とある世界の日本。ここは、文武両道を掲げる、とある名門校である。
校門へ続く道には見事な桜並木。舞い散る花びらが、春の到来を声高に知らせる。
桜吹雪の中、続々と登校して来る生徒達の中に、一人の人物の姿があった。
彼の存在に気付いた生徒達は、誰からとも無く立ち止まり道を開け、ゆっくりと校門へ向かう彼の姿を見送る。
ボロボロの学生帽に、使い込まれた下駄を鳴らし、長ラン詰襟姿が凛々しいこの人物。
彼こそが、当校が誇る花の応援団、その団長を務める『鬼の藤堂』こと藤堂 魁(さきがけ)その人である。
・・・しかし、泣く子も黙る応援団長の彼には、ある秘密があった・・・
「ちょっと待ってー!」
その声に気づくと、藤堂は一つため息をついて立ち止まり、気は進まないが一応振り返る。
彼の後方から大きく手を振りつつ走ってきたのは、
当校の生徒にしてチアリーディング部一年生であり、また藤堂の実の妹である藤堂 琥凛(こりん)であった。
「・・・なんだ」
「はあ、はあ、・・・もう!ママに注意されたのにまたそんな格好で学校に来て!」
「・・・これは応援団員の正装だ。まずこの格好でなければ、他の連中に示しがつかん」
「もう、強情ばっか張らないのっ!ほらこれ♪」
琥凛が満面の笑みとともに差し出した紙袋。
藤堂は、その中身に何となく気付きつつも、嫌々ながら一応尋ねる。
「・・・なんだこれは」
「預かってきたサキ姉の制服!朝から応援団の仕事があるわけでもないし、女の子なんだからそんなのばっか着てちゃ駄目だよ!」
「・・・」
・・・そう、彼、藤堂魁は、女だったのである・・・
「ふう・・・昼休みと言えば、やっぱりここだな」
時は経って昼休み。ここは、当校二号棟と一号棟の間に存在する中庭である。
一号棟と二号棟との渡り廊下が存在する以外はほとんど人の寄り付かないこの場所も、
昼休みとなれば一転、見事な栗の木陰や緑の芝生の上は、生徒達の憩いの場となる。
応援団二年副長補佐、桃井 国仁(くにひと)もまた、正午の日差しと涼やかな風を求めて中庭に現れた一人である。
ひとつ深呼吸をし、早々に空にした弁当箱を脇に、芝生に横になる。
太陽がはるか上から暖かに照らし、春風が涼しげに吹き抜ける。
どこからか風に運ばれてきた花びらを手に取り、まどろみの中でそれを再び風の中へ放つと、桃井はゆっくり目を閉じた。
が、それは、遠くからけたたましい叫び声とともに迫り来る足音に邪魔されることになる。
「も、桃井ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
自分を呼ぶ声に、桃井は心地よい眠りの淵から泥のような不快感とともに起き上がる。
遠くから手を振り回し、叫びながら駆けて来るの大柄な男は、彼と同じく応援団所属二年団員、神保 源三であった。
「も、桃井!!た、大変だ!!」
「どうした神保・・・落ち着いて話せ」
桃井が嫌々促すと、突然激しく周囲を見回し、警戒態勢をとり始める神保。
体格がよく人相も悪い神保の鋭い目を向けられた周囲の生徒達は、仲間との談笑をやめ後ずさる。
神保が激しく首をめぐらせる様に、桃井は呆れてため息をついた。
「よ、よし、団長はいないな・・・も、桃井、これを、落ち着いて、見てくれ・・・」
そう言って神保は懐から一枚の写真を取り出し、桃井に差し出す。
桃井はしょぼつく目を擦りながら受取ると、あくびを噛み殺しつつ神保の懐でほんのり人肌に暖まった写真を眺めた。
「ん?女・・・?二人写ってるな。これがどうした?」
「よく見ろ・・・!!」
なぜか小声になる神保に促され、桃井は手にした写真を改めて見つめる。
写真には、二人の少女が写っている。長い髪を両のこめかみ少し後ろで束ねたツインテールが印象的な一人は、
笑顔でカメラに目線を送りつつ、隣りの長身の女の肩に手を置いている。その笑顔に、桃井は見覚えがあった。
「これは・・・団長の妹さんか?彼女がどうかしたのか?」
「そっちじゃない!!問題なのは、隣の女性だ・・・!!!」
「隣り?」
藤堂の妹、琥凛が肩に手を置く女。かなりの長身で、隣りの琥凛の目の位置にその肩はあった。
