうな。」

噂というモノは本当に酷い。
一人歩きを始めたそれの装飾は、ケバい女子高生のアクセサリー並にあることないこと増えて行く。
俺の放った情報がそれに加わっているというのも大きいだろう。
だが、あそこで誤魔化すことで事態が好転するとも思えなかった。

そしてタカユキは結局、今日は学校には来なかった。



放課後、俺はタカユキの家にやってきた。
噂のコトもあるが、純粋にタカユキが心配だったからだ。
あいつが学校休むなんて、長いコト付き合って来てもそうあった出来事じゃあない。
病気だったら、それでも良いのだ。これもそれで良いワケではないが、
噂のコトを気にせず心配するだけで済む。

「ゴメンね。どうしても今日は学校行きたくないって…。」
「…そうなんだ。」
タカユキの母親、キヨミさんに迎えられ、二階のタカユキの部屋の前に来る。

「タカユキ!わざわざ来てくれたのに出てこないつもり!」

キヨミさんが声をかけるが、その扉は閉ざされたまま、部屋の中の気配も動かない。

「昨日帰ってきてからずっとこの調子なのよ…。」
「わかりました、とりあえず話してみます。」
「うん、お願いね。私の話じゃ聞いてくれないのよ。何かあったら呼んでちょうだい。」

そう言うとキヨミさんは、階下に戻っていった。
俺はキヨミさんを見送ると、扉の方に向き直る。



「おい、タカユキ、いるのかー?」

…。

扉越しに声をかけるが、反応は無い。

「…出て来たくないならそれでも良い。」
「でも…、お前が"行きたくない"で休むなんて、どうしたんだよ。」

やはり、扉の向こうからは返事は無い。

「おせっかいかも知れないが、聞かせて欲しい。」

言葉を選び、一つ一つ丁寧に扉に向けて語りかける。

「俺は、出てくるまで待ってるからな。」

開かない扉を背に、待ちに徹するべく座り込む。

―と。

「あんた何扉に向かって話しかけてんの?」

振り向いたその先に、ジャージ姿の少女が怪訝な顔で佇んでいた。



「あ…は?」

突然声をかけられて混乱する。俺の記憶にこの少女の顔は無い。
そもそもタカユキは一人っ子のハズだし、誰かいるならキヨミさんが教えてくれるはずだ。
じゃあ俺の知らないタカユキの知り合いか?いやだから誰かいるなら(ry
なんだ?タカユキのヤツ学校行きたくないとか言って女の子連れ込んでたのか?
そんな思考の俺をよそに、目の前の少女は俺に言葉を投げかける。

「そこどいてよ。入れないじゃん。」
「え?あぁ…。」

言われたとおり立ち上がり、ドアの前から離れると、
少女はいきなりタカユキの部屋のドアを開けた。

「え、な!?」

その迷いの無い行動に面食らう俺。
―そして

「入りなよ。私のタメに来たんでしょ?」
そう言い放った少女の着ているジャージの胸には「鳴海」の名札が縫い付けてあった。



「どうしたの?このままここで立ち話するつもり?」
「え、いやそんなことは…って、それより君は誰なんだ!?」

唖然としていた俺がようやく搾り出したのは、なんだかどうしようも無い質問だった。

「誰って…。この部屋の主。鳴海タカユキだけど?」

平然と答える目の前の少女。

「何を言ってるんだ!タカユキは男…!!!」
「あんたこそ何言ってるの。女体化、知らないワケじゃないんでしょ?」
「いや、そ…」

そんなワケない…と言おうとして何故そんなワケがないのか
自分に問うが答えが無い。

「何?私が女体化してて驚いてるワケ?時期がくればあんたもなるのよ?」
「いや、そうだけど…!!!」

言葉では恐らく理解できている。
でも目の前にいる少女がタカユキだと思いたくない。
理解はできても、納得はできないのだ。
俺は多分、友を失うことを恐れている。



「だけど何?聞いてあげるから言ってみなよ。」
「いや…良い…。ともかく、お前はタカユキなんだな?」
「そゆこと。…ま、ちょっと気になるけどわかったんなら良いや。」

タカユキに招かれ、ようやくドアの前から部屋の中へと入る。
とにかく話を進めないことにはどうにもならないと判断したからだ。
ここで押し問答していたところで、彼女が本当にタカユキなのかはわからない。

