青色通知11.0&11.1&11.2

 ~青色通知11.0(初紀の場合)~

 ―――いつの間にか、雨は上がっていた。

 ……てっきり私たちは市役所に向かうのかと思いきや、るいちゃんは市役所とは真反対の方向に歩き出す。確か、こっちの方って―――そうだ、比較的富裕層の人達が住む住宅街がある方面。
 かなり無粋な言い方だけど、いくら通知受取人の給与があるとはいえ、親元を離れて暮らしてる筈のるいちゃんが住めるような立地では無いはず。
 かと言って、その……"行為"を出来る場所とも違う。るいちゃんは、何がしたいんだろう。
 いつもしてる青いリボンで髪を結っていないせいか、少し彼女が大人びて見える。
 髪型だけ真似したって、私は私だし、るいちゃんはるいちゃんだ。―――そう思って髪を下ろしたのに、その凛とした姿を見ると……私はどう足掻いても彼女に勝てないんだって、見せ付けられてる気がして。
 ……るいちゃんにそんな他意はないのだろうけど、同じく髪を下ろした自分が惨めに思えてくる。いつの間に……私はこんな劣等感のカタマリになり果てたのだろう。

「―――言い忘れてた」
「えっ」

 まるで、どうでもいいと言わんばかりの平坦な口調で彼女は呟く。

「―――ハルさん、生きてたよ」
「……?」

 ハルさん、って……るいちゃんが通知受取人をする切欠になったあの人?
 車に轢かれて、亡くなったんじゃ……?

「気になって調べてたけど……確かに、あの日ハルさん―――"有島 美春"さんっていう同姓同名の人の死亡事故はあったよ。
 ……けど実際に遺体を見た訳じゃないし、どんな手口を使って"入れ替え"をしたのかも……一切分かってない。でも、生きててくれた。
 それを教えてくれたのが、ひーちゃんだよ」
「陸……?」

 そう言えば、何で二人は天海駅なんて遠い所まで行ってたんだろう。
 ただ、その……二人がただ"関係を持つこと"を隠すためだったら、最寄り駅から数駅離れた場所を選べばいい話だ。
 ……でも、"それ"だけが目的じゃないとしたら―――。



「―――多分、初紀ちゃんの考えてる通りだ思う」

 私の考えを先回りして、るいちゃんが呟く。

「……どう、なったの?」
「―――他愛もない話をして、おしまい。それだけだよ」

 ―――そんな筈、ない。

 るいちゃんにとってハルさんは、人生と表現してもおかしくはないくらいに大事な人だった。そんな人が生きていて……他愛もない話だけで終わるなんて考えられない。
 でも……事も無げに、るいちゃんは空を仰ぎながら私の質問を受け流す。
 その透き通った目は、何者も侵すことが許されない神秘的な輝きを放っていて、それ以上の追及を許してはくれなさそうだった。

「……」

 言葉が途切れた途端に、黙りこくったままスカートのポケットから取り出した携帯を弄り始めるるいちゃん。……何をしてるんだろう?

「………あっ」

 不意に、透き通った目がこちらに向く。その生気すら感じられない目に、カラダが吸い込まれそうな気がして……私は途端に視線を逸らす。


「……くすっ、逃げ帰るなら今のうちだよ?」

 そうやって、私をバカにして。

「―――っ、大丈夫……私、大丈夫だから」

 売り言葉に買い言葉で応えて。

「後悔しても、知らないから」


 ―――まるで何もかも見通すような透き通った目の、最後警告を蔑ろにした結果が……これだ。


「んぅ……や、ぃ……ひぅ……んぁああっ!!!」

 ―――理性と本能が切り離されるような錯覚。

「キレイな肌してるよね、初紀ちゃんて」

 目の前で、まるで玩具で遊ぶかのような楽しそうな顔で、私のカラダを弄ぶ……るいちゃん。
 抵抗を試みても、ベッドに繋がれた手錠がカチャカチャと鳴るだけ。
 足を閉じようとしても、るいちゃんが容赦なく私自身でも気付かなかった弱い所を責め立てるから……もはや抵抗にすらなっていない。
 ……口からは嬌声がだらしなく漏れ出て、全身が……彼女の愛撫を気持ちいいと訴える。



