春の海沿いの道は、さわやかで、どこまでも続いて行くようだった。
時折強い海風が吹き、俺の気分も何処か遠くに吹き飛ばしてくれる。
俺の隣で車を運転する親父は、やはりどこか楽しそうだった。
俺の名前は佐々木康太。
中学まで住んでいた東京を離れ、地方の高校に4月から通うことになった。
親父から離れて一人暮らしとなる。いや、一人暮らしでは無いか。
横を見ると、親父がタバコに火をつけるところだった。
「なぁ。」
「ん?なんだ。」
「俺にも一本くれ。」
「構わんが・・・。身長伸びなくなるぞ。」
「別にこれ以上大きくなろうとは思わん。」
「お前には向上心てものがないのか。」
「170あれば充分だ。却ってでかすぎると面倒臭い。」
そういいつつタバコを取り出し火をつける。
窓から煙が抜け出す。車内にいるのを嫌がって、逃げていくようだ。
俺と一緒だな。
「康太。」
「なに?」
「今更だが、本当に良かったのか?」
「・・・。本当に今更だな。」
「まぁ、そうなんだが。なんというか、俺が無理矢理行かせることにしちまったみたいでな・・・。」
「何度も言ってるだろ。俺だってこっちの高校の方が良いんだよ。」
「なら、良いんだが・・・。」
俺はその話は終わりだと言う様にタバコをもみ消した。丁度信号で車が止まり、親父もそれに習う。
お前も、俺の通ってた高校に行かないか?
そんなことを親父が突然言い出したのは去年の11月頃だったか。
聞くところによると、親父の旧友が今度海外に転勤になったそうな。
息子は日本に置いて行くつもりだが、一人にしておくのも不安だと、ルームシェアの相手を探しているらしい。
その話に乗ったのが親父だ。
そう、俺はこれから高校生活3年間、親父の旧友の息子と2人暮らしになるのだ。
名前は相原五月(さつき)。五月に生まれたからという、何のひねりもない名前だ。
小さいころは親父に連れられて相原さん家に行ったときはよく一緒に遊んだものだ。
最後に会ったのは小学3、4年の時か。
おとなしくて、室内遊びを好むやつだった。
逆に外で大暴れするのが日常だった俺とは180度性格が違うような気がしたが、不思議と馬が合った。
良くも知らないやつと二人暮らしはごめんだが、五月とならばまぁ、いっか、ってところだ。
男二人なら気楽なもんだし。
「五月・・・相原さん達も今日来るんだよな?」
「あぁ、そうだ。入学式まで一週間。丁度いいぐらいだろ?」
「まぁね。」
「五月君はタバコ嫌いだったっけか?」
「親父の煙から逃げてたような気はする。」
「なら、お前も吸うときは気を使えよ。」
「分かってるよ。部屋を黄色くするわけにもいかないし。」
そういいながらも遠慮無く二人してタバコに火をつける。
まだ、暫くは来ないだろう。二人して意味も無くそう考えていたが・・・。
ピンポーン!
