未定 2008 > 11 > 27(木)

1.「そういえばさ、ちょっと聞いていい?」

「なんですか?」

「修の旧姓ってなに?」

「旧姓?」

「うん。修、言ってだじゃん。結婚する時は、今の叔母さんの苗字じゃなくって、両親の旧姓に変えるって。」

「まぁ、そうですけど。」

「べっ別に、将来のことを考えてとかじゃないんだからね。私が興味あるだけなんだからね。」

「ははっ。」

「・・・。なに笑ってるのよ。」

「いえ。そうですね。俺の旧姓は・・・。」

「うん。うん。」

「『如月』って言います。」



2.「まだ、つらい?」

「いきなりなんだよ。」

「昔のこと、思い出す?」

「まぁ、な。それは五月も一緒だろう?」

「そうだけど・・・ね。」

「そんなつらそうな顔をするな。・・・五月には笑顔が一番似合うよ。」

「・・・、クサッ。なにその科白。」

「おまっ・・・。」

「でも、うん。嬉しい!」



3.「光ぅ~!」

「勇気っ!こっちこっち!」

「ごめん。僕が遅れたせいで待たせちゃったね。」

「いいよいいよ。で、どうした?また、憧れのオジさんの話?」

「いや、その、それは・・・、別に・・・。」

「うろたえてる、うろたえてる。」

「ほっといてよ・・・。」

「勇気、可愛い~。なんか、あれだね。」

「う~。・・・何よ?」

「やっぱり、勇気の告白、OKしておけば良かったかなぁ?」

「・・・今更そういうこと言う?」



4.ずっと悩んでいた。どうして私は子供たちにつらくあたってしまったのか。

言い訳はあったし、それを言えば同情してもらえただろう。

私のせいで、息子にもつらい思いをさせてしまった。

自分と同じ道を歩ませるなんて・・・。

私は母親失格だ。

「純一・・・。真弓・・・。ごめんなさい。」



5.「オジさん!」

「また、お前か。」

「へっへ~。」

「・・・なに笑ってやがる。」

「だって、最近僕のこと『坊主』って呼ばなくなった。」

「・・・。坊主、別に深い意味は無いぞ。」

「う~。わざわざ言い直すなよ!」

「ふっ。少なくとも自分を『僕』って言ってるうちはレディー扱いはできないな。」

「そうですか!ふんっ!」



6.我が『如月探索・・・』ではなく。

『如月探偵事務所』は金はないが、元気はある。

坊主がココに居座ってすでに二年近くが経過していた。

このまま、のんびり捜しモノをする生活っていうのも悪くない。

そんなことを最近思い始めていた。昔の俺からは想像もつかない。

なんだか、気恥ずかしくなって、最近はめっきり本数が減ったタバコに火をつけた。



7.「さてと。」

「ん?どっか行くの?」

「あぁ。今日はちょっと大事な用があるんでね。」

「ふ~ん。・・・なんか、去年もこれぐらいの時期にドッカ行ってたよね・・・。」

「良く覚えているな。ちなみに、一昨年も行ってるぞ。」

「・・・。そんな昔のことは覚えてないよ。」

「なに照れてんだ?まあ、いい。帰りは遅くなる。今日は帰れ。」

「ちょっと!どこ行くの?」

騒ぐ坊主の背を押して事務所から追い出す。

上着を羽織ると、ドアの外で待っている坊主を家まで送った。

今日ばかりは邪魔されたくは無い。悪く思うなよ。



8.一つの墓石の前でタバコに火をつける。

「今年も来たぞ。」

「・・・。」

「いい加減、来るなって言ってるのか?そう連れないことを言うなよ。」

「・・・。」

「でもな、最近はこれでも少しは楽しく過ごしてるんだぜ。」

「・・・。」

「それでも・・・。」

「・・・。」

「まだ、前には進めないんだ。俺は弱いままだな。」

久々に苦く感じたタバコは、何かが始まる予感をさせた。

「よっ、『捜し屋』、久々だな。」

そう懐かしい呼び名で呼ばれた。安田康弘。職業警察官。

紫煙は俺の顔に容赦なく流れてきた。

俺が顔をしかめたのはそれが理由だけではないが。



9.日常が崩れるのはあっけない。それはまるで、トランプで作ったタワーのようで。

作るのにあんなに時間が掛かったのに、崩れるのはあっという間だ。

それを何度も何度も味わってきた。

そして、今日。

この再会は何を意味するのか?