「な、んで……ひゃう…っ…こんな……んぅッ!!?」
「だって、"初めて"じゃ使いものにならないしね」

 執拗な責め方とは裏腹に、淡々とした口調。
 ……私のカラダの気持ちいい部分を、るいちゃんに全部見抜かれてるような錯覚さえ覚える。
 それなのに、果てが見えない。
 だって―――

「や、ぃや……、やぁあぁああっ!!」
「……はーい。休憩」
「ふぇ……っ!?」

 ―――カラダがバラバラになってしまいそうな快感の手前で、るいちゃんは手を止めてしまうから……。

「くすっ」

 男だった時なら、直ぐにでも見えた到達点が……今は果てしなく遠い。
 その感覚すら、今……目の前で、底の見えない可愛らしい笑顔を浮かべている女の子に支配されている気がする。

「……通知受取人って、こういうモノだと思った方がいいよ?」

 そう皮肉っぽく言うと、るいちゃんは私の……で濡れ光る右手をくゆらせて、開いた人差し指と中指の間に伸びる透明な糸を見つめる。
 ……私、あんなに……。
 顔が熱くなる。あらゆる意味で"同じ身体"をしてる子にカラダを好きなように弄くり回されて私は……あれだけ悦んでいたのだと思うと。

「……っはぁ、はぁ……ぁうぅ……」

 ……抵抗の言葉も出てこない。
 ただ、カラダはこの子が与えてくれる快感を欲していて、その快感の代償である荒い息が私の言葉を阻んでいるから。
 ……何度となく絶頂寸前まで追いつめられては焦らされて。
 こんな行為自体が初めてなのに、こんなにも私は悦んでいる。それを恥ずかしく思う間もなく―――。

「はーい、休憩おしまいっ」
「んぅ―――ッ!!?」

 ―――あくまでも淡々とした口調で、"それ"は再開される。
 私の陰部に触れる細い指。反射的に漏れ出る嬌声。カラダが思い出す……火照り。



「あははっ、素直に鳴いちゃって。
 あーあ、シーツこんなびしょ濡れにしちゃってさ。私、このベッドで眠れないじゃん?」
「ご、ごめ……ひぅっ……な、はぁん……」」
「謝ることも出来ないの? そーんなキモチイイの? ……ほーんと可愛らしいね、初紀ちゃん」
「やっ、や……はぁん……っ!!」

 湿り気だらけの音が鼓膜から脳を犯していき、下半身からは痺れにすら似た快感が、押し寄せてくる……っ。

「そうやって、一人の人を一途に思い続けてさ。ホントに可愛い。
 ……壊したくなるよ、そーゆーの」

 るいちゃんの無機質な声に、寒気が走る。

「え……っ? ……んぅぅぁああっ!?」

 その直後に走る電気にも似た快感が、激しく波打つ水音と一緒に私を責め立てる……っ!

「あはははっ、またイキそうなのかなぁっ?!
 自分から腰振っちゃってっ、イイ声でよがっちゃってさ。はしたないったらないよねっ。
 さっきからイキたがってるのに、震えちゃって……怖いのっ? ほらぁっ、ココだよねぇっ?」

 敵意にも似た笑いと共に、同じ身体の持ち主だからこそわかる弱点を執拗に責め続けてくる。
 その度に、上下の口がみっともなく声をあげてる自分に、自然と涙が零れた……。

 ―――怖い……!!

 許容量をとっくに超えた快感を初めて恐怖に感じる……。

「あはははっ! こんなにキモチイイのに、相手がひーちゃんじゃなくて残念だねっ」
「ひぅ、っ、っぅぅっ!!?」
「あれ、またヒクヒクしてる、またイッちゃいそうなんだぁ? 節操がないんだぁ、"通知受取人"にはぴったりのお口だね?」
「や……っ、やめ―――っ、ぁあああっ!!!」
「―――やめないし、許さないよ」

 いつか、何処かで聞いた言葉。そして、絶頂寸での所で再び離れる……るいちゃんの細くて白い指。

「はっ、はぁっ、……んはぁ……やぁん……っ」

 その中毒性の高い感覚から目を覚まそうとしても、るいちゃんは抜け目無く……私の胸の先端部位を、濡れ光る唇で愛撫するものだから……緩い快感が、そこから逃げ出すのを許してくれない。



「―――良いこと教えたげる」

 私の……お世辞にも発達したとは言えない胸のてっぺんを味わい尽くしたのか……興醒めしたように、るいちゃんは呟く。

「ひーちゃんはね、初紀ちゃんと同じこと考えてる。
 目的は違うけど、結果論から言うと同じことだしね」

 ―――どういう意味、なんだろう……?

