『誕生日』

1.「またカップ麺で夕ご飯終わらせたの~?」

「違う・・・。それは夜食だ。」

「屁理屈だよ!ちゃんとご飯食べなって!」

「大声出すな・・・。頭に響く・・・。」

「お酒呑み過ぎなんだよ!」

「ほっとけ・・・。」

何故、今日もこいつはココにいるんだ・・・。腐れ縁とはこういうことか。

あの時依頼を受けなければ良かった。

我が『如月探偵事務所』はハードボイルドが売りだ。こんな喧騒は似合わない。

まぁ、仕事は捜しモノばっかりだが・・・。



2.ギャースカ、だか、ワースカだか言っている坊主を尻目になんとか客用ソファーから起き上がる。

シュッっとタバコに火をつけ煙を吸い込むと少し頭がさえた気がする。

坊主はそれを見て余計うるさくなったが。

煙で自分のテリトリーを築き少し落ち着いていると、階段を昇る音が聞こてきた。

安普請だが、こういうときは便利だ。

お客さんだ。灰皿でタバコをもみ消す。



3.「こんにちは。」

「ようこそ、『如月探偵事務所』へ。ご依頼ですか?」

「・・・。ええ。」

「分かりました。どうぞ、こちらへおかけください。」

「すみません・・・。」

「いえいえ。おい、坊主。お茶を出せ。」

ふ~んだ、美人に弱いんだからとか何とか言って台所に引っ込む坊主。

勝手に俺の城を溜まり場にしているのだから、それぐらいやるのは当然だと俺は思うのだが。



4.坊主がコーヒーを出すのを待つ。

ありがとう、と受け取る依頼人は坊主が言うとおり、なかなかの別嬪さんだ。

「で、今日はどんなご依頼で?」

「・・・はい。実は・・・。」

「あぁ、アイツのことは気にしないで下さい。一応ウチのスタッフみたいなものですから。」

「そうですか。では。実は・・・。」

「はい。」

「人を探してほしいのです。」

なっ、さっき言ったろう?

もういっそ、『如月探索事務所』に変えたほうが良いかな?



