『半実話』

 せっかくの休日だったが、定期券の買い替え時期が迫っていたので二時半ごろに外出することにした。
手袋を持って出たのだが、覚悟していたほど寒くはなかった。
 自転車を出して、国道沿いをひた走る。二十分ほどで駅前にたどり着く。
各駅しか止まらない最寄り駅には定期券売り場がないので、わざわざここまで来なければならない。
常々面倒だと思っている。
 ロータリーを回って改札脇の建物に入る。ほどほどに暖房が効いていた。
用紙に必要事項を書き込んで窓口の前に立った。
「学生証はお持ちですか?」
 持っているとも。問題の物は、係員に聞かれる前から既に手の中で弄んでいた。
以前これを忘れて、家とこの場所を無駄に往復させられた経験があるのだ。
 料金を払って、新しい定期券を手に外に出る。外に出ると気温が下がっているような気がした。
短い時間とはいえ、暖房に当たっていたせいだろうか。
 せっかく開けた場所まで出てきたのだから、どこかぶらぶら回ろうか。
そう思って古本屋に向かった。ものの五分ほどでたどり着く。
攻略本コーナーで適当に本を漁る。やったこともないゲームの物を読むと、
やりたくなってくるから困る。
「あ、どうぶつの森だ」
 横で女の声がした。盗み見ると、女子高生が本棚に手を伸ばしていた。スカート丈は短い。
死角になってぎりぎり顔は覗けなかった。
「お、ポケモンだ、懐かしいな」
 女の向こうに男が立った。男子高校生。どうやらカップルらしい。親しげに会話をしている。
「昔超やったんだ。メタモンが」
「へえ」
「スロットの景品の」
「あ、ポリゴンとかいたよね」
 断片的に聞こえる会話から、女のほうもそれなりに話題についていけていることが分かる。
顔はどうなんだろう。これで美人だと「しょこたん系」とでも呼べるかもしれない。
 本を棚に戻しながら、カップルのほうを見てみた。
 な——
 叫びを何とか口の中に押しとどめた。彼氏。何でワイシャツ一枚なんだよ。
大して鍛えてもなさそうなその体を衆目に晒してどうするつもりだ。
よく見るとその男は上着を小脇に抱えていた。重度の汗かきなのか、よほど熱いのか。店内の暖房は普通だと思うが……
 女の顔は相変わらず見えなかった。男女の顔を見比べて、勝手に釣り合いが取れてるか評価するのが
結構好きなのだが、もうその気も失せてしまった。彼氏の顔が十段階の三、四というところだったし、
十二月なのにワイシャツ一丁でうろつくし。恐らく女も愉快な顔をしていることだろう。
 本屋を後にして、近くに止めておいた自転車にまたがる。長居をしたので
日が暮れかけていた。来た道を戻り始めた直後、向こうからまたしても
高校生の男女二人組が自転車に乗って近づいてきた。
 すれ違う瞬間、男と目が合う。顔はまあ平均といったところだが、見下すような目を
しているのが癇に障った。ねっとりとした笑みをこちらに向けている。性格が悪そうだ。
 気に入らないが、恋愛とか面倒くさそうだしな。相手の機嫌とったり、あちこち出かけて散財したり。
そう考えると、この男のほうが自分よりも優れていると言ってもいいのかもしれない。
忍耐強く、目的に対して強固な意志を持って行動できている。多分活動資金もバイトで賄っているのだろう。
自分にはとても真似できない。
 少ししてから、後ろを振り返る。楽しげに談笑しながら走っている二人の背中は、少しずつ小さくなっていった。
 駅前ロータリーに着くと、中央に植えられている巨大な樹木と、外周に沿って植えられた木々が、色とりどりの電飾を纏って輝いていた。
 横断歩道を渡り、ロータリーの中心にある歩行者用の道路で自転車を止めた。ツリーの真下にある木製のベンチに腰を下ろす。
ジャンバーのポケットに手を突っ込み、背もたれに体を預けて頭上の光を眺めながら、ぼんやりと考える。
 こんなに綺麗な物が街にあふれるのだから、素直にそれを愛でていればいいのに。やりたきゃ勝手にやれよと思いながらも、
自分と同年代の子供たちが愛を語らうのは、何とも胡散臭いごっこ遊びにしか見えない。
 異性と付き合ったことがない奴がこんなこと言っても、単なるひがみにしか聞こえないかな。
 白い散る溜息を吐いて、立ち上がった。

 年越しから数日が経った。
「これ、あんたじゃない?」
 昼近くに起床すると、居間でテレビをつまらなそうに見ていた母親に、新聞を差し出された。
「ほら、ここ」
 母の指さすページを見る。写真の投書欄だった。毎月一度、丸二ページ使って開かれるコーナーだった。
無論、展示されるのはふるいにかけられた優秀作品だけだ。
「ほら、ちょうど女体化した日でしょ」
 目をごしごしと擦りながら、日付と写真の撮影地を見る。確かに一致している。
「ああ……」
 淡く輝くツリーを背景に、ベンチに掛けている女の顔があった。あの日の自分と同じ格好だ。望遠レンズでも使ったのか、はっきり顔が見てとれる。
正面からのアングル。ちょうど溜息をついた直後らしく、女の頭上が微かに白く煙っていた。
 何とも切なげな表情をしたその美少女は、ここ最近、毎日鏡の向こうにある顔だった。未だに自分の顔とは思えないが。
 あの時、もう女体化してたのか。
 タイトルを見る。投稿者のつけたその写真のタイトルは『憂鬱なクリスマス』だった。




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最終更新:2008年12月20日 18:23
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