「初紀ちゃんは、ひーちゃんの為。
 ひーちゃんは、私の為にね……それぞれ自分が私に代わって通知受取人になろうとしてるってコト。
 ……これが何を意味するか分かるよね?」

 もともと、女性しかなれない通知受取人に―――陸が……? それって―――。

 ―――陸は、まだ私と同じ道を辿る可能性が残っているってこと?!

 ……一気に血の気が引いてくのが分かる。
 同時に、私を玩具のように弄り回す彼女に……言いようのない憤りを覚えた。

「私はキチンと言おうとしたよ? それなのに、キミは聞こうとしなかった。
 勝手に、私とひーちゃんが"した"って思い込んで―――捨て鉢になった初紀ちゃんが悪いんじゃない。
 ―――だからさ、精々愉しもうよっ」

 そう言って、指に光る私の体液を舐め取ると、笑いながら覆い被さってくる―――るいちゃん。

「―――やっ、なんで、どうしてこんな……っ!?」
「あははっ、いいねいいねっ、その表情!
 ……怖いクセに、怒ってるクセに。これから起こる"出来事"に期待しちゃってる顔してる。
 ……そんな困った顔が、凄く……可愛いよ」

 恍惚した表情でるいちゃんは私のコトを言葉で辱めてくる。

「ち、違―――?!」
「じゃぁ、カラダに訊いてみる?」
「っ! ひゃっ、やぁ……っ、んっ……んんぅっ!!?」

 カラダがバラバラになりそうな強い快感の波が、再び下腹部に集まり始める。
 怒りも、哀しみも、真っ白な快感に阻まれて……何も考えられない……っ!
 今は彼女の白く細い指が、私のナカに与えてくれるキモチ良さに導かれたい………っ!


―――でも、怖いっ! 怖くて仕方がない……!!
 相反する二つの感情の捌け口を見つけられないまま、私は……。

「……そろそろ壊してあげるよ、初紀ちゃん?」

 イタズラっぽい微笑みを浮かべながら、るいちゃんは耳元に近付いていく。

「や、やぁっ?! はっ、ふぅぅう……っんぁぁあぁぁっ!!!!」

 耳と、雛先と、ナカを同時に……リズミカルに弄られて―――私のカラダが、漸く訪れた快楽の到達点に打ち震える。
 痙攣にも似た、快感のゴール地点。
 ……その後に襲い来る倦怠感。

「……っはぁ、はぁっ…あ……、はぁ……」
「キミはやっぱり最高に可愛いよ……初紀ちゃんっ!」

 るいちゃんが疲れ果てた私の身体を抱き締めてくる。手錠と倦怠感の鎖が、それを拒否すること許してくれない。

「………そう思うよね……"ひーちゃん"?」
「――――っ!!?」

 そう、るいちゃんが振り向きながら呼び掛ける。

「………ちっ」

 るいちゃんの部屋の出入り口であるドア越しに、アイツの姿。
 ……って、えっ、えぇっ!!?


  ~青色通知11.0(初紀の場合)~





  ~青色通知11.1(るいの場合)~

 ―――考えてみたら、私たち三人はそれぞれに面識のある間柄なのに、こうして一同に会するのは今日が初めてなんだよね。
 なんだか不思議な気分だな……なんて悠長なコトを和やかに言ってられる状態じゃないのだけれど。

 ―――だって、一人はベッドの骨組に手錠で繋がれてる上に、半裸だし、昇天直後だし。

 ―――私も、ちょっとノッて来ちゃったから着衣がちょっと乱れてちゃってるし。

 ―――最後の一人は、その"現場"をバッチリ見てたらしい証拠が雄々しくそそり立ってるし。
 ……理由は知らないけど、頭に赤い鉢巻をした妙なカッコで。

 ……一触即発の雰囲気って、こーいうことを言うのかなぁ……?

「やっほ、意外に遅かったね」
「……どーいうつもりだよ、るい」
「メールで書いた通りだよ? この子が、私の後釜になる子。
 あはっ、可愛いでしょ?
 お肌もすべすべだし、色々とビンカンだし、通知受取人には最適でしょ? ほら、ココも綺麗だし―――」
「―――っ、や、やぁ………ッ!! み、見ないで、やだっ、見ないでよぉッ!!!」

 陰部を指で広げられて初紀ちゃんは正気に立ち返ったのか、涙を目一杯に溜めて、身をくねらせ、脚をバタつかせている。
 いや、初紀ちゃん。それは逆効果だと思うよ?

