『犬のてのひら』 番外『携帯と嘘』

 風呂から上がって、自分の部屋でごろごろしてた時。
『携帯変えました』
 と短いタイトル付きで送られてきたメールを、なんとなく眺めてあれと思う。
 そんな疑問を胸に俺はメールの送り主に電話をしていた。
「あ、もしもし浅見?」
『片岡先輩どうかしたんですか?』
 ちょうど携帯を手に持ってたんだろう、ワンコールで出た恋人に向かって、俺はたった今芽生えた気持ちをぶつけていた。
「携帯変えたって本当なのか?」


 浅見の携帯がそろそろ寿命だって話はついこの間したばかりだ。
 実際に携帯のカレンダーなんかは何度設定しなおしても、すぐに表示がとんでたりしてたし。
 だからついに壊れたのかと思ったわけなんだが、それにしてはおかしいところがあったんだ。
『From浅見桐一』
 携帯の送り主の表示がこのままってことはメールアドレスが変わってない。
 しかも無意識でかけたけど電話も今までの番号で繋がったわけだし、なんかおかしいと思ってな。
『本当ですよ?』
「じゃあなんで番号もアドレスも変わってないんだ? 普通携帯変わったら全部ちがうのになっちゃうはずだろ?」
『えっ……?』
 なぜか心底意外そうな声が響いてくる。
 何事かと思う前に、浅見が続く言葉を投げかけてきた。
『それ、本気で言ってるんですか?』
「? なんだよ、その声は」







『いや、俺もよく知らないんですけどね。結構前から携帯が完全に壊れてなければ、番号もアドレスも同じまま新しいやつに変えられるサービスがあるんですよ』
「は?」
『ですから、携帯は変わっても番号もアドレスも変わってないんです。電話帳もお店の人が移動させてくれたからまったく不便もないし』
 ――……………………………。
『……あの、もしかして先輩、知らな――』
「っう、うそつくなっ!!」
『ええっ!?』
 かなりうろたえているだろう浅見の反応に少しだけ冷静になるけど、そんなのは焼け石に水。
 ――やばい知らなかったどうしよう恥ずかしい。
 自分の無知を見せたくない相手にわざわざ自分から晒してしまって、頭の中は大混乱だ。
「携帯変えたなんてうそだっ」
 そのせいだろう。なんとか誤魔化そうとわけのわからないことを言ってしまったのは。
『いやそんなこと言われましても……』
「だって証拠ないだろっ?」
『そりゃ、そうですけど。…………』
 かたくなに嘘だと言い張る俺に浅見は急に黙り込む。
『わかりました、ちょっと待っててください』
 そして急にまた話し出したと思えば、たったその一言だけを残して一方的に電話を切られてしまった。
 ――失敗した……。
 頭に上ってた血が一気に下がる。







 つまらないことで恥をかいたのもあるけど、それ以上にそんなつまらないことで浅見に言いがかりまでつけてしまって……。
「あ~~~~……」
 自己嫌悪に襲われてベッドの上でのたうちまわる。
 解決方法なんて考えるまでもない。
 今すぐ電話をかけなおして浅見ちゃんと謝ればいいんだ。
『変なこと言ってごめん。そんなこと全然知らなかったせいで恥ずかしかったんだ』
「…………無理だ」
 頭の中でシミュレーションしても、そんなこと言えないって自分が一番よくわかってる。
 ――いっそのこと『ごめん』だけ言ってすぐ切れば……。
 いや落ち着け、それじゃ余計浅見に失礼じゃないか。
『♪~♪~♪♪~』
「っっ!!」
 耳元で鳴り出した携帯に思いっきり息を飲む。
 ――この鳴り方は……電話だ。
 恐る恐る表示を確認すると、そこに出てたのはやっぱり『浅見桐一』という名前。
 ……少しだけ、電話に出るのを戸惑ってしまう。でも、悪いのはどう考えたって俺の方だ。
 だったら取る行動は一つしかない。
「あさ……」
『すいません!』
 ――…………ええ?
 開口一番(いや見えないけどさ)投げかけられた大声の謝罪に思い切り面食らう。
 もちろん、なんで浅見の方が謝るんだ、と訊こうとして。
『携帯変えたって証拠にカメラで撮ってメールしようと思ったんですけど、携帯一つじゃ無理でした……』







 俺が訊く前に浅見がとても残念そうな声で。勝手に全部話してくれた。
 その声の意味は、俺が言った意味不明な戯言にさえも本気で応えようとしてくれてたから?
「――――――……」
 さっきとは違う種類の自己嫌悪。
 だけどそんなのを軽く呑み込んでしまうほどの嬉しさが込み上げてくる。
「……あのな? 鏡使えばそんなこと簡単にできるだろ?」
『………………あっ』
 電話先で小さく息を飲んだのが聞こえた。
「それともなんだ? やっぱり携帯変えたのなんか嘘だったのか?」
『だから嘘じゃないですってば』
 クスクス笑いながらからかってやると、今度は少し膨れた感じで言い返してくる。
「そっかそっか。ごめんな」
 するりと謝罪の言葉が漏れるのは浅見のおかげだ。
 ちょっと冗談っぽくなっちゃったけど。
『やっぱり信じてませんね?』
「……うん。そうだな……もし浅見の言ってることが本当だったら、浅見の言うこと何でも一つ聞いてやる。じゃあな」
 さっきの仕返しとばかりにそう言い残して電話を切ってやった。
 そして一分もしないうちにまた電話が鳴り始めた。
 この音楽はメールのもの。送り主は、あいつに決まってる。
 タイトルは『うそじゃないです』。
 本文はなし。
 添付されてる写真には、笑顔で鏡に向かって写メを撮ってる浅見の姿が写っていた。
 顔の上の方がちょっと切れてる、どこかマヌケな写メを俺は即座に保存しといてやるのだった。

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最終更新:2008年06月14日 22:24
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