タカユキの部屋は、綺麗に整頓されてはいるものの、やはり男の部屋だ。
目の前の彼女の部屋とするには違和感を感じる。

「で、今日は何で来たの?」

中央のテーブルに座りながら俺に問う彼女。
何でってお前…。

「休んでおいて、何では無いだろうが…。」
「あ、えっと、心配してくれたの?大丈夫だったのに。」
「一応な、噂のコトもあったし。」
「え…噂?」

少し怒った様な、笑ったような、奇妙な顔をするが、
俺の噂という単語に反応して真顔に戻る。



「高田さんの話だよ。そーいうのに疎い俺の耳にすら入って来てんぞ。」
「ああ…うん…そっか。聞いちゃったんだ。」
「今井の奴が聞かせてくれたよ…。何かあったのか?」

本人確認のつもりで、俺からは話さない。

「あ、あんたには関係ないでしょ!?」

突っぱねられて少し悲しくなる。
そしてつい、もうひとつの噂も漏らしてしまった。

「無いコトは無いね。他にもうひとつ変な噂あんだから…。」
「もうひとつ…?」
「俺とタカユキがアレな関係なんじゃないかってな…。
 金曜にでかけたのを誰かが見てたんだとさ。」

情けない話だが、俺も無関係ではない。とアピールしたかったのだ。
しかしタカユキは、それに関しては興味ない、という素振りで

「あぁ、そんなコト。」

と返してきやがった。

「そんなコトじゃないだろ!好き放題言われて悔しくないのかよ!」
「そんなコトよ。今なら問題無いんだし。」



「…は?」

イマナラモンダイナインダシ?

前提:俺とタカユキは男同士である
噂:コードピンク一緒に見に行ったからアブナイ関係だ
現状:前提そのものが崩壊している

…アレ?OK?

「何か問題あった?」

固まる俺に問う彼女。
彼女がタカユキであるというコトを覗けば問題は無い…。
少なくとも、客観的に考える限りは。

「いやでもね…。」
「あ、でも勘違いしないでよね。その問題は意味無くなったってだけだからね!?」
「はいはい…。」

本人が気にしていないのなら言ったところでどうしようもない。
とにかく休んだ理由について聞いてみよう。



「で、なんで休んだんだ?」
「え…?」
「噂については聞いたが、休んだ理由は聞いてないぞ?
 …それまで俺には関係ないとか言わないよな。」
「あ、えーと…それはほら、アレよ。」
「どれだよ。」
「こう、女体化の兆候が見え始めたから家に引きこもろうかなーと…。」
「な…、解決に向かわなかったのか?お前ならいくらだって…!!!」
「行かなかったからこうなった。結果に対して言われてもね。
 だからこーやって結構冷静なんだし。」

意味がわからない。
俺が女体化するならまだ良い。
でも、希望なんていくらでもありそうなこいつがなんだって…!?
混乱していた俺は、またもや勢いでこぼした。

「それに、高田さんだって…!!!」
「そう、それ。」
「は?」
「それが嫌だったから、そうなるまで部屋に篭ったってコト。」
「嫌って、高田さんがか?」
「違う。言い寄ってくる女の子達。」
「はぁ?」



なんだこいつ。
こんなに女嫌いだったっけ?
これじゃあ、俺が否定した噂が本当になっちまうじゃないか…。
俺のちょっとマズい想像をよそに、タカユキはかまわず続ける。

「あいつら、どこから私が女体化候補者だって知ったのか。
 二言目には私が男にしてあげる…だってさ。笑っちゃうよね。こっちの思惑も知らずにさ。」
「思惑?」
「それはどうでも良いから!その上、よりにもよってあいつら…。」

「あんたをバカにしたのよ!あいつは男になれはしないって!!!」
「おい、話ズレてないか。」
「ズレてない。無二の親友を馬鹿にするような女を受け入れられる!?
 だから全部断ってやったの!!!」
「…高田さんもか?」
「そ。断ったら突然取り乱して、ありえないだの何だの言い出したし、疑惑の発信源かも。」
「容赦ねぇな…。」
「当然。片方を立てるためにもう片方を蔑むとか馬鹿のやること。馬鹿にかける情けは無いの。」

「で、ゆっくり女体化するために休んだと言う訳か。」
「そうなるね。噂と時期が重なって心配させちゃったみたいだけど、問題ないから。」
「女体化のどこに問題が無いんだよ…。」
「少なくとも、前よりは…ね。」

「タカちゃーん。もうお話でき…キャッ!!」
「あ、やべ」
声と共に開きっぱなしだったドアからキヨミさんが顔を出す。

―結局その日は、取り乱すキヨミさんを説得するのにその後の時間を全て使ってしまったのだった…。


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最終更新:2008年11月02日 21:23
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