「……ここってどう進むんだ?」
「来た道戻ってくとイベント前にはなかった穴開いてるから、そこで新しい鍵拾うはず」
俺が何ヶ月か前にクリアしたゲーム。いつぞやの俺とまったく同じところで詰まっていた隆に助言をして、ゲーム画面を確認するために上げた顔を読んでいる本に戻す。
何か製作陣が勘違いしたんじゃと首を傾げたくなるほどにムービーシーンばっかりな、良く言えば壮大、一般的な意見だと長大な蛇足ばっかりなイベント挿入の仕方。そのせいでぶつ切りにされまくるキャラ操作画面。
やたらとあるイベントのせいで、少し時間を置こうものならもう追いつけなくなることに定評のある、ややこしい専門用語と紛らわしい名前のモブキャラだらけのステキなストーリー展開。(『モ』で始まる二文字の名前が三つも出てきたりな)
これで戦闘のバランスが良くなかったら、俗に言うクソゲーだったこのRPGを隆の奴がやり始めたのは五日前。
あのコトが起きた、次の日からだ。
挟んだ土日には隆はうちに来なかったから、プレイし始めて実質今日が四日目。物語はもうすでに中盤が終わりそうなところまで来ている。
めんどくさくなる長さを誇るこのRPG。初プレイなのにこの進行速度はおかしいくらいに速い。
その理由はと言えば、隆が詰まるとすぐに助言をしてしまう俺と。
「ちょっと飲み物取って来るけど隆は?」
「いい」
一心不乱にゲームに没頭し続ける隆のせいだ。
今日だって持ってきた夏休みの宿題を申し訳程度にしたら、すぐにゲームを始めて、そしてこの状態だ。
「……わかった」
この間から代わり映えのない調子に溜息を吐きたい気分で部屋を出る。
――そんなにゲームばっかやりたいんなら自分の家でやればいいんだ。
心の中で文句を積み重ねてももちろん隆には聞こえっこない。
俺は何ヶ月も前にクリアしてるから、ソフトを貸したって別に何ともないんだから。
実際昨日ソフトを貸そうかと聞いてみたけど、隆は曖昧に相槌を打っただけで結局今日もうちに来ている。
――その理由は、まぁわからないでもないけどさ。
コップに麦茶を注ぎながら、今度は本当に溜息を吐いてしまう。
ここまで露骨にゲームに『逃げてる』のは隆の奴も少しは気まずく思ってるんだろう。
――土下座して、変な条件つけたり、みっともなく頭まで下げたり。
そのくせいざやるとなったら怖気づいて、とても失礼なこと言ってきて、そのあとは……――――。
「ふんっ!!!!」
麦茶を戻して冷蔵庫を思いっきり閉める。
文句を言うように冷蔵庫が冷却音を出し始めたけど知るもんか。
――……俺も例の件を引きずっているなー……。
もちろん隆とは違った方向でだ。俺は隆ほどの気まずさを感じてなんかいない。
じゃあ何を引きずってるのか?
…………ぶっちゃけ、もやもやするんだ。胸の辺りが。その……物理的に。
隆に胸を揉まれることに抵抗はなくて、実際に揉まれてもちっとも嫌じゃなかったうえに……気持ちよかった。
――ああ、気持ちよかったんだよ!
『はいおしまい』『もうこれっきり』『二度とごめんだ』『残り時間は全部破棄』
とりあえず揉ませて、適当に隆を満足させたらすぐにでも突きつけてやろうと否定的な言葉。
それらを口から出せなくなる程度に――――最初の条件、あと残り一時間に付き合ってやってもいいかななんて思ってしまうくらいに。
あの体験は良くないクスリのような中毒性を俺に与えてしまったのだ。
おおげさな言い方だけど、そうでもなきゃここまで隆の手が気になることなんかあるはずない。
うちに来て、ずっとずっとコントローラーばっかり握ってる、あのでかい手ばかり見てしまうのは、そうじゃなきゃ……説明がつかない。
……まぁ、そんな感じで隆がまた「揉ませろ」と言ってきても、俺は別に拒む理由なんかないんだ。
むしろさっさと言わないものかと隆が来るたびに、ゲームをしてるのを隣で見ている間中に、ずっと思ってたくらいだ。
が! 隆は言いやがらない。
最初の積極的なおまえはどこで道草を食ってるのだと詰め寄りたくなるくらいに、ずっと隆は『逃げ』の姿勢だ。
あのコトで気まずいのは、理解はできる。
隆は思いっきり勃ててたし、俺だって変な声出してしまったんだし。
――だけども納得なんか到底出来るはずがない!
