うちの親は馬鹿だと思うんだ。
いきなり何事かと思われるだろうし、親に対してそれはないだろと怒られるかもしれないけどしょうがない。
だってさ? うちの名字は『横井』で、それなのに普通俺に『梢』なんて名前つけるか?
元々女の子に付けるつもりで用意しておいたらしいこの名前を、いざ生まれてみたら男だった俺にそのまま付けたってエピソードは未だに納得が行かない。
『女だったら「こずえ」と読むところだけど、男だったんだから読み方は「しょう」だな』
……この短絡な両親の発想をなぜ誰も止めなかったかだ。
爺ちゃん婆ちゃん合わせて四人! 父方叔母さん夫婦、母方伯父さん夫婦これまた合わせて四人!
近県に住んでる計八人ものいい大人がいて、なんで『よっこいしょー』が成立してしまう名前を許したのか、未だにまともな説明をもらえないままだ。
もちろん『梢』は悪い名前なんかじゃない。だけど組み合わせってもんを考えて欲しい。
カレーライスのおかずにシチューなんか誰も出さないだろ? それと同じようなもんだ。
名字と名前。どちらも単体ならぜんぜん悪くないのに、この名前のせいで周りのガキ共が多少分別つくようになるまでの十五年間、ずっとからかわれっぱなしだった。
が、それも高校に入ってからは激減。
さらに最近では名前へのからかいは完全になくなっていた。
その理由はといえば、俺が女体化したからだ。
「結婚しようぜ」
「まさか告白もなしにプロポーズが来るとはな」
焦らず動じず驚かず。俺の言葉に淡々と竜神は感想を漏らした。
「で? 返事は?」
「好意とか恋心ってものを身に付けてからまたいらっさい」
ひどすぎるほどてきとーな返事にとくに傷つくこともない。竜神の言うとおりだからな。
「やー、ぶっちゃけ十八になったら名前と判子貸してくれるだけでいいんだけどさ」
「じゃあ代わりに身体と心を献上してみろ」
……ちっ。
いくら軽口とは言え、ここまで先を読まれて反論できなくされると少しだけ腹が立つ。
「ただ俺の名字目当てだろう? どんなに可愛いおなごだろうともそんなんじゃ願い下げだな」
――おなごって……。
古めかしい言い回しをするこの竜神。竜の神と書いて『たつがみ』と読む。かっこいい。
中学時代に『勅使河原って名字の人と結婚するのが夢』と語ってた、当時のクラスメイトの女子の気持ちが今なら多少わからんこともない。
「こないだ調べたら竜神の名字って全国に千人もいないじゃん? 可愛い嫁でも貰って一族を増やそうとは思わんのかね?」
「結婚して名前変えてすぐに離婚しそうな奴を嫁に貰ってもな」
「でも可愛いってとこは認めてくれんだ」
「顔はな。…………女体化した奴はツンデレっぽくなるのが普通だと思ってたんだがなぁ……」
とてもとても残念そうに溜息を吐く竜神。
その風潮はなんとなくわかるけど、結局千差万別十人十色だ。
「なに? 『あ、あんたのことなんか好きじゃないんだからねっ! み、名字を変えるためにしょうがなくなんだからっ!』とでも言えばオッケーなのか?」
「おまえはツンデレを何も理解していない」
真顔で返すな。
「いいか? ツンデレとか萌えとかいう概念はな、型にはまるもんじゃないんだ」
はいはい。
「心とか命とか、そういう概念を百人が百人納得できるように説明しろって言っても無理なのとようにだな……」
はいはいはい。
コレが童貞でなくて、どうして俺が童貞だったんだろう……。
聞くところによれば、こいつのかつての彼女はこの語り癖に引いて竜神を捨てたとか。純正の女の子にコレはきついだろうな。
「横井、ちゃんと聞いてるのか?」
「…………。『聞いてやってるんだから感謝しなさいよね』」
「だからそれがわかってないって言うんだ」
――わかってないのはどっちだかな。
いかにも冗談めかしてるとはいえ。そして俺が元男とはいえ。
『女の俺』が自分のほうからプロポーズをする理由が、『竜神』って名字だけが目当てなんて本当に思ってるんだろうか。
冗談めかしてこんなこと言って、なのに本気にされたり勘違いされるのは想像だけでもうざい。
だからこそ、こんなふざけたことは竜神にしか言ったことはない。
プロポーズを切り捨てられても『冗談』なんだから痛くもかゆくもないし、もし本気にされたら……またそれはそれだ。
それに…………やっぱり『よっこいしょー』はもういやだし。
「『竜神梢』。ほら、なんか森の神様っぽくて良くね?」
「人の話を聞け。人のノートに勝手に書くな、しかもボールペンで」
「さぁ無駄に修正液を使うがいい~」
「へたくそなドラえもんを描くなっ」
だけどまぁ、とりあえずしばらくのうちは、こんなふうに馬鹿みたいなやり取りを楽しむことにしよう。
最終更新:2008年12月05日 01:19