黒々としたロングヘアーが印象的で、肌も露なキャミソールとヒラヒラしたミニスカートから伸びる長い手足が美しい。
肌は白磁の如く透き通り、しゅっと通った鼻筋に桜色の唇、長いまつげが麗しかった。
しかしその表情は隣りの琥凛と対照的に硬く、きっとカメラを見据える切れ長の目は冷たい印象を与えた。
この目はしかし、見据えるというより睨みつけていると言った方が正しいのかもしれないが・・・
「・・・いい女だな。少々きつそうな印象ではあるが」
「馬鹿野郎・・・!!気付かないのか・・・!?」
「ん?気付く?・・・」
言われて三度写真を見直した桃井は、唐突にある事実に気付き、電光の様な衝撃とともに硬直する。
カメラのレンズ越し、写真の中からこちらを睨みつける長身の女。
紙一枚隔てたその先からその視線でこちらを射すくめる、いや、視線だけで殺そうとしているかのようなその目。
こんな目をする人物を、桃井はたった一人しか知らない・・・
「ま・・・まさか・・・これは・・・」
「し、信じられないのも無理はない・・・これは・・・団長だ・・・!!!」
改めてその事実を認識したとき桃井は、周囲の芝生に亀裂が走り、全てが崩れ落ちていくかのような錯覚を覚えた。
身体中の血という血が引いていき、震えるその手からひらひらと写真が舞い落ちる。
芝生の上に落ちた写真を中心に、恐ろしいほどの殺気が渦巻いている気がした。
「・・・ま・・・まずいぞ・・・これは・・・」
「ああ・・・女の服を着せられただけで、この前の騒ぎだ・・・も、もし、この写真のことが団長の耳に入ろうものなら・・・」
桃井の脳裏を数日前の騒動が掠める。怒声の響く部室、匕首を手にし切腹しようとする藤堂、吹き飛び、薙ぎ倒される団員・・・
そのときは、一時間も遅れて登校して来た三年副長の宗像が止めに入り、事なきを得たが・・・
「・・・せ・・・切腹どころか・・・団員全てを道連れに・・・」
「「・・・」」
ふたりは校舎へ向かい、猛然と走り出すのであった。
「あんだよォ!?今日の昼までに三万持ってくるって約束だったじゃねえかよォ!!ッッラァ!!!」
「てめえ友達を裏切るつもりかよ!?あァ!!?」
更に所変わってここは体育館裏。
日当たりも悪く人気も少ないこの場所は、この学校においてもまた屋上に次ぐ不良のたまり場となっている。
そして今も丁度、いつもの不良たちの営みが進行しているところであった。
壁際に向かって二人の不良少年が立ち、その向かいで壁を背にして小柄な少年が、俯き小さくなっている。
「で、でも、三万円なんてぼく・・・」
「あァ!!?文句あんのかッッラァ!!!」
眼鏡をかけた小柄な少年がすくみ上がりながら言うと、
目前で脅しをかけていた不良の一人が、罵声とともにひ弱そうな少年のすぐ脇の壁に蹴りを入れる。
「てめえ、持って来なかったらどうなるか言ったよなァ!?」
「約束破るってのがどんなことか、てめえの身体に教えてやるよ!!!」
「ひっ、ひいい!!」
不良の一人が少年の胸倉を掴み、拳を振り上げ、少年が恐怖にギュッと目をつぶったそのとき・・・
「押忍!!!!!取り込み中失礼する!!!!!」
「「「!!?」」」
突然気合のこもった声が響き、少年が恐る恐る目を開ける。
呆然と見つめる三人の視線の先には、長ラン詰襟に身を包み、両手は後ろに両足は肩幅、直立不動の姿勢をとる三人の男たち。
しかし奇妙なのは、彼らが三人とも怪しげなサングラスに大きなマスクを着用していたことである。
三人が固まっていると、奇妙な三人の内一番奥に立っているリーダーらしき男が再び声を張る。
「この場所は、やむにやまれぬ事情により我々お・・・」
「「「お・・・?」」」
三人が思わず異口同音にそう尋ねると、リーダーらしき男は一つ咳払いをし、大きく身体を反らし声を張る。
「我々!秘密結社"O"が作戦本部として徴発する!!!よって、カツアゲその他は中止し、速やかに撤収してもらいたい!!!」
「秘密結社・・・」
「"O"・・・?」
その場に一瞬、静寂が落ちる。
しかし次の瞬間には、不良少年二人の笑い声でそれは破られる。
