青色通知3

  ~青色通知3.0(陸の場合)~


 ―――最初に俺が初紀と会ったのは中1の時だった。
 入学式で同じクラスになって、最初は名前順に座らされる席の関係で、初めてクチをきいたのが初紀。
 俺らの名字が"前田"と"御堂"じゃなかったら、今の関係は築けてなかったかもしれない。
 とは言っても最初の印象はサイアクだったけどな。お互いに不良まがいな格好をして、髪を染め、チャラチャラしてて、顔を合わせる度に拳が飛び交った。
 まぁ、先に手を出してたのは大抵俺で……言っちまえば同族嫌悪ってヤツか?
 名前の呼び方だ、態度だ、なんだってイチャモンつけて喧嘩をふっかけてた気がする。が、負けるのもいっつも俺。で、躍起になってまた喧嘩をふっかけて、軽く去なされる。その繰り返し。

 普通ならそんな奴、当事者じゃなくても毛嫌いするだろ?
 けど、アイツは―――初紀だけは違った。
 俺が修学旅行の班決めで、案の定あぶれると思った矢先に"一緒に回ろーぜ"って誘ってくれた。他の奴らの反対を押し切ってまで。
 アイツはあの人懐っこい性格でクラスの人気者で、俺は一匹狼気取り。……今思えば、少なからず初紀に嫉妬してたんだろうな。
 もちろん素直じゃない俺は"お情けなんか受けねぇ"ってアイツの申し出を突っぱねた。……そん時だっけか、初めて初紀から喧嘩を売ってきたのは。

「負けたら一緒に修学旅行、回れよ? サボんじゃねーぞ?」

 ―――って。
 喜び勇んで挑んだが、瞬殺だった。無論俺が。後で聞いた話だが、アイツ、空手をやってたらしい。しかも有段者だと。……そりゃ勝てねえわ。
 ハズい話だが、校舎裏でぶっ倒れた俺は悔しくて半ベソかいてた。そしたら―――

「お前、やっぱ強いな」

 ―――とか抜かしやがった。最初は嫌味だと思ってたけどそうじゃなかった。

「大抵の奴は刃物とか出して威嚇したりすんだけど、陸だけはずっと素手で俺に挑んできたじゃん」

 ……今思えば、初めて名前を呼んでくれたのも初紀だった気がする。
 それに、俺をこんな素直に認めてくれたのも家族以外じゃ初紀が初めてだった。
 それが、無性に嬉しくて。でも、ちっとばっかり悔しくて。

「いつか、てめぇをブッ倒す」

 とか言ってたっけか。ははっ、我ながらガキだなって思う。
 ……けど、それはもう叶わない。

 俺は男で、初紀は女になっちまったんだから。







 ……なんかヤな夢を見てた気がする。
 よくは覚えてねぇけど、未練がましい夢だった気がする。
 やっぱ学校の硬い机を枕代わりにしてちゃ良い夢は見られないのかもしれねーな……。

ブブブ…ブブブ…

 メールの着信を報せるバイブがズボンのポケットから鳴り響く。先公にバレねーようにケータイを開いて中身を確認すると、それは初紀からのメールだった。

件名:

本文:放課後、裏門で待ってる。

 ………。

件名:Re:

本文:めんどくせぇ。正門じゃダメなのか?

 ―――送信、と。

 ………。

 ブブブ…ブブブ…ピッ

件名:Re:RE:

本文:ダメだ。坂城さんに見つかってヘンな誤解に繋がったらどーすんだ?

 ………。

件名:Re:RE:Re:

本文:了解

 ―――送信、と。

 ………。

 ブブブ…ブブブ…ピッ

件名:Re:RE:Re:RE:

本文:あ、あと女の子へのメールの返事は顔文字とか絵文字とか使えよ?
冷たいって思われんぞ?(>_<)

 ―――……余計なお世話だ。

 ………。

件名:Re:RE:Re:RE:Re:

本文:了解\(^O^)/

 送信、と。

 ………。

 ブブブ…ブブブ…ピッ

件名:Re:RE:Re:RE:Re:RE:

本文:待て、その顔文字は色々な意味で終わるぞ?!

