東京の歓楽街は日付が変わったというのに人の数は減らない。
ホストの客引きとか、ホステスへの勧誘とかにもずいぶん慣れた。
つい最近までは全然縁の無いものだったんだけどな。まあそれはそれで嬉しいことだから良いんだけど。
怪しげな小道を歩く。もう少しで大通りだ。
そんなとき、横の脇道から争う様な声が聞こえてくる。
覗き込んでみると、いかにも過ぎるチャライ男と少女が揉み合っていた。
少女は嫌がっているようだ。
ナンパか。しかもかなり強引な。酒に飲まれたら終りだな。胸糞悪い。
「ちょっと、あんたなにやってんのよ!」
脇道に一歩入り込むと、少し大きめの声で呼び掛ける。二人は同時にこちらを見た。
邪魔するな、男の顔。すがるような、少女の顔。
「なんだてめぇは」
「ただの通りすがりよ。その娘、嫌がってるでしょ。やめなさい」
男が体もこちらに向ける。そして私の頭のてっぺんからつま先までを値踏みするように目線を動かす。
いやらしい目つきだ。
「まああんたが代わってくれるなら辞めても良いぜ」
嬉しいこと言ってくれる、じゃなくて。節操のないヤツだ。まったく。
ずかずかと男の側まで大股で歩く。
「おっ、その気になった……ぐえっ」
男の声が不自然に途切れる。そりゃそうだ。私が胸元を掴んだんだから。
「てめ……」
呻いてる男を引き寄せて耳元で小さく地声でささやく。
「しつこいんだよ、お前は。だからモテねえんだよ」
手を離すと男は呆気に取られているようだ。最後にニコッと笑ってみた。
「さ、もう良いみたいよ。行きましょう」
少女に話しかける。まだ怯えているようで、無言でこくりと頷いた。
少女は立ち上がると私の隣にやってきた。その音に男が我に帰る。
「待てよ」
「ホントにしつこい男ね……」
「うるせぇ! 気持ち悪いんだよ!」
言いつつ男は私に掴みかかってくる。
私はせまりくる腕を逆に掴むと男の足を払う。
同時に掴んだ腕を下に。男はバランスをくずし地面にだらしなく横たわった。
「さて、今度こそ行きましょう」
私のコートの裾を掴む少女に爽やかな笑顔で話しかけると歩きはじめる。
私が歩きはじめると少女も裾を掴んだままついて来た。
大通りまで出ると、取り敢えず駅に向かって歩く。
「なんでこんな時間にあんな場所にいたの?」
「……」
「言えない?」
「家出して来たから」
「家出? ああ、そういうこと。でも気をつけなよ。女の子が一人で夜遅くに歩く場所じゃないよ」
「はい。その、女だとあんなことになるとは思わなくて……」
ん?女だと?もう一度少女を見る。さっきは薄暗く分からなかったが、今はネオンと街頭で良く見える。
顔はまだあどけなく、化粧っ気もない。眉毛も太いし。
もしかすると私と同じ?見れば来てる服も男物だ。
なるほど、ビギナーというわけだ。
家出なら家に無理矢理でも帰らせようと思ったが、それなら別だ。
同志が増えるのは大変結構。
「寝る場所あるの?」
「いえ、決まってないです」
「良かったら。家に来ない? ついでに女の娘っていうのがどういうものか教えてあげるよ」
「それって……」
「私も最初は化粧とか服とか良く分からなかったのよ。悩んでいるなら教えてあげる。それに、家出したのもそれがらみでしょ?」
「ええ、そうです……。そうですね、もしご迷惑でなかったらお願いします」
二人がともに”勘違い”していることに気がついたのは家にたどり着いてからだった。
そこから奇妙な共同生活が始まったのだが、それはまた別のお話。
おしまい。
最終更新:2009年02月23日 23:17