だって隆は毎日うちに来てるから。
あれのせいで気まずいなら――少しの間距離を置きたいならソフトだけ借りて自分の家でやればいい。
俺が嫌になって縁を切りたくなったんなら、まずうちに来なければいい。
そして、仮に隆が無かったことにしたいんだったら、あんなにあからさまに意識してますって態度を取るはずがない。
簡単すぎる消去法だ。
だけどもそこまでは簡単だったのにその次の――今の隆の行動の理由がいまいちわからない
無かったことにしたいわけじゃない。俺のことが嫌になったわけじゃない。
もちろんあの変態があの程度で満足したはずもない。
――そのくせになぜか言い出さない!
いつまでもいつまでも、なんだかぐじぐじとゲームに没頭し続けてやがる!
「…っ……ぷはっ」
今注いだばかりの麦茶を一気飲みして、熱くなってきた頭やら身体やらを冷やす。あんまり効果はなかったけど。
――あいつの行動パターンなんか読めてるんだ。
どうせぐずぐずぐずぐずぐずぐずっ! 放っときゃいつまでだってああしてるに決まってる。
試験が始まってから六角鉛筆で七択問題をどう乗り越えようかと悩むくらい不毛なことを考えてると俺は見た。
………………まぁ鉛筆二回転がせば三十六通りの組み合わせがあるから、それを選択肢の一から七まで五通りずつ割り振って、そんでもって余りの「六・六」は振り直し、ってなことをすればすぐ済む話だけど。
だからと言って隆がこんなふうにすぐに答えを見つけられるはずなんかない。
――それだったら……。
もうただ隆が動くのを待つなんて、隆並のアホのやることだ。
「なぁ、隆」
部屋に戻っての第一声。
出てきたときとほとんど同じ体勢の隆からは、返事どころか一瞥すら返ってこない。
若干むかつくが逆に好都合だ。
たぶん大丈夫だろうけど、念のため隆の視界に入らないように隆の真後ろ、ベッドの縁に腰掛ける。
あとはどうやって振り向かせるかだ。
「おーい」
振り向かない。
「おい」
つま先で突っつく。やっぱり無視しやがった。
「……そこ右行くと強制的にバッドエンドになるぞ」
「えっ!?」
隆がいざ右ボタンを押そうとした瞬間に言ってやれば、滅茶苦茶慌てた感じでようやくこちらを振り返った。
「嘘だよ」
いくらなんでもそこまでクソゲーなわけがない。
それなのにこんなつまんない嘘に思いっきり釣られた隆がおかしくて、ニヤニヤと笑いが込み上げてくる。
「……あのな、なんだよいき――」
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
ベッドの下から見上げてくる隆の言葉を遮って、用意していたことを口にする。
ゲームから気が逸れて、俺のことをちゃんと視界に入れている今しか、絶対に届かない気がしたから。
「胸、揉まないのか?」
あからさまに、ぎくりと隆の顔が強張った。
そして気まずそうに視線を床に落と――そうとして、その途中の変化にようやく気がついたようだ。
その証拠に隆の視線が、思惑通り釘付けになったし。
『おまえ、下着はどうしたんだ?』
「部屋戻る前に外してきた」
あまりに隆の目が雄弁に訊いてくるもんだから、先回りして答えてやる。
たった今言ったとおり、今現在俺はノーブラ状態である。もちろんTシャツは着てるぞ。中を脱いだだけだ。
「なっ…………?」
その、な、の続きがどう続くかは流石にわからないけど、勝手に説明してやるか。
「だからさっき聞いただろ? もう胸揉まなくてもいいのか?」
そろそろ隆クンが我慢できなくなるころだろうと思って、こうやって先に準備してあげたんだけどな~。
わざと胸の下でゆるく腕を組んで、そして茶化すように説明してやっても隆から返ってくるのは。
「………………」
今までと同じく沈黙だけだ。
視線は俺の方を向いてるからまだいいけど。
一つ溜息を吐いて。
「で? 結局どうするんだ? 揉みたきゃ今揉んでいいぞ」
――ここまで準備されて、それで動かないなんてことはないよな?