「わ、悪ぃッ!!」

 その涙目の初紀ちゃんの姿を見て漸く正気に立ち返ったのか、陸も慌ててそっぽを向く。
 いや、お二人さん?
 今更さ、そんなプラトニックなことしても手遅れじゃない?
 だって多分、陸は……一部始終をしっかりくっきり見てたと思うし。
 初紀ちゃんの弱いトコを私が責め立てて、アンアンとキモチ良さそうに鳴いてたトコも、全部。

「……くすっ、あっははははっ!!」

 なんだか二人のやり取りが滑稽で、私は心底から笑っていた。
 これを滑稽と言わないなら何と表現すればいいんだか。
 他に上手い言い回しが見当たらないから、とにかく私は笑うしかなかった。



「―――るい、てめぇ……初紀に何してんだよッ!!?」

 思い出したような怒声が私に向けられる。
 恥ずかしさを押し隠そうとしていても、声が上擦っていてちっとも怖くない。

「ん? なぁに。ひーちゃんも混ざりたいのかなー?」
「んな……ッ!!?」
「……や、やだっ、やぁあぁっ!」

 彼の言葉から出る勢いは直ぐに弱まっていく。
 だって―――食ってかかる陸に……初紀の恥ずかしい場所を開いて見せてあげてるから。

「あははははっ、こーんなにトロトロだったら、いくら初紀ちゃんが初めてでも―――ひーちゃんの立派なのでも、余裕かもね? ねぇ、初紀ちゃん……試してみよっか?」

 恥ずかしくて、涙が止まらないくせに、私が溜め息混じりで耳元に囁くと身体を打ち震わせる初紀ちゃん。
 ん~、調教しがいのありそうなマゾヒズムを持ってるね。間違いなく。

「ぐすっ、ひっ……く……や……ぁ、や、めて……るい、ちゃ―――」
「―――さっきも言ったよ? やめないし、許さないって」

 我ながら、凄まじい悪女っぷりだな私。
 意識している異性の恥ずかしい場所を見ないようにと、目のやり場に困っている陸と……
 好きな人の目の前で、自分でもあまり目が届かないような女の子の部分を、無理矢理に晒しモノにされて、涙をポロポロと零す初紀ちゃん。
 そんな二人を見ていても同情すら湧かない、むしろ、笑いが込み上げてくるんだもん。

「……てめぇは、本気で初紀のことを――――」
「―――本気に決まってるじゃない。だって、ひーちゃんは"私"と付き合いたいんでしょう? 女にだってなりたくないんだったら、最善策だと思うよ?」

 抱きしめて愛撫していた初紀ちゃんを放り出して、私は自分の制服の乱れを直す。
 手枷をされた初紀ちゃんは必死に腿を閉じて、自らの秘部を意中の異性から隠そうと必死にカラダをくねらせている。
 ……うん、非常にソソられるね。



「……ざけんなっ!」
「さぁ? ふざけてるのは、誰だろうね?
 私の気持ちなんかサラサラ無視で、勝手に仕事を横取りしようしてる人達が、ふざけてないっていうの?」
「「――――っ」」

 ほら、二人して黙っちゃった。口喧嘩で私に勝とうなんて甘いよ?

「初紀ちゃんは、私を利用しようとしてた。
 ひーちゃんは、自分の気持ちに嘘吐いて、挙げ句にカンケーの無い私まで巻き込んだ。
 ―――イイ迷惑だったよ、ホントに。キミ達を玩具にして遊ぶだけのつもりだったのになぁ」

 気付けば、二人とも失語症を患っているみたいに押し黙ったまま俯いていた。

「―――だから、"友達ごっこ"はもうおしまい。ウザったかったんだよね、正直」

 灰色の嘘が静寂を破る。

「るい……ちゃ―――」「―――軽々しく名前を呼ばないでくれるかな。"御堂さん"。
 それに、"前田くん"も」

 いつか、愛しい人に吐いたのと同じ嘘が、痛い。
 拒絶してるのは私の筈なのに、二人の苦悶の表情を見ていると、五臓を締め付けられてるみたいな、鈍くて、乱暴な痛みが全身を駆け巡った気がした。