 ―――色々と注文の多い野郎だな。……いや、野郎じゃねぇか。




 ウチの学校の裏門ってのは、俺ら1年の校舎からかなり遠い場所にある。どれくらい遠いかっつーと……だ。


 ―――階段を駆け下り、
 1年の校舎である西棟から実習室と職員室のある中央棟へ抜けて、
 昇降口にたどり着く。

 まずここまでで半分だ。

 更に、靴を履き替え、
 運動部用の多目的球技コートを横切り、
 更に放課後は陸上部しか使わない200メートルトラックのグラウンドを突っ切り、
 その先にある古びた傾斜のキツい階段を37段ほど駆け下りる。

 ……要約、すっと、かなり、めんど、くせぇ、位置に、ある、わけだ……。
 はぁ、はぁっ、心臓、いてぇ……。

「―――おそいっ!!」

 初紀との待ち合わせ場所には、ビシッ! という効果音が付きそうな勢いで、俺に人差し指を突きつける女子が待っていた。
 ―――って、あれ?

「はぁっ、はぁっ……お前……初紀?」

 そこに居た女子は、……初紀だった。まぁ、消去法で考えたらコイツ以外考えられないのだが……。

「……へへっ、どーだ?」

 どこか楽しげに、クルッと一回転して見せる初紀。
 その格好は昨日のものと、かなり違っていて初紀を普通の女の子と見間違えた原因がそれだ。
 短く纏められたポニーテールに、薄手のパーカー、そして今まで気付かなかったキレイな脚が誇張されたスカートと黒いハイソックス。
 なんつーか、その、……好みのタイプだ。
 ……くそっ、走ってきたせいか顔が熱い。

 なんかこのまんまじゃ俺が照れてるみたいじゃねぇかっ!?
 ―――って、何動揺してんだ……?
フツーにしてりゃいいじゃねーか。
 いくら可愛いっつったって相手はあの初紀だぞ? なんで動揺しなきゃならねーんだよ……いい加減落ち着け心臓。

「はぁ。……んだよ、失恋でもしたのか―――うぉっと!?」
 目の前を、まるで疾風のごとく掠めるローファの靴底。
 その先に、自慢(かどうか知らんが)の美脚を高く上げる初紀の姿。

 ……縞……じゃなくてっ!!

 コイツ、今マジで俺の横っ面を蹴り倒すつもりだったぞっ!?
 女になったとはいえ空手有段者の蹴りは凶器だろ、キョーキ!!

「あ、あ、あ、あっぶねえじゃねーかっ!!?」
「―――減点」

 憮然とした初紀の声。

「……は?」
「減点だ減点! いいか、陸。女の子の心ってのはお前が想像してる以上に傷つきやすいんだぞっ?! デリカシーが無いっ!」

 ……つい数週間前まで思う存分に男としての人生を謳歌してた奴が、女心を語ってる事にツッコミを入れたい。
 それに、その減点法にもだ。
 が、アイツの蹴りを二度かわす自信は正直無いので黙っておこう。
 代わりに、当然の疑問符で返してみる。

「じゃあ、こういう場合は何て言えば良いんだよ?」
「そりゃ……その、うん……」

 ……何でそこで口ごもんだよ。

「~~~っ! それくらい自分で考えろっ! 減点2っ!!」

 蹴りこそ飛んでこなかったものの、返ってきたのは、よくわからない感情の高ぶりを伴った初紀の八つ当たりだった。






~青色通知3.1(初紀の場合)~

 初めに言い訳をさせてくれ。
 喧嘩に明け暮れて、異性との交遊を蔑ろにしてたコイツだから、ある程度は予想出来てたんだ。だからこその『予行』だし。
 ―――でもそれは、あくまで"ある程度"の話であって。

