携帯電話が鳴ったのは金曜日の夜のことだった。
えっと、勇気から、だ。
「はい、もしもし。」
「歩? 明日暇?」
「うん。どうしたの?」
「いや、お前、女モノの服とかまだあんまり持ってないだろ?」
その通り、女体化した日の買い物では必要最低限のものしか買い揃えなかった。
「やっぱ要るかなぁ……。」
「ん? なんて?」
「あ、うん、やっぱり女の子ってオシャレに気を使ったほうがいいよね。」
考えていたことがいつの間にか声に出てしまっていたみたいだ。
「うーん、俺はあんまり気にしてないけどね。」
それを聞いて自分の顔がほころぶのが分かった。
女体化した人の中には、自分が男だったことを忘れようとしているかのように過剰に女らしく振舞う人もいる。
でも勇気は何も変わってないように見えた。そこが僕が惹かれた一因でもある。
「ま、とりあえずそういうわけだから、明日十時に駅前集合な。」
「うん、分かった。」
電話を切ってそのままアラーム機能をいじる。
駅前だから九時半に出れば十分かな。そこから準備に三十分引いて……念のため二十分くらいあけて……八時四十分と。
すでに就寝準備はばっちりだったので、すぐに電気を消して目を瞑る。
一分くらい経ってやっぱりちょっと心配になって携帯を手に取る。えっと……八時三十五分……八時三十分、と。
アラームを三重にセットしなおして改めて床に就く。
明日はどこに行くんだろう。昼ごはん何食べるのかな。
……。
つい携帯に手を伸ばし画面を開いてしまう。そうして知ったのは電話が着てからまだ二十分しか経っていないということ。
朝まであと何回二十分があるんだろう。いや、でも寝てしまえば一瞬なはず。よし、寝るぞ。
……。
自分で点けた灯りがまぶしい。部屋を出て階段を挟んだ扉に入る。女の子の体ってどうしてこうトイレが近いんだろう。
と、まあこんな感じで、その夜はあまり眠れなかったのでした。
明くる朝。
いい具合に晴れた空を仰ぐよう伸びをしつつ腕時計を確かめる。九時五十分。結局ギリギリになってしまった。
「でも約束の時間よりは早いから大丈夫だよね。」
とひとりごち、目的のオブジェに目をやる。
ちょうどそのとき、反対側の信号から歩いてくる少女を見つけた。
嬉しくて駆け足になる。
「おはよう!」
「おはよ。」
やわらかく微笑みかけてくれる。かわいい。
Tシャツにジーンズという万人向けの服装が彼女のスタイルの良さを強調している。
でもこんなこと本人に言ったら嫌がられるんだろうな。僕は代わりの言葉を口にした。
「今日はどこに行くの?」
「先月となり街にショッピングモールができただろ? あそこに行こうと思う。」
「うん、分かった。」
電車はすぐに目的地に到着した。駅を出るとすぐに目に入った真新しい建物。その中に僕たちはいる。
「男のときは気にも留めなかったけど、レディースっていろいろあるよな。目移りしそう。」
嬉しそうに手近なものを両手に取って見比べる彼女。
「これどう?」
ちょうどそう聞かれた時、さっきまでなにか腑に落ちなかった原因に思いあたった。
「オシャレには興味なかったんじゃなかったっけ。」
「お前の服を選んでるんだよ。」
「うーん……。」
理由になっているような、なっていないような。
でもせっかく楽しんでるのを邪魔するのもあれだし、考えないようにすることにした。
あっという間に時間は過ぎていった……とは勇気の談。
僕たちはモール内のカフェで昼食をとることにした。
目の前に運ばれてくるたらこスパゲティ。匂いだけでおいしそうだ。
フォークでくるくると絡めて食べると、ほどよい酸味が口の中に広がる。
女になってから胃の容量が減ったのか一皿でおなかいっぱいになってしまった。
まあ元から食べる方じゃなかったんだけどね。
勇気のほうを見てみるとやたら大きいパフェを楽しそうに口に放り込んでいた。
結局両手いっぱいに買い込むことになった。
そのほとんどは勇気が選んでくれたもの。そのことが嬉しかったりもする。
「今日はありがとう。」
「いやいや、俺のほうこそ楽しかったよ。」
「またデートしようね。」
「デ、デート?」
「え? 何のつもりだったの?」
なぜか顔を赤らめて慌ててる勇気がかわいくて、僕は笑ってしまったのです。
おしまい
最終更新:2009年02月23日 23:10