 でも今は、今だけは笑え。私。

「―――ほらぁ、"御堂さん"は"前田くん"と交わるコトを期待してるんだよ?」
「………」
「それに、"前田くん"は"御堂さん"が好きなんだよ? そうじゃなかったら血相を変えて、わざわざこんなとこまで来ないよねぇ?」
「………」

 私は二人の気持ちを代弁してあげた。何一つ嘘はない。それなのに、身動きが取れない二人。

「あはははっ、あはははははっ! あー、おっかしい! 気持ちが通じてるのに、二人とも何を怖がってるのかなぁ?
 さっさと"した"ら、なーんにも問題ないのにっ!」

 第三者から見ていて、苛立ちを通り越すほど遠回りな二人を私はお腹の底から嘲笑った。



「……」
「あ、もしかして、"前田くん"は"御堂さん"が要らないの?
 ……なら私に頂戴? こーんな可愛い子の乱れる姿なんか、滅多に見られないしね」
「………」
「あー、大丈夫、ちゃんと前田くんとはえっちなことしてあげるよ? それでいいよね?」
「………それも本気で言ってンのかよ?」
「もちろん。ハルさんにフられて漸く気付いたんだ。
 私は女の子に成りきれなかった。だってさ―――」

 言いながら私は手の自由が利かない女の子の腿に手を滑り込ませる。

「……んぅっ!?」

 私の中指に温かな湿り気を認めたのと同じタイミングで彼女は、身体を仰け反らせた。

「―――こーゆーことに凄く興奮しちゃうんだもん」

 また、灰色の嘘。
 その快楽と羞恥心の狭間で葛藤している彼女の涙混じりの表情は、被虐的で……ホントに可愛い。
 私には絶対持つことの出来ないと思う可愛さ持つ彼女への劣等感。
 その可愛さを私が彼女から引き出すことが出来るっていう優越感。

「……ふふっ、笑っちゃうよね。
 感じてるトコを好きな人に見られてキモチイイくせに、それを必死で隠そうとしてるなんてさ。バカバカしいだけじゃない?
 自分からおねだりも出来ないくせに被害者面してさぁ、ちゃっかり自分の思い通りにしようとしてさっ」
「やっ、い、やぁっ!!! も……言わないで………ッ!!」

 初紀ちゃんは本当に私の加虐心をとことん煽ってくれるね。もっと苛めたくなるよ……!

「あはっ、ホント"御堂さん"ってサイテーだよ―――」

 ―――ガッ

「―――サイテーなのはどっちだよ?!! あぁっ!!!?」



 気付けば、吐息を感じられるくらいに近い位置に、陸の怒気をはらんだ顔があった。
 胸倉を掴まれて、身体ごと彼女から引き離されている。

「……さぁ? 誰のこと言ってるのかな? 好きな人のこんな姿を見て、カタくしてるキミかなぁ?」

 ……余裕ぶっていても、陸の本気の威圧に、私の手足は不覚にも震えていた。
 こんなにも、怒りに満ちた陸を見るのは初めてだ。
 多分、彼女は知っていて、私は知らない表情。

「っ、るい―――もう一回訊くぞ、本気で言ってンのか?」

 ―――頼むから冗談だと言ってくれ、と懇願してるようにも見える陸の表情。でも、それは出来ない相談なんだよね。

「……しつこいなぁ。何度言えば信じてくれるのかなぁ。……それにさ、言ったよね? "前田くん"に名前を呼ばれる筋合いは、もうないよ。

 ―――さっきも言ったよね?
 キミ達なんか、最初から友達なんかじゃないんだよ」

 そう言い終えて、目を伏せた時に。
 ―――ふと、思い出す。

 ―――私の苗字がゲームの悪役の名前みたいだなってことを、今、目の前で私を睨みつけてる男の子と笑いあったな。
 私が冗談を言う度にお茶を盛大に吹き出して、空に綺麗な虹を描いてたっけ。

 ―――ぎこちなかったけど、喫茶店でお互いに名前を呼び合って、好きな人の事を純粋に想う女の子を、陰ながら応援してあげようって思ったりもしたな。

 ―――その二人の輪っかに私も交われたらいいな。どこかしらで、そんな甘い幻想も抱いていたことあったね。
 ……結局、それを壊したのは、私と私の気持ちだったくせに。

 数えてみれば、たった数日の出来事。
 今すぐに死ぬワケでもないのに走馬灯みたいに頭を駆け巡る思い出。

「……くすっ」

 思わず、笑みが零れていた。
 私は、なんてバカバカしいことを考えていたんだろう。
 思い出に縋ることの愚かさを、身を以て知ったばかりなのに。ハルさんとのこで、痛いくらいに。



「ごっこ遊びは……もうオシマイ。
 あとは気持ちの通じたお二人で"仲良くして"ね?」
「るい、てめぇえぇえっ!!!」

 大きく振りかぶられた陸の手のひら。
 そんな痛みで紛れるくらいの苦しさなら、どれだけ楽かなぁ―――?