「はぁ……減点18点目」
「またか!? 何がダメなんだよっ!!?」
「女の子と食事するのにカウンター席しか無い牛丼屋を迷わず入ろうとするか普通っ!?
 ……はぁ」

 ……どうしよう。今日、陸と待ち合わせてから溜め息ばっかりだ、俺。
 女になっちまった俺より、言い方を選べば"硬派な"、身も蓋もなく言えば"異性交遊の経験値が少ない"不良崩れにデリカシーを求めるのは、そりゃ……酷ってもんだけどさ。
 けど、この喧嘩バカのセンスのなさとニブさと言ったら……。はぁ、……泣きたい。
 ―――好きな子とのデートの臨場感を出すために、わざわざ髪を切ったり、クラスの子達に頭下げて、女の子らしい流行りの服を借りたり、恥を忍んでスカートの丈を少しあげたり……。
 なのに、このバカ、開口一番が言うに事欠いて『失恋したか?』だぞ?
 もっと何か言うことあるだろ?! ……はぁ……。

 ……"予行デートしよう"って突拍子もないことを持ち掛けたのは、確かに俺だし、隣で"?"マークを無数に浮かべてるコイツの鈍感さは、今に始まったことじゃないけどさ……。
 でも、この現状になーんかモヤモヤしてる俺がいる。なんでかは、わかんないけどさ……。

「んじゃ、あそこじゃダメか?」
「えっ? あぁ……うん」

 俺が思い悩んでいる間に、陸は陸で無い知恵を絞って考えていたのだろう。
 コイツが指差した先には、チェーン経営の喫茶店の看板。……まぁ、及第点ってトコかな。
 普通の人の及第点だから、コイツにとっては、かなりの進歩と受け取るべきかも。だから、皮肉を込めて精一杯に笑って言ってやる。

「"ひーちゃん"にしては、頑張った方じゃん?」
「っ! ひーちゃん言うなっ!! 小学生かよ!?」
 お、赤くなった、赤くなった。
「~~~っ! ほら行くぞっ!!」

 照れ隠しなのか、顔を背けたまま陸は俺の左手を掴んできた。

「あ………」

 ―――少し前まで軽く去なしてた喧嘩友達のゴツゴツした右手の感触に、何故か少し顔が熱くなってた。
 ……なんでかは、わかんないけどさ。



「二名様ですね、こちらへどうぞ」

 とりあえず二人とも制服ってコトで有無を言わさず禁煙席に通された。
 別に俺も陸も煙草なんて吸わないから構わないんだけどさ……。 
 ……なんて言うか、店員さんの陸を見る目が気に入らなかった。
 如何にも"コイツは煙草を吸うだろう"っていう……眉をしかめた態度が。
 我慢できずに、俺は立ち去りかけたその店員さんの背中に言葉を投げかけようとした。

「ちょっと―――!」
「―――やめろバカ」

 店員さんに文句の一つでも言ってやりたかったのに、それを遮ったのは他の誰でもない、陸だった。
「なんでだよっ!?」

 "そういう目"で見られてるのは自分だってのに、どうしてそんな落ち着いていられるんだよ…っ?!

「他人が俺をどう見ようが別にどうでもいいじゃねーか」
「よくないっ!」

 陸がそういうふざけた奴じゃないってことは、俺がよく知ってる!
 素直じゃないし、鈍感だし、口は悪いし、その口よりも手が先に出るけど……真正面から悩みとぶつかって、逃げずに考えてる。
 不器用だけど、根っこは真っ直ぐな奴だって俺は知ってる!
 だから―――

「―――しつけーんだよ……バカ」
「えっ……?」

 いきなりの罵倒に目を白黒させてたであろう俺を見ながら陸は言葉を続ける。

「……そりゃ、少しは俺もムカついたけどよ」
「じゃ、どうして―――?」

 普段なら、そんな状況に出くわせば文句だけじゃ済まさない陸が、俺よりも先に、簡単に引き下がるなんて。
 不思議でしょうがなかった。その理由が知りたくてしょうがなかった。