そう予想してたのに……だけど隆は最初に振り返った中途半端な体勢のまま動かない。
視線だけを床のほうに向けて。何かを口の中で呟いて。
はいどうぞと差し出したものを完全に無視されて、なんとなく、胃の辺りがすっと寒くなった。
「……ふぅん? じゃあ、最初に言った四千秒の残り、あと一時間分ももう無しにしてもいいよな」
急激に悪くなった気分のまま、当たり前のことを口にしたつもりだった。今やるつもりがないなら、多分、今後このコトをする気が隆にはもう無いと思ってたから。
やっていいと言われて、でもそれを一瞥もくれずに切り捨てたんだから。
「………………なんでだよ?」
なのに、ひどく低い、押し殺した声が聞こえてきた。
「なんで『なんで』って言うんだ?」
「質問に質問で返すなよ」
いや、最初に問いかけたのは俺なんだけどな……。
「だって隆はもうやるつもりないんだろ? だったら最初から全部無かったことにしたっていいじゃないか」
「ちょっと待て、なんでそこでもう二度とやらないみたいにされてんだよ」
「だったらさっさとしろよ」
間髪入れずに切り返せば、やっぱり隆は言葉に詰まる。
それが…………すごく気に食わない。
「なんでずっと『俺んち』でゲームばっかしてたんだ? 俺を見もしない、ろくに話しもしない。そのくせずっとあのコトを意識してますって顔してたくせに、無視ばっかりで」
ここ数日で押し付けられたストレスが一気に口から漏れていく。
「で、いざこっちからまた持ちかけたらそれも無視で! 何のつもりだよ。そんなに気まずいんだったら最初からここに来るんじゃねぇよ!」
実際、俺は隆にまたされたい。
でももうあのコトがおしまいになるんなら、それはそれでも別にいいんだ。
そうしたら、もう、無視ばかりされない。
元通りの、普通の気楽な友達に戻れるんだから。
「それでまた黙るのかよ!?」
苦々しい顔つきのまま、どっちにするか、ただそんな単純な答えさえくれないまま隆はまた俯く。
目の前にいる相手から返事が返ってこないのは、けっこう虚しいうえに悲しい。わかってやってるんだったら、隆はほんとのほんとに性格が悪すぎる。
「……はぁ」
――もう、いいや……。
どうでも。
「隆さ……こないだ、自分でした約束は必ず守るって言ってただろ? あれ、俺もけっこう賛成だから」
隆を見ないまま、独り言のように呟いていく。
「時間設定するぞ」
「……うん?」
「今から十五分間……好きにしていい」
「えっと……ちょっと待てい?」
「実際にやるやらないはおまえが勝手に決めればいい。もうやらないなら……勝手にあと一時間分消費させて、それでちゃんとおしまいにしとくから」
これなら、俺も隆も一つだって約束を破ってないことになる。
時間設定をできるのは俺。
胸を揉むのは隆の『権利』。
だから俺が決めた時間の中で隆が何をしようとも、それは完全に隆の自由だ。
――…………何もされなかったら、残り一時間分の三千六百円は現金で返さないとな。
自分で言い出しておいて今更気づいた事実に若干がっかりしつつ、キッチンから持ってきたキッチンタイマーをポケットから取り出す。
ピ、ピ、と機械的な音と共に時間を入力して。
「じゃ、とりあえず今から十五分間な」
そう宣言してスタートボタンを押す。
大体それと同時くらいだった。
嘘のバッドエンドを教えた時よりも慌てた感じで隆が勢い良く立ち上がる。
「ちょっ!? え、本当にちょっと待て、マジでよくわかんねぇ!?」
もう何日も待ってるから知らん。
「もう一回ちゃんとした説明をだなっ!」
さっきちゃんと言ったからもう知らん。
そんな感じで詰め寄る隆から顔を背け続けて、不意に隆の反復運動が止まった。
「…………本当に、やるぞ……?」
俺に訊いてくるんじゃない。
