『男の中の女 最終話』

人の終着点・・それは死。いつ訪れるかはわからない、だからそれはゆっくり息を殺して
牙を向けるその時が来るまで人が造り出した真っ暗な闇へと溶け込む。だけどそれは
忌むべきものではない、生きとし生けるものが持つ決して逃れられる事が出来ない
自然が造り出した絶対的の運命(さだめ)・・だから人は決められた道を進み生きていく。

そして人の死は時として見届けたものにも大きな大きな影響を与える、死を迎えた人を
想えば想うほどその影響は計り知れないほど大きい。だけどもそれを乗り越えるのも
人の宿命であって誰しも持って生まれた力、それでも人は生きていく。


舞台は長年に渡る奇妙な病気がようやくなくなった世界のとある住宅から始まる・・





       男の中の女


                 最終章










中野 聖、旧姓は相良。元は最強の不良で通称は血に飢えた狂犬と呼ばれて力の限りで
全てを欲しいままにしていたが、当時の流行病でもある女体化シンドノームで見事に
美少女へと変貌を遂げてしまい、その後の人生は大きく変わってしまう。

だけども様々な出会いといくつかの試練を乗り越えながら着々と前へと進み、結婚を経て
ついには孫持ちのお婆ちゃんになるという、まさに波乱万丈とも言える人生を歩んでいた。
しかし突然の病で最愛の夫が旅立ち、絶望の淵に立たされるのだが・・周囲の尽力と
持ち前の負けん気でようやく立ち直りつつあるようで今を生きる。

「今日も一日が始まるな」

庭での日向ぼっこが日課となりつつ聖、夫である翔が死んでからずっと続けていた
合気道をぴたりとやめてしまってから代わりにこうして日向ぼっこをしている。
こうしていると全てが忘れられて心が休まるのだ、ゆっくりと時間が流れる静寂な空間を
佇んでいる聖の元に家のチャイムが鳴り響く、しかし聖からの返事はない。ドアの向こうに
いる来客は持っていた合鍵を使ってドアを開けるとそのまま家の中に入る、それに聖も
この時間に来る来客など解りきっている聖はそのまま日向ぼっこを続ける。

「どう? ちゃんと生きてる」

「・・何だツンかよ」

「親友兼親戚に連れない挨拶ね」

やってきたのは聖の友人のツン、若い頃と比べると若干皺も増えたようだがそれは苦労を
した証。ツンはそのまま聖の隣で同じように腰掛けるといつものように話を続ける。

「こうやって日向ぼっこするなんて・・今までのあんたじゃ思い浮かばないわね」

「俺だってこう見えても歳食ってるんだよ」

「あんたの場合は異常よ。普通は人間誰だって歳を取るのはそれ相応に見た目も老けて
いくのにあんたは30代にしか見えないわ」

「女体化の恩恵って奴かね」

「皮肉にしかならないわよ」

かつて人類を脅かしてきた女体化シンドノーム、15、16歳で童貞を捨てなければ
女体化をしてしまうという摩訶不思議な病気で気の遠くなるような長い年月を掛けて
ようやく治療法が確立されて今では予防接種のワクチンも出来上がってはいるのでは
あるが、病気自体が治療法が確立するまでが長かった故に今でも世代の格差が問題に
なりつつある。

