「ただいまー」
「お帰り、こうた」
帰宅して居間を覗くと珍しい顔と声に迎えられた。
「あ、兄貴。帰ってたんだ」
兄貴の端正な顔が暖かな微笑みに彩られ、穏やかな声が紡がれる。
「いや、休み。……と、今日は神〇屋の制服か。いつ見ても可愛いな、こうたは」
その兄貴の物言いに、幾分か顔を強張らせる僕。
勿論可愛いと言われて嬉しくない訳じゃない。でもそれは妹の僕に言うべき言葉じゃないんじゃないかな。
他に言うべき人がいるでしょうに、彼女の真昼さんとか。
……や、仲良さげな雰囲気してるところは見たことないけど、家に上げる他人の女性と言えば彼女だしね。
喧嘩するほど仲がいいとも言うしね。多分彼女だと思うんだけど……。
じゃなくて、こんな服を着てるのも元はと言えば……。
抗いがたい気持ちを押さえてキツ目の言葉を漏らす僕。
「お陰様で普段着持ってないからね、僕はっ」
「制服が可愛いんじゃない、こうたが可愛いんだ」
……会話になってないね。
しかも真顔でこんなことを言ってくるから困りモノだ。
「可愛い弟が可愛い妹になったんだ、可愛がらない選択肢はないだろう」とは兄貴の弁。
可愛がられているのは痛いほどよくわかるけど、それとコスプレさせるのは違う気がする。
……気がするんだけど、女子校デビューの成功は兄貴のお陰だったり、
最初は物珍しくて自分でも喜んでいたりで今さらそんなこと言えやしない。
しかも兄貴が服を買ってくれているため両親は買ってくれないし、おこづかいもない。
だから精一杯皮肉ってやるのだ。……悲しいほど効果はないけど。
「と、とりあえず着替えてくる」
踵を返す僕。だけど突然現れた何かに視界を塞がれ、勢い余ってそれに衝突する。
ふにょん♪
「わぷっ?!」
なんだかふよふよと柔らかいものに顔を埋めながら目を白黒させていると、それは僕を抱き締めてきた。
「ふふ、大胆ね~♪」
「わひるひゃんっ?!(真昼さんっ?!)」
休みの日はなぜか大概うちにいる真昼さんは、例に漏れず今日もうちにいたようで。
そしてそんな真昼さんの胸に、僕は顔を埋めているらしかった。
「お帰り、こうたちゃん。久し振りね~。お姉さん、淋しかったわ~♪」
と、腕に込められた力は強さを増して、僕は顔面全体を真昼さんの胸に押し付けられた。
「む~~~~!」
じたばたともがく僕。当然のように口も鼻も塞がれていて、呼吸さえもままならない。
「真昼、俺のこうた虐めんな。放せ」
すかさず兄貴の制止が入る。でも「俺の」ってなんですか、「俺の」って……。
「ちょっと朝己(ともき)、俺のって何よ~、まるでこうたちゃんが私のじゃないみたいじゃないー!」
やや間延びした僕のと同じつっこみが真昼さんから……ってちょっと待って?
「もうこうなったらぁ……うふふ♪」
「待て、真昼。もしやまたこうたを着せ替えて遊ぶつもりじゃないだろうな……」
「え……?また?またってなにっ?」
その一言をひねり出すのが精一杯の僕は、半ば僕を無視した二人の会話についていけていない。
「だからぁ、アレは悪かったって言ったじゃないぃ。
こうたちゃんの寝顔があまりに可愛くてぇ……♪」
ね、こうたちゃん♪と未だ腕の中にいる僕の額にキスをする真昼さん。えと、その、無視しないでっ。
「そこまでするからにはわかってるんだろうな、真昼……」
「さあ、わからないわね~♪」
「………………」
無言で怒気をほとばしらせる兄貴。
兄貴が怒るのは珍しくて、僕自身は何をされたのかもわからないけど僕のために怒ってくれていて……。
真昼さんが僕の頭を優しく撫でてくれていて、抱き締められているのも暖かくて……。
そしてそんな二人が喧嘩しているのは嫌で……。
だから、僕はそんなことを「口走ってしまった」。
「やめてよ、二人ともっ。僕、着せ替えされるのもやじゃないからっ。どんな服でも着るからっ!」
ニヤリと笑う二人。
気付けば手を取り合って踊る二人。
早速思い思いの服を取り出す二人。
「さあ、こうたちゃん、次はこれよ~♪」
「園児服だと?そこまで来るとディープ極まりない!」
「あら、そう言う朝己だって、サンタコスだなんていい趣味してるじゃない?」
「も、もうどうにでもして……」
……そして二人の思うがままに着せ替えられる僕。
こうなったからには僕のクロゼットには普段着と呼ばれるような服はこれからも増えないであろうことは想像に難くないのである。
最終更新:2008年12月05日 00:32