安価『上京』

1.気が付けば、もう上京して5年になる。

夢を持って向かった東京だが、やはりどうして、そう簡単には叶わない。


2.ミーン、ミーンとセミの鳴く声。ココはいつ来ても変わらない。

昔はそれが嫌だった。今はそれが何よりも心地良い。


3.中学を卒業すると、『ミュージシャン』になりたいと、ギター片手に上京した。

母はずっと反対していたが、父の応援を受けて東京へと旅立った。

あの頃は自分にも未来を切り開く才能があると信じて疑わなかったが、現実は早々甘くない。

今ではこうして、一年に一回、夏に実家に戻ってくるのがなによりも楽しみになっていた。

母はまだ、許してくれてはいないらしく、父がいない午前中、家にいるのが少々苦痛だが。


4.滞在は一週間と決めている。それ以上長くココにいると東京に戻れなくなるから。

そして、それはあの子との約束でもある。

今年は昔の思い出を辿ってみようと決めていた。

そう、夏になると必ず出会っていた、女の子のことを。


①一日目。

の今日は近くの神社の境内に来てみる。

その子と初めて出会ったのがココだ。

夏休み、暇をしてセミでも取りに行くかと、ブラッと来た子の境内で見慣れない女の子に出会ったのは

小学校あがる前の話か。

麦藁帽子に白いワンピース。それは今考えればいかにもって感じだ。

「・・・なにしてるの?」

「・・・セミ。とろうと思って。」

「ふ~ん。」

「おまえ、一人か?」

「うん。おばあちゃん家に来たの。だれもトモダチいないから。」

「そうか・・・。」

「・・・。」

「おまえ、なまえは?」

「なまえ?」

「うん。俺はケンタ。」

「なまえか・・・。う~ん、どうしよう・・・。」

「なんだ、おまえ自分のなまえもわからないのか?」

「そんなことないよ。うん、きめた。ワタシはマイ。」

「マイ?」

「うん、マイ。」

「そうか。マイ、いっしょにセミとるか?」

「いいの?」

「おう。」

「うん。とる!」


②2日目。

自転車で10分ぐらいの海岸にやってくる。もって来た釣竿をたらすと、釣る気も無いのに釣りをはじめた。

おばあちゃん家に遊びに来たと言っていた、その女の子は毎年決まった時期にこの町にやって来た。

それが何年も続くうちに、俺はいつの間にか、その時期はその子のために予定を開けて置くようになった。

一度それを友達に見つかって、からかわれたな。確か小学校低学年ぐらいの時か。


「釣れるの?」

「あんま、釣れない。」

「じゃ、何で釣りするの?」

「ちっちっち。釣りの楽しみは魚を釣ることだけじゃないんだぜ。」

「・・・。なに、それ?じゃ、釣りする意味無いじゃん。」

「いや、あるよ。」

「どんな意味が?」

「えっと・・・。うん、お父さんが言ってたから、なんかの意味があるんだよ。」

「え~。なにそれ。分かって無いじゃん。」

「いや、分かるって・・・。」

『健太、女と遊んでる~。』『ひゅうひゅう。』『女ったらし~』

「あれ、友達?」

「うるせ~!」

「あっ、ケンちゃん!ちょっと、待ってよ!」



③3日目。

からかわれることは良くあったけど、その子は、気にする必要ないじゃん。とちょっと怒ったようにいつも言ってた。

自惚れかもしれないが、その子は俺のことが好きだったのかもしれない。

俺?俺は当然のように好きだった。ガキだったからそんなこと言葉にしたことは無かったけど。

中学に入ると、読書、特に詩がマイブームだった俺は、よく図書館に行っていた。その子ともよく一緒に言った。

最後にその子と会ったのも図書館だった。

「私、しばらくこの町には来れないかも・・・。」

「・・・。なんで?」

「お母さんとお父さんが離婚したから。私、お父さんに着いていくの。」

「なんで、それで来れなくなるのさ?舞には関係ないじゃん。」

「だって、ココ、お母さんのおばあちゃん家だから。」

「そんな・・・。」

「ごめんね。でもね、私が大きくなったら、一人でココに来るよ。」

「本当か?」

「うん。約束。」

「約束だ。」


④4日目。

舞にあったのはその時が最後だ。あの時の約束覚えているかな?

