この屋上から飛び降りたら、どれだけ気持ちいいのだろう。
校庭と其処を蠢く人達を見ながら、俺は一人呟いた。
第三次世界大戦が間近に起こるとされていた昨今。
この世界を覆い始めた恐怖は、戦争なんかじゃなく、女体化という類を見ない現象だった。
この現象が起こり始めて早半世紀。 人々は尚、変わることなくこうして生きている。
「……やっぱ此処にいやがったのか」
その声に振り返ることもなく、「あぁ」と返事だけを返す。
逸れた思考を空へと還し、俺はまた、灰色の雲を見上げた。
「ほほう。 こりゃ相当堪えたと見受ける」
無言。 ここで応えたら、図星がばれたも同然じゃないか。
そんな思考を余所に、友人は俺の肩に手を置いた。
「なぁなぁ。 俺がお前を好きだって、知ってた?」
色々と突っ込みたい処だが、冗談として受け取っておいた。
数年来の付き合いだが、俺は元男にそんな気を持ったことはなかったし、奴もそうだと思っていた。
何より、このぐちゃぐちゃの顔を見られたくないという強情さがあったからだが。
俺は友人の手を払いのけ、また独り、欝の世界へと篭もろうとした。
「……あぁもう! いい加減立ち直れやぁ!!」
言いたい事は物凄い解る。 ただ、解っていても出来ない事は多々ある。
今はまだ、もうちょっとだけ、一人でいたいんだ。
その一言さえ伝えることが出来ずに、俺は黙りこくってた。
「……よぅし、いい度胸だ。 俺ァもう勝手にやんぜ。 もうテメェの言う事なんざ聞かねぇからな」
返事の代わりに手を翻した。 なんてことはない、また一人になるだけだ。
数時間前までは様々に色めき立っていた世界が、今は灰色に染まってしまっただけ。
強い風にすべての音をかき消され、目を開けていることさえも耐え難い。
俺はそっと目を閉じ、天を仰いだ。 風が頬を揺らし、瞼の向こうから微かな光が漏れてくる。
―――ふとそこが陰り、何か温かいものが俺の唇を湿らせた。
「な……ッ」
言葉が続かなかった。 愛想を尽かしたはずのあいつがいたのだ。
そんなに涙を溜めて、そんなにも泣きそうな顔で、どうして、どうして……。
「やっと面ァ見せやがったな」
綻んだ顔から滑り落ちる涙を慌てて拭って誤魔化しながら、友人は俺の膝の間に腰を下ろした。
触れ合う部分が少し、ほんの少しだけ温かい。
俺は少しだけ上気した顔をそっぽへ向け、「うるせぇよ……」と呟いた。
おわり
最終更新:2009年02月21日 03:58