もう俺は歩き出してるんだから、それを追ってくるか放っておくかくらい自分で決めろ。
もう口に出すことさえ癪だから目だけでそんなことを伝えてみる。
もちろん正しく伝わったかなんてことはわからない。
だけども隆がこの間の時と同じように、ベッドにどっかりと深く腰掛けたから。
まぁ、正しく伝わったと都合良く思っておこう。
この間とほとんど同じ位置と体勢。
深く腰掛けた隆の足の間に俺が座るという、悪戯され放題のいやらしい状態。
冷房がちゃんと効いてるはずなのに……まだこの体勢になっただけなのに、やたらと暑い。
「あと、十二分ちょっとだな」
両手で包むように持っていたタイマーの残り時間を確認して、ベッドの端に軽く投げる。
……どうでも良かった前とは違って、今は何をされるのか知ってるから。
そしてそれを、期待してるから。
「――――……っ」
隆が少し身じろぎしただけで肩が跳ねてしまう。
後ろから回されてきた隆の手が、ゆっくりと俺の胸の上にあてがわれるのを見ているだけで、かっと身体の熱が上がる。
「んっ……」
隆の手は少しだけ冷たくて、隆が緊張してるのを伝えてくる。
そのくせ動く指はマッサージのように器用で、下から上から、胸全体を余すところなく揉みこんでいった。
そのたびにぐにゃりぐにゃりと、隆の手の中で形を変える自分の胸が自分のものとは思えなくて。
「……っ、んくっ……!」
だけど証拠を突きつけるように緩やかな快感が立て続けに襲ってきて、うまくそれをかみ殺せない。
――やっぱり、こいつ上手い。
隆相手しかこういう経験がない俺でもなんとなくわかる。
俺は何にも言ってないのに、ほんの少しだって痛かったり不快に思わせたりすることがないんだ。
「ふ……ゃ!?」
知らず知らずのうちに前かがみになっていた上体を引き上げられて、隆の胸に寄りかかるようにさせられた。
「立ってきたな」
「…え? ひゃ――!? んんぅ!」
両方の乳首をいきなりきゅっと挟まれて、口からははしたない声が飛び出してしまう。
「やっぱり、ここ、すごい弱いな」
「ん――――っ!」
ここ、でくるりと縁をくすぐられて、また、身体がびくんってなってしまった。
隆の大きな手の、長めの指が、プクンと服を押し上げている膨らみを摘まんでいる。
一瞬だけ見えてしまったその光景が、勝手に出てしまう自分の声が恥ずかしくて、口を両手で抑えて目をぎゅっとつぶる。
だけど隆は少しも許してくれない。
ピンッ、ピンッと弾くように刺激し続けてくる。
「ひっ……ん、んーっ!!」
何度も。
「…はっ、ああっ」
しつこく。ずうっと。
「もっ……それ、やだぁっ」
手に力が入らなくなって口から離れてしまってから、ずっと甘えたような泣き言ばかりが口から漏れてくる。
ここまで来てやっと隆は俺の言うことを聞いてくれて、弾くようなやり方をやめてくれた。
そして抱え直すように俺のことを抱き起こして――――。
――――ピピピピッ! ピピピピッ!――――
二人して思いっきりビクッとしてしまった。
唐突に起きた無機質なでかい音。すぐに原因はキッチンタイマーだとわかった。目覚ましとかもそうだけど、油断してる時にこの類の音は本当に心臓に悪い。
「…隆……?」
無言ですっとベッドを降りる隆。
何の言葉ももらえない、あまりに静か過ぎる引き際は、それだけでも俺の不安を煽るのに充分だったのに。
「――――――」
ほんの一瞬だけ合った目はすぐに逸らされてしまった。
触られてる時、ふと、腰の辺りに感じた硬い感触。堂々と見せつけてきた前回とは逆に、俺から身体の正面が見えないように隆はぎこちなく動いて。
「ちょっと、帰るわ」
はっと気づけば、すっかり帰り支度を済ませた隆がそう言ってきた。
――ふざけんなっ……。
また放り出して逃げるのか。