「―――っ、やめてっ!!!」

 私の頬の手前で止まる大きな手のひら。
 ははっ、痛みを与えて貰うことも赦されないんだね。私は。

「……ダメ、だよ。るいちゃんを巻き込んだのは私だっ、殴るなら、私だよ……!!!」

 嗚咽混じりの叫び声。
 ……初紀ちゃんは本当に甘いんだから。そんなだから、私に体よく利用されちゃうっていうのに。
 陸も陸だよ。何で思いっきりひっぱたいてくれないの?

 ホントに、みんなバカだよ。

「……もうおしまい? じゃ、コレ……此処に置いとくね」

 陸の身体を潜り抜けて、私はリビングのテーブルの上に玩具の手錠の鍵を放り出す。

 そして―――別れを告げた。

「―――じゃあ……ばいばい。ひーちゃん、初紀ちゃん」
「ま、待――――」

 ―――バタン!

 二人に背を向けて叩きつけるように、玄関のドアを閉める。
 ついでに、ずっと外に放りっぱなしになっていたバットを、ドアと手すりの間に挟み込む。
 何れは衝撃で外れてしまうような簡素なモノだけど、直ぐにドアを破れはしないだろう。

 ―――さよなら。ひーちゃん、初紀ちゃん。そして……くだらない思い出を一杯くれた、この町。

 ……私はポケットに突っ込みっぱなしになっていたイヤホンで耳を塞ぎ、ギターソロの鳴り響くロックを大音量で耳に流し込みながら……そこから逃げ出した。

 ―――自分の嗚咽っていう雑音を、今は聴きたくなかったから。



  ~青色通知11.1(るいの場合)~





  ~青色通知11.2(陸の場合)~

 ―――ファンシーグッズと野球の用具の点在するアンバランスな部屋。
 そこに残された満身創痍の俺と、手錠に繋がれた半裸の初紀。

「……大丈夫かッ!?」

 るいのコトは気掛かりだった。
 なんで、こんなことをしたのかを問いつめたかったし、本気だったのかも知りたかった。
 ……けどよ、こんな辱めを受けた状態で初紀を放置したまんまで居られる程、俺も無神経な人間じゃねぇから―――。

 ―――つーか、俺は早く目の前の"女"に泣き止んで欲しかった。
 二者択一なんて悠長なコトを考える余裕もなかった。
 俺は真っ先にリビングに置いてあった玩具の鍵を、初紀の手に物騒に光る鈍色の腕輪に差し込んで回す。
  ―――今まで、人一人を拘束していたとは思えない軽い金属音がして、漸く初紀の両手は自由になった。

「………陸、陸ぃっ!!」

 余程、勢い良く暴れたのか……俺にしがみついてくる初紀のか細くて白い手首には、くっきりと赤い一本の線が刻まれている。

「……っ」

 ……それより先は、直視出来ねぇよ。

 汗と、シャンプーの匂い。
 目を逸らしても視界に入る―――髪に隠れきっていない初紀の上気した頬。

 ……解けたスカーフ。

 上半分ボタンの外れたブラウスから覗くハズレ掛けた白い下着と……その中の、控えめだけど確かなふくらみ。

 首筋に掛かる、熱と湿度を帯びた吐息。

 細身の腿に引っかかる、湿った下着と、無防備なスカートの中身。

 ……つーか俺、結局、全部見てんじゃねーかっ!?


 ―――俺の五感と想像力のほとんどが、初紀を敏感に感じ取るこの状況下で、どうやったら興奮しないで済むのか教えてくれッ!

 素数でも数えりゃいいのかッ!?

 つーか素数ってなんだッ!!?