もうこれ以上、なにも崩したくない。



10.「安田・・・さん。」

「『捜し屋』、元気にしていたか?」

「その呼び方は辞めてください。もう、昔の話です。」

「昔ね・・・。ちょっと変わったか、お前?」

「・・・。別に。俺は何も変わっていないですよ。」

「そうだよな。そう来なくっちゃな。だって、お前は、まだ、ケリつけてないもんな。」

「・・・回りくどいですね。俺も色々忙しいんですよ。」

「女子高生の相手をしながら、猫を捜すのが忙しいのか?」

「・・・。」

「そう怖い顔をするな。『捜し屋』、お前の力が必要だ。」

「今更・・・。」

「それにお前にも悪い話じゃないはずだ。」

「どういう意味ですか?」

「12年前からお前がずっと追っていた奴。奴がまた出たぞ。手伝ってくれ。」



11.行きつけのバーで少しアルコールを摂取すると、事務所に帰る。

思いの他、早く帰った。

時間を再度確認し、失礼な時間でないことを確認すると、坊主の自宅に電話をかける。

この2年ですっかり顔見知りになった母親に、坊主を呼び出してもらう。

心無しか、嬉しそうな声を出す坊主に、暫く事務所には来るな、と伝える。

なにやら、電話の向こうで文句を言っているようだが、最後まで聞かずに電話を切った。

事務所から必要最低限の生活用品をカバンに詰める。

ふと台所のコーヒーメイカーが目に入る。

俺には眩しすぎる2年間だったのかな?

ドアを閉め、鍵をかける。



12.2駅ほど離れたビジネスホテルに向かう。

暫くはココで生活することになる。願わくば、すべて片付けて、あのうるさい事務所に戻りたい。



13.墓地近くの古臭い喫茶店に入り込む。薄暗くタバコ臭い。

それだけで、なんだか昔の自分に戻ってしまったようだ。

「これからはココで?」

「ああ。一応携帯の番号も教えておく。落ち合う時はココだ。」

「分かりました。」

「さて、早速仕事の話だ。おっと、お前には金は発生しないからな。仕事ではないか。」

「別に。そんなことはどうでも良いです。」

「ふっ、ようやく昔のお前に戻ってきたな。」

「・・・。早く始めましょう。」



14.「さて、とりあえず、おさらいから始めようか?」

くしゃくしゃになった箱から同じくくしゃくしゃになったタバコを取り出した。

俺にしてみれば、あんなタバコ美味くない。

運ばれてきたコーヒーを口に運び、まずいと思う。

そして、それを思い出さないように、わざと旨いと思い込むことにした。



15.「やってることは連続轢き逃げ。何故連続だと“俺ら”が判断したかというと・・・。」

「同じ車を使っているから。」

「そうだ。全部盗難車にも関わらず。つまりわざわざ同じ車種の車を盗んでるってことだ。」

「それに加えて・・・。」

「・・・。お前もマスコミの虜か?それはこじつけだ。」

「俺は、そう思いません。」

「女体化間際の男が近くに居る女ばかりを狙っている。」

「はい。」

「それこそ、周りくどい言い方だ。マスコミは喜びそうな見出しだがな。奴はただ、14~15歳の女を狙っているだけだ。」

「見解の相違です。そして、その違いは大きい。」

「兄弟、友達、恋人。14,5歳の女のそばには14,5歳の男が居る。それだけだ。」

「・・・。」

「未だ被害者面か?やめておけ。」

「・・・俺がそれを辞めれば、手伝う理由はなくなりますよ。」



16.シングルのベッドから起き上がる。部屋は狭く薄暗い。

灰皿にたまった吸殻をゴミ箱に捨てると、また吸殻を作るために火をつけた。

頭はまだ回らず大量に買い込んだ“旨い”インスタントコーヒーを炒れた。

久々にあの時の夢を見た。

12年前のあの光景。

「和美・・・。」



17.如月和美。

出会ったのは中学一年の夏だった。

英語の授業について行けず、無理矢理参加させられた補習の教室だったかな?

まだ、小学生気分が抜けない俺に、眼鏡の奥から鋭い視線を浴びせてた。

偶然帰り道が同じだった俺と和美はそれから“偶然”時間が合った時に一緒に帰るようになったのだ。



18.付き合ってるなんて言えたのか?恋人?愛しい人?