聖の娘である希は女体化の知識はあるものの経験がないので聖の女体化を受け入れるのは
かなり苦労はしたのだがそれも過去の話、今では希自身も分別はついている。

それに聖は亡くなった翔が残した最後の遺産と無理矢理結論付けているようだ。

「全く、希は俺と同じ出来ちゃった結婚はするわ。
あいつは勝手に死んでしまうし・・我ながらロクな人生歩んでねぇな」

「だけど希ちゃんはしっかりしているし、家の息子をしっかりとフォローしてくれて
いるから姑としての役目はないに等しいわ」

「でも昔俺に料理教えてくれた時は姑みたいだったな」

「あのねぇ! あれは元々あんたが旦那と喧嘩して・・って、ごめん」

「別に構わねぇよ・・誰だって死ぬ時は死ぬんだ」

死んだ翔の事を思い出すと今でも堪らなくなる聖、しかしいつまでもくよくよしても
仕方がないものだ。

「そういや希が出産した時には大騒動だったな。まぁ、ありゃ痛いってもんじゃないが」

「まぁ、子供産むんだから苦しみってものはあるわよ。
でも希ちゃんは良く耐えたわよね、流石あんたの娘だわ」

「当たり前だろ! 希はそんじょそこらの奴とは出来が違うんだよ!!」

「確かにね。最高の娘だわ」

そのまま気だるくもゆっくりと時間が流れてくる。



ツンが帰宅して聖は今までと同じように家でのんびり過ごす、少し前までは散歩をしていた
のだがどうも気分が冴えない。これも老いなのかと自分を詰る・・

「・・俺も老いたかもな。なーんもやる気がしねぇや」

最近はめっきりと活力が湧いてこない、特に翔が死んでからの数日はまるで生きた心地が
しなかった、どこか死人のような生活を送っていたのかと聖は思っている。最近になって
聖は自分が朽ちていくような感覚を覚える、昔から湯水のように溢れ出ていた爆発的な
行動力が今は見る影すらない。

そんな自分を見ていると憤りどころか変に感心を抱いてしまう・・

「何だか生きながら死んでる・・って感じだな」

思わずポツリと吐いた言葉に苦笑してしまう聖ではあったがまた風のように新たな来客が
やってくる。今度の来客は綺麗な女性と幼い子供、女性の方は風体が聖と酷似しており
子供の方もどこか翔の面影を残している。女性の方は家に入るなりそのまま翔の仏壇に
線香を上げると聖の元へと歩み寄る、聖の方も誰なのかは分かりきっているので大した
反応は示さない。

「希か、仕事はどうしたんだよ」

「ちゃんとやってます。それよりもお義母さんは来たの?」

「お義母さんってもツンだろ? さっき来たよ」

やってきたのは最愛の一人娘の希、どうやら子供を連れてきたようだ。
その子供はと言うとさっきから元気にはしゃぎまわり、聖の膝元へチョコンと座る。

「ばあちゃん! ばあちゃん!」

「だから俺は・・まぁ、いいか。男らしく元気でよろしい」

「しっかりとお婆ちゃんしてるじゃないの」

「誰がババァだ! 俺はまだまだ現役だからな!!」

と聖は言うもののそれが意地なのは希も解っている、見ていると余計に悲しい、力強くとも
寛容で厳しい母の聖・・だから今の姿は直視すると心が痛む。

“今の聖を完全に立ち直らせるのは自分とその息子だ”とある人物から言われてる希は
今でもそれが解らない。

「・・ねぇママ、ちょっとは何かしたら? いつまでもこんな感じだと体の調子悪くするわよ」

「うるせぇな、それよりも人のことより自分の心配してろ。仕事はうまくいってんのか?」

「当たり前でしょ。こっちも連載も一段落付いたし、なーくんも今の職場は順調のようだしね」

娘の幸せは自分の喜び、聖も孫をあやしながら希の話を聞くと心なしか幸せそうな表情で
じっと聞き耳を立てる。

「でもママって出来ちゃった結婚よね。今になると大変さが良く解るわ」

「俺の場合は卒業間近であいつの就職がほぼ決まりかけてたんだよ。学生のお前とは違う」

「何よ、自分だって一緒の癖に・・同棲までしてるし、お爺ちゃんやおばあちゃん達と
かなり揉めたんでしょ!!」

「そりゃあの時は揉めには揉めたけどな。でもあの時はお前を産むので頭が一杯だったんだよ」

聖の妊娠が判明した頃は翔の日記に書いていたように周囲をかなり巻き込んだかなりの
大騒動にまで発展してしまい、とにかく凄い事になっていたのだが聖と翔による渾身の
説得により前へと進む事が出来た。
それから希が生まれ、幾多の困難な出来事がありながらも家族全員で無事に乗り切る事が
出来たのだ。

「でも私も同じようなことしてるんだからお互い様ね」

「おたがいさま~」

「そうよね。お婆ちゃんは意地っ張りよね~」

我が子をあやす希に聖は一呼吸置くとそのままお決まりのセリフを放つ。

「だから! 俺様はまだババァじゃ・・ゲホッ、ゲホッ!!」

「ちょ、ちょっとママ! ママ!!」

突然に咳をする聖、しかもよく見てみると血まで吐いている。これには希も気が気では
ないが、しかし聖は持ち前の根性で無理矢理でも意識を保とうとするが身体もふらつく。

「・・大丈夫だ、たかが血ィ吐いただけだ。こんなこと大した事じゃねぇ」

「ちょっと! 体がふらついてるじゃないの!!」

「心配すん――――・・ガハッ!!」

「ママ!!」

聖は再び吐血を繰り返した後、意識を失う。しかも今回の吐血はさっきと違い血の量も
かなり多い・・希はすぐに聖を抱えると息子に檄を飛ばす。

「急いでお婆ちゃん連れて病院に行くわよ! いいわね!!」

「う、うん・・」

「いくわよ!!」

聖譲りの迫力で希はそのまま行動を開始する。




希が車を飛ばして向かった先は小さな病院、そこは一般的な総合病院とは違って規模は
小さいものだがそこに勤務をしている医者は歳は老いているものの腕は確かとの噂で
あり、術後のケアもぴか一らしい。