 今、この瞬間ほど、数学を蔑ろにしたことを本気で後悔したことは無かったぞ畜生ッ!!
 くそっ、頭がクラクラしてきやがった……っ。
 それなのにカラダは、もう限界寸前までムラムラしてるって……バカかっ!? 俺はバカなのかっ!!? いや、実際バカだけどよっ!
 って、うるせぇよっ! そーいう意味じゃねぇよっ!!!

 ……ヤバい。頭ン中がテンパり過ぎてて、テメーで何考えてンのか分かんなくなってきた…………くそっ! 落ち着け、落ち着けって俺!!

「……ぐすっ、……陸?」

 いつまでも何の返事もしない俺に不安を覚えたのか、初紀が俺を見上げてきた。
 その雪兎を連想させる真っ赤な目と、露わになっている白い肌。
 そこから目を逸らして、飛んじまいそうになる理性を必死で繋ぎ止めるのがやっとだっていうのに―――。

「……ぅわっ!!?」

 ―――背中で柔らかいマットレスが軋む。
 目の前には顔を真っ赤にして俺を見下ろす初紀。
 俺……押し倒されたのか……?

「………」

 涙目で息を乱して、何かを目で懇願してくる初紀。

 ―――いや、違う。

 "何か"なんて漠然としたモンじゃねぇ……わかってるくせに、俺はその"答え"を見出すことを躊躇ってる。
 どうして? 何を躊躇う必要があるんだ?


 "それ"は、ヒトならば普通の、極々当たり前の欲求のはずなのに。なんで……?

 ……ざけんな。それもとっくに分かってンだろうがっ!

 頭ん中で答えだってとっくに弾き出してる筈なのに、それをココロが拒絶する。
 そんな分かりきった自問自答の繰り返し。

「……っは、……はぁ……大丈夫だよ。これは、っ、陸の意志じゃないから」
「っ、初紀……?」

 ……息を切らしながら。カラダの帯びた熱を必死で抑えながら……初紀は笑いかける。

「……私が、したいのっ。だから、陸が気に病むことじゃ、ない」
「………ッ」

 ……初紀は、とっくに見抜いてた。俺が躊躇う理由を。

「……っ、はぁ、……んっ…るい、ちゃんから……聞いて、漸くわかった。
 るいちゃんは陸が好きで、私も陸が好きで……。
 陸は―――どちらかを選べない自分が許せなくて。
 ……ありがとう。……こんな卑怯な私でも、好きになってくれて」

 ……笑顔で、礼なんか言わないでくれよ。
 好きな女を二人も苦しめた俺が、そんな風に笑顔を向けられる資格なんかありゃしねぇのに……!!

「だから、さ、っ、はぁ……っ、"これ"が終わったら……二人で、るいちゃん……捜しに行こ……? ……ねっ?
 "これ"は、陸の意志じゃないんだから。まだ、迷っていいんだから」
「……だよ」
「え……っ?」
「どうしてお前は、るいをそこまで信じられンだよっ?!!」

 るいに、いいようにカラダを限界ギリギリまで弄ばれたのは、他でもない初紀だ。それなのに――どうしてアイツのことを信じられるのかが不思議で仕様がなかった。


 半狂乱に叫ぶ俺を相手にしても、それでも、初紀は物怖じ一つせず――さも当然だと言わんばかりの笑顔で応える。

「―――るいちゃんの最後に言ってたこと、聞いてなかったの?」
「最後の言葉……?」


 『―――じゃあ……ばいばい。ひーちゃん、初紀ちゃん』


 ―――あ……っ。

 あれだけ"他人"を強調してたのに、るいは……最後の最後、俺や初紀を名前で呼んでくれてた。
 ……もし、仮にだ。
 るいと共にこの町に帰ってきてから、今までの一連の出来事が、俺と初紀を結び付かせる筋書きなのだとしたら……?