「………」

 でも、陸はなかなか口を開こうとしない。……なんだか俺一人でヒートアップしてたことを陸にバカにされてる気さえしてくる―――そんな失礼なことを俺が本気で考えかけた、その時だった。

「……なんつーか……その……。
 俺をわかってくれてる奴が居てくれんなら、それでいいかって……」
「え……?」
「―――だからっ!! 俺のために怒ろうとしてくれる奴が居てくれんなら、それでいいかって思ったんだよっ!
 悪りぃかよっ!?」

 そう言って、バツが悪そうにそっぽを向く陸。

「……うぅん。そんなわけあるか」

 ―――俺、多分ニヤけてたと思う。その陸の不器用だけど真っ直ぐな言葉がなんだか無性に嬉しくて。……その頬が赤く染まった横顔が、男だった俺から見ても見惚れそうなくらいに、カッコ良くて。



「~~何笑ってんだよっ!?」
 バカにされてるって思ったんだろうか、陸は拳を構えながら俺を精一杯睨みつけていた。……ったく、陸はそれさえなければなぁ。顔だって悪くないし、女の子だって寄ってくるのに。

「悪い悪い、だからその握り拳はヤメナサイ。物騒だから」
「……ったく」

 とりあえず俺が頭を下げて、この場を諌める。うん、これがいつもの感じだ。

 ………ん?

 でも、それはいつもの俺と陸の関係であって、女の子とデートする時にこれはマズいんじゃないか?

「……なぁ、陸。デートする時もこんな感じじゃ十中八九嫌われるぞ?
 もーちょっとこう、ソフトな感じに接することは出来ないのかよ?」
「んな事言ってもよ……」

 鼻頭を掻きながら、言葉を濁す陸。
 なんだなんだ。これは"予行"な訳だから、本腰入れないと困るのは自分だぞ?
 そりゃ……元男とじゃ不満かもしれないけどさ。

「……やっぱ俺じゃ不満か?」
「そういう訳じゃっ……ねぇけどよ」

 意外だった。口の悪い陸のことだ。てっきり"当たり前だボケ"くらいの罵声が返ってくると思ったんだが。

「じゃあ、なんだよ?」
「……言葉」

 陸から返ってきたのは、日常の喧騒の中では消え入りそうなくらい小さな声。

「は? 単語だけじゃ意味が全く分からんぞ。どういうこっちゃ?」
「……お前の言葉遣いが男のまんまだから、どう接して良いかわかんねーんだよっ」

 ……悩んだ末の決死の告白。とでも表現すればいいのかコレ? それくらいに陸は大真面目なのだが、内容が伴っていなくて俺はキョトンとしてしまう。

「……細かいなーお前。予行なんだから俺だったとしても女の子として扱わなきゃ意味ないだろ―――」
「―――そうじゃねぇんだよっ、予行だけの話じゃなくてっ!」

 まだ、かなりシリアスな空気が陸の周りに漂っている。というか、俺もシリアスになるべきなのか?
 とりあえず、ここは陸の言葉を待った方がいいかもしれないな。

「……お前、女になってから何も気にしてねぇみたいに振る舞ってっけどさ。
 そんな筈ねぇだろーが……」
「っ」

 ……いきなり、だな。随分と。
 普段のアイツから想像もつかない程に思い詰めた陸の表情。……大多数の他人から発せられる喋り声が沈黙を埋めていく。
 気付くと俺は口を噤んでた。
 ……もしかして、陸は何を考えてるかって―――全部知った上で俺に質問を投げかけてるのか?

「な、なんだよ。似合わない顔して、俺の何を知ってるって言うんだよ―――」
「―――知ってんだよ」

 せき止められた言葉に、跳ね上がる心音。

「……それくらい分かるんだよ。俺にだって」

 バカ言うなっ! いつも、いつまでも、どこまでも鈍感な陸に、俺の気持ちが分かってたまるかっ!