それに希はこの病院を選んだのはとある人物の紹介ではあるのだが、希はそのまま聖と
息子を抱えながら病院へと駆け込む。

「急患よ! 急いで頂戴!!」

「あの・・受付の方を」

「そんなものは後でしてあげるからとにかく急いで!!」

「わ、わかりました!! すぐに手配します!!!」

希は強引に受付を取りつけるとそのまま抱えていた聖をストレッチャーへ運ぶと、後は医者に
任せてそのままじっと見守る。

「・・お母さん、婆ちゃん大丈夫かな?」

「大丈夫よ。ああ見えても元は立派な男だったんだから・・」

とは言いつつも希は不安は募る、何せあんな母親の姿を見たのは始めて。
そんな希たちの元へ1人の若干老け気味の女性が現れる、希はその女性を見た瞬間に
ぺこりとお辞儀をする。

「あ、どうも。礼子さん」

「随分と母親としての貫禄がついてきたわね」

「まだ新米ですよ」

「さて、立ち話もなんだから私の部屋に来る? ・・色々あったみたいだしね」

礼子の申し出に希は迷わずに息子を連れて応じる、礼子は昔を思い出しながら内心少し
苦笑しつつも希を自分の部屋へと連れて行くとコーヒーとオレンジジュースを差し出す。

「はい、それに子供にはこれね」

「ありがと!」

「すみません。親子でお世話になっちゃって・・」

「別に仕事だからいいわよ。ゆっくりとくつろいで頂戴」

そのまま礼子もコーヒーを啜りながらのんびりと落ち着く、希も一気にコーヒーを
飲み終えると先ほどの聖の状況を礼子に伝える。

「ママ、やっぱり体の調子が悪いのかな」

「大丈夫よ。お母さんの身体は昔から丈夫なんだから」

「でも吐血を2度して意識も失ってるのよ。今までこんな事はなかったのに・・」

希の話を聞くと礼子は少し顔を顰める、やはり聖の事をずっと見ている礼子にとっても
今回の聖の症状は異例の事態だ、このまま何事もなければいいが嫌な予感が過ぎる。

「まぁ、旦那がしっかりやってくれるわ」

「・・ママは親父が死んでから何とか立ち直ってるんですけどね。
でも私がこの子と遊びに来ても昔のような元気さはないの」

「そう。・・でも安心したわ」

「安心ですか?」

希は言葉の意図が分からずに少し不安げになるが、礼子はすぐに察知をして少し顔を
緩めると優しく投げかける。

「ええ、そりゃ今はあんな調子だけどあなた達がこれから年月を重ねていくと
次第に元気になるわよ」

「だといいんですけど・・」

「大丈夫よ。ね、お婆ちゃん元気になると思う?」

「絶対になる!! お婆ちゃんは強いんだもん!!」

息子の一言に望みの不安も一気に拭き飛ぶ。そう自分がこんな調子であれば聖はもっと
自分の事を心配するだろう、自分と息子がこれから歳を重ねてそれを見守る聖の事を
考えると何だか面白い。

「礼子さん。私、この子ともう少し頑張って見ます!」

「そう。・・全く親子揃って手が掛かるわ」

「へへへ、大婆ちゃん! ありがとう!!」

この息子の何気ない一言・・礼子の中でとある言葉が発せられる。

「俺は・・まだババァじゃねぇぇぇ!!!!!!!!!」

(やっぱりママの先生だなぁ・・)

久々見る礼子の激昂に聖と似たものを感じる希であった・・



聖が搬送されて数時間、この病院の院長であり現役の医者である泰助が礼子たちの元へと
戻ってくるが、その表情はどこか複雑そのものだ。

「よぉ、終わったのか」

「うん。あ、娘さんだね・・昔に診察した頃はまだお腹の中だったけど、本当にお母さんと
そっくりだ」

「アハハハ・・お腹にいた頃ははどうも」

希も出来ちゃった結婚をした身分なので泰助の言葉は少し複雑だ、しかし礼子は
そんな事よりも早く聖の結果が知りたいので話を別に切り出す。

「んなことどうでも良いから、早く相良の結果を言え」

「ああ、ゴメンゴメン。結果は大丈夫だよ、ただ検査に少し手間取ってね・・」

「・・何となく想像つくかも」

検査の度に暴れる聖を考えると末恐ろしい、合気道をぴたりと止めたとはいっても
力の方は同世代の人達と比べると遥かに違うので礼子や希は未だに聖を末恐ろしく思う。

「ま、検査も無事に終わったから連れて帰っても大丈夫です。安心してください」

「はい。お世話になりました、お婆ちゃんと一緒に帰るわよ」

「うん!」

希はそのまま息子を連れて部屋を後にする。普段ならここでお終いなのだが、泰助との
付き合いが長い礼子は先ほどとは違って険しい顔つきに戻ると改めて泰助から結果を聞く。