「チャイム?相原の奴、もうきやがったのか。」
「そうだな。」
がちゃっ。
ドアが開く。そこには俺の記憶と変わらない相原さんがいた。
「よっ、佐々木。久しぶり!」
「相原ぁ!元気だったか。」
「おうよ。お前も元気そうだな。」
「当たり前だ。それだけが取り柄だからな。」
「はっは。確かにな。あがるぞ。」
「おう。あれ?五月君は?」
「・・・。すぐに上がってくる。」
「そうか。」
「なぁ、相原。実はちょっと今回の件に問題が起きてな。」
「仕事の話か?」
「違う。・・・まぁ、康太君なら大丈夫だと俺は思っているんだが。
いかんせん理由が理由だからな・・・。」
「歯切れが悪いな?どうした?」
「実は・・・。」
そんな相原さんの言葉はドアが開く音と、明快な声に遮られる。
「あっ、康ちゃん!お久しぶり!」
うん・・・。なんだ、ちょっと待て。
俺を“康ちゃん”などと、可愛らしい呼び方をするのはこの人生で一人しか出会っていない。
でも、今俺を“康ちゃん”と呼んだのは明らかにそいつではない。
セミロングの黒髪にロングのスカートを来た美少女。
俺の人生でこんな子と出会ったことは断じてない。
「相は・・・ら?」
「佐々木、すまん。五月は、・・・女になっちまった。」
15、16まで童貞だった男は一部女になる。
どうやら、今、その不思議な現象を俺は目の当たりにしているようだ。
「康ちゃん久しぶりだね~。康ちゃん全然変わってない♪」
「そりゃ、ね。・・・お前は随分大げさに変わったな・・・。」
「うん。どう?可愛くなったかな?」
「そういう話しではなくて、もっとちゃんと最初から説明しろ。」
「う~ん。私的には、康ちゃんが男で嬉しいの半分、切ないの半分ってとこかな?」
「何を言っているんだ?」
「だって、康ちゃん、女にならない行為をしているってことでしょ?」
「・・・。まだ、16前だ。分からんだろ、そんなことは。」
不意に触れられたくないものに触れられ心に黒いものが広がる。
それを打ち消すように、そっぽを向いて、タバコに火をつけた。
奥の部屋では親父と相原さんがなにか話しているようだ。
確かに、五月は女々しい所が存分に有った。
それでも何処か強い意志を持ち、自分が決めたらガンとして譲らない、立派な男だった。
それが今や、どう見ても女にしか見えない。
聞いたところ、変わったのはつい一週間前の話しだそうだ。
誕生日の2ヶ月前だったため、本人、家族含めて大いに驚いたとのこと。
女体化するとそれに伴い、精神的というか考え方も女性化するという話しは聞いたことがある。
事実、中学の早いうちに女体化した奴の中にはすでに彼氏がいる奴すら存在する。
だから、変わるのもそうおかしくは無いはずだが、たった一週間でこれっておかしくないか?
「康太。ちょっと来い。」
「何?」
「おまえさ、これ、どうする?」
「親父がうろたえるな。みっともない。」
「そうだが・・・。まぁ、可能性としては有り得たよな。全然考えて無かった。」
「奇遇だな。俺も全然考えてなかった。相原さんはなんて?」
「相原は、お前を信じていないわけではないが、やはり二人っきりにするのには抵抗があると。」
「そりゃ、そうだ。じゃ、どうする?どちらかが別に家探すか?」
「それが筋なんだろうが、今から探すのは厳しいだろう。」
「確かにね。」
「なにより、五月く・・・いや、五月ちゃんはお前と一緒に暮らすのを楽しみにしているそうだ。」
「ちょっと、待て・・・。それって・・・。」
「取り敢えず、予定通りに行く。学校には俺がなんとか説明しておく。」
「待て。俺の意見は?」
「ウチだって裕福じゃない。お前の言いたいことは十二分に分かるが。」
金の話しを出されるとつらいが、良いのか、これ?
何かあればすぐに連絡をよこせ。そう言葉を残し、親父と相原さんは帰っていった。
部屋には五月と俺だけが残されている。
楽しそうに鼻歌を唄いながら荷物を片付けている五月を横に取り敢えず、ベランダでタバコをふかす。
どうしろと、言うのよ、これ。
吐き出した紫煙はまるで俺の思考のようにまとわりついて離れない。
春の日差しは暖かく、風すら吹いていなかった。
学校の制服を取り出した五月はそれを持ったまま俺に近づいてくる。
学校が始まるまでの一週間は天国であり地獄であった。
完全に女性化したと思っていた五月だが、やはり、まだ男だった頃の名残が消えないようだ。
- 俺がわざわざノックしているのに着替え中でも平気で俺を招きいれようとする。
- 最初の2~3日は一緒に風呂に入ろうと言い出す始末。
- こちらが照れていると、『康ちゃん可愛い~!!可愛すぎる!!』と抱きついてくる。
などなど・・・。挙げれば切りが無い。
確かに昔っからの付き合いとはいえ、
5年近く会っていなかったのだから、俺にとっては女にしか見えない。
そして、今日からの学生生活を考えるとまた気が重くなる。
ベランダでのタバコも増えた気がする。
今日も煙は俺からまとわりついて離れないのだった。
最終更新:2008年12月04日 23:55