どれも、しっくり来ない。

二人の関係は。

そう、それはただ、如月和美と、左近肇(ハジメ)の関係だったのだ。

今はもう持てないであろう、そんな関係だったのだ。



19.なんとかスーツに着替えると、昨日の話を元に動きだす。

事件が起こったのは一昨日の深夜。

後、少しすれば、マスコミが騒ぎ出す。その前に行動に移す必要があった。

いつか通った道をたどり、目的地にたどり着いた。



20.「あら、探偵さん・・・。」

「おはようございます。奥さん。」

「ええ、おはようございます・・・。」

「去年は大変申し訳ございませんでした。お力になれず・・・。」

「・・・いえ。お気になさらずに・・・。で、今日はどのようなご用件で?」

「一昨日の件で、真弓ちゃんに話を聞きたくて、参りました。」

「一昨日の・・・。」

「はい。つらいことだとは思いますが・・・。」

「お仕事ですか?」

「いえ、個人的なものです。」

「・・・。分かりました。どうぞ。今二階の自室に居りますので。」



21.「左近さん!」

「よぅ。久々。」

「今、何してるんですか?勇気、心配してましたよ。」

「まぁ、色々。で、今日は真弓ちゃんか。」

「はい。良く分かりましたね。私です。真弓です。」

「俺を苗字で呼ぶ女子高生は真弓ちゃんだけだよ。」

「ふふっ。」

「で、本題。一昨日のはどっちよ?」

「それも、私です・・・。」



22.あの後、純一と真弓は一週間程度で入れ替わっているらしい。

さすがに友達の目はごまかせなかったみたいだが、

逆に協力してもらいなんとか学校生活を送っているとのこと。

ベストではないがベター。

儚いことにはなんら変わりは無いが。



23.猛烈にタバコが吸いたかった。ぐっと我慢すると喉が痛くなった。

「つらいとは思うが聞かせてくれ。一昨日、何があったかを。」

自分がひどく真剣な目をしていたのだろう。

真弓ちゃんは少しひるんだ感じで、はい、と言って続けてくれた。



24.ホテルに帰り着くと、見計らったかのように携帯が鳴る。

安田からの電話だ。

収穫はなしだと、安田からの電話を切ると、コーヒーを飲みつつタバコに火をつける。

電気をつけていない部屋なのに、煙ははっきりと分かるぐらい、白かった。

部活の帰り道、暗くなり始めた細い路地で無灯火の車が突っ込んできた。

一緒に帰宅していた友達の男子高校生に突き飛ばされて難を去ったとのこと。

変わりにソイツは足を折り入院中だとか。

さっきテレビをつければ、俺が午前中、足を運んだ風景が映し出されていた。

明日は病院に行ってみるか。



25.病室には何処かで見たことがある女子高生がリンゴを剥いていた。

その目をみて思いだした。純一に初めて会ったときに話を聞かせてくれた女子高生だった。

佐々木康太と名乗った男子高校生に話を聞きたいというと、

横に居る女子高生を見て、五月も一緒で良いなら、と肯定の返事をもらう。



26.「最初はなんでもない。そう日常の風景でした。」

「無灯火でしたけど、稀にはありますし。」

「でも、車種が分かるぐらいに車が近づいて来た時に、ちょっと昔を思い出して。」

「ああ、これはマズイって思って。」

「そう、またかって。」

「気付いたら相良さんを突き飛ばしてました。」

言葉に違和感を感じる。車種?昔?マズイ?また?

遠くを見だした俺から目線をはずした男子高校生は慌てたように言葉を発した。

「五月・・・?大丈夫か!?」



27.つられて女子高生を見た俺は不覚にもギョッとしてしまった。

女子高生が顔面蒼白になっていたからだ。

「康ちゃん・・・。それって・・・。」

「五月・・・?」

「その車の車種って・・・なに?」

「えっ?」

「なに!?」

「えっと・・・。なんて言ったかな・・・。あの、CMでよくやってるコンパクトカー・・・。」

「一緒だ・・・。一緒だよ!康ちゃん!」

そういうと女子高生は泣き崩れた。



28.突然鳴り出した携帯電話。電源を切り忘れたか。

取り乱す女子高生を前に却って居ない方が良いだろうと病院を出る。

駅前の喫煙所で着信を確認すると安田からだった。

折り返しの電話をする気にならず、タバコを吸っていると、

似合わない大きなジッポーを使っている女子大生らしき娘が隣に座った。

ひどくおいしそうにタバコを吸うその娘を見ていると、自分のタバコもすごく旨く感じた。

そんな折、後ろから急に声をかけられた。

「左近さ・・・ん?」

「お前は・・・。」

その男を見て女子大生が、慌てたようにタバコをもみ消していたが、今はどうでも良い。

「『如月』修・・・。」



29.女子大生に急用が出来たと、修が告げている。

少し怒った顔をしたが、修の顔をみると素直に分かったと応じていた。

「良い娘をみつけたな。修。」

「・・・そうですね。どうしましょうか?」

「近くに行きつけの店がある。そこで。」

「分かりました。」



31.「おい、『捜し屋』。ちゃんと電話に出ろ。」

「・・・。頻繁にかけすぎですよ。俺だって出れない時もあります。」

「なに、お前が抜け駆けしないか心配でね。」

「しませんよ。そんなことは。俺は名誉がほしいわけじゃない。」

「であれば良いが。で、どうだ?状況は?」

「そっちこそ、どうなんですか?」

「お前さ、知ってるだろう?“俺ら”の手口を。」

「知ってますよ。・・・嫌と言うほど。」

「なら、良い。で?」

「芳しくありません。」

「本当か?」

「はい。」

「そうか・・・。何かあればすぐに連絡をよこせ。」

「分かりました。」

やけに潔く引き下がったな。今の俺にはそちらの方がありがたいが。


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最終更新:2008年12月05日 01:12
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