「・・検査が長引いたのは嘘だろ、本当の結果を言え」

「礼子さん・・これから言うことに驚かないでね」

「もったいぶらずに話せ」

泰助はそのまま一呼吸置くと衝撃の結果を礼子に告知する。

「残念だけど・・奥さんはもうそう長くは生きられないよ」

「何だとッ――!!」

「・・精密検査の結果、彼女のホルモンバランスに異常が見られたんだ。
彼女の同世代の人間、勿論女体化した人達も含めてだけど身体に発せられるホルモンの
分泌量が異常に多いんだ。

そりゃ特異体質と言われたらそれまでだけど、人間が分泌されるホルモンっていうのは
年代別でも一定なんだけど彼女の場合はそれが若い人並に多く分泌されてた。

人間が自然に行う老化作用が彼女に見られないのもそのためだよ」

「それが・・どうかしたってのかよ」

「確かにこれは医学的に見てもかなり凄いことなんだけど、その分の代償として
体の抵抗力がかなり弱まってきてる。特に内臓部分は酷かったよ・・さっきの吐血は
その影響だと思う。

このまま異常なホルモン分泌が続くと、確実に身体の方はその若さを維持するのは
出来ないね・・最悪の場合も考えた方がいいかもしれない」

泰助の話に礼子は半信半疑のまま静かに聞き入っていた。

「奥さんの症状はきっと女体化によるものだよ。
前に徹子さんから聞いたことがある、日本では発見されてはいないけど発症する割合は
1000人に1人なるかならないからしい。女体化は徹子さんによって治療法こそ
確立されたけどその起因は未だに解明されてはいないからね、厄介なものだよ」

「相良は・・あいつはどうなるんだ! まさか、カルテにはそのままを書いたんじゃないだろうな!!」

「・・いや、カルテには極度の疲労によるものだと書いておいたよ。
もしあのまま書いてしまえば色々な連中に検査と称した実験をされるだろうからね」

「あいつは・・ 愛する旦那の死を乗り越えて必死に生きようとしているのに・・俺達は何も出来ないのかよ――ッ!!」

「僕も徹子さんと相談しながら出来るだけの対策を考えて見るけど・・
正直、かなり難しいと思う。彼女の場合は人が自然に行うべきことを何かしらのことで
ストップさせてるんだから、現代の医学では未知の領域だ」

自分の無力さがこれほどまでに口惜しい礼子であった・・




あれから聖は希の勧めもあって泰助の病院にはチョコチョコ通っている、聖もあの時の
事は余りハッキリとは覚えてはいないが・・自分の身体はどこかおかしいのは感じて
いる、だけどもその結果を聞くのは怖い。