「ぎゃっはっはっはっはっは!!!秘密結社www秘密結社ってwwwww」
「は、腹痛てええwww今時ショッカーかよwwwイーッって言ってみろよwwwww」
「・・・構わん、やれ!」
「「押忍!!」」
リーダーの指示とともに、手前に立つ二人は電光石火の勢いで不良少年たちとの距離を詰める。
あっと気付いたときにはもう遅く、笑い転げる不良二人は当身を喰らい、意識を失って前のめりに倒れた。
呆然とその様を見つめていた眼鏡の少年であったが、はっと我に返り、マスクの三人に頭を下げる。
「あっ、あのっ、助けていただいてありがとうございまsげふう」
いつの間にか肉薄していた男に当身を喰らい、彼の意識もまた深い闇の中へ落ちて行ったのだった・・・
「・・・桃井、秘密結社はやっぱりどうかと思うぞ」
「ああ、それに秘密結社"O"ではあまりにそのまま過ぎるんじゃ・・・」
「緊急事態だ。致し方ない!それに、応援団の名を出せば団長にバレる算段が大きくなる」
「それはそうだが、もう少しだなあ・・・」
マスクとサングラスを外しつつ二年団員三人が話を始めた頃、招集をかけた団員達が続々と集まり始める。
「押忍!!団員、あらかた集まりました!!」
「宗像副長はどうした?」
「押忍!!それが、校舎内隅々まで探したのですが、どこにも居られなくて・・・」
「くそう・・・またサボりか・・・仕方がない!今回は副長抜きで会議を行う!」
副長補佐桃井の号令とともに、中央で車座に腰掛けた二年の中心的存在の団員を中心に囲むように団員達が整列する。
桃井が目配せし、おもむろに口を開く。
「これより、緊急会合を始める!!」
「「「押忍!!!」」」
「・・・問題の写真だが、どうも一年生を中心に十数枚が出回っているらしいことがわかった」
問題の写真を中央に置きながら、神保が言った。
「こちらでも出所を探っていったところ、流れてくるのはやはり一年生からだったらしい」
次いで口を開いたのは、先ほど神保・桃井と共に秘密結社"O"構成員を演じた同じく二年団員、篠原 栄作。
「他に、何かある者はいないか!!特に一年の情報が欲しい!!どんな小さなものでもいい!!何か無いか!!」
「押忍!!申し上げます!!」
桃井の呼びかけにこたえ、掛け声と共に列から進み出たのは、一年団員橋本。
「よし!報告しろ!」
「押忍!!自分のクラスに限った話でありますが、写真を見せびらかしていたのは主に『女子応援部親衛隊』の連中でした」
「女子応援部親衛隊?なんだそれは?」
「・・・そいつらなら俺も知ってる。親衛隊とは名ばかりの、カメラ片手にチア部を追い回すカメラ小僧の集団だ」
桃井の問いかけに答えたのは、二年団員随一の頭脳派にして、サラサラの長髪に甘いマスクが麗しい色男、
会計監査役 榎本 幸風(ゆきかぜ)である。ちなみに、団内でチアリーディング部を『女子応援部』と呼ばず『チア部』と呼ぶのは、
今のところこの榎本一人だけである。
「そんなものが出来ていやがったのか・・・しかし、そいつらを一網打尽にすれば、写真の流通経路の手がかりくらい
ならわかるかもしれんな・・・橋本!お前のクラスに、その親衛隊とやらの所属は何人いる!?」
「押忍!!把握している限りでは三人から四人程度であります!!」
「し、しかしだな、桃井・・・」
口を挟んだのは、神保。
「俺の知る限り、『女子応援部親衛隊』なる部が学校に公認された記憶は無い。ということは、連中は非公認の同好会か、
単なる趣味の集まりということになる。前者ならまだいいが後者なら、そいつらを一網打尽にするのは難しいぞ」
「どういうことだ?」
「誰でも自分でそうだと名乗ればその瞬間からそいつが部員になるという性質上・・・
- 部員ですら把握してない部員がいるかもしれないってことだ」
神保の言葉に、桃井は再び頭を抱え、その場に重い空気が漂い始める。
しかしそこに、榎本の一言。
「・・・桃井、そいつらの大まかな名簿なら、ウチの部室にあるはずだぞ」
「なんだと?」
桃井が振り返ると、榎本はニヒルな笑みを浮かべる。