また、同じように俺のことを無視するようになるのか。
いま隆を帰してしまえば本当にそうなってしまうだろうと。経験と直感の両方が警笛を鳴らしまくってる。
俺の返事を待たずに隆はまた勝手に背中を向けて……その背にうまく力の入らない手を思いっきり伸ばす。
「……なんだよ?」
ぎりぎり届いたシャツのすそを掴んで引き止めることに成功。
そうして俺は……。
「え、延長っ!」
妙に上擦ったような声でそう宣言していた。
だって隆を引き止めるのにそれしか浮かばなかったんだからしょうがないじゃないか。
『………………』
奇妙な間が生まれる。
部屋の扉の方に身体を向けて、それで顔だけをこちらに向けたまま隆はずっと固まっている。
驚きと呆れと、他にもよくわからない感情を込めた視線で、俺がどう出るのかを観察してくる。
そんな目を向けられたって、俺だってとっさに出してしまった延長宣言をどう処理していいかわからないっての。
「と……とりあえず、また座れよ」
気まずい間に負けたのは俺が先だった。
お互いにどうすればいいのかわからないまま、このまま立ってるのはすごく変な感じで。
「いや……俺は、もう帰るから」
「だめだ」
反射のように飛び出た声は、やたらと強く響く。
「まだ、帰んな」
いま隆を行かせてしまえば、ぜったいに後悔する。
この間はしっかりと後悔したから、もうわかってるんだ。
「……んだって、そんなこと……っ」
「え?」
上の方から聞こえた低い声。
よく聞こえなくて聞き返したのに、隆は深呼吸のような深い溜息を落としてきやがった。
「あのなぁ……おまえ、どんだけ自分の身に危ないことしてんのかわかってんのか?」
「危ない?」
息を吐ききった後の、疲れたように掠れた声での質問に首を傾げてしまう。
――……そりゃ、ずっとされ続けたらあんまり身体にいいもんじゃないかもしれないけどさ。
「そんな無防備な顔するから……っ」
髪を掻き毟って、隆がこっちを向き直る。
――あ、やっぱ勃ってる……。
「まだ男の感覚抜け切ってないからわかるだろ? これくらいのこと察してくれよ」
今度は懇願するように肩を掴まれた。だけど生憎と――。
「えっと、何を?」
何を察すればいいのかよくわからないのだ。
「あのなぁ!!」
いやそんなふうに怒鳴られましても。
「俺は男で! 明里はもう身体は完璧に女で! それでここまでやらしい反応されたら触るだけじゃ我慢できなくなりそうなんだよ!」
それくらいわかってくれよ、と泣きつかれても、「そういうもんですか」とどこか他人事の感想しか湧いてこないんだが。
「じゃあ、隆がずっと気まずそうにしてたのって……?」
ビクリ、と隆が震える。
そんなこともわからないのか、と俺を睨んで、隆が爆発した。
「ああそうだよ。気まずかったんだよ。こないだのおまえのやらしい姿とか声とか感触とかに興奮して、家帰ってからそれ思い出して抜きました! だから気まずかったんです、なんて本人に向けて言えるわけないだろうがよ!」
そのくせ自分の行為の気まずさを否定したくて、毎日俺の家に来るのをやめなかった。普通に振舞えれば、少なくとも罪悪感は薄れる気がしたから。
だけどやっぱり俺の顔を見るのが気まずくて、ずっとゲームに逃げてしまってた。
ここ数日間の俺の悩みの理由は、隆が抜いた抜かないが原因なことを告げられて。
「なんだそりゃ」
思わず素直な感想を漏らしてしまった。
「なんだってなんだよ! 普通、自分がネタにされたってわかったら気持ち悪いもんだろっ? だから俺はっ――」
「いや……あんまり実感が湧かないっていうか……」
あれだけ勃ってたから、そりゃあ処理くらいはするだろうってのは想像がついてた。
それを本人の口から報告されても「ふーん」って思うだけの俺はおかしいのか?