「はい、今日の検査も終わりです。お疲れさまでした」

「・・ああ、お疲れさん」

いつも診察する泰助も日増しに弱りつつある聖を見てるとやるせない気持ちになる、だから
ここはいつものように何気ない会話を投げかける。

「奥さん。たまには何かやって見たらどうですか? そうしたら良い方向にも向かいますけど」

「・・やだね、気分じゃねぇ」

「趣味を見つけるだけでも随分と違いますよ」

「そんなの・・俺の柄じゃねぇしな」

そのまま聖は淡々と手荷物の準備を進める中で泰助も諦めず話を続ける。

「しかし奥さんとは変な縁ですね。礼子さんから始まり・・ここまで偶然とは
いっても続いてるんですからつくづくと不思議なもんですよ」

「礼子先生は昔からかなり厳しかったからな、今になって良く解る」

「まぁ、教師になりたての頃はそうでもなかったよ。
あんなことがあっても元々は優しい人だからね、厳しさを身につけるには苦労したみたいだし」

「へー・・礼子先生に限って意外なもんだな」

「だから奥さんには人一倍気に掛けてるんだよ。自分の過去を重ねて・・ね」

どこか含みのある泰助の言葉に聖は今までのことを思い返して見る、礼子が今まで
自分達に色々と世話を焼いてくれたのはそういった愛情の裏返しなのだ。

「まぁ、妊娠が判明した時には一番怖かったのは礼子先生の反応だったかな。
なんも言ってこなかったのが余計に怖かったが」

「でもああ見えて僕には言ってましたよ。
やれ“ちゃんと生活できているのか?”とか色々ね・・」

「そっか・・なんか礼子先生にはいつまでも心配掛けてるな」

希を妊娠して出産した時は慌しくもあったけども初めての子育てということもあってか
苦労した分、楽しくもあった。聖の人生の中でもあれほど動いたのは今までなかったと
思うぐらい、2人で知識を掛け集めて協力し合い一生懸命になりながら希を育て上げた
ものだ。

そして希も学生でありながらも自分と同じように結婚もしてちゃんと独立もしている
のが誇らしくもあるし・・ちょっぴり羨ましくもある。

「・・なんかやる事も全てやり尽くしたって感じだよ」

「静かにのんびりと過ごすのもありだと思いますよ」

「やだよ。それこそ俺の柄じゃねぇや・・さてと、検査も終わったし俺も帰ェるわ」

「そうですね、長い時間に引き止めてしまってすみませんでした」

そのまま聖は病院を後にしたがその足取りは未だに重い・・




定期の検査も終わっていつものように自宅に帰宅した聖を出迎えたのは希。
どうやら仕事も落ち着いて息子を送りだしてから暇を持て余しているようだ。

「お帰り、検査はどうだった?」

「いつも通りだった。それよりも主婦業サボって良いのかよ」

「やることは全部済ませたから大丈夫」

相変わらずの希に聖は安心しつつも一応親としての責務を果たす。

「あのなぁ、お前はもう俺から巣立っているんだからいつまでもこんなとこに留まるな!」

「なによ。私はママが心配で・・」

「俺は自分のことは自分でする。それにお前がいつまでも俺に頼りきりだとよくないしな」

「そ、それは・・」

聖の言葉に慌ててふためいてしまう希、たしかに聖が運ばれてからは検査の度に
その体調が気がかりという事もあるのだがただ単純に今までのように聖を頼って
いる部分もある。

悪くいうと結婚してからも未だに母親離れが出来ないということになるが、逆に言えば
聖との良好な親子関係を窺わせれるものだ。

「私だって子育てやら、なーくんとの子育てについては悩みぐらいはあるわよ・・」

「あのなぁ、そりゃ始めは誰だって悩むもんだ。
俺だって最初は不安だったよ、だけどな夫婦っていうのは互いに頼りながらやって
いくもんだろ? 俺に愚痴こぼすのはいいけどな、たまには旦那の愚痴聞いてやったり
お前の感情をありのままにぶつけりゃいいんだよ。

お前は俺の血を引いて強いんだし、それにいざとなったらツンや内藤がいるだろ」

「そりゃお義父さんやお義母さんにはかなりお世話になってるけどね・・
でもね、このまま仕事をしているとだんだん子供と離れていくような気がして不安なのよ。
なーくんやお義父さん達は大丈夫だって励ましてくれるんだけど」

「・・自分の生き方は自分で決めるもんだ。俺はあいつと一緒にお前を産んで、子育て
しながら自分を突き通したつもりだしな。

お前は俺に頼りすぎてる・・お前が成人して結婚してから俺の役目は終わったんだ」

そのまま聖は話を区切ると昔の出来事を思い出す、過去に自分達も卒業してからは
礼子との接点は取っていたのだが礼子自身がどこか距離を置いていたのが
引っかかっていたけどもようやく理解できた。
たまには距離を取るのも必要なのだ、いつまでも自分が関わり続けていると希の成長にも
繋がらない・・だから親として心を鬼にする。

「俺は今でも自分で決めた生き方を貫く、こんな状態であろうともな・・」

「・・わかった。私も自分で頑張って見る」

「それでこそ俺が誇る最高の娘だ」

一見、聖に一喝されて自分の自信を取り戻したかのような希ではあったが、その内面では
底知れないほどの悲しみが広がる。最後の言葉は普段の聖ならば絶対に言わない言葉・・
聖は自分を褒める事もあるがあんな飾りのついた言葉じゃない、もっとストレートに
さり気なく言ってくるものだ。

