安価『121』

『神様』


1.公園に入ると、灰皿が備え付けてあるベンチに座る。

ジッポーはタバコをやめると宣言した時に修に預けてしまったので手元には無い。

仕方ないのでコンビにでサービスのライターがついているタバコを買った。

一本取り出し、安っぽい派手なライターで火をつける。

私の名誉のために言えば、この一年間タバコは一本も吸っていない。

では、今、なぜタバコを吸っているのかというと・・・。

ヤバイ、ヤニクラだよ・・・。

ちょっとした浮遊感に思考が停止していると、

ちょっと離れた場所から『お姉ちゃ~ん』と可愛らしい声が聞こえてきた。


2.タバコをもつ手は子供の目の高さです。座っているからそんなことは無いが、

よろしくないことに違いはないので、灰皿に放り込む。

「やぁ、卓君。今日も元気そうだね!」

「うん!・・・お姉ちゃんは元気なさそうだね。」

「そう?そんなことないよ。」

子供に心配をかける訳にもいかないので、ガッハッハと笑ってみた。

反応は無かったが・・・。

「コホンッ。で、今日はお母さんは?」

「いるよ~。今二人で買物行ったとこ。」

「そかそか。偉いね、卓君は。ちゃんとお手伝いできるんだ。」

「へへっ、当たり前だよ。あっ、お母さんだ。お母さ~ん。」


3.卓君の声の先には白根美由紀さんが居た。

白根さんは見るからに可愛らしい若奥さんだ。旦那さんともラブラブだし、

近所づきあいも上手い。聞いた話しでは親戚付き合いも良好らしく、理想の結婚生活を送っているようだ。

近所のスーパーで何度か顔をあわせているうちに向うから声をかけてくれたのだ。

白根さん曰く、『なんか、似た匂いがしたから。』だそうだ。

それはあながち間違いではない。

なぜなら、白根さんと私はお互い、女体化同士だから。

ちょっと人より女体化が遅かった私は、女性社会というものに入り込むのにそりゃ、ものすごく苦労した。

そんな時、近からず、遠からずの位置にいた、白根さんにはよく相談に乗ってもらっていたのだ。

今日、このタイミングであったのも神様の思し召しだろう。相談にでも乗ってもらおうかな?


4.「冴ちゃん、お久しぶり。」

「はい、お久しぶりです。夕飯の買出しですか?」

「ええ。冴ちゃんはどうしたの?タバコ辞めたって聞いてたんだけど?」

「ははっ・・・。まぁ、色々ありまして。良かったら、少し時間有りますか?」

「・・・。ええ。少しだけなら。」

「ありがとうございます。」

「卓。先に家に戻ってて。お母さんは冴姉ちゃんとちょっとお話ししてくから。」

もうすでに遠くの方で遊んでいた卓君は『分かった~』と元気良く返事をすると走っていった。


5.「すみません。お忙しいのに。」

「いいのよ。私は専業主婦だから。時間の都合はつけやすいのよ。」

「そういってもらえると・・・。」

「で、どうしたの?彼氏の話しかしら?」

「・・・ええ、まぁ、その通りです。」

「やっぱりねぇ。で、なに?」

「楽しそうですね・・・。」

「うん。楽しい。男の時はこんなことなかったんだけどね~。」

「・・・。白根さん。」

「はぃ?」

「結婚してよかったと思いますか?」

「・・・。冴ちゃん、それって・・・。」

「はい。プロポーズされました。」


6.自分の言葉に少し恥ずかしくなって、卓君がいないから良いだろうと

新しい一本に火をつける。やっぱりヤニクラして、なんだか、現実感が無くなった。

白根さんの言葉で現実に引き戻される。

「やったじゃない!!!」

「うわっ、ちょ、びっくりするじゃないですか。」

「ごめんごめん。そっか~冴ちゃんもついに結婚か。

で、聞きたいことって?両親に伝える方法?向うの両親への挨拶の仕方かしら?それとも費用の問題?」

「いや、まだ、そこでなくて・・・。」

「ん?それともスケジュールの話しかしら?そうね、式場の予約は一年ぐらい前には・・・。」

「いや、もっと、前段階の話で・・・。」

「前?」

「OKしようかどうか悩んでいます・・・。」

そう、元男である私と結婚して、修に本当の幸せが来るのだろうか。

奥さんが元男。陰口叩かれたりしないだろうか。親戚から冷たい目を送られないだろうか。

私で、修を幸せに出来るのだろうか。


7.「冴ちゃんは彼氏のことが好きなんでしょう?」

「はい。」

「どうしようもないぐらい大好きなんでしょう?」

「・・・。はい。」

「だったらなんで?好きなら結婚すれば良いじゃない?」

白根さんはなんでもないことのように言い切った。

私はああ、女って本当に強いなぁと思った。


8.「私は元男です。そのことで、彼にメイワクかけちゃうんじゃないかって・・・。」

「そんなの、関係ないじゃない。二人できめること。周りのことなんて後からでもなんとでも出来るわよ。」

白根さんにそういわれると、なんか、本当になんとでも出来るような気がしてきた。

「いいですね。うらやましい。本当に愛し合ってるんですね。」

「冴ちゃん、真顔で言われると、さすがに恥ずかしいわ。」

「いえいえ、本当に幸せそうですもの。白根さん、旦那さんのこと信じきってるって感じですし。」

「まぁ、ね、だいたいはね・・・。」

少し歯切れが悪い。めずらしいな。

そういえば、数日前、修が入り浸っている怪しげな探偵事務所の前で右往左往している白根さんを見かけた気がしたけど・・・。

きっと、あれは他人の空似だろう。白根さんが探偵使ってまで、旦那さんを疑うなんて考えられない。


9.その後も、白根夫婦がどれだけラブラブかを存分に聞かされ、

『夕ご飯つくらないと!』と白根さんは帰っていった。

あれこれ悩むのはらしくないなぁ、と思った私は、吸っていた5本目のタバコを灰皿に捨てる。

ついでに買ったばかりのタバコとライターをゴミ箱に放り込むと携帯を取り出した。

「修?今から、時間有る?」

よしっ!二人で幸せになろう。外野には好きに言わせておけば良い。

だって、大好きな人と一生一緒に入れるのだ。少しぐらいの不幸が無ければ、神様に怒られてしまう。


おしまい。

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最終更新:2009年02月10日 10:27
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