「ああ、暑くて髪の毛が溶けそうだ…」
俺は汗だくになりながら、一歩一歩と自宅への道を進んでいく。
今年の夏は例年より暑い気がするけど、多分気のせいではないだろう。
そんな事を考えているうちに我が家が見えてきた。久し振りの我が家は一段とボロ…趣のある家に見える。
「ただいま」
「あら、おかえり」
家に入ると母さんが出迎えてくれた。
「どう? 大学の方は上手くやってる?」
「帰ってくるなり、それかよ。まあ上手くやってるよ」
俺は今、東京にある大学の3年生で、夏休みに入ったので実家の方に帰ってきた。
「そうかい。上手くやってるのかい。それはよかった」
安堵に顔を綻ばせる母さんを見て『心配をかけている』という事実に嫌でも確認されられ、胸が痛む。
なんとなく、いたたまれなくなったので、話題を変える。
「そういえば、アイツら元気?」
『アイツら』とは、俺の弟達の事だ。一卵性の双子で、よく俺に懐いていて、東京の大学行く時には大泣きしてたっけ。今は中学3年生くらいだったかな?
「……」
なぜか母さんは炭酸だと思って飲んだジュースが硫酸だった、みたいな顔をしていた。
どうしたんだろうか?
と、後ろから、中3か高1くらいの2人の女の子が何やら話をしながら、こっちに向かってきた。
迷わず俺の家に向かってくる所を見ると、アイツらの友達か?
んで、その女の子達は俺達の前に立ち、こう言った。
「ただいま、母さん。おかえり、兄さん」
…え? 今なんて言われた? 兄さん? ど、どういう事? この子達はアイツらの友達じゃないの?
「あら、おかえり、2人とも」
母さんが何事もなかったかのうに返事を返す。
待て。何で普通に返事返せる? 俺のいない間に弟達とこの子らに何があったんだー!
いや、冷静になろう。KOOLになって考えるんだ。
『おかえり』と『ただいま』と『母さん』と『兄さん』…この状況でこんな事を言う奴は限られる。もしかして、この2人は……
「俺の弟達…なのか?」
母さんは静かに頷いた。
説明を要求した俺は居間で母さんから説明を受ける事になった。
「そうね~…2か月ぐらい前だったかしら、女体化してたの。あれは大変だったわ~」
まるで他人事のように語る母さん。
これから1時間、延々と母さんの説明が続いたが9割以上が当時の苦労の愚痴だったのでカットする。
「…っていう訳だったのよ」
やっと説明が終わったようだ。
「つまり、2か月前に女体化したんだろ」
「そうそう、そういう事よ」
いや、最初に母さんが言ったのをそのまま言っただけなんだけど。
これなら、その後説明いらなかったな。
「俺の1時間を返せwwwwwwwww」
母さんが頭に?マークを浮かべている。
説明も終わったので、?マークを浮かべたままの母さんを無視して、自分の部屋に戻った。
「それにしても…空と海が女体化してたとはね」
俺は女体化した2人の姿を思い出す。
結構…可愛かったよな……
って何を考えてんだ、俺はwwww
頭を激しく振って雑念を取り除こうとしていると
ゴッ!