だからそんな聖を見ていると悲しい・・

「何だよ。そう変な顔すんな! 俺はまだまだくたばっちゃしねぇからよ!!」

「わかってるわよ。子供が成人するまで見守ってね」

「おいおい、そこまで生きられるかはわかんねぇが・・ま、俺達のように出来婚しないか
見定めてやるよ」

「頼むわ。お婆ちゃん」

この後で希は原因不明の嘔吐に見舞われるが、それが妊娠だと知るのも時間が掛からなかった。



希の妊娠は瞬く間に周囲に伝わり内藤夫妻やドクオ夫妻共に喜び、聖の自宅では記念に
ちょっとしたパーティーが開かれていた。

「しかしこれで2人目か、今度の孫は女の子がいいわね」

「いやいや、今までと同じ男の子がいいお!」

「もぉ、2人とも気が早いですよ」

興奮高まる内藤夫妻を抑えつつ、希はこれから生まれて来る子供について旦那と盛り上がる。

「でもまた妊娠しちゃうなんてね。なーくんも2児の父親だよ」

「わかってるさ。これからは仕事頑張らなくちゃね」

「そうよ。あんたはブーンに似て少し頼りないところあるけどやる時はやってるんだから
これからも自信持ちなさい」

「母さん、父さん凄い複雑そうだよ・・」

「俺そんなに頼りないのかお・・」

「おいおい、お前は俺と違って地道に仕事してるじゃないか」

ドクオに慰められながらもブーンもツンと連れ添って長い所夫婦をやってはいるが
こんな風に言われると褒められているのかどうかが少し解らないものである。
だけども中野夫妻と同様に結婚はどうであれ息子を一人前に育て上げたのだから
父親としての貫禄も勿論ある。

「前にも言ったと思うけどお前はもう父親なんだから見えないところで希ちゃんを
支えてあげないといけないお、今のお前の働きによって全てが決まるわけだから
しっかりと稼ぎながらやっていくんだお。

これは父親として社会人の先輩としてのアドバイスだお」

「ああ、そんな事は承知の上さ。2人で乗り越える」

「私も今やってる仕事やりながらこれから出産まで控えないと」

「希ちゃん! こんな状況でまだ仕事してたの!!」

一斉に驚くツン、今の希は妊娠2ヶ月程度とはいえ小説家の仕事をしている希にツンは
将来のことを案じながら当然のように仕事を辞めさせようとする。

「いい! 今すぐ仕事は休止しなさい、妊娠中に仕事なんてしてたら身体に毒よ」

「この子がお腹にいた時はギリギリまで仕事してましたから・・今回も大丈夫ですよ」

「でも希ちゃん、あの時とは違って今はアニメの脚本の仕事もしてるだろ。
やっぱりここはしっかりと休養をな・・」

前に希はなりくずし的にアニメの脚本の仕事を引き受けており、話題は女体化を扱ったもの。
女体化を扱う小説家として一応の知名度を誇っていた希ではあるが、小説はともかく
として脚本などまだ未知の領域・・当然として不安にはなるのだが、指導者に恵まれて
持ち前の頭脳をフルで発揮しながら頑張り続けているとそれが空前の大ヒット、既に
第2期の話も出ている。それと並行して小説の方も短編と連載している長編の
ラブロマンスも書き続けているので注目も大きい、現に希が話を掲載している雑誌の部数も
倍以上に膨らんでいる、今の希にはどうしても仕事は外せないのだ。

「だけど私が抜けたら仕事の方は難しくなるし、やれるとこまでしたいの」

「でも今は今後の体調も考えないと・・仕事はいつだって出来るんだし、俺がその分頑張ればいいんだからさ」

「そうよ。殆どのことは家の息子に任せて希ちゃんはゆっくりしてなさい」

「だけど・・」

希とて2人の言い分が正しいのはよく解るし尤もな事は充分承知の上、だけども希とて
引き受けた仕事はちゃんと全うしなければいけないと言うプライドと自負がある。
それに2人目が生まれたら経済的にも余裕がなくなる、だからこそここで働いて後の
生活のためのたくわえを残さなければいけないという思いがある。