「・・・ウチの応援団にも、チア部との交流を目当てにそれらしい奴が大勢押しかけただろう」
「あ、ああ・・・」
そう。春の入学式直後、チアリーディング部のパフォーマンスとパンチラに魅了され押し寄せる亡者どもをふるいにかけ、
その中からふさわしいものを選ぶこともまた、応援団に毎年訪れる試練の一つなのである。
「・・・チア部親衛隊の連中は、そこで振るい落とされた奴らがほとんどらしい。
そして、ウチの応援団では、入部希望者の学籍と名前は控える規則になっていたはずだろう?」
「!」
桃井は勢いよく立ち上がる。同じく全てを理解した団員達も、桃井を見つめ指示を待つ。
「一年団員二名はこれより部室から入団希望者名簿を回収!!この場に名簿が到着次第全団員は各教室に散開し、
該当の生徒を引っ張れ!!なんとしても写真の流通経路を吐かせ、写真を回収しろ!!!」
「「「押忍!!!」」」
「ただし、団長のいる3年D組と、その両隣の教室、また団長お気に入りの屋上にもなるべく近付くな!!感づかれたら終わりだ!!」
「「「お、押忍!!!」」」
「以上!!解散!!!」
男達の戦いの火蓋が切られた・・・
ところ変わってここは屋上。
普段、あまり人気の無いこの場所。頭上に広がる青空を、白い雲が上空の風に乗って忙しなく通り過ぎていく。
そして今、この屋上へ続く階段をゆっくりと上りきり、その扉に手をかけたその人物。
「・・・あれ?」
彼女が開いた扉の先には、いつもの誰もいない屋上の風景が広がっている。
肩透かしを食らった気分で扉を出て、周囲を見渡してみるが、やはりそこには誰の姿も無かった。
「おかしいなあ・・・」
「・・・琥凛、何の用だ」
琥凛は突然頭上からかけられた声にびくりとしたものの、すぐにその声の主に気付き、
安堵のため息をつきながら振り返って頭上を見上げる。
何も無い屋上にせり上がる、階下へ続く階段室の屋根の上、備え付けられた給水タンクの脇から、誰かの制服の黒い膝が覗いていた。
「もう、サキ姉!またこんなとこでサボってー!ちょっと待ってて。今そっちに行くから」
そう言って、琥凛は階段室横の備え付けられた梯子を身軽に上る。
上りきると、屋根の上ではいつもの長ラン詰襟に身を包んだ藤堂が、両手を頭の後ろに当てて寝そべっていた。
「もう、やっぱりそんな格好でいて!せっかく制服持ってきてあげたのに!」
「・・・それで、何の用だ」
「サキ姉も、きちんと女の子の格好すれば可愛いんだから、きちんとしないと!ね?」
「・・・用がないなら俺はもう行く」
「あ、もう、わかった!わかったってば!応援団の人たちがね?」
言いながら立ち上がり、階段室の屋根から跳んで下りようとする藤堂を慌てて引きとめながら、琥凛は言う。
そして藤堂、琥凛が『応援団』という単語を発した瞬間、目の色が変わる。
「・・・応援団がどうした」
「うん、さっき集まって何かしてたみたいだけど、何かあったの?」
「・・・なんだと?」
「あれ?サキ姉知らなかったの?」
琥凛の問いかけに答えるでもなく、藤堂は立ち上がる。
あっと気付いたときにはもう、藤堂は飛び降りて屋上の床の上へ軽やかに着地していた。
「ちょ、ちょっと!どこに・・・」
「・・・応援団の連中はどこに行った?」
「さ、さあ・・・団員で集まってたから、応援団の部室で何かやってるんじゃないの?」
「・・・俺に黙って動くとはいい度胸だ」
「あ、ちょっと!もうすぐ授業始まっちゃうよ!!」
琥凛が言い終えたとき、もうその場に藤堂の姿は無く、
半開きの階下への扉が風に煽られギィギィと耳障りな音を立てているばかりだった。
校舎へ向け走り続ける男達の目前には早くも、深い暗雲が垂れ込め始めたのであった・・・
授業開始のチャイムが鳴る。
続々と席へと戻っていく生徒達の中に彼、普通科二年生木村の姿もあった。
「じゃ、教室戻るから」
「おう、また後でな。・・・さて」
隣のクラスから来ていた彼女を見送り、自分の席に戻る木村。
担当教師が入ってくると共に日直の号令がかかり、起立・礼をすませ再び座った木村は、机の中から一枚の写真を取り出す。
授業を始める教師に目もくれずニヤついた目線が送られる先、手にした写真の中から二人の少女が彼を見ていた。