「……ねっ?」

 ……初紀が涙を溜めた目で笑いかけてくる。
 言うまでもなく複雑な心境の筈なのに……初紀は、俺を心配させまいと気丈にも最上級の笑顔で振る舞ってくれていた。
 ……俺も、応えなきゃ。

「初紀、……そのっ、す、好―――んぅっ!?」

 自分の中で引っかかっていた言葉を、素直な気持ちを吐き出そうとした瞬間に、唇が塞がれる。
 聞き覚えがある水音と、生温かい舌の感触は俺から言葉を奪うのに十分だった。
 脳髄が侵されそうになる一歩手前で、ようやく唇が離れた。

「……はっ、はぁ……っ」
「…っ…ふぅ。……ね、陸」
「………っはぁ、はぁ」

 笑顔の問い掛けに、言葉を失った俺の視線が絡むだけのやりとり。

「そのコトバはさ。私を選んでくれるまで……とっておいて欲しいな」
「……っはぁ、っは……二度と、言わねーかもしれねぇぞ……?」
「……その時は、友達として二人の仲人してあげるよっ」
「なんだよ、それ……」

 ……今までの初紀とは思えない程の笑顔だった。……つくづく女心って分からない。



「―――だから、今だけは……私を。
 ……御堂初紀だけを……
 ……愛してください」

 ……普通なら笑ってしまうような、歯の浮くような台詞を、恥じらい気味に俯きながら呟く目の前の美少女が、たまらなく愛おしく感じる。
 それは、コイツが以前が男だったとかダチだとか、そんな建て前や理性を……根底からぶち壊しちまうような破壊力を持っていて……もう止まれそうになかった。

「……後悔、するンじゃねぇぞ」
「ふぇ……ッ? んぅ、んむぅうぅう……っ!?」

 手を伸ばして、無理矢理に初紀を引き寄せて……今度は俺から口付けを仕掛ける。
 最初こそカラダを強ばらせたものの、初紀は俺の舌を丹念に受け止め、それに応えてくれた。
 ……頭がクラクラするくらいに濃厚なキスして、今度は初紀を俺が押し倒すような体勢になって……るいが、先程まで弄んでいた、そこに触れてみる。

「……んっ、ぁあっ、っは……ひ、陸ぃ……っ!」

 火傷しそうな熱と、性を感じる湿り気を帯びたそこが、俺の右手の中指を飲み込んでいくのが分かる……。これが初紀の中……なんだな……。

「だ、大丈夫かっ!?」
「へい、……きっ。ん……っ! 気持ち、イイ…はぁ…ぅん……んぅっ!」

 その温もりの中で、俺は中指の第一関節を動かしただけなのに、初紀はカラダ中で反応するものだから、おっかなびっくり愛撫を続けるしかなくて……。
 指だけで、こんなになっちまうのに……俺の―――が入ったらどうなっちまうんだろう。本当に初紀は壊れちまうんじゃないかって、不安に駆られる。
 でも本能が、不安で止まりそうになる身体を許してくれそうにない。



「初紀……悪い、俺……!!」
「……うん」

 困ったような笑顔を浮かべて、初紀は俺を受け入れてくれることを了承してくれた。
 ズボンのベルトに手を掛けて、俺は……はちきれんばかりに漲った自身を初紀にさらけ出す。

 ……無言の間が、ハズい。死にたくなるくらいに。

「……悪ぃ……マジで、その……っ」
「……凄い」
「へっ?」

 恍惚した顔で俺のイビツな一物を見つめる初紀がそこに居た。

「私で、こんなになっちゃうんだ……」

 ……いや、これが初めてじゃないんだが。一昨日も……コレに触ったじゃねぇか。って、そんなまじまじ見ないでくれねぇか……?

「……陸のヘンタイ」
「な……っ!!?」

 ……そう言われた瞬間に、多分、俺の頭から湯気が出てたと思う。
 その瞬間だけでも湯沸かし器になれる気がした。

「………さっき、恥ずかしいトコ見られたお返し」

 ……顔と下半身がクソ熱いぞ畜生。なんか、羞恥心と興奮で頭がおかしくなりそうだ……。

「あはは……ごめんね。こうでも言わないと……緊張しちゃって」
「お、おう……
 ……いくぞ……?」
「ん……」

 そうやって、苦笑しあって俺たちは……一つに……。

 ……ぽたっ。

 ―――あれ?

 初紀のブラウスに垂れた一滴の赤い滴。
 そこを中心に広がる波紋に合わせて―――景色が、初紀の顔ごと、ぐにゃりと歪む。

「陸……ッ?!」

 ―――広がった波紋は赤から黒へ塗りつぶされていく。

「初、き………―――」

 ………その黒が視界いっぱいに広がった刹那に。

 ―――ドサッ

「陸ッ!!? 陸ぃっ!!!? ひと――――」

 俺の意識は途絶えた。
 漸く解けかけた互いの蟠りを……そのままにして。


  ~青色通知11.2(陸の場合)~

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最終更新:2009年10月30日 10:30
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