自問自答しながら悩む希・・そんな中で普通に孫をあやし続けてだんまりをつき通していた聖が動く。

「・・こう言ってるんだし本人の好きにやらしゃいいんじゃねぇか? 
現に仕事やりつつこいつを無事に産んだことだからな」

「うん!」

「希も言ったからには仕事と出産をちゃんとやれ。それが出来たら俺からはなんも言うことはねぇよ」

そのまま聖は再び孫をあやしながら元に戻る、希も聖に言われて踏ん切りがついたようで
表情もサッパリしており堂々と宣言をする。

「私は仕事しながらこの子を産みます! だから・・よろしくお願いします」

当の希にここまで言われると周囲も押し黙るしかない、ツンも諦めたかのように
溜息混じりの言葉を吐く。

「・・そこまで言うならもう止めはしないわ。やっちゃいなさい、でもたまには誰かを頼るのよ」

「はい!」

こうして妊娠騒動は幕を閉じる。


パーティが終わった後、片付けを終えて洗いものをしている聖とツン、黙々とやって
いくなかでツンは聖を見ながらある種の疑問を覚える。

「どうしたんだよ。そんなに俺の顔を見て・・」

「あんた・・自分の孫が生まれるのに全然嬉しそうじゃないわね」

「な、なんだよ! 孫が生まれるんだから嬉しいに決まってるだろッ!!」

しどろもどろになりなる聖ではあるがツンは伊達に聖と長く付き合っていないので
それが本心じゃないことはお見通しだ。

「・・んで、本音は何なの?」

「やっぱりツンには敵わねぇな。・・病院に運ばれて以来、なんだか先が長くないような
気がしてな」

「えっ・・でもあれはただ単純に」

「わかるんだよ!! ・・多分、俺の命ももう長くはない。あいつが死んでからずっと
こんなんだったからな」

突然の聖の告白にツンはただただ唖然としてしまう。だけどもいつもの聖ならばここで
踏ん張りを見せるのだが、翔が死んでからはそれがめっきりと消え失せている。
ここまで人の死というものはとてつもなく大きいのかを実感させられるツンでは
あるが、ここで聖に生きる活力を与えなければ後悔してしまう気がする。

「・・逃げるの」

「だから俺はもう」

「いい! このまま朽ち果てるように生きていたって惨めになるだけ・・
そんなの相良 聖には相応しくない生き方だわ!! 中野はそんなあんたを見たくなかったはずよッ!!!

生きて・・抗って・・ 最後は娘や孫達の成長を見届けて堂々と死になさい!! 
勝手に死ぬなんて冗談じゃないわ! 


そんなの私が許さない――ッ!!!」

「ツン・・」

ツンの言葉に聖は今までの人生を振り返って思い出す、今まで自分が貫いてきた
生き方・・そして希の成長とこれから産まれてくるであろう孫達の未来。今まで自分が
絶望の淵に立たされてきた時、支えてくれたのは他ならぬ翔。しかしその翔はもう
この世にはいない・・それはわが身が引き裂かれそうなのと同じぐらいで哀しいという言
葉ではとても収まりきれないものだが、その翔が今の自分の姿を見たらなんて言うのだろうか?
そんなことは聖にも分かりきっている。それに希にもああ言ってしまった手前、自分が
踏ん張らなければ孫にも笑われてしまうし今まで生きてきた相良 聖としてそれは絶対に
許されない。

残されたこの人生、自分らしく・・相良 聖として生きぬく為に覚悟を決めた。

「らしくねぇ・・ 俺は俺のために生きる!! あいつなんざ、勝手に死んだことを
後悔させながらまたあの世でぶっ飛ばせばいいわけだしな!!!

決めたぜ! あいつらを見守ってやるぜ、一応あいつのためにもな!!」

「そうよ。・・それが本来のあんたよ」

相良 聖・・血に飢えた狂犬は再び生気を宿す。



それから数日後、いつも行われている定期検査の日・・いつものとは違った聖の姿に
泰助は驚きつつも安心を取り戻し、そのまま検査を続ける。

「どうしました? 今日はやけに元気そうですが」

「いつまでも周りに心配かけるわけにはいかねぇしな。それに孫も生まれるしよ」

「それはおめでとうございます。元気に生まれるといいですね、妊娠は何ヶ月目ですか?」

「今は1、2ヶ月ぐらいかな。本人は仕事も続けてやってるよ、ああ見えて1人目は
学生でそういった仕事もしながら出産してたからな」

聖から聞く希の生活に泰助も少し苦笑も隠せないが、泰助として見れば何とか聖が生きる
活力を取り戻してくれて何よりだ。

「しかしまた孫が生まれるなんて変な心境だ、そのうち後1人ぐらいは増えそうな気もするぜ」

「いいじゃないですか。それはそれでお婆ちゃんらしくて」

「俺はまだババァじゃねぇ!!! ・・ところで先生、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「どうしました?」