いや、とりあえず何が正しいのかは置いておこう。
「それなら、帰るならここで抜いてから帰れよ」
「…………………………は!??」
目をまん丸に見開いて口までぽっかーんと開け放して。
――写メでも撮ってクラスで回してやろうか。
そんな黒いことを考えてしまうほどに、隆の顔はマヌケの称号がぴったりだった。
「……なんだよその顔」
「聞き違い、だよな?」
何がだ。
「あー…いまかなり非現実的な言葉が聞こえてきた気がするんだけど」
「どうでもいいからさっさとズボン下ろせよ」
「っ、女の子がそういうこと言っちゃいけませんっ!!!」
価値観の押し付けはあんまりよろしいことじゃないぞ。
「――じゃなくてだな、おまえ自分が何言ってるかわかってるのか!?」
「日本語。そういうのはもういいから早く」
「良いわけな――」
「だったらあんな態度取るんじゃねえよっ!!」
肺の空気を全部使った大声と共に、胸につかえ続けたものを一気に吐き出す。
絶句した隆がこちらを窺ってくる。こいつは少しだってわかってなんかいないんだ。
「隆は……帰ったら、どうせまた自分でして、それで……一人で後悔するんだろ? だったら、ここで済ませていけよ」
上の空で、声をかけても無視されて。
「俺がやれって言ってるんだから……オカズ、にされるのも合意の上だし……」
目が合っても逸らされて、ろくに近づきもしない。
「そしたらまた勝手に気まずくなんかならないだろ?」
そんなことをされることがどれだけ気持ち悪いか。
……どんなにつらいか。
「悪かった」
謝ってくれた。どれについてかはわからないけど。
「……でもな? ああいうのは人前でやるもんじゃないだろ? 明里の言い分はわかったから、な?」
あやすような態度が、言葉が気に食わない。
何がわかったっていうんだ。今だけわかったようなフリをして、また同じことをしないって確証なんかどこにもないじゃないか。
「俺がいないところで俺を理由にするなよ」
「えっ?」
俺の意見も聞かないで勝手に自己完結して、勝手に自己嫌悪して。『明里が気持ち悪く思うだろうから』なんていかにもな理由を取ってつけて。
それでいったい誰が得をしたんだ。
「ひ、一人ですんのがダメなら、二人でやればいいんだろ!?」
とっくにまともな思考なんて置き去りにしていて、このセリフもろくに考えずに口にする。
自分でもわけがわからないままに口走った言葉なんて、隆にももちろん理解が追いつくはずもなく、自分で言ったくせに二人でハテナマークを浮かべてしまう。
「え~と……二人でって言うと……?」
隆の問いとまったく同じことを自問して、でも今の煮えきった頭ではろくな答えなんか出てこない。
でもたしか隆は一番初めに……。
「『胸だけ』って言ったよな……?」
「ん? 俺のことか?」
確認するように聞けば、察し良く「たしかに言ったけど」と隆が頷いてくれる。
「じゃあ……あと四十五分は『胸だけ』だよな?」
「まあ、な」
下から覗き込むと、なぜか隆が息を飲んだ。
「だったらさ……」
やたらと顔が熱い……。
「隆が一人だけでやりたくないなら、手伝ってやるから。『胸だけ』……なら、いくらでも好きにしていいから」
俺の部屋のベッドの縁。
だけど今度はそこに腰掛けてるのは俺だけで。
「本当に、いいのか?」
俺の正面に膝立ちになっている隆から、しつこい言葉が飛んでくる。
――なんでいざという時にばっかり、こいつは怖気づくんだ。
