「するめいかにビーフジャーキー、ポテチ…女の食生活とは思えねぇ……」
「るせぇ。文句あるなら帰れや」
一人暮らしをしている男の四畳半という空間は、それはそれは無残な惨状を呈しているのが基本である。
俺の目の前でくさっている友人、上条なんぞは特にそういった男の本性が顕著な野郎だ。
無造作に置かれた卓袱台にはコンビニ弁当の残骸が堆く積まれ、畳には空いたビール缶が転がっている。
布団はなく、そして当の主はといえば、体躯に不釣合いな大きさのシャツを羽織っただけの姿で畳に突っ伏しているというこの状況。
その肝心な上条がどう控えめに言っても美少女にしか見えない、という点を除けば、まさしくこの空間はスラム街そのものであった。
「ったくよぉ…」
小さくはき捨てるように呟くと、俺は足元に転がっていたチューハイの空き缶を拾い上げた。
「…ごみ箱は?」
「あっち」
地獄の掃除が、始まろうとしていた。
『女体化した。もうだめだ、死ぬ。助けてくれ』
深夜も2時をまわったころのことだった。
非常に簡潔な、しかしそれ故に逼迫した状況下であることを示唆しているようなメールが、上条から届いたのは。
上条は既に成人していたし、最初はタチの悪い冗談かと思った。しかし、違った。
確かに、上条は冗談ではないレベルで男の面影を失っていた。―――性格以外は。
『お、おい……助けてくれ、ってお前大丈夫か?何か具合悪いとか―――』
『ん?あぁ、女の腕力じゃ非力でとても無理だから掃除手伝ってもらおうと思ってな』
『殺すぞテメェ』
追憶の会話が脳をよぎる。ふと、握りしめた掃除機の柄で上条の頭をカチ割りたい衝動に駆られた。
それを何とか押しとどめ、部屋の主に声をかけてみれば。
「なぁ、洗剤はどこだ?」
「んー?石鹸なら洗面所だぞ」
「いや、洗剤」
「んー、んなもんうちには無い」
「…もうやめていいかなぁ、掃除」
「まぁまぁ。するめ食うか?」
「いらんわっ!」
返ってきたのは、自分が終始地雷を踏み続けていたという結果ばかり。
結局、俺が掃除を終えたのはそれから4時間後のことだった。
こんな割に合わない人助けなんぞ、もう二度とやってやるもんか。
最終更新:2008年12月04日 22:09