「いやー、高い買い物だったが、無理言って手に入れた甲斐があったぜ・・・サキちゃん琥凛ちゃん、俺頑張るからな・・・」
木村の至福のときはしかし、教室の引き戸が荒々しく開かれ、
覆面にサングラス姿の男達が駆け込んだとき、無情にも終わりを告げることになる。
「な、なんだ君達は!?授業中だぞ!!」
教員が、ともすれば場違いにも思える警告を発すると、男達の中の一人が振り返る。
「お取り込み中失礼します!!この教室に、木村辰哉君はおられますか!!!」
「木村・・・?木村ならそこに・・・」
何故か素直に教える教師。その指先を見つめ呆然とする木村。
「木村はそこだ!!確保しろ!!!」
「「「押忍!!!」」」
それを見るや否や押忍の掛け声と共に木村の席に駆けつけた男たちは、
呆気にとられた木村をその机と椅子ごと御輿よろしく担ぎ上げた。
「ええっちょ、えええ!!?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!君達、今は授業中なんだぞ!!名を名乗れ!!」
またもや見当違いの言葉を発する教師。
もはや、唖然とするしかない生徒達。
混乱を通り越して呆然とするしかない担ぎ上げられた木村。
「我々は、秘密結社"O"であります!!緊急事態です!!申し訳ないが木村君を小一時間ほどお借りします!!!」
「き、緊急事態?それなら構わんが・・・」
「ええええええ!!?ちょ、うわああああああああああああああぁぁぁ……」
律儀に答え、教師の許しを得ると風のように木村御輿を担ぎ去っていく秘密結社"O"構成員たち。
こうして、一人の天然教師と秘密結社構成員の手により、一人の青年の青春の一ページはここに、終わりを告げたのであった・・・
男達の戦いは、熾烈を極めた・・・
「押忍!!自称親衛隊員他三十三名、確保しました!!」
「写真は回収できたか!!」
「押忍!!オリジナルと思われる写真は回収できましたが、連中、カラーコピーしたものもばら撒いていたようで・・・」
「なんだと!!?ええい、写真の行方をなんとしても吐かせろ!!!」
「「「押忍!!!」」」
「駄目です!!二年B組の担当教師の強硬な反発にあい、目標確保できません!!!」
「諦めるな!!俺達には、仲間達全員の命がかかっているんだぞ!!!」
「「「お、押忍!!!」」」
「くっ・・・俺では、この作戦を成功させるには力が足りんと言うのか・・・!!!」
「諦めるな桃井・・・お前には、俺達がついている!!」
「お前達・・・!!よし!!目標を地の果てまででも追いかけ、絶対に写真を確保しろ!!!」
「「「押忍!!!」」」
男達の気持ちが一つになったこの瞬間、
しかし、彼らに忍び寄る死神もまた目前に迫りつつあったことを、彼らはまだ知らない・・・
その頃、始業のベルが鳴ろうとも構わず校舎内を巡回する藤堂の姿が本校一号棟の廊下にあった。
付近を注意深く伺いながら廊下を進む藤堂の耳に、どこからともなく誰かの叫び声、そして激しく扉を叩く音が聞こえてくる。
その音を頼りに辿り着いたそこは、社会科準備室前。ちなみにここは、準備室とは名ばかりの、窓も無い倉庫のような部屋である。
「・・・誰かいるのか?」
「・・・!!・・・!!!・・・!!!」
藤堂の問いかけに、より一層騒がしくなる準備室。
倉庫の両開きの引き戸を引いてみるが、南京錠がかけられておりびくともしない。
「!!」
藤堂が無言の気合と共に放った蹴りで南京錠を破壊する。
そして、勢いよく戸を開くと同時に飛び出しすがり付いてくる涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をした二人の男子生徒。
「よがっだ!!よがっだ!!だ、だじげでぐれ~!!!」
「は、早ぐ俺だぢを逃がじでぐれ~!!早ぐじないどまた奴らg」
「触るな!!!!!」
藤堂の腰に抱きついた二人は、藤堂の突きと蹴りによって吹き飛ばされた。
数分後、腕組みして見下ろす藤堂を前に廊下に直接正座する、