5.坊主が炒れたコーヒーを一口含む。最初に比べれば随分旨くなった。

これだけに限れば、一年前にコイツの依頼を受けた甲斐はあったと言えよう。

「つまり、あなたの息子を捜してほしい、それがご依頼ですか。」

「はい。」

「しかし、お話を伺った限りでは、それは警察の仕事だと思いますよ。」

「分かっています。」

「では、何故?」

「警察には当然話しました。捜索依頼も出しました。でも見つからないのです。ただ、待つのも嫌で。」

「なるほど・・・。しかし、警察でみつけられないのであれば、私が見つけられる可能性は少ないですよ?」

日本警察はなんだかんだで優秀だ。同じことをして勝てるとは思っていない。



6.「それでも構いません。お願いできませんでしょうか?」

「仕事ですから。それを理解していただいたうえでもご依頼いただけるのであれば、お引き受けしましょう。」

ありがとうございます、と依頼人は帰っていった。

階段の音が鳴り止むのを待つとタバコに火をつける。

女性の前では吸うべからず。ハードボイルドを気取るのもなかなか大変なものだ。



7.「オジさん。」

「・・・、なんだ?」

「美人の依頼だからって安請け合いして良かったの?難しいんでしょ?」

「坊主。お前は今の話を聞いてなかったのか?」

「聞いてたよ。だから言ってるんじゃん。」

「違うんだよ、目の付け所が。いや、耳か。」

「・・・どういうことよ?」

「つまりだ。」

「うん。」

「見つけなくとも、怒られないってことだ。」

「うわっ!せこっ!」

「ふん。これが済んだら、坊主にだって焼肉ぐらい連れて行ってやっても良いぞ。」

「セチガライ世の中だねぇ。」

「・・・。意味、解ってるのか?」



8.取り敢えず、時間もだいぶ遅くなったので、坊主を家まで送り届ける。

さすがになんだかんだで、性別が女の奴にあまりつらく当たるわけには行かない。

帰りに行きつけのバー・・・、と俺は呼んでる、居酒屋に入り込む。

  • 双子の兄妹のうち兄貴が失踪した。

  • 失踪したのは一ヶ月前。

  • 未だ見つかっていない。

ぐらいか。情報が足りないな。事務所では坊主にああいったが、金額分ぐらいは、働かなければ。

明日の活力にと安酒を胃に流し込む。



9.取り敢えずと地元警察に出かけ、知り合いに聞いてみる。

着いて来た坊主は、おお、探偵っぽいとはしゃいでいた。

警察署を出て、それが死角になるのを待つと、タバコに火をつける。

「・・・。」

「どうしたの?」

「ちょっと、今回のは面倒くさいことになりそうだな。」

「なんで?」

「出てないんだよ。」

「何が?」

「捜索依頼。」

警察に頼らず、俺のところにだけ依頼をする。

まっとうな依頼では無さそうだ。



10.それから数日は聞き込みが続く。

実際の探偵作業は地味だ。

そもそも、話を聞いてくれる人すら少ないので、ただただ足を棒にし続ける。

取り敢えず、多少の収穫はあったか。

くたくたになりながら事務所に戻る。



11.「おかえり~。」

「・・・、ただいま。」

「・・・何?」

「別に・・・。誰か来たか?」

「いや、誰も来ないよ。で、今日の収穫は?」

「発見には遠いが、まぁ、多少はな。」

「どんな?」

「坊主、お前はあの依頼人、どう見えた?」

「ん?・・・なんか、すごい優しい人って感じ。いかにも“良いとこのお母さん”って感じかな。」

「あの奥さん、離婚してるんだと。」

「・・・。別に今や普通だよ。」

「しかも、バツ2」

「・・・。」

「子供たちは最初の旦那さんの子供だと。」

「ふ~ん。なんか、人は見かけによらずだね。」

俺に言わせれば“よる”人の方が少ないと思うがね。

ソファーにもたれタバコに火をつける。

坊主は台所に引っ込むとコーヒーを炒れ始めた。



12.「しかもだ、」

「まだあるの?」

「あの奥さん、過去に幼児虐待の疑いをかけられている。」

「うわぁ・・・。」

「世知辛いだろ?」

肺に進入したニコチンに頭が少しグラついた。



13.「兄妹は本当に仲が良かったみたいだ。」

「それはすばらしいね。」

「兄貴は妹をいつもかばっていたみたいで、中学時代は体中痣だらけで登校していたこともあったようだ。」

「・・・、お兄ちゃんは虐待に耐えかねて逃げ出したのかな?」

「まっとうに考えればそうなるな。でも、俺は違うと思う。」

「なんで?」

「言っただろう?仲が良かったって。」

「うん?」

「・・・、頭を使え。妹はまだ家にいるんだぞ?」

「あっ、そっか。そんな兄貴が妹一人置いて逃げる訳ないか。」

「ああ。逆に妹が家に残ってるからこそ、母親はおおっぴらには兄貴を捜していないんだろうよ。」

「なるほど。」

「これだと、周りの話と逆で妹が兄貴をかばっている状態になっちまう。」