突然の聖の問いかけにいつもの平静を保つ泰助であったが聖は一呼吸置くとこれまでにない
真剣な顔つきでとんでもない質問をする。

「なぁ・・俺、後何年ぐらい生きられるんだ?」

「え、ええ? 大丈夫ですよ、奥さんは・・」

「わかってるんだ。・・俺そんなに長くはないんだろ? 今のうちに知っておきたくてさ」

ついに泰助にとって最悪の事態が訪れる。今まで聖の病状は本人は愚か、家族にも
知られることがなかった、礼子と泰助はあの時の聖に本当のことを伝えてしまったら
それこそ再起不能になると判断し今まで2人だけの秘密としてその事実を秘蔵してきた
のだが、直接聖に言われると泰助も言葉が詰まる。

暫く静寂が包み込む中で診察室に静かにノックの音が響く。

「どうぞ」

「礼子先生!」

「・・その様子だとバレタみたいだな」

診察室に現れたのは礼子、いつもより診察が遅いので心配になって見てみるとこの有様。
礼子は場の空気で全てを察すると泰助に促す。

「話してやれ。だけど・・お前も本当に良いんだな?」

「覚悟は出来てる。これからのケジメをつけるために・・な」

「・・わかりました。奥さん、良く聞いて下さい」

泰助から話される本当の自分の症状を聖は黙って聞いていた。




りんの音が静かに響く翔の仏壇前、聖は線香を上げ両手を拝みながら全てを報告をする。

「・・俺、もう長くないって礼子先生の旦那から言われたよ。何だか良くわかんねぇが
女体化の影響でもらった薬で持って5年ぐらいだとよ。てめぇも全く笑っちまうよな」

しかし仏壇の中の翔からは返答がない、しかし聖は報告をそのまま続ける。

「希の奴な妊娠したんだよ、1人だけ育てた俺達とは違うみたいだ。
・・そんでさ、俺決めたんだよ。希や孫達が立派になるまで見守ろうってな。
俺は俺の生き方を貫く! お前との決着はあの世に持ち越しだな、そん時は・・俺が絶対に勝ってやる!!」

これが翔との最後の対話。それ以降、聖は二度と翔の仏壇には足を運ばなかったと言う。




そしてそれから数十年後・・親しい人物が次々と死んでいき、舞台は聖の自宅の寝室。
そこにいるのは希と2人の男女・・そしてその目の前には伏せっている1人の女性は
容姿こそ若干老けたものの聖である。
あれから聖は超人的な気力で病の進行を遅らせ、希や孫達の成長を静かに見守って
いたが・・ここ最近になって内臓器官の調子は悪化の一途を辿り、ついには床に
伏せってしまう。

あの妊娠から希は無事に1人の女の子を出産し、女の子はこれまた聖や希そっくりの
美少女に成長する。希の方もあれからベストセラーを世に贈り出し、小説家としての
地位を不動のものとしながらも旦那と一緒に2人の子供を育て上げた。
歳は兄19歳、妹は今年で16歳となり心身ともに成長を遂げる。

今日は3人は聖にとある報告をするためにこうして集まった、希は静かに語り始める。

「ママ・・ついに我が家の長男坊が結婚することになったの。
だけど私達みたいに出来ちゃった結婚じゃないわ、普通に恋をして普通に付き合っての結婚よ。

相手は就職先で知りあった女性だそうよ」

「婆ちゃん、高校卒業してから無事に就職してついに俺も結婚だ。
俺みたいな半人前が婆ちゃんやお袋みたいな家庭を築けるかはわからないけど・・俺、結婚するよ」

聖は横になりながら黙って長男の話をじっと聞く、そして長男の説明が終わると娘の方も
報告を述べる。

「お婆ちゃん。・・私ね、中学卒業したら医大に進学するの。もちろん受験をしてちゃんと
合格も貰ってきてわ、お母さんも喜んでくれた・・そして将来はお婆ちゃんのような人の
病を治す立派な医者になるの!」

「これが私の子供達の将来、なーくんと一緒にここまで育てるの大変だったんだから・・」

「希もようやく一人前になっ――ゴホッ! ゴホッ!!」

身体を無理に起き上がら咳き込む聖、口を抑えた手には既に血が出ており病状の深刻さを
物語る、そして聖は希や孫達の顔をじっと見つめながら自分の最期の刻をゆっくりと
噛み締めながら最後の力を振り絞り遺言を述べる。

「お前達はこの俺の孫だ、信念を持って強く生きろ! ・・そして希、お前は俺達が育てた最強で最高の娘だ! 



                これでようやく…… あいつに……逢える…ぜ」

「婆ちゃん!!」

「お婆ちゃん!!」

「ママッ!! 目を覚ましてよ…ママ――ッ!!!」

聖が目を覚ますことは二度となかった。相良 聖・・真の男の中の女はここに生きた――



―fin―

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最終更新:2009年06月18日 03:10
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