「お前、さ―――」

 ―――やめろっ!! 言うなっ!!!
 口は動くし、声も出る。なのに俺のカラダはそれを拒絶する。

 ………本当はわかってる。
 陸の言葉を遮らないのは、他の誰でもない、俺自身なんだって。
 だから、こうして怯えた振りで淡い機体を隠してるんだって。
 ……それを自覚して、理性がそれを止めようとした時には―――。

 ―――もう、陸が言葉を放った後だった。



「―――まだ、決めかねてるんだろ?」

「…………。へ?」

 重々しく放たれた言葉と、間抜けに上擦った裏声。

「俺だって、"青色通知"を受けた身だ。それくらい想像出来んだよ。
 ……けどお前は俺と違う。
 何の前触れもなく女になっちまった。
 だからって、"ハイそうですか"なんて自分の生き方を急に変えられる器用な奴なんかそうそう居ねぇ。
 だから、お前は……そんなに宙ぶらりんな状態なんだろ?」

 ……やっぱ、陸は陸だった。何もわかっちゃいない、いつもの鈍感な奴だった。
 ……はぁ。なんなんだろ。
 ホッとしたような……肩透かしを喰らったような……。
 でも、あながち間違ってはいないな。
 俺が"どうすればいいのか決めかねてる"っていうのは本当のことだし。

 ……ま、陸にしては良い推論だったよ、うん。

 ……俺は力無く首を縦に振ることにした。

「……そうだよ。ごめんな? なんか陸のこと……戸惑わせちまったみたいで」

 半ば、芝居をしている気分にさせられた。
 演じる相手は一人だけど、多分、主演女優賞くらい貰ってもバチは当たらないと思う。……それくらいのリアリティがある名演技だ。

「……しょうがねぇよ」

 どこか、誇らしげに笑う陸。
 ……くそっ、蹴り倒したい衝動に駆られたけど、ガマン、ガマンだぞ、俺……!

 ―――ひとしきり笑ってから、陸は憔悴したような表情を浮かべた。

「―――だからさ、ぶっちゃけた話……俺、お前に恨まれてるんじゃねーかって思ってる」
「……はいっ?」

 再びの重々しく放たれた言葉と、間抜けに上擦った裏声。

 ……ちょっと待て、なんでそんな話になるんだ?
 何が"だから"なんだよ?!
 確かに俺達、男同士だった時は殴り合いの喧嘩ばっかしてたけど。俺は陸のことを恨んだ試しなんか一度も無いぞ……?

 ……いや、考えても仕方ないのかも。
 目の前でしょんぼりしてる―――鈍感で天然な不良崩れと、今やクラスメイトに可憐な美少女と持て囃される―――俺とは、決定的に思考回路が違っているみたいだし……。

「……ま、なんでそんなバカな考えに至ったのか聞こうか、陸くん?」
「んだよ?! バカって!!?」

 ―――自分の胸に聞いて欲しいな、おねーさんとしては。
 ……とは口が裂けても言えないわけで。

「まぁまぁ。とりあえず先に言っておくと、陸を恨むなんて思いつきもしなかったよ。
 ……で? どうして恨まれてるなんて被害妄想に発展したんだ?」

 恨んでないと俺が言ったものの、陸は言葉に出すことを躊躇してるようだった。
 ……これを口にすれば、もしかしたら寝た子を起こす結果になるかもしれないとか、多分、そんなとこを考えてるんだろうな。
 ……何だか笑ってしまう。

 バカだなぁ、相変わらずって。

 たまに喧嘩はするけどさ……たとえどんな理由であれ、俺がお前を嫌いになんかなってやるもんか。

 ……でも、アイツはまだ不毛な一人相撲を続けてる。その男のくせに煮え切らない態度にちょっとだけイラッてしたから―――

「言わないと逆に恨むぞ?」

 ―――って少し首を傾げながら女の子っぽく言ってやる。
 それで漸く覚悟を決めたらしい。おずおずと、陸は口を開いた。

「……さっきも言ったけどよ。お前は何の前触れもなく女になっちまったじゃねーか」

 首肯。
 どうやら俺のような例は稀だとか。
 こういう突発的な発症例のパーセンテージは、コンマを下回る程度らしい。
 でもまぁ、日本の人口に換算すれば宝くじでも4等くらいしか当たらない、それくらいの確率だしな。
 たまたまそれに俺が該当しちまったってだけで。