「母親に殺されちゃったとか?」

「ドラマの見過ぎだ。そこまで堕ちる奴は早々いない。」

そう。早々は。今回はそこまでは行かないだろう。



14.「でだ、まだ、情報が足りない。」

「うん。確かにネ。」

「明日は、兄妹が通っている高校に行ってみようと思う。」

「良いかもね。」

「・・・。坊主もついて来い。」

「なんで?楽しそうだから良いけどさ。」

「俺一人で高校の周りをうろついて見ろ。警察のご厄介になっちまう。」

「確かに。オジさん怪しいもんね。夏なのに黒いスーツ、辞めたら?」

「ポリシーだ。これは。」

男のロマンってものをコイツは忘れ去ってやがるな。



15.しばらく、タバコと缶コーヒーと隣のうるさい雑音に時間を潰していると、お目当ての娘が現れた。

お嬢さん?と声をかけると、ピクッと反応してこちらを見る。

一瞬怪訝な目でこちらをみると走り去っていった。

坊主、ちゃんとフォローしろ、と文句を言うと、

僕のせいじゃないと返される。

そんなことをやっていると、違う娘に後ろから話し掛けられる。

セミロングの黒髪がセーラー服によく似合う娘だった。その何処か意志の強い目が特徴的だ。

「あの、相良さんになにか用だったんですか?」

「ああ、ちょっとね。」

「・・・。」

怪しいものじゃないんだと、大騒ぎする坊主。却って怪しいので黙らせる。



16.「あの娘の兄貴が失踪したのは知ってるかい?」

「ええっ、同じ学年なんで。」

「俺は、探偵でね。あの娘の母親に兄貴を捜すよう依頼を受けているんだ。」

「・・・探偵さん?」

「ああ。もし良かったら少し話しを聞かせてくれないか?」

「・・・、少しだけなら。」



17.暫く話しを聞かせてもらっていると、その娘は男子学生を目に捕らえ、すみません、と帰っていった。

十分な話を聞かせてもらった俺は、ありがとう、っと解放した。

「なんか、解ったの?」

「お前さ・・・。一緒に聞いてたよな?」

「うん。聞いてた。まさか、あの娘も“元男”だったとはね。僕とおそろいだ。」

「兄貴がいなくなってから、妹の様子も変わったか・・・。」

「・・・。うん。寂しかったんだろうね。」

普通に考えれば、そうだ。しかも、虐待の疑いがある母親と一緒じゃ落ち込むのも確かだろう。

だが、違う。最後にあの娘は言っていたじゃないか。全然関係ない話ですが、と前置きして。

『私、“元男”何ですけど、なんかその時以来、相良さんに親近感が湧くようになったんです。』



18.翌日。

道路に立って待ち続ける。目当ての人物は、ほどなく現れた。

「純一君?」

「・・・はい。」

「やっと見つけたよ。」

兄は相良純一。妹は相良真弓。

捜索を初めて2週間ほど。坊主の時より短く済んだのは俺の腕前が良いからか。

男相手に遠慮はいらない。

なんとなくやるせない気分になっていつもの様にタバコに火をつける。



19.「つらくないのか?」

「真弓を守るのが、俺の使命なんです。」

「大仰なもんだね。」

「何故、俺たちが一緒に生まれてきたと思います?一人じゃ耐えられないから二人で生まれてきたんですよ。」

「君、一人で抱えているのに、そう言えるのかい?」

「俺は、真弓が元気で居てくれるだけで十分なんです。逆に真弓が居なければ、とっくに潰れてた。」

「そうか・・・。」

「・・・。あの人に・・・。」

「ん?」

「母に言いますか?」

「ん~。言わない。」

「何故ですか?」

「俺の依頼は“息子”を見つけてくれだったからな。」

「・・・ありがとうございます。」

「ひどい話だ。」

「・・・ええ、あの人は何処かおかしいんですよ。自分の子供いじめて何が楽しいんだか。」

「いや、そうじゃなくて。」

「?」

「子供の誕生日も覚えてないなんてな。」

「・・・。はい。」

タバコの煙ってこんなにも苦いものだったかな?

坊主を置いてきて良かった。しかめっ面を見られなくて済んだから。



20.「真弓ちゃんは?」

「父の所にいます。」

「このままとはいかないだろう?どうする?」

「取り敢えず、成人するまでは何とかごまかします。

あの人は、俺が、“真弓”がそばにいる限りは大騒ぎはしないはずですから。」

「そうか。」

まっ頑張れよと、声をかけた自分に、ハードボイルドならもっと洒落た言葉はないのかと突っ込む。

最後の見栄で名刺を渡し、立ち去ると、なんだか無性に坊主の炒れたコーヒーが飲みたくなった.


おしまい。


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最終更新:2008年12月05日 00:49
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