俺らもだいぶ大きくなったぜ。

4日目にして、すでに何処に行くべきか悩んでいる俺は取り合えず、

この近辺唯一の駅に着てみた。

電車の音なんてしなくて。

車の音も稀で。

ただただ、セミが鳴き喚く。

ベンチに座ると、タバコを吸おうと、家からもってきた食堂のマッチを取り出した。

ちょうど、日に何本しかない電車が来たようだ。少しだけ駅が活気付く。

そういえば、花火をしたこともあったけな。マッチをみて思い出す。

舞はマッチで火を付けることが出来なかった。俺が付けてやるとムキになって練習してたっけな。

少し、ほんの少しの笑顔を浮かべると、タバコをくわえた。

「火。私がつけてあげようか?」

「・・・えっ?」

「へへっ。もう、マッチもつけられるよ?」

「なんで・・・。」

「ごめんね。3日、遅刻しちゃったね、私。」


⑤五日目。

時間無いんだ、と言うことで、昨日は分かれた。

待ち合わせの境内。少し待つと舞が現れた。身振りで着いて来いと示す。

境内に座りタバコをふかす。これも罰当たりになるのかね。

隣に座る女の子。いや、もう女の子はおかしいか。

なんだか、懐かしくって。

ずっと待ってたはずなのに、

なんだが、恥ずかしくって。

ウルサイぐらいにセミが鳴いていた。

「ねぇ、健ちゃん。」

「ん?なんだ?」

「ココ、懐かしいね。健ちゃんと初めて会ったのはここだよ。覚えてる?」

「あぁ、覚えてるよ。・・・懐かしい。」

「どうしたの?」

「いや、なんかな。久々だから。」

「うん。久々だね。」

「舞。」

「ん?なに?」

「・・・。お帰り。」

「・・・。うん、ただいま、健ちゃん。」


⑥六日目。

麦藁帽を頭に載せて、釣り糸をたらす。昨日は色々なことを話した。

主に近況の報告だったが。

「釣れる?」

「釣れない。ココは昔っから釣れないことで有名だったから。」

「ふふっ。じゃあさっ、」

「なんだ?」

「なんで、ココで釣りするの?」

「ふっ。釣りってのは魚を釣るだけじゃない。」

「うん。」

「時間を楽しむためのモノなんだよ。」

「ふーん。それって、お父さんの言葉?」

「昔はな。」

「昔?」

「ああ。今は俺の言葉でもある。」


⑦七日目。

借りていた本を図書館に返す。

外で暑そうに待っていた舞に手で軽く挨拶をする。

「今日、これから暇?」

「ああ、大丈夫。明日かえるから、準備はしなければならないけど。」

「そっか。私も明日帰らなきゃいけない。今日は少し付き合ってくれる?」

「いいぜ。」


5.一度家に帰ると親父に声をかけ車を借りる。

今日の午後から夫婦そろって、少し離れた親戚の家に泊まりに行くらしい。

一人息子が帰る日だというのに。まぁ、良い。

駅のロータリーに車を止める。

車の外に出るとタバコにマッチで火をつけた。

東京ではジッポーで火をつけていたが、マッチで火をつけたタバコの味はなんだか懐かしい味がする。

舞を助手席に乗せると近くの海水浴場へ向かう。

「わざわざ着替えてきたのか?」

「うん。汗かいちゃったから。遅れてごめんね。」

「ま、いいさ。」

真っ白なワンピース。

海に着くと、後ろの席に無造作に積んであった麦藁帽子を貸してやった


6.水着は持ってきていないらしい。いや、決して残念がってないぞ・・・。

敷物を砂浜に引くと舞を座らせ、カキ氷を買いに行った。

店の近くに喫煙所があった。マッチが切れていたため、ジッポーで火をつけた。

なにもせずに海を見つめているだけなのに、じっとりと汗が出てきた。

「健ちゃん・・・。」

「なんだ?」

「私・・・。今度結婚するんだ。」


7.「お見合いっていうのかな?」

「・・・。」

「政略結婚?それは言い過ぎかもしれないけど。お父さんの都合なのには変わりないか。」