壁に思いきり、頭をぶつけてしまった。
「テラいてぇwwww」
頭を押さえて痛みに耐えていたら、空と海がノックも無しにドアを開き、俺を覗きこんでいた。
「なんか凄い音したけど…どうしたの?」
「何でもない」
俺は平静を装いつつ、鞄からノートPCを出した。
1年半後に迫っている卒業論文発表会。その資料と原稿作りにノートPCは欠かせないので、最近は常に持ち歩いている。ついでに言うと、春から論文作りはスタートしている。そうじゃないと間に合わない。
そんな俺の事情を知らない弟改め妹どもはノートPCに視線を奪われていた。
「わ~、何コレ? ノートPC?」
「面白そう~、貸して?」
俺にまとわりつきながら、耳元で好き勝手な事を言っている。
この暑いのに、まとわりつかれると胸が…じゃなくて暑くてたまんない。
「えーい、離れろ! 暑っ苦しい! それとノートPCに触るな!」
暑さのせいで苛立ちが増し、つい怒鳴ってしまった。
しかし、気づいた所でもう遅い。
一瞬、部屋内がシンとしたが
「えー! いいじゃんか、ケチー!」
「ケチー!」
俺の苛立ちを一層強くする反論をしてきた。
「はいはい、ケチで結構」
こういう時は頭に血が昇ったら負けなのだ。冷静に、冷静に…
「なんだよー早漏!」
「早漏!」
「よし、ぶっ殺してやっからそこから動くな」
俺がベットの下から釘バットを取り出すのと同時に2人は逃げ出した。
「…ったく」
俺は舌打ちし、釘バットをベットの下に戻した。
これでしばらくは戻ってこないだろう。
俺はノートPCの電源を入れ、原稿作成にとりかかった。
レポート作成からしばらく時間が経った頃、夕飯が出来たから来い。と母さんに呼ばれたので、キリのいいとこで一旦中断し、居間へと行った。
居間ではすでに空と海が飯を食っていたので、俺も飯を食べ始める。
飯の最中、空がいきなり俺にこう行った。
「ね、兄さん。明日プール行こうよ、プール」
「プール?」
「うん、プール。明日、海と友達と行くんだけどさ、兄さんも暇ならどうかなって」
そんなに暇そうに見えるのか、俺は。
しかし、プールか…めんどくさいし、論文進めておきたいし、めんどくさいし、正直めんどくさいから、適当に嘘を言って誤魔化すか。
「いや、明日は彼女とデートの約束があってな」
「彼女? 兄さんって彼女いた?」
気のせいか、空の語調が鋭くなったような感じがする。
そして、なぜか海からも刺すような視線を浴びせられる。
2人が凄く怖く感じるが、ここで2人のプレッシャーに負ければ兄としてのプライドに関わるので嘘を押し通す。
「も、もちろんいるさ!」
「兄さん…嘘はいけませんよ」
なんでだろう。空の口調は優しいのに、冷や汗が出てくる。しかもなぜか敬語になっている。
「ほ、本当だよ…」
「に・い・さ・ん?」
空の口調はあくまで優しい。なのに、泣きたくなるほどに怖い。
「彼女なんていませんよね?」
「…はい、調子に乗ってすいませんでした」
「明日一緒にプール…行ってくれますよね?」
「はい、喜んでご一緒させていただきます」
こうして俺はプールに行く事になった。
え? プライド? 何それ、食べ物?
そして翌日。
約束した通り、俺達はプールに来た。
空の友達は全員女だったので、男が俺1人ってのは寂しいな。
ま、いいや。さっさと海パンに着替えるか。
んで着替えてプールサイドに来たんだけど、空達はまだいなかった。
「着替えるの早かったか…」
1人で先にプールに入るのも切ないので、空達を待つ。
こういう待ち時間ってかなり暇を持て余すよな~…………暇だ。
と、ボケッと突っ立って待っている俺の前に、更衣室に入る前となんら変わりない私服姿の海がやってきた。
「ありゃ、もう着替えたんだ。早いね、兄さん」
「ああ、てかなんで服着てるんだ?」
ここは泳ぐとこだから水着姿でいるのが普通なのに私服姿とはこれいかに?
「ああ…うん、ちょっと体の調子が悪い…………ってことにしてる」
海は伏し目がちに答えた。
しかし、妙だな。『ってことにしている』ってどういう意味だ?
「どういう事だ?」
「そのまんまの意味だよ。空姉以外には『体の調子が悪くてプールに入れない』って事にしてるんだ」
「それくらいわかる。俺が知りたいのはなんで、空以外の人に体の調子が悪いなんて嘘をつくのかって意味だ」
俺がそう言うと、海は女性更衣室の出口をチラッと見て、プールサイドの端っこに寄り、俺に手招きをする。
余程聞かれるのがマズイ話なのか?