こんな時にわざわざ確認を取るなんて、逆にいやらしいじゃないかっ。でも、これは自分で言い出したことだ。
「うん……」
隆の目を見て頷けば、隆の指が俺の素肌をなぞっていく。
「……っ」
「やべ……カンペキすぎだろ、これ」
「やるんなら……ちゃんとやれよっ」
まだ肋骨の辺りを触られてるだけなのに、もうTシャツをたくし上げている手から力が抜けそうになってくる。
「その格好もエロくていいけどさ、いっそ脱いだ方が楽じゃないか?」
「うううるさいっ」
からかう声ももうまとも取り合えない。
――なんだよ、これ……っ。
ただの布一枚違うだけだっていうのに、隆の視線が刺さるように感じる。
「触っててわかってたけど、やっぱり形いいよな。ハリがあるうえに手に吸い付くっていうか」
「たかしっ!」
「わかったって。お、さっきいじったせいか、乳首赤くなってるな。これ、痛くないのか?」
「――――っっ!」
親指でさきっぽをくりくりとされて、出そうになる声をかみ殺すことに精一杯になってしまう。
「……大丈夫みたいだな。顔真っ赤にして、ほんとにエロい」
「ふ……んっ、ん!」
にやりとした隆に文句すら言えない。
しゃべっている間も隆の手は止まってはくれない。
さっきまでシャツ越しにいじられていた乳首は、最初よりもずっと敏感になってしまっていて……っ。
「んう、はっ、あっ……」
「本当に敏感だよな。乳首だけでこんなにとろとろの顔するなんてほとんど犯罪だろ」
んなのっ、知るか……っ。
「お、反抗的な目つき。おしおきじゃ」
「やぁぁあぁ!!?」
両方の乳首を挟まれてくりくりと捻られ続ける。
「やっ、たか…それ…ぇ…」
「ん? 何か言ったか?」
知らんぷりで楽しそうに俺の乳首を転がし続ける馬鹿。
――最低だっ、変態だっ!
心の中では罵っても、口から漏れてしまうのは恥ずかしげもないあえぎ声ばっかりだ。
「こら、背中丸めない」
「あっ! ……っはぁ、はぁ……」
引けてしまう腰を引き寄せられて、でもその時に一旦乳首から指が離されて、ようやくまともに息がつけた。
「あー、俺今幸せだー……」
「っ……人の胸に、顔をうずめて言う、セリフがそれか?」
俺を抱き寄せるようにして顔を押し付けてきた隆に、まだおさまらない荒い息のまま突っ込んでやる。
「バストイズドリームという言葉を知らんのかね?」
「生後一秒の同じ言葉なら、今知った」
顔全体で感触を味わうかのようにぐりぐりと顔を押し付けてくる様は、とても似合わないけど赤ちゃんみたいで可愛いものだった。
そんなふうな感想を持てるのは、これくらいの刺激ならまだまともに話せる程度なのもあるんだろう。
「なんでさっきからやらしいことばっか言うんだよ」
だから気になってたことをぶつけてみる。今まではこんなにも直接的なことを言ってこなかったくせに、と。
「だって好き勝手言うと我慢できなくなってくるだろ?」
だからなるべく黙って感触を味わおうとしてたんだと返されて、少しだけ意味のわからないところで首を傾げてしまう。
「あれで、何を我慢してたんだよ?」
「ん~? 例えばな」
ぺろんと乳首を舐められた。
「ひうっ……!」
「こういうこととか?」
「な、な……何を――やぅ!?」
乳首を口に含まれて、舌で転がされる。
「別に服の上からでも俺は良かったんだけど、さすがにいきなりそれやったら引くだろ」
「やっ……やぁ!」
口に含んだまんましゃべんなっ!