「でも、俺はこうして国から"青色通知"が来て……変な意地を張らなきゃ、なんの心配もなく―――男でいられる」
「………」
「……だから! 単なるワガママで"権利"を蹴ってる俺を……恨んでんじゃねーかって、そう、……思ったんだよ」

 段々と尻すぼみになってく陸の言葉。

「……そっか」
「……これでも恨んでねぇって言えるのかよ……っ?!」
「ばーかっ」

 俺は心の底から出た本音を親友にぶつけてやる。

「んなっ!? バカはねぇだろっ!! 人が本気で悩んでたのに―――」
「―――ばーかばーかっ」
「てめ……っ! 人をおちょくるのもいい加減に―――!!」
「―――おちょくってんのどっちだよ?」

 今度は、こっちが陸の言葉を遮ってやる番だ。どうやら、陸も俺の雰囲気の違いに気付いたらしく、口を噤む。

「あのな、陸。もしお前が、何の考えもなしに国から派遣された女の子を抱いたり、自棄になって女になったりしたら……俺はお前を軽蔑した。
 でも、違うだろ? お前は、お前の状況を鑑みて、真剣に悩んで、考え抜いた挙げ句に決めたんだろ?
 ……違うのか?」

 ……陸は静かに首を横に振る。

「お前の決心を、俺は知ってる。だからこうして協力してるんだろ? じゃなかったら、俺は…、そのっ…………とっくに愛想を尽かしてるっての!」

 一瞬言葉に詰まった。……危ない危ない、変なこと口走りそうになった。

 ―――お前のことを……だぁぁあっ! 考えるのヤメだヤメっ!!

「……とにかくっ! 俺はお前をそんな理由で逆恨みしないし、愛想を尽かしたりもしないってことだよ。
 ……見損なうなよ、陸」

 唯一、俺が陸に対して腹が立ったのは、俺をそういう風に見てたこと。それさえわかって貰えれば、何も言うことはない。

「……あぁ。お前を疑ったりして……ホント悪かったっ」
「よし!」

 ……ん?

 短い文字数の言葉を言い切ってから、ふと、ある疑問が浮かんだ。

「……なぁ、そういえば陸ってさ、俺が女になってから、俺を名前呼ばなくなったよな?
 もしかして……気を遣ってくれてたのか?
 ……俺が、"答え"を出すまでって」


 陸の中で、俺は"自分がどうあるべきか決めかねてる"状態だと思われていた。

「あ……その、……悪りぃ」

 だから、不器用な陸は、俺を名が変わる前の"はつのり"とも、名が変わった後の"はつき"とも呼べなかった。

 だから、不器用な陸は、ずーっと俺を"お前"っていう二人称で呼び続けたのだろう。

 だから、不器用な陸は、どう接して良いかわからなくなった。

 ……でも、それは俺の狡っこい考えが招いた結果だ。
 ―――陸が、なんて呼んでくれるかで生き方を決めようって、狡いことを考えるから。
 決して、陸が謝るような事じゃない。

「……なぁ、"お前"は…?どっちでもいいって言ってたけどさ。
 俺……"お前"のこと、なんて呼べばいいんだ?」

 陸だって、考えて、悩んで決心したんだ。
 ……じゃあ俺だって。

 ……ううん、違う。

「"私"のことは"はつき"って呼んで欲しい。
"御堂 初紀(みどう はつき)"」

 ―――案の定、目を丸くした陸の姿に思わず吹き出してしまった。


  ~青色通知3~


  完

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最終更新:2009年05月10日 16:15
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