「・・・。舞。」

「ん、何?」

「今日帰るの辞めないか?」

「えっ?」

「駄目か?」


8.車を家に止めると、もう夕方を越える時間だった。

近所の神社でお祭りをやっている。

一周り冷やかした後、たこ焼きと焼きそば、そしてイカ焼きを買うとまた俺の家に戻ってきた。

冷蔵庫に入っている瓶ビールをつかむと、舞の待つ縁側に近づく。

舞の左側に座るとコップを渡しビールを注ぐ。

同じように自分のコップにもビールを注ぎ、左手でグラスを持つと舞を見ないで、真正面をみつめたまま

コップを差し出した。

グラスとグラスが合わさって、コンッと小さな音がした。


9.イカをほお張り、ビールを煽る。たこ焼きを口にしたところで、空を見上げて星をみる。

「結婚おめでとう。」

「本当に、そう思ってる?」

「思ってない。」

「・・・そっか。」

「舞。お前だって・・・。」

「・・・。辞めて、健ちゃん。もう、駄目なんだよ。」

前をみつめ、静かに微笑んでいる舞の横顔。

その両目からは静かに涙が流れた。

居ても立っても入れなくなって無理矢理あわせた唇はほんのりとソースの味がした。


10.どちらからとも無く家に上がる。今や母の作業部屋になっている俺の部屋に入る。

所在無く立ち尽くす舞を正面から強く抱きしめ、もう一度キスをした。

力が抜けたようにふらついた舞を引きっぱなしだった布団に横たえる。

舞の上に覆い被さるともう一度キスしようとした。

それを右手で止められる。


11.「健ちゃん。ごめん。私嘘ついてた。」

「嘘?」

「うん。私の名前言ってみて?」

「名前・・・?舞、だろ。」

「うん。今はね。」

「今?」

「子供の頃。健ちゃんと夏休み遊んでた頃。私は・・・裕太って名前だったんだよ。」

「裕太・・・。それって・・・まさか。」

「うん。あの頃はまだ、男だった。」

「そうか。」

「ごめんね。ずっと言えなかった。」

「・・・舞。」

「・・・な、に・・・?」

「舞。大好きだよ。ずっと、ずっと前から。」

「う・・・ん。私も・・・大好きです、健ちゃん・・・。ずっと前から・・・。」

カエルの鳴き声とともにしっとりと夜が過ぎる。


⑧八日目。

有り得ない最後の一日。言うなれば、8月32日と言ったところか。

上京するための荷物をコインロッカーに入れると駅のホームに向かった。

同じ電車に乗りたくないという舞の意見を尊重した。

「ごめんね。健ちゃん。」

「まだ、謝る。」

「だって、私・・・。」

「良いんだよ。却って良かった。舞が元男だったから。」

「・・・何故?」

何故?だって、強く再確認できたから。

俺の舞への想いは変わらなかったから。俺はそれだけ舞が好きだから。

「もう、行くね。」

「舞。」

「なに?」

「来年、また、ココに来てくれないか?この町に。俺のところへ。」

「・・・。」

「それまでにさっ、俺、お前を養えるようになっておくから。」

「・・・。じゃあね、健ちゃん。」

「まい!」

「じゃあね、また、来年。」

電車の窓越しに微笑む舞を見送る。

コインロッカーに入れた荷物を背負うと、自宅に向かう。

取り合えず、母に土下座するところから始めるか。

背負ったギターがゴトッとなる。上京してたった5年で夢を諦めるのかって。

俺は言う。

違うよ、新しい夢を見つけただけなんだよって。

この静かな町で、漁師をしながら、好きな人と暮らす。

こんな幸せな夢ができただけなんだよって。


おしまい。

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最終更新:2009年02月10日 10:18
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