「その点、今は好きにしていいって御達しをもらってるし。せっかくだから好きにやらせてもらうぞ」
「そんな……ぁっ、やだ! これやだぁっ!」
硬い指じゃなくて、芯のない柔らかいものがぬるぬると刺激を繰り返してくる。
口の中は熱いのに、離された瞬間にひんやりとした空気に襲われて、そしてまた含まれて。
「ひゃうっ、あっ! また、だめぇ!」
今度は逆の乳首を舐められて、たった今までいじめられてぬるぬるになった方はまた指で挟まれる。
「はう、んっ、あ、あああ!」
何度も何度も行ったり来たりする刺激に、何がなんだかどんどんわからなくなってしまう。
気持ちよくて。『胸だけ』なのに。
いっぱいイタズラされてすごく気持ちいいってことしか考えられなくなってく。
「あ、あぁ……」
「さすがに……胸だけじゃイけないよな?」
さんざん意地悪をして、隆がそんなことを聞いてきたころには俺はもうすっかり消耗していた。
「もう、俺は……いいか、ら」
女の絶頂がどんなものかはまだ知らない。だけど、今日はもうこれ以上を受け取るなんて無理だ。
「『胸だけ』だしな。今日は諦めるか」
どこか不穏なことを口にしつつ隆が身体を離す。隆に支えられてた身体が一瞬倒れそうになった。
「大丈夫か?」
――笑いながら聞いてくるな。
誰のせいでこうなったと思ってるんだっ。
「じゃ、俺もそろそろしてもらおうかな」
軽い調子のまま隆がズボンを下ろ――――。
「………………」
「人の下半身見て止まるなよ。不安になってくるだろ」
「あ、ごめ……」
かつて俺にもちゃんとついていたモノ。
他人の本気モードのモノを見ても、思ったよりかは嫌悪感は無い。けど――――。
「変にオブラートに包まれても傷つくから、何か言いたかったら素直に言えよ」
「あ、うん……これって、平均以上は、あるよな?」
「あ? ああ、ちゃんと測ったことはないけど多分な」
「だよな」
ほっと息を吐く。
――良かった、俺のが小さいわけじゃなかったんだ。
今はもういない自分の息子に思いを馳せる。
「よくわからんが……『胸だけ』って縛りがあることだし、とりあえずパイズリしてもらおうか」
「パイ……って、胸で挟む、アレだよな?」
「おう」
「やり方、わかんないんだけど……?」
「俺だってやってもらったことないからわかんね」
間違ってる。そこは絶対胸を張る場面じゃない。
「とりあえず挟めばいいんだよな?」
恐る恐る近づいて、正面から挟もうとしてみる。
――熱っ……。
知ってはいてもかなりの熱に少しびっくりしてしまった。
「できそうか?」
「たぶん」
苦心のすえにようやく上手いこと挟むことに成功した。
――それで、このあとはたしか……。
「っ……」
きゅっと両胸で隆のを締め付けると、びくんって胸の中で跳ね上がった。
またもありえない感情だが、その反応が生き物みたいでおもしろかったり。
でも、上手く出来たのはそこまでだった。
「これ、すごい難しいんだけどっ。あ、またずれた!」
角度の問題か、それとも純粋に俺がへたくそなのか。
何度挟んだまま擦ろうとしてもつるんと胸から滑り出てしまうんだ。
「……もう無理しなくてもいいぞ」
苦笑いでそう言ってくる隆に対してただひたすら申し訳ない気持ちになってくる。
あれだけ気持ちよくしてもらったのに、隆には何一つ返せないなんて……。
「ごめん……、俺、下手で……」
「いいって、そんな顔するなよ」
シャツを手渡されて、そうして優しく言われれば、どんどんと情けない気持ちが膨れ上がっていく。
悔しくて悔しくて、涙まで滲んできて……。
――……このままでいいわけなんかないっ!
「隆っ!」
「お、おお? どうしたいきなり」
ズボンを履こうとしてた隆がよろめいた。
「俺、ちゃんと練習してもっとちゃんとできるようになるから!」
「…………んん?」
「だから今日の分はっ――――」
「ちょい待ち。練習って一体どうするつもりなんだ?」
――あ…………。
言われて初めて気づく計画破綻。
思いっきり恥の上塗りをしてしまって、さらに泣きたい気分になってくる。
「俺なら別にいつでも練習台になってもいいけどな」
……取り様によっては優しい言葉なのかもしれない。
だけど顔がダメだ。あの顔は……。
「なんかいやらしいこと考えてるだろ」
「ああ。やっぱばれるか」
へらりと笑う隆をひとしきり睨んで、そして息をつく。
「じゃ、お願いするな」
「……ん!?」
心底びっくりした顔がこっちに向き直る。
だけど同じことを何度も言ってやるほど俺は優しくないのだ。
「とりあえず、これからもよろしく」
そう言って手を伸ばせば、まったくわかっていないハテナ顔のくせに隆は手を握り返してくれた。
とりあえずは、これでいいや。
分岐『自覚がないから』 END
最終更新:2008年12月04日 22:55