とにかく俺は海に従い、近づく。
「これは兄さんを信用してるから言うんだよ。今から言う事は空姉以外には他言無用だよ」
「あ、ああ…」
声を潜め、いつになく真剣な様子の海に気圧され、無意識のうちに頷く。
「実は…その……」
何やら言い出しにくそうだ。
しょうがない。言い出しやすいように後押ししてやるか。
「そう堅くなるな。安心して何でも言ってみろ」
「う、うん!」
海は決心したように頷き、まっすぐに俺を見る。
「あのね…」
何でも聞いてやる。ドーンと来い。
「実は僕、女体化してないんだ。男のままなんだ… 」
「な、な……」
なんだってーーー!
「マ、マジで?」
「マジだよ」
ま、まさか…まさか、海が女体化してないなんて…
「で、でも、海はどこからどうみても女の子にしか見えないよ?」
「いや、だって……女装…してるし」
いくら女装してるからといっても…本当に女体化してるようにしか見えない。
女装のクオリティ高すぎだろwwwwww
「しかし、なんで女装してまで女体化してるように見せているんだ?」
「うん、話すと長くなるんだけど…まだ空姉が女体化する前に僕はレイプされたんだ」
なん…だと…レイプ? マジで?
「お、男にか?」
海は首を横に振る。
て事は、女にか。
最近の性犯罪は男だけではなく女が主犯となる逆レイプが急増している。あくまで性犯罪の中での割合という話だが。最近は女体化の割合も増えてきてるらしいから、その事と関係あるのかもしれない。
「その、なんだ…大丈夫、か?」
「うん、もう済んだ事だし…」
海は弱々しく笑う。
時間がそれなりに経っているとはいえ、さすがにまだ心の傷は癒えていないようだ。
「話を続けるね? それで僕は童貞を無くしちゃったんだ。そして、それから3日後、空姉は女体化した」
たしか一卵性の双子は女体化のタイミングが同じだって、どっかの本で見たような気がするから、ギリギリのタイミングだったんだな。
「それで一卵性の双子は女体化の時期も一緒だって聞いたから、僕だけ女体化しないと…その、おかしく思われるよね?」
「なるほどね。不審に思われて調べられたら、レイプされたという事実がバレる訳か。」
「うん。その事が母さんと父さんにバレたら、凄く悲しまれるかもしれないし…僕も2人に迷惑かけたくないし」
「それでバレないために女装して女体化したように見せかけたって訳か」
「そういう事」
しかし…海にそんな事があったなんて。
「大変だったんだな、海…」
「でも、空姉が協力してくれたから…大丈夫だよ」
海はまた無理矢理笑った。その笑顔が痛々しく見えて、何か声をかけようとした瞬間
「お待たせー!」
水着姿の空達がやってきた。
「あ…え、あ」
いきなり現れた空達に対応出来ずに無様にうろたえる俺と
「あ、もう! 遅いよー!」
ナチュラルに対応する海。
これが若さか…
「ねえねえ、兄さん」
ちょっとテンションが下がり気味な俺に、空が声をかけてきた。
「ん? なんだ?」
「ねえねえ、どう…かな?」
そう言い、腰に手をあてる。
「すまん。何が『どう』なのかまったくわからんのだが」
「だ、だから…今のわたしの姿見てどう感じるかって事よ」
「ああ、そういう事か」
「か、勘違いしないでよ! 別に兄さんがどう思ってるかなんて関係ないんだからね! あ、でも正直に言ってね」
なら、俺に聞くな。それに注文が多い。つーか言ってる事、矛盾してね?
「は、早く言ってよ…」
なぜか空は顔を真っ赤にしている。怒ってんのか?
…やれやれ、めんどくさいけど何か言わないとな。何されるかわかったもんじゃない。
空の水着は淡いピンクのワンピースだ。う~ん…
「ど、どうなのよ」
空が急かす。
「可愛いと思うよ」
「え…」
空の顔が輝く。
「だけど胸ちっちゃいね」
正直に言ったのに、全力でぶん殴られた。
それはそれは見事なハートブレイクショットでした。
最終更新:2008年11月02日 21:25