顔面に大きなこぶの出来た不良少年二人、そして二人の間で正座する眼鏡の少年の姿があった。
「・・・そいつらは、体育館裏にいたんだな?」
「はい、多分・・・まだそこにいるんじゃないかと思います」
藤堂の問いかけに、眼鏡の少年が答えた。
「・・・よし。お前たちはもう戻れ」
「ひっ、ひひぃい~!!」
「おっ、お助けぇえ~!!!」
即座に立ち上がって逃げ出した痛々しい顔の不良少年二人。
藤堂がそれを見送り、そして早足で体育館へと向かおうとしたときだった。
「あの・・・」
「・・・?」
振り返ると、眼鏡をかけた小柄な少年の姿。
「あの、お礼を・・・」
「・・・いらん。教室に戻れ」
そのまま颯爽と去っていく藤堂はしかし、その背中に熱い視線を送る少年から大変なものを盗んでしまっていたことに、
まだ露とも気が付いていないのであった・・・
「押忍!!親衛隊員から得た情報に従い、写真の回収及びそのコピーの回収、あらかた完了しました!!」
夕日射す体育館裏、泣きながら逃げていく生徒達を背にずらりと並ぶ団員達。
その目前には、親衛隊員が写真をコピーして売りさばいていたがために、予想をはるかに上回る数の写真の山が築き上げられていた。
「よし。少量の未回収写真はあるが今は致し方ない・・・団員は直ちに三号棟裏の焼却炉に向かい、写真の焼却作業に入れ!!!」
「「「押忍!!!」」」
校舎へ向かい、駆け出す団員達に背を向け、ため息をつく桃井。
完全に回収しきることは出来なかったが、今回の作戦はこれにて一応の終結を見たことになる。
自分たちの命がかかっている為とはいえ、今日はまったく長い一日であった・・・
「お疲れのようだな」
「ああ・・・我々の団長とはいえ、流石にあれはどうにかして欲しいものだよ」
「なるほど。考えておこう」
「は・・・」
突然、空気の流れが止まる。そして次の瞬間、再び流れ始めた空気に乗って漂ってくる、恐ろしいほどの怒気。
振り返ってはならない。振り返ってはならないとわかっているのに、振り返らずにはいられない。
そして、振り返った桃井の目に映る、180に届く長身、ボロボロの学生帽に長ラン詰襟、下駄を鳴らしながら歩み寄ってくる一人の人物。
一瞬、理解できず呆然とする桃井であったが、しかし次の瞬間には当然の如くその正体に気付き、
水を被ったように身体中を冷や汗が伝う。
「だ・・・だ・・・団長・・・」
「・・・ほう、今回の騒ぎの原因はこれか」
そう言って、置き忘れられた一枚の写真を拾い上げ、眺める団長藤堂。
黙って写真を見つめる藤堂を前に、気を付けの姿勢のまま硬直し、冷や汗をダラダラ流す桃井。
そして藤堂の背後で、走り出す姿勢のまま硬直している団員達。
「桃井・・・何故俺に黙っていた」
「そ・・・それは・・・そ・・・その・・・だ・・・団長に知れれば・・・また騒ぎに・・・と・・・」
「そうか。よくわかった」
藤堂が、写真から顔を上げる。藤堂には珍しく、笑顔であった。
しかし桃井は、その笑顔の奥、目だけはまったく笑っていないことに気付いていた。
「・・・貴様ら全員覚悟しろ」
「たっ、退却ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
「「「「「うわあああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」
号令と共に走り出す桃井、団員達、そして学生帽から垂れる長い髪を振り乱し鬼の形相でそれを追う藤堂。
本当の地獄が今まさに、始まろうとしていたのであった・・・
誰もいなくなった体育館裏、物陰から事の顛末を見つめていた影がひとつ。
筋骨隆々の巨躯、銀縁眼鏡の奥に人の良さそうな目を細め、男達が去っていった方角を見つめるその男。
彼の名は宗像 巌(いわお)、応援団三年参謀役副長である。
そして彼の手には、一枚の写真。
「うーむ・・・琥凛君からもらった写真を、不用意に流したのは流石にまずかったか・・・」
手にした写真の中から藤堂が、憎しみのこもった視線を送っていた。
《押忍!!!お疲れ様でした!!!》
最終更新:2009年04月02日 11:59