いま俺は入学式ってものに参加しているわけだ。
初めは高校の入学式ということで小中学とは一線を画した入学式――例えば新入生全員が肩パットを着けて、パンの耳を牛乳に浸けつつ、胡瓜を糠に漬けつつ、ヘアピンを付けながら、マイムマイムを踊るような――を期待していたのだが、今までと大差ないものだった。
いくら入学したからといって、なぜ校長の面白味のない話、それこそ友達の家族自慢を聞かされるよりもつまらない話を聞かなければいけないのか。
――こんなものを聞かされるくらいなら入学式などに参加せず、大人しく家族とペタンクでもしていればよかったな。
なんて事を考えていた時だった。
型にはまったような面白味のない進行しかできない司会が、新入生代表を壇上へと上がらせたのは。
何の気なしに、呼ばれた女子生徒を見てみると、そこにはとんでもない美少女がいた。
俺は長い髪を揺らしながら、凛として壇上へと向かうその美少女とペタンクかブリッジかトライアスロンを、ヘルメットを小脇に抱えながら楽しんだ後に将来を誓い合いたい衝動にかられた。
なので俺はその美少女を幸隆と呼ぶことにした。
そんなことを考えてしまった為に自己主張を始めた我が愚息を鎮めようとしていると、幸隆が挨拶をはじめようと、なにかしらの文句が書かれているのだろう紙をひろげていた。
どんな挨拶をしてくれるのだろうかと、幸隆ならきっと中々面白いものだろう――少なくとも友達に今日見た夢について語られるよりは――という期待を胸に、幸隆の挨拶を俺は待っていた。
すると幸隆は手にもった紙を前につき出すと、両手でそれを破いた。
そうして紙を捨てると紙は風に飛ばされ遥かなる大空へと旅立った。そう、彼は自ら危険な旅へと向かっていったのだ。きっと、より強靭な紙へと成長して、帰って来てくれることだろう。
なので俺は、その紙をタサナカミノコンと名付ける事にした。――さようなら、タサナカミノコン。心の中で手を振ってやる。
見ると、幸隆もまたタサナカミノコンんの旅立ちを祝福しているようで、行く先を眺めていた。
暫くたつと幸隆がマイクをとって、此方を向いた。どうやら挨拶が始まるようだ
「俺の事を可愛いと思うやつ、挙手」
なんて素晴らしい挨拶なんだ。俺はそう思いつつも起立してから挙手をした。
どうやら皆同じ気持ちだったようで、新入生が全員起立しながら挙手していた。
そうして始まる校歌斉唱。みなが好き勝手な歌をうたう。俺はライフタイムリスペクトを歌った。
終わると幸隆は感動の余り泣いているようだった。どうやら俺のライフタイムリスペクトがよかったようだ。
幸隆は涙を拭きつつも、挨拶を続けた。
「君たちの気持ちはよく分かった。だがここで一つサプライズなお知らせがある。そうサプライズお知らせがある」
途端に周囲がざわめきだす。サプライズなお知らせとはなんだろうと。
だが俺には分かっていた。この後にサプライズお知らせがあることを分かっていたのだ。そうサプライズお知らせがあることを。
「俺は元男だ」
壇上に立つ幸隆がそう言った。
こいつはずいぶんなサプライズお知らせだぜ。そう思いながら俺は椅子に座った。
「それを知った上で俺と付き合いたいと思う奴、挙手」
俺は急いで起立してから挙手をした。どうやら半分程度の新入生は同じ気持ちだったようで、起立してから挙手していた。
そうして始まる校歌斉唱。皆が好き勝手な歌を――略。
俺のライフタイムリスペクトがきいたのだろうが、壇上にに立つ幸隆がまたも涙を流していて、拭いながらこう言った。
「ありがとうございました」
そうして席へともどる幸隆。その顔はどこか吹っ切れたようだった。
そうして俺は理解した。幸隆は喧嘩して幸隆に勝ったやつと付き合ってやると言いたかったのだと。
なので俺は入学式が終わるなり幸隆の所へ行き、交際を申し込んだ。
予想通りに始まる喧嘩。幸隆は強かった。蜜柑を投げつけたりレモンを食べたり俺のジャブに合わせてローを出したりしていた。
俺は負けないように、林檎を握りつぶしたりした。幸隆に食べ物を粗末にするなと起こられてしまった。
――俺は負けた。
しかし、幸隆は負けた俺にこう言った。
「俺は決して約束をまもらないことが誇りなんだ」
俺と幸隆は付き合うことになった。
帰ってきたタサナカミノコンが俺たちを祝福してくれた
終わり
